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第-1話 過去は時として人を変える

 火薬と物が腐る臭いが漂う道をギャザータウン目指して歩いている。

 元々、整備されていない道で岩が多くひび割れが目立つ道だったのをさらに戦場となったので、歩きにくいこの上ない状態になっている。

 おかげで馬が使えなくなった。食料を積み込んだ馬車も使えなくなり、行き分の食料だけになってしまった。途中で餓鬼を削れば余裕が出るが、そこまでの奇襲もなさそうだ。

 念のために各自の持ち量を多くしておいたが、そのせいで移動力が落ちてしまった。ま、最悪適当に村を襲えばいいことだ。

「あーうーあーうーあーうーあーうー」

「煩い静かにしろ」

 先頭を歩いていたはずの俺は、気づくと隊列の中盤まで移動していた。その理由は簡単、ミルの歩くのが遅いのだ。歩くのが遅いのは足場の悪い道で荷物が多いからなのだが、町からまだ50歩目だ。

「チャッチャと歩け、いつの間にか最後尾じゃないか」

「それは、アヌビスが悪いと思うんですけど……この小さな体に2人分の荷物は酷ですよ」

 ミルは俺の荷物も持っている。俺が身軽じゃないと奇襲に対応しきれない。ミルの荷物量は当然のことなのだが、これではそんなこと言っていられそうにない。

 隊列と随分距離ができている。俺達3人はべつに問題ないが、戦力が極限までに削がれたあの部隊では一撃で消されてしまう。

「ならお前が持ってやれ」

「はいはい、分かりましたよ」

 アレクトはため息を吐きミルの持っていた荷物を含め合計3人分を持って、俺を追い抜いていった。それでも、ミルは遅かった。少しは速くなったが、ギャザータウンに着くまでに居残り班に抜かれそうだ。

「あーもう、しょうがないな」

 鎖を引っ張りミルを引き寄せると、そのまま抱き上げ全力で走り出した。意外と大人しく、上流娘にしては軽かった。 

「あっ、あのー」

「煩い、静かにしろ。……風よ、加速の道を」

 アレクトの横を通り過ぎ、隊列の最後尾、中盤、先頭と追い抜き更に速度を上げた。町から大分離れたようで道はまともになり走りやすくなった。

 

 急な坂を上り切り見晴らしのいい所に到着した。その場にミルを落とし周りを見渡した。

 襲った町の煙が見えるが、家は見えない。その反対側、道の先には家が10軒ぐらいの小さな村があった。ホルス達は素通りだったようだ。

「はぁ、はぁ、今日はあそこで休むか」

 後ろの部隊はあと4時間ぐらい掛かりそうだ。

 あの部隊の後ろにはアレクトが居るから問題無いだろう。胸ポケットに手を突っ込んだ。ミルを抱いて全力で走るなんて……しかも、部隊全員に見られた……イライラを晴らすにはこいつが一番……。

「くそ、そういえば無かった」

 俺の荷物はアレクトが持っているから、あと4時間も待たなきゃいけないと思うと、楽しげに木の周りを走っているミルに殺意を抱く。

「くっそー、タバコが欲しい」

「はい、どうぞ」

 目の前に口の開いた赤い箱が出された。好きなシナモンのような香り、長めの黒いタバコ、俺専用に作らせた特注品だ。そのタバコをアレクトが辛そうな顔で吸っていた。

「まったく、いきなり走られると困りますよ。一本貰ってます」

「お前、部隊置いてきたのか」

 俺も一本銜えて一服をしようとしたが、思ったより魔力消費が激しかったらしい。魔法は避け、臭いが残るマッチで火を点ける嫌な選択肢を選んだ。たく、マッチなんて古代の遺産じみたもの、使う機会が来るとは思わなかったがな。

「いいじゃないですか。食料も腐るぐらいあるんですし、あれくらいの部隊。ポロクルもいますし、危険になったら子供使いますよ」

「まっ、あいつらにそこまでの決断力があればの話だが……ポロクルがいるのなら気長に待つか」

 

 一箱吸い終えるとようやく部隊が追いついた。その間、ミルとアレクトが散々騒いでいたせいで寝る事もできず今に至る。すっかりあたりは暗くなり星空が見える。

「アヌビス少将、ただ今着きました。それで……この村は」

「お前らがあまりにも遅いから、俺達で崩しておいた。今日はここで休むぞ。食事はここのものを食っておけ」

 ただ待っているだけでは暇だったから、今晩の寝床の確保として村を襲ったのだ。どれだけの村かと期待していたのだが、村の男共は徴兵でまともなのは残っていなかった。

 山も小さな物になり、2時間ぐらいで陥落した。残り2時間は、ミルとアレクトの探索時間となり村中を騒ぎながら走り回っていた。

「アヌビスー」

 山の下にミルが来た。知らぬ間に呼び捨てか……。

 初めて会った時着ていたボロ布とは違い、体の大きさに合っていないアレクトと同じ軍服を着ている。長い袖と裾は何回も折り曲げてあり、肩もほとんど見えている。アレクトが服を着せたのだろう。アレクトはミルのことを気に入っているようだったから、ペット感覚で可愛がっているのだろう。

「なんだミル、何かあったのか」

「あのね。その……ご飯」

「はあ?」

「食事の準備ができましたって言っているんですよ」

 料理が盛られた皿を持ったアレクトがこっちに来た。これから食べるものをこの山まで持ってくるなんていい気分じゃない。

「今降りる。俺のテントのところで待ってろ」

 俺は他人の家に泊まるのを避けている。宿屋ぐらいならいいのだが、村崩しでの家を使うのは嫌なのだ。兵達は家で寝られて喜んでいるようだが、他人の臭いが染み付いた家で寝るのは嫌なので、テントを張って寝ることにしている。

 そんな俺にアレクトも付き合っている。俺のテントの横には大きめのテントが張られていた。アレクトがミルの相手をしてくれるのは助かる。

「アヌビス……」

「なんだ、また見て」

 いつもと同じようにミルは、俺の顔を見ていた。俺はミルから目線をずらしアレクトを見る。すると、アレクトは焚き火に枝を入れながら笑っていた。

「アヌビスが全然食べてないから心配しているんですよ」

「はい」

「いいんだよ」

 自分の食事をミルの皿に入れタバコを銜えながら山の所へと向かった。

「あ、あのこれ……」

「いいの、いつもの事なんだから、アヌビスは村崩しをした時は何時も食べないから」

 正確には戦いの後だ。ある行いの反動をタバコで抑え込んでいる俺は、吐き気がありしばし不機嫌になる。そんな俺に食事をしろなど馬鹿な話だ。

 そんな俺がアレクトの油たっぷりの食事を食べれる訳が無い。

 そんな時は、タバコを銜えながら他の兵達を見て歩いている。使える兵の数を数えながら随時異変に対処できなければならないからだ。まったく、面倒な役職だ。

 道の真ん中で、兵達が食事をしながら話をしている。そこを通り過ぎようとすると、呼び止められた。役職柄用事や連絡は聞かなきゃならないのが面倒だ。

「それが、兵を見回りに行かせたのですが、後ろに敵部隊が待機していたそうです」

「待機か、後をつけているって言うことか。何人ぐらいだ」

「20人もいない小部隊だそうです。居残り班の連絡は異常無しでした」

「居残り班が無事なら簡単だ。ここで餓鬼を半分使う、明朝すぐにここを出発だ」

 兵達の了解の返事を聞く前に歩き出した。何度もやってきていることだが、未だにこの作戦になれていないようだ。ので、返事を聞くのを待つのは時間の無駄だ。どうせ、朝になれば準備はできているんだ。


 今度は道の真ん中に餓鬼が転がっていた。素通りしようとしたが足を掴まれた。振り払うがすぐに掴まれる。腕を切れば済む事だが、周りには餓鬼が多く明日の作戦に支障が出る。ここは、穏便に済ませなければならなった。

「俺に用か」

 ボロボロの少女がこっちを見ていた。歳はミルと同じか少し上だろう。ミルよりしっかりした顔立ちだ。その顔は見たくないあいつに近いものだった。忘れようとしていたが覚えているものだ。その顔に殺意を奪われる。

 その少女は周りの餓鬼共とは違いよい素材の服を着ていた。黒い服に白くフリフリした物や白と赤のリボンでの装飾。金色の髪は左右に分けられ青いリボンで結ばれていた。アレクトが『テール可愛いでしょ』と言っていた時の髪型だ。

 汚れてはいるものの、綺麗にすればいい家の子だったのだと一目で分かった。

「お腹すいた」

 お腹すいたと言われても、こいつにも食事は与えられている。量もこいつが食べ切れないぐらい貰えたはずだ。差し詰め、周りに居る餓鬼の男共に奪われたのだろう。

 俺が見ると逃げて行く。子供でも男という者は、弱者に自分の力を見せ付けたい者なのだ。そんなのは同じ男と思いたくない。自分より強い奴に立ち向かうことができるのが男だ。ここでアマーンの口癖を思い出した。

「仕方ないな、ちょっと待ってろ」

 さっきの兵達から適当に食料を奪い少女の所に戻った。少女は俺の手に釘付けになっている。

「ほら」

 パンに肉や野菜など挟んで大量の調味料で味付けされているそれを、ミルと同じように食べはじめた。調味料の味しかしないはずなのに、美味しそうに食べている。見ているだけで吐き気がする。その少女の足元に一冊の本が置かれていた。表紙は焦げ茶色で薄汚れていた。

「なんだ、この本」

 本を捲ると見たことのない文字が書かれていた。文字というより抽象的な絵が沢山書かれているようだ。点や線の形のような単純なものから、家の形や何かの作業をしている絵に見える。

「見慣れない文字だ」

「それは呪字と言われる文字です」

 見た目味最悪の食事を済ませた少女が手を出してきた。本を渡すと膝の上に置き一枚捲った。

「この本はママに貰った本で、ずっとずっと昔に書かれた本なんです。ここに書かれている文字は、昔の人間が使っていた文字の一つなんだそうです」

「お前はそれが読めるのか」

「はい、読めます。けど読めても意味が無いんです」

「何でだ」

「これは魔道書。魔力が極端に少ない私がこれを読んでも使うだけの魔力が無いんです」

 魔道師。魔道書を読むことができ、魔道書を読破できる可能性を持つ者。戦争が始まってから、急激に数が減っていると言われているものの一つだ。その力は傷を完璧に癒し部隊を一撃で消し去るものもある。そのせいで戦争のいい道具になっている。

 ただの魔法使いなら部隊にもいたはずだ。それにアレクトも魔法剣士だ。

 魔道師と魔法使いは二人そろって力を発揮する場合がある。今回のがよい例だ。

 魔道書があれば。となると、こいつも必要か。極上位魔法が使えれば俺の戦闘も楽しいものになる。

 魔法か……最近使っていなかったことに今になって気付く。

「おい、お前の名前は」

「ルリカです」

「ルリカか、お前の安全は約束してやる」

 タバコを吸うより気分がいい。この時季にしては涼しい風が吹き美しい星空が見える。

 今日は厄介な拾い物があったが、いい者も拾えた。金色で真っ直ぐに背中を隠すぐらい伸びた美しい髪、晴れ渡った空のような青い瞳。

 その容姿といい、あいつと同じで力を持っていながらそれを使えないこいつは、あいつを写したようなやつだ。だからだろうか。こいつだけは守り抜きたいと思うのは。魔道書の力かルリカ自体かどっちを守ろうとしているのか俺にも分からない。ただ、こいつを見ていると守りたいと思ってくる。

「用がある時に呼ぶ」

「あの……貴方のお名前は」

 俺は、空を見ながら久々にそして極自然に薄っすらと笑った。

「アヌビス……あざなだがな」


 走っている。両脇にある家は炎々と燃え上がり今にも崩れて潰されそうになる。

 走り続けると息が上がり吸う空気の量が増えていく。体から出される生暖かい息より、吸う空気のほうが熱く喉と肺が焼かれる錯覚に陥る。

 いや、本当に焼かれている。喉に溜まったモヤモヤを吐き出すとそれは血だった。

 本気で走っている。いつもの何倍もの力を出した。それでも速く走れない。

 右手に重く引かれる力がある。俺の右手を引くのは、大切な女。この女の男も俺の大切な奴だ。

 そいつは、俺の目の前で殺された。無残だった。俺の憧れるあいつが俺と同じ餓鬼に簡単に殺された。

 だから、憧れのあいつが守りたかったこの女を俺が守らなきゃ……こいつの中には俺の弟が……待ちに待った弟が……あいつと約束したんだ。二人を守るって、最後に、最後に、あいつとの最初で最後の約束、大切な者は命をかけて守るって、笑っていたあいつと約束したんだ。

 その約束だけが俺の走る足を止めなかった。必死だった。必死に、必死になってあいつの頼みを叶えようとした。

 だが、そいつは俺に追いついて来ている。あいつが命を犠牲にして作った時間が無駄になった。

 不意に右肩の負荷が無くなり速く走れた。だが、俺はその場に止まり後ろを振り向いた。

 俺からずっと離れた所に大切な女が倒れている。

 女の上にはそいつが立っている。でも、手には温もりが……温もりがある腕だけが残っていた。

 そしてまた、大切な2人は俺の目の前で殺された。

 でも、女は笑っていた。俺に恐怖心を抱かせないため、優しく今まで見せたことの無い笑顔、それを見て走って逃げた。

 そいつから逃げるためではなかった。女の最初で最後の笑顔を見ていると、自分の無力さを思い知らされるから……その時、俺は初めて叫んだ。

 血を吐く喉で今にも潰れそうな酷い声、それは声と言えるものではなく、たとえようの無い内から湧き上がるものを出しただけだった。


「うは、………またか」

 目覚めると俺のテントの中だ。自分のこだわりで作った最高のテント、長い間使っているから愛着もあり居心地はいいのだが、今はテントの中に溜まった嫌な空気と最悪な寝覚めで早く外に出たい気分だ。

 外の生温い空気を吸うと少しは落ち着けた。焚き火のそばに座ったがマッチは使い果たしていて、火を点けられなかった。魔法を使うほど欲しいとも思わなかったので諦めた。それに、星と月で十分明るいので困らない。村のすぐそばなのに木々が多く、森のような所で虫が煩い。

 あの夢を見た時は、剣を磨くことにしている。何年も幾千の物を切り砕いてきた俺の牙、それなのに刃毀れも無く未だに白く輝いている。磨くと言っても月光を当てて眺めながら軽く拭くだけだ。そうしているだけで落ち着ける。

「アヌビス」

 目を擦りながらミルがテントから顔を出した。しばらく俺の顔を見て一端テントの中に入ってからまだ出て来た。その手には、俺が全く手をつけなかったアレクトの料理を持っていた。

「これ」

 ミルは、それを俺に突きつけてきた。

「なんだよ」

「食べるの」

 完全に冷めているが残しておいてくれたのか。

「そうだな、食べてやるか」

「うん」

 俺の横に座ったミルは大きく頷いた。


「やっぱり食べなきゃよかった」

 豚肉を調味油とにんにくで焼いた物を中心に、色々な具をパンに挟んだ物だ。寝起きに食べるものじゃない。

「大丈夫?」

「ああ、なんとかな。お前よく食えたなこんなもの」

「アレクトの料理美味しいよ」

「そうか? ……お前料理できるか」

「少しなら」

 少しか。微妙な答えだな。

「まあいい。今度作ってくれよ。頼りにしてる」

 今日みたいな日が続くかもしれないことを考えると頼るしかないな。

「わ、私アヌビスの役に立てるの?」

「ああ、そうだ」

 急にミルは俺に抱きついてきた。咄嗟にミルの頭を掴んで地面に叩き付けるところだったが、体から引き離すだけで済んだ。

「離れろって」

「えへへ」

 ニコニコと笑いっぱなしだ。なんか調子が狂ったな。

「たく、もう寝るぞ」

「うん」

この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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