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第34話 神隠し戦−『喧嘩と説明と推測』

「貴様、街から飛び出してきて自分の仕事は分かっているのか」

「シルトタウンおよびその周囲の安全を守るため、あたしヘスティアは粉骨を惜しまない所存でございます。何度言わせられていると思ってんだ馬鹿」

「馬鹿はお前だ。街の警備を手薄にしてこんな所に遠足か。ふざけるなよ」

「シルトタウンは簡単に落ちる街じゃないの馬鹿。それより、どこかの馬鹿さんが大切な戦力を削り取らなかったらもっと安全な遠出になったんだけどね」

「貴様は……まだそれを根に持っていたのか。しつこいにも程があるぞ」

「何言ってるのこの馬鹿。騎士団長のあんたがいつもそんな自分勝手だから、ほかのメンバーも勝手に編成変えるから各部隊の戦力バランスが崩れるんだろが馬鹿」

「戦力バランスを大きく崩しているのは俺の部隊じゃなくて、ネイレードとか言う部隊だったはずだが。おかげでホルスの部隊は貧弱になるし、ネイレードは前線で戦わなくなるし、あれほど迷惑な部隊はないよな」

「姉さんを馬鹿にするな。た、確かに前線で戦いたがらないのは問題だけど……でも、黒い馬鹿のおかげで五星陣の守りのバランスが崩れているのも確かなんだよ馬鹿」

「ほう、俺の記憶が確かなら五星陣の一角のギャザータウンはヘルメスがでなくてもアマーン一人でも十分守りきっているって聞いたんだがな。つまり、どこかの緑のちっこいやつはアマーンより戦力を持ちながら上手く戦えていないのか。そんなところに戦力を割くのも馬鹿らしいな。いっそのことその緑の餓鬼を二等兵からやり直しさせるのもありかもしれないな」

「あんな篭城ゴリラと一緒にするな馬鹿。あたしの所は敵の襲撃も多いし、武器のやり取りも忙しいし、国境の押し上げもあって大変なんだよ馬鹿」

「餓鬼が無理しているんじゃねえよ。餓鬼は餓鬼らしく街を大人しく守ってればいいんだ。でしゃばって俺達の真似事はしなくていいんだよ」

「子供でもね。あまりにもだらしない黒い馬鹿がいつまでたっても国境を押し上げられないでいるから手を出したくなるんだよ馬鹿」

「どこかの餓鬼の姉とは違って俺はノルマをこなしているんだよ。奴も奴の妹も仕事ができないのは昔も今も変わらないようだな。今も言い訳ぐらいの報告しか聞けないしな」

「あーもう、うるさい馬鹿。それもこれも、あたしの部隊に十分な戦力がないからだって言ってるだろ馬鹿」

 竜車の中でアヌビスとヘスティアのそんなやり取りが一時間ほど続いていた。ヘスティアとアヌビスの言い合いの中、俺とポロクルとミルは荷台の上でのどかに外を眺めていた。

 ケルンとアンスは警戒のために周囲の安全を確認しながら、アレクトとルリカと共に後ろの竜車を担当していた。これだけうるさくなるなら、アレクトの竜車の方に乗っていればよかったと後悔している所だ。

 メネシスとの交戦が済んだ後、すぐに俺達は竜車に飛び乗りフレッグとライランに顔を見せず逃げるように町を出たのだ。

 魔道書の魔法に加え、シルトタウンの管理者ヘスティアの魔法銃砲。ここまで軍事色をむき出しにして敵国のメネシスと戦ったことを知られてしまったらどう言っても商人だと騙すことは無理だろう。それに、あの町にあれ以上いても神隠しの情報は得られそうにない。

 もし、神隠しの犯人がライランかフレッグだとしても問題はなかった。

 ライランは旅の商人だ。そんな彼があの町に長居するはずがなく旅に出られたら足取りが分からなくなる。そうなったら国規模での手配になる。商人の彼がシルトタウンなどの大規模の街を避けて旅をするのは大きな商売ができず生きるのをやめるのと同じ意味なる。さらに、国境を越える際も関所がらみの問題で簡単に見つけることもできる。それに、国境を越えられたとしても他国にもこの情報を流せば、そんな危険人物を無視している国はないだろう。もし、手配されることになればライランはすぐに捕まえられると考えて間違いはないだろう。

 フレッグが犯人の場合、あの町を離れることはできないだろう。それは、村長という役職以外にも精神的なものがある。

 まず一つ目に力の問題だ。彼はライランほどの整った旅の道具を持っていない。さらに、魔力もなければそれなりの戦いの心得もなさそうだ。そんな彼が一人で逃亡生活を送るにはこの世界は厳しすぎるだろう。それに、あの町と彼の生活を見れば路銀が簡単に出てこないのも分かる。彼にとって遠くへの逃亡は難しいのだ。

 二つ目にもし、彼があの町を出て行けば真っ先に疑われる。その恐怖を克服できるかの問題だ。実力者、それも国の軍隊が神隠しの調査をしていると知ったフレッグが町を飛び出して逃げた場合、疑いの目は急な動きを見せた彼に集中する。さらに、犯人だと疑われ始めて逃げるそぶりを見せたら自分で犯人だと告白しているのとなんら変わらないのだ。

 この二つの点からして彼は町から出ることを躊躇するだろう。それに、町を出たとしてもそう遠くへは逃げられず、ライランより簡単に捕らえることができる。

 なので、俺達があの町にいる理由がなくなったのだ。今後あるとしたら犯人を捕まえた時、フレッグに安心するよう連絡を入れるぐらいの付き合いになりそうだ。

 そして、俺達は目的先をヴィルスタウンにして竜車を進めていた。フレッグたちの町からヴィルスタウンまで竜車でゆっくり進んだとしても3日ほどだそうだ。

 ヴィルスタウンは敵国聖クロノ国の国境近くの港町だ。敵国にも拘らずシルトタウンのある山から流れている川を利用して多くの武器を輸入しているちょっと変わった街だ。その街には港町と言うことでシルトタウンの武器以外にも異国の物が多く集まるそうだ。

 物が集まる所には人と情報が集まると言うことでメネシスとサルザンカ博士のエルフィンについて調べることにしたのだ。

「王族の護衛……何処にそんな人がいるの馬鹿。それに、馬鹿にそんな大役任せるはずないね馬鹿」

 アヌビスとヘスティアの言い争いは俺たちの今もっている仕事の話になっていた。俺達は今神隠しを調べているが、大本の仕事は王族の娘を無事に王都へと届けることだ。最近はすっかり馴染んで服装もアレクトの軍服なのでそのことを忘れていたが、ミルは王族の人間で俺たちの仕事の目的であった。

「おい、ミル。見せてやれ」

 アヌビスに言われて荷台の隅に追いやられていた各自の荷物に頭をつっこんでミルは何かを探しはじめた。そして、ミルは何かを握り締めてヘスティアの前に立った。子供が何か自慢するかのような笑みを浮かべたミルの手のひらには桜の形をした小さなピンバッチが乗せられていた。

 それを見たヘスティアはそれとミルの顔を何度か見比べて頭をかいていた。

「まさか、本当だったとは。これじゃあ、セトの命令も無視するわけにもいかないか」

「奴が何か言ってきたのか」

 ヘスティアは嫌そうな顔をアヌビスに見せていた。どうやら、セトが関係しているようだ。

 セトとは王と聖竜王のそばいにるリクセベルグ国の4人の軍神の一人の名前だ。そして、アヌビスの上官の人だ。俺にとっては絶対に逆らえないぐらい上の人でもある。

「僕のかわゆいアヌビスが竜を貸して欲しいと訪ねてくるから最速飛竜を貸すように。だって、もちろん拒否してやったけどね。馬鹿に貸すほど竜に余裕はないってオシリスにも手紙を出した所だし」

 オシリスも軍神の一人で四軍神のリーダーだ。軍のトップが聖竜王でその次にオシリスとなっている。オシリスとセトは何かと仲が悪いようでそれがお互いの部隊に影響が出ていたりもするようだ。

「オシリスがどう答えるかは知らないが、聖竜王が無理にでも貸すように言うだろうな」

 アヌビスがまさに勝ち誇ったように言っている。それを見せられたヘスティアは苦虫を潰したような顔で壁を力強く叩いた。

「うるさい馬鹿。それよりも、誰こいつ」

 あきらかに話を逸らそうとしているヘスティアは俺を指さして真っ赤な顔で怒鳴り始めた。

「姉さんから聞いてはいたけど、もしかしてこいつがリョウ」

「ああ、そうだが」

 アヌビスが頷くと俺は軽くヘスティアに頭を下げた。すると、ヘスティアは小さく俺に微笑んだ。そして、竜車に乗ってからずっとアヌビスの顔を睨んでいた顔は俺の目の前まで近づいてきた。

「竜神の力を持った少年だとか。ねぇ、物は相談なんだけど、あたしの所に来ない。こんな馬鹿といるよりずっと充実した生活を送れるし楽しいことも沢山あるよ」

 俺に笑みで迫ってくるヘスティアは次々とシルトタウンのいいところを話し始めた。だが、すぐにアヌビスが止めに入ってきた。

「おい、忠告するがそいつはまともに戦えないぞ。たまに戦えていると思ったらあの馬鹿の介入つきだ。それでもいいのか」

 アヌビスにそう言われたヘスティアは小さく舌打ちして壁に背を預けて大きくため息を吐いていた。

「け、使えねえ。こいつランクどれぐらいだったの。姉さんの話だと相当なクラスだと思うんだけど」

「ああ、リョウはまだ測ったことは無い。まあ、200ぐらいだろ」

 すると、今まで黙っていたポロクルが小さく笑っていた。それに、ヘスティアはさらに面白くなさそうな顔を露骨に俺に見せてきた。

「なおさら使えねぇなあ。ポロクルの髪の毛ほどしかないのか。…………そうだよ。そろそろ返せよ馬鹿」

「また話を繰り返させるつもりか。馬鹿が」

 そしてまた二人はお互いにらみ合い言い争いを始めそうになっていた。俺は二人のそばを離れて荷台の隅にいたポロクルの隣に座った。

「200ですか……アヌビスの目利きも厳しいですね」

 いまだにポロクルは小さく笑っていた。

「ところでさ、その200って何の数なんだ。ランクとか言ってたけど」

「その人の実用性を数値化した数ですよ。グロスシェアリング騎士団が15000ぐらいですから、200だと雑兵の少し上ぐらいです」

 ゲームで言う所のレベル値のようなものだそうだ。

「ちなみに、アヌビスはどれぐらいなんだ」

 すると、ポロクルは顎に手を当てて遠くを見るように思い出して笑った。

「黒の部隊結束時に測定した時は78000だと聞きましたよ」

 78000……グロスシェアリングが5人束になったほどの数字だ。測定ミスだと考えるのが当然のような数だ。

「冗談だよな」

「いいえ、これでも少なく見た数値だそうです。昔、アヌビスは一人で活動していましたからね。実際はそれ以上の数値を持っているでしょうね。今はこうやって部隊で力を抑制されているのかもしれません」

 俺は昔のアヌビスは知らない。でも、グロスシェアリングの強さはよく知っている。もし、ポロクルの言っていることが本当ならアヌビスは一人で敵国に乗り込んで壊滅させることも可能なぐらいな評価をされていることになっていた。

「実際、数値上ではヘスティアが叫んでいるように部隊間での力の差は目に見えて存在します。私たちの部隊ではアヌビスがいるだけでどの部隊よりも抜きん出た存在なので比較できませんが、リョウの知っているネイレード部隊とヘスティア部隊との差は10000ほどヘスティア部隊が下なのです。アレクトが7100、アンスが3200なのでその差はよく分かるかと思いますが」

 確かに、今俺たちの部隊から二人がいなくなるのはとても不安だ。つまり、ヘスティアの部隊はそれぐらい不安な状況で街を守る任務についていると言うことだ。ヘスティアがあそこまでむきになるのもよく分かる。

「バランスが崩れているのは分かったけど、どうしてヘスティアはアヌビスにそう噛み付くんだ。兵力が欲しいなら軍神に言えばいいんだろう」

「それができないのですよ。軍神に申し出てもこれと言った対応を見せてくれません。新しい戦力が欲しい時は自分で育てるか見つけるしかないのです。それに、アヌビスにあそこまで敵意を見せるのは私が関係しているのですよ」

 笑みを見せたポロクルは自分の着ている緑色のローブを大きく見せた。

「リョウ、私の服が君と同じ黒色でないのは、私がヘスティア部隊の人間だからですよ」

 確かにポロクルの着ているローブは緑一色だ。黒でそろったアヌビス部隊の中に一人だけ緑のローブを着ていたポロクルには違和感があったがそういうことだったようだ。

「本来なら、部隊の指揮官双方の合意があってお互いの所属軍神の許可を得て始めて兵士の移動ができるのですが見ての通りです」

 ポロクルが指さす方にはいまだに怒っているヘスティア。あれを見て合意したように俺には見えなかった。

「でも、どうしてポロクルはヘスティアの命令を無視してアヌビスの部隊に来ているんだ」

 聞く話によると、シルトタウンは兵器開発の拠点でありリクセベルグ国屈指の学問の街だそうだ。知識が豊富で戦闘狂ではないポロクルにしたらシルトタウンは居心地がいいと思う。

 だが、ポロクルは浮かない顔をしていた。

「知識と経験は同じではないですからね。それに、……一冊の本で得られることは少ないかと思ったのですよ」

 ポロクルの言いたいことはあやふやだが分かったような気がする。

「ああ、うるさい。だったら、今度それなりの実力者を見つけたらお前に無償に譲ってやる。ただし、どんな奴だろうが文句言うなよ」

「ああ、そうですか。馬鹿があたしの満足する逸材を見つけ出せるとは思ってないので期待しないで待ってますよ。でも、カリオペみたいなのはやめろよな馬鹿」

 二人の口喧嘩はアヌビスが優秀な人材を見つける約束をしてようやく落ち着いたようだ。


「で、ヘスティア。貴様はどうして俺たちとヴィルスタウンに行くんだ。飛竜で行けばいいだろうが」

 俺たちが逃げるように町を出たあとすぐにカリオペの部隊も町を出た。本来ならヘスティアはカリオペと共にシルトタウンに戻るのだが、ヘスティアもヴィルスタウンに用があるとかで俺たちに同行したのだ。

「どうも武器の流れが悪いって噂が耳に入ってね。それに、神隠しで気になることを聞いたんだ。あたしなりにも調べていたけど、神隠しとメネシスでかなり強い繋がりがあるみたいなんだ。馬鹿と同じ行き先なのは寒気がするけど、それまでよろしく」

「メネシスか……厄介な相手だ」

 いつも強気なアヌビスが弱音を吐いている。それを聞いたヘスティアは頬を緩めて笑っていた。

「なになに、もしかして本当に怖気づいているのこの馬鹿。なんなら今すぐに王都に行ってベッドに潜って脅えてればいいぞ馬鹿」

「ポロクル、メネシスが神隠しの犯人だとしたらお前はどう思う」

 アヌビスは隣で嫌な笑みを見せているヘスティアを無視してポロクルに聞いていた。無視されたヘスティアは少し引きつった笑顔になったがここで怒ったら負けだと思ったようでまだ笑みを見せていた。

「そうですね……動機が何か分かりませんがこのまま誘拐の類を続けるのなら彼女を捕らえるしかないでしょうね。部隊で動いているのなら扱いやすいのですが、囮作戦の時分かるように団体ではなく少数もしくはメネシス個人で動いているようです。それでは国内に侵入されても感知しにくいですからね。なるべく早く捕らえるのが解決法かと」

「だが、相手はあのメネシスだ。いつでもあの不感不死の部隊を出すことができる。一人でいてもすぐに戦の準備ができる実力者だ。そんな奴を部隊の中で捕縛するのには危険が高い。それに、アレスを配下にするほどの将軍だ。救済しようと一気に乗り込んでくるだろうな」

「それを考えますと街の牢に閉じ込めるのも危険ですね。常にグロスシェアリング騎士団の誰か二人以上が在住しないと不安な所ですね」

 牢屋に閉じ込めさえすれば安心かと思っていたがそうではないようだ。街に入れるということは内側から攻められる可能性があるということ。さらに、メネシスを助け出そうとその街を攻めに来るだろう。街に篭ることも街を出ることもできず挟まれて崩される恐れがある。そんな危険を笑顔で受け入れるような街はないだろう。

 加えてメネシスは転移魔法を得意としていた。もし、メネシスが犯人だった場合、彼女の魔力を隠す精度はアヌビスにも悟られないほど高位のもの。そんな彼女なら誰にも悟られず転移魔法を完成させて脱獄することもできるだろう。

 それを応用して、捕らえられていた街に転移魔法をいくつか仕込めば攻める際に役立つ。そこまで考えると、捕らえるのではなく何かしらの防衛策を考えた方がよいとも思えてくるぐらいだ。

「本当に馬鹿の集まりだな。何も知らないのかこの馬鹿野郎共は」

 仲間外れにされたヘスティアが口元を押さえて笑っていた。彼女もあれから神隠しやメネシスのことを調べていたのだろう。

「ヘスティア、何か知っているのか」

 アヌビスが下手に出て聞いている。今までの流れだとヘスティアは意地悪して教えてくれないだろうと思ったが、そこは仕事と個人をはっきりと分けているようですぐに真面目な顔をして教えてくれた。そのメリハリがあるからあんな馬鹿馬鹿罵り合ってもアヌビスとグロスシェアリングの名を共有する仲間なのだと思えた。

「神隠しが行われるようになったのは、馬鹿がホルスを助けようとメネシスと戦った数日前から。メネシスが犯人ではないのかと疑ったのは、その前にメネシス部隊の兵士が多く削られる事件があったらしいから。どこかの馬鹿がメネシス部隊に爆弾を投げつけたとか。その削られた戦力を取り戻すために兵士になる人間の体が必要だった。それと、メネシスがつれている不感不死の部隊は本来とは違って初めから死んでいる兵士部隊が目立つようになったらしいな」

 なるほど、確かに前にそんな作戦をした記憶があった。アテナの話だと相当なほどの被害だったようだ。戦力を集めようとするのにも納得だ。

 メネシスの不感不死の部隊は元々つれていた数百の兵士達が敵の攻撃などで死んでしまった時、メネシスの治癒魔法と洗脳の応用で人形を操るようにして蘇らせるものだ。操る対象であれば初めから死人でも理論上は問題ないそうだが、軍隊のイメージの低下になりかねない。なので戦場で死んだ人間を使って、街には持ち帰らないというのが今までのメネシスのやり方だったようだ。

 だが、メネシス部隊を調べさせた時、部隊の中に死んだ女性を多く見つけたそうだ。その亡骸を不感不死の兵士として使っていたのをヘスティアが確認していた。つまり、神隠しで誘拐した女性をメネシスの兵士として使っていたと言うのがヘスティアの考えだ。

「でもよ。なんで死んだ人間だけを扱うんだ。別に生きた人間でも問題ないだろ」

 メネシスがわざわざ死人を使う意味が分からなかった。死人を部隊で運ぶのもそれなりの労働が掛かる。それなら、生きた人間を歩かせれば部隊の行動率も上がるだろう。さらに、メネシスの部隊に悪い噂が立つようなことはなくなる。そんなことを帳消しにするようなことがあるのだろうか。

「それは、維持の問題だろうよ。生きた人間には食事を与えなければならないからな。それに、生きた人間だと逃亡を考える恐れがある。それを防ぐには常に洗脳魔法をかけていなければならなくなる。だから、人間より人形の方がいいんだろうよ」

 死体をただの踏み台ぐらいにしかしないアヌビスらしい意見だった。殺されなおかつ踏み台にされるのも、人形扱いされるのも同じ気がする。そう思うと、メネシスとアヌビスは似た感性を持っているのだろうか。

「それに、悪いことに武器の流失が頻繁に出てきているらしい。流失が増え始めたのが神隠しが起こり始めてしばらくした頃から。メネシスが部隊強化のために手を回していると考えるのが自然なんだよ」

「そうだ。聞きたかったんだけど、どうして敵国のヴィルスタウンに武器を流しているんだ。そんな危険があるならやめればいいだろう」

「はあ、馬鹿に説明する気はない。ポロクルよろしく」

 そうため息を吐くとヘスティアとアヌビスは荷台から前に移動して歩竜の手綱を並んで取った。賢い竜だから指示をしなくても進んでいくが、アヌビスはタバコを吸うために出たようだ。

 話の続きのため隣に座ったヘスティアは、わざとらしく煙を手で払っている。

「そうですね。知識を得てきても地理を知らなければ役立てられませんよね」

 小さく頷いているポロクルの目は久々に見た説明モードの輝きをしていた。

「まず、わが国リクセベルグ国は高い山々に囲まれた山脈地帯の国だということ、国の端に位置するこの地域にはまだ少しありますが、中心部には山しなかく広い土地がありません。そんな地域なので、川は多くありますが海には面していません。ここまではいいですか」

 ポロクルの広げた地図を見て俺は頷いた。余分なことが多いようだが、地図を見れば言いたいことは分かった。

「それで、シルトタウンで作っている武器ですがこれは世界ランクでも上位に位置する上質な物。それを欲しがる他国は沢山あります。もちろんその中には私たちの国と友好な国もあります。そんな国には貿易の関係を築いているのですが海を越えるとなると港が必要になってくるのです」

「飛竜じゃ駄目なのか」

「隣国や陸続きなら問題ありませんが、海を越えての国となると竜を休める場所がないと不可能な話しです。なので船が必要なのです。ですから、一番近い港町のヴィルスタウンを利用しているのです」

「でも、敵国だとかなりのリスクだと思うんだがそれはどうしてるんだ」

 他国との友好を保つためとはいえ敵に塩を送る危険性をどうやって補っているのだろう。

「一時期はヴィルスタンを占領しようと考えましたが、貿易や航海の重要な通過点として使われている街なのであの街を戦火にすると敵になる国が多くなるのです。なので、商人に武器を運ばせて他国に売りに行ってもらっているのが現状なのです。それで、シルトタウンの武器を扱う商人のほとんどが軍服を着た商人と言うこと、その商人を守ろうと買い手の国がその商人を守る。だから、敵国でも安全に武器の貿易ができていたのです」

 リクセベルグ国と聖クロノ国だけでは世界的に大切な街が戦火になってしまう。だが、そこに戦争に関係のない国が一つ入るだけで世界が上手く回っていると言うことだ。

「武器の貿易が盛んになって、その街も活気が溢れていて悪い気はしていなかったはずなのですがね。何かしらの事件があったのでしょう。まあ、そのあたりは彼らのほうが詳しいかもしれませんね」

 そういうポロクルは荷台の外を見ていた。そこには草原が広がっていて、あちこちで軍服を着た商人がキャンプを張っていた。赤や青や黄色や白といろんな色の軍服の人たちが賑わっていた。確かに、この中に俺たちが入ったら軍人が誰かなど他人には見分けられないほどの数だった。

「よし、今夜はここで休む。各自、目立たぬよう行動しろよ」

 アヌビスがそう指示すると、みんな竜車から降りて夜営の準備を始め始めた。

 夕日に茜色に染められた草原に多くの人がいたが、その集まりから一人離れてたたずむ少女、ミルが空を見上げていた。

 俺は彼女の横に立って同じように空を見上げた。その空は青と赤が混ざり紫色になりかけていて闇の匂いがしていた。その中で一つだけ星が輝いていた。

「大きな希望と言う名の光を知った人間は、それまで頼っていた小さな望みと言う名の光を見ようともしなくなる。彼も貴方もそういう人間なのかもしれない」

「ミルってさ、本当にただの王族の娘なのか」

 俺はそんなくだらない質問をしていた。時折見せるミルの不思議な表情と発言がそんな質問をさせていた。

 ミルは俺の質問に笑顔を見せて答えた。

「えへへ、さあ、どうでしょう」

 そう笑いながらミルは冷血と殺戮で知られる黒い集団の元へと駆けていった。

 その黒い集団には呼ばれているイメージとは違い夕日のような温かな笑顔が絶え間なくあった。

この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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