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第33話 神隠し戦−『力の大きさ』

「ひゃはははは。死ね死ね死ね死んでしまえ」

「交戦的なのはいいが芸がないな」

 メネシスが登場してからアテナは暴走しだしていた。彼女は身長ほどある大剣を片手で振り回しアヌビスを切り討とうと挑んでいた。

 だが、彼女の攻撃は力任せに大剣を叩きつけてきているだけだ。犬神の力を発動させたのにも拘らず、それらしい能力を見せては来ない。大剣を片腕で扱えるだけの筋力が犬神の力だとしたらもったいない話しだ。犬神の力を持っているなら風属性の魔法が使えてもいいはずなのだからだ。

「うー、うわう」

「う、うお、くぅ。いきなりかよ」

 アヌビスはアテナの攻撃を上手くかわしながら俺達に近づこうとする継ぎ接ぎの兵士を上手く切り刻んでいた。だが、先ほどとは違い積極的な攻撃をしてくるアテナや兵士の動きに戸惑いはなく早い。したがって、見落としが多くなり俺に攻撃を仕掛けてくる敵兵が現われ始めた。

 大きく縦に振りかざした剣を俺は長剣を横にして防いだ。攻撃を防がれても敵兵は動きを止めなかった。縦の刀身を横に変え俺の長剣の刀身に沿わせて横一線に振った。

 俺の手首を落とされると思ってすぐに長剣を回し相手の剣を振り払った。力の抜け切った相手の剣は抵抗がなくとも軽かるい。簡単に剣を空へと弾き飛ばした。

 全身から力が抜けている敵は剣の重さと遠心力に全身を持っていかれて大きく仰け反り胸元を大きく俺にさらすように見せた。

「これで、止まれ……」

 俺は長剣を兵士の胸元に突き刺そうとした。だが、長剣を持ち上げるとあの光景が視界と脳裏を埋め尽くした。赤い血飛沫。人間が二つになる異様な光景。その光景が俺の喉に熱い吐き気を呼び寄せて振りかざした腕を止めた。

「チェスト。……どうしたんだよリョウ。綺麗な剣舞を止めるなんて変わった奴だな」

 俺の目の前に飛び込んできたのはアンスだった。彼の槍は目の前で怯んでいた兵士に突き刺さっている。その傷口からは血が噴出していいて俺の頬にまで飛んできた。もっと近くにいるアンスにもその血は大量に吹きかかり白いハチマキには赤い染みができている。だが、俺とアンスの着ている黒い軍服には血らしいしみは見えない。黒い服を着るアヌビスの考えが少し垣間見られた。

「本当に大丈夫かよ。獣のときは狂ったかのように戦いを楽しんでいたお前がまさか戸惑ったとか言うんじゃないだろうな」

 自分では気付かなかったが一緒に戦ったアンスにはそう見えたのだろう。それに、自分でもよく分かるぐらい今と昔では違う。獣を相手していた時は何のためらいもなく竜神の力を振るって切り刻むことに没頭できた。まるで、無意識で戦っていると言っても間違いではなかった。

 だが、人間に剣先を向けると罪悪感や死の恐怖や思いやりの気持ちが矢のように降り注ぎ俺の関節に突き刺さり体の自由を奪われる。人間と獣ではここまで差があるのだろうか。ロンロンを相手した時はこんな気持ちにはならなかった。今の俺はアヌビスに見せられたあの光景のせいで力を発揮できない。そうなのだと自分に言いつけるしかなかった。

「ぼさっとしない。そこの二人さっさと切れ、戦え、殺せや」

 後ろから聞こえた優しいはずの声音に驚いて振り向くと赤い花のような槍を構えたアレクトがいた。武器での戦いでは中距離を保ち攻撃と防御に長けた槍。さらに、その長さを生かせばトリックな動きまでできる優れた武器だが彼女はその槍の長所を生かさない使い方を選んでいた。矛先を空のメネシスに向けて足元に魔法陣を展開させていていた。

「げ、それは……アレクト超臨戦態勢だな」

 アンスが苦笑いでアレクトを見ているのを見て俺も良く彼女を見てみることにした。

矛先には赤い蛍の光のようなものがまとわり付くように集まってきていた。すると、アレクトは自分で自分の髪の毛を引き千切り口の中に含んだ。そして、それを口から吐き出すと茶色かった髪の毛は赤く染め上げられてアレクトの左手の上に乗せられた。

 アレクトのこの行為を見るのは二度目だ。あの時もメネシスとの交戦で俺を守るために行った行為だ。

 あの時のメネシスの言葉だと精霊の力を使うための儀式のようなものだそうだ。

「アレクト、あれを使ってメネシスを落とせ。俺が許す」

「分かりました。リョウ君とアンスさっさと離れろ」

 アテナの相手をしながらアレクトに最後の許可を出したアヌビスに返事をしたアレクトは左手を天へと掲げた。

「吹き荒れる蒼天を駆ける深緑の力。我が汚れし血をすすりてその雄叫びを聞かせろ」

 掲げたアレクトの左手には緑色の光が集まりだした。その緑の光と赤の光が混ざり合うように槍全体を覆っていった。

「おお、怖い怖い。リョウさっさと逃げるぞ」

 継ぎ接ぎだらけの兵隊の相手ができない俺はアヌビスの後ろに隠れるように立っていただけだ。それがアレクトの攻撃に邪魔になると思ったのかアンスは俺に下がるよう指示してきた。

 アヌビスの作戦ではメネシスを見つけたら俺とアンスはアレクトの援護に入ることになっていた。だが、アレクトは自分の魔法攻撃に専念していて俺に指示を出す気すらないようだ。まっすぐにメネシスだけを見ているアレクトを見れば分かることだ。俺やアンスなど気にせずメネシスを落とすことだけを考えている。そんなアレクトを見ているとアヌビスの右腕だと騒がれる意味がよく分かる。

 俺はアンスの指示に従って前線から下がった。正直、敵兵を切らなくてすんでほっとしていた。

 俺は前線から下がったもののまだ仮設国境付近ではアヌビスと狂ったアテナが戦いを続けていた。さらに、アヌビスを討とうとする縫い付けられて蘇った兵士達が彼に次々と近づいてきていた。

「アヌビスは下がらなくても大丈夫なのか」

「平気平気、アヌビスだからな。それに、ケルンもいることだし」

 俺とアンスが下がるのと入れ替わりにケルンが前に出て来た。そして、彼は弓に矢を番えてアヌビスのいる所へと5本も同時に矢を放った。その矢は行き先が決められていたかのように5人の兵士の頭を綺麗に射抜いた。

 だが、その兵士は一度倒れたもののすぐに立ち上がり頭に刺さった矢を引き抜いて足をすぐに動かし始めた。ケルンは休まずに矢を放ち続けていたが、敵を倒すことはできず足止めができるのが精一杯と言う所だ。

 さらに、今まで防御のために銃弾を打ち込んでいたポロクルの弾は不死の兵へと狙いを変えていた。ポロクルの銃弾はケルンの矢より威力が高く弾の直撃を受けた兵士は体を内側から爆破されたかのように縫い目が破け再びただの肉片へと戻っていた。

 だが、肉片にしても再び縫い合わさられて不死の兵士に戻って歩き出している。ポロクルの攻撃は次の攻撃までケルンより時間が掛かるのに加えて一度に一発しか出せないでいる。そのあたりを考えると、ケルンの足止めと大して変わらないでいた。

 ケルンとポロクルが頑張っているのでアヌビスとアテナの一対一になっている。だが、アヌビスをもってしても今のアテナを止められずにいた。

 正確に言うとわざと止めないでいるようだ。暴れるように剣を振り回すアテナの攻撃を予測しているかのようで紙一枚のところで避けている。

 戦闘好きのアヌビスが今のアテナの相手をしないのはかなり不自然だ。何を切っ掛けにして暴走したアテナはアヌビスが満足しそうなほど戦いに染まっている。そんなアテナの攻撃を避けるだけで自分から攻めるようなことをしないアヌビスの表情はどこか退屈そうで不機嫌そうなものだった。

「アヌビス。準備ができました」

 槍の先を上空のメネシスの機械竜に向けたままアレクトが叫んだ。すると、今まで暗かった表情のアヌビスは満面の笑みを見せて大きく後ろに飛び退いた。

 時間稼ぎとはアヌビスらしくない行動だった。だが、アレクトの魔法は相当な威力を蓄えていそうなのが目に見て分かった。

 アレクトの周囲には赤と緑の小さな光が飛びかっていてアレクトの構えた槍には光が集まりすぎて槍がまぶしく輝いて見えるほどだ。さらに、彼女の足元と彼女の両肩付近の空中と腰付近に2つの合計5個の魔法陣が彼女の周囲にあった。

 その魔法が完成するのを待っていたとしたら……アヌビスが戦うのを我慢してまで待った魔法とは一体どんなものなのだろう。

「アレクト、見せ付けてやれ。時として紅の宝石をも凌駕する貴様の本気とやらを」

 アヌビスがアレクトに笑みを見せるとアレクトは頷き真っ直ぐ右手を伸ばした。そして、その手を横に動かすと空中に文字が並んだ。その文字はこの国の文字でも俺のいた世界の国の文字ではなくルリカの読んでいた魔道書に使われていた文字だった。

「その文字……もしかして…………なるほどね。ハデスが躍起になる訳ね」

 アレクトの周囲に異常な流れが起こっていて何が起こるかわからないのにその攻撃対象のメネシスはいまだに余裕で焦りなど微塵も見せていない。アレクトの魔法が完成間近にも拘らずアレクトを観察する余裕があるくらいだ。

 そんなメネシスだがアレクトは攻撃の手を止めるつもりは初めからないようだ。さらに音を立てて槍の先が輝き始めた。その輝きが眩しそうに手で影を作ったメネシスは手首を軽く動かした。

「お人形達。舞台に暗黒を、黒い幕で鋭いまなざしを閉ざしてちょうだい」

 メネシスの指示でアテナを除いた継ぎ接ぎの兵士達がアレクトの前に急接近してきた。すでにアヌビスもみなアレクトより後ろに下がったあとなのでその急な動きにすぐに対応できるのはポロクルとケルンだけだった。

 俺は戸惑いながらもアレクトのために一歩踏み出そうとしたが、俺のところまで下がってきたアヌビスに背中に回し蹴りをぶち込まれて地面にねじ伏せられた。

「雑兵一人切れない雑魚が飛び出るな。雑魚が英雄気取りの行動をするな。さっさと下がって脅えていろ」

 地面に叩きつけられた俺が起き上がろうとするとさらに強くアヌビスに背中を蹴られた。

「くそ、まだ早かったか」

 砂埃の立ちこめる中でアヌビスがそう呟くのがはっきりと聞こえた。

「古来より禁忌とされし書の力よ。我が力と天、地、神の力にて今一度その一片たる力を蘇らせ猛威を見せ付けろ」

 アレクトの詠唱が始まった。

「我が力、木々を薙ぎ払う天空よりの赤き柱、水は炎と変わりて命を黒にする。其は命を運びし風と共に焦土の猛火を牙となす」

 アレクトの詠唱が止まると空中に書かれた文字はアレクトの槍に吸い込まれて、さらに赤と緑の光も槍に吸い込まれた。すると、何かがはじけた音がして槍と魔法陣からは炎が噴出した。その炎は5本の昇り竜のようにうねり生き物のようにアレクトを中心に暴れている。

 5本の火竜より100mほどは離れているのに強い熱が肌を痛いほど焼いてくる。

 標的にされたメネシスもその威力が普通の魔法の桁違いだと分かったようで継ぎ接ぎの兵士を一箇所に固め始めた。そして、その兵士の陰に隠れるかのように機械竜を地面に着地させてさらに自分と機械竜の間にアテナを置いて一波を防ごうとしていた。

「そんなもので防がれるものかあ」

 最も炎の近くにいるアレクトは疲れなどまったく見せず鬼のような声をメネシスに向けていた。すると、その声に答えるかのように5本の火竜はお互い撒きつきながら一本の太い竜巻になった。

「全てを黒き灰に燃やし尽くせ。春の絶命乱火風(ワルエールトゥエラ)

 その竜巻はアレクトの声に反応するかのように上ではなく真横に進んだ。その炎の渦はメネシスの兵士の壁を簡単に消し去りアテナとメネシス本人に真っ直ぐ進んでいる。

 直線にしか進まないなら簡単にかわせると思う。だが、それは普通の魔法の話しだ。この魔法、おそらくルリカの魔道書の力の一片だろう。魔法ランクを作るなら間違いなくランクインする魔法の大きさは街一つ分ほどの大きさがあった。

 メネシスから見たら巨大津波の炎が襲ってくるような光景だろう。そんな光景を目の前にしたら逃げようなど考えず、とにかく体を守ろうと身構えてしまうだろう。目の前の危険に対する人間の反射行動。さっき俺がしたのと同じように。

 だが、メネシスは顔を隠すことも魔法を使うこともなくただ立っていた。余裕の表情、微動だにしない体。まるで人形のような容姿と行動。その不気味さがメネシスの力と自信を表しているかのようだ。来るって笑っているアテナの笑い声が煩く感じるほどの冷静がそこにはあった。

 俺がそう一瞬思ったら、そのメネシスをアレクトの炎の竜巻が飲み込んで草原一帯を炎しかない土地へと変えた。

 魔法が終るのと同時にアレクトは力尽きたかのように膝を着きその場にうつ伏せに倒れた。文字通り全力を出し切ったかのようだ。

 

 目の前に広がっていた草原は炎しかない。草も花も木も岩も何もかも炎になっていた。その暴れる炎が少し治まった頃、炎の真中から小さな拍手が聞こえた。一同が安心して気が緩んでいた頃でもあったのでその拍手には耳を疑った。拍手、つまりあの炎の中には人間がいるということだ。

「すごいね。やっぱり可愛いお人形さんは欲しいなぁ」

 その声が俺達に届くと炎の草原は真中に突風が吹いたかのように二つに分かれ風か何かによって吹き消された。炎があった場所は地面が見え茶色だけだ。ただ、そのむき出しの大地の真中には白いゴスロリ服を着たメネシスが一人だけ無傷で立っていた。その足元には大火傷をしていきも絶え絶えなアテナが笑いながら地面に伏せていた。

「まさか、こんな魔法を使ってくるとは思わなかったなあ」

 一歩一歩手を叩きながら近寄ってくるメネシスには余裕と言う重圧の恐怖があった。ここまでの力を見せ付けられるとアレスやアテナの上官だと言われても疑うことが馬鹿だと思う。

 そのメネシスの実力を知った俺は後ろに下がってしまった。怯んだのは俺だけではないようだ。ケルンとポロクルは遠距離の攻撃をやめてアンスも攻めようとはしない。もちろん、アレクトは意識を保つのがやっとで部隊の一番後ろで待機している。

 数では勝っているが精神力の足し算だとどうか分からない。立場が逆転したような気分だ。

 一同に戦意意欲がない様子を悟ったアヌビスが歩み始めた。

「もういい。俺が仕留めてくる。お前らは下がってろ」

 アヌビスが一歩前に出るのを確認したメネシスは立ち止まり両腕を開いた。

「さあ、おいで新しい踊り子達。練習を始めるわよ」

 メネシスの力は呪魔法による洗脳だ。それは自分以外の対象がいてはじめて成り立つ技だ。だが、彼女の周りには朽ちる寸前のアテナだけで戦えそうな人はおろか機械竜すらいない。アレクトの炎に全てを焼き尽くされた彼女は一体何を操ろうとしているのだろうか。

演舞練習(エチュード)始めるよ」

 メネシスが両手を叩くとアテナの傷が急速に癒され始めた。そして、数秒で立ち上がって大剣を手に取れるまでに回復した。

 さらに、地面が揺れだした。そのむき出しの土に亀裂が入ると白い手が飛び出してきた。それも、一つや二つではない。白い手……骨だけの手が1000以上地面から突き出てきた。そして、頭蓋骨や肋骨が次々と出てきて骨の兵士達が生まれてきた。

 その白い骨の兵士たちの総数は軽く見ても2000人ほどだ。どの骸骨も武器は持っていないものの数の脅威は目に見て分かった。

「さすがと言うか。なかなか面白い奴だ」

 目の前に大群がいるのにアヌビスは笑みを見せてさらに足を進めて大群に挑もうとしていた。

「アヌビス、ここは退いて戦力を整えた方がいいんじゃないか」

 俺が提案するも誰も賛同してくれない。さらに、アヌビスは見下すような強い目で俺を睨んできた。

「貴様、何を言っている。ここより先には俺達の国の町があるんだぞ。自分の命より守るものがあるだろうがぁ。それでも逃げるならそこで命を切っていけ。俺が手を下すほどの価値もない存在が」

 俺が止めようとしてもアヌビスは進んでいってしまった。さらに、それに続いてアンスが俺の横と通り過ぎアヌビスについていった。

「アンスも、奴ら何度倒しても蘇って来るんだぞ。少し考えた方が」

「俺、考えるの苦手でよ。この槍で倒し続ければ町の奴らは安全なんだろ。それだけでいいじゃねぇか」

 アンスは俺に笑みを見せて走っていってしまった。その次には知略のポロクルが続いた。

「ポロクル、あんな部隊に挑んで勝てる策でもあるのかよ」

「ありませんよ。ただ、町を守るためにしなければならないことぐらい分かりますよ」

 ポロクルが進んでいくと、ケルンと彼に肩を借りながら俺の前に出たアレクトが横切った。ようやく立って歩ける程度に回復したアレクトの手には赤い槍が握られていた。

「ケルン、ありがとう。行ってくる」

「僕も続きます」

「お、おい。アレクト、お前は下がっていろよ。いくら強いからってそんな弱った体だと死ぬぞ」

 アレクトを止めようとすると、彼女に強い目で睨まれた。

「戦って守れる力がある限り守り抜く。力があるのに守ろうとしないのは目の前で人が死ぬのを見て何も感じないことと同じことだと思うよ」

「難しい戦いなのはよく分かる。逃げ出したい。怖い、死にたくないって思う。でも、それ以上に僕はあの町にいる一人でも多くの人を守りたいって思う。だから、弱い自分に打ち勝てるんだ」

 アレクトとケルンも俺を置いて戦場へと進んでいった。そして、俺は一人取り残された。前に進む勇気も後ろに逃げる度胸もない。宙ぶらりんに揺れる俺はその場にふさぎこむしかなかった。弱い自分を惨めに見てなんて哀れなんだと思うのと背を合わせて強い力を持った自分が踏み出せず頭の中で暴れている苦悩に挟まれていた。

『臆病者だの』

 うるさいうるさいうるさい。お前には分からないだろうが。

『分からないな。分かりたくもない』

 だったら、何も言うな。

『なら、どうして選ばない。どうして戦わないどうして逃げない。答えてみろ臆病者』

 …………うるさい。

『力を持った臆病者よ。貴様は命をなんと見る』

 ……うるさい。

『獣の命、魔物の命、人間の命。貴様の中では全て違うように見えるのか』

 うるさい。

『命をどうのこうの語る以前に、命に線引きをする貴様に命の重さを語る資格など』

「うっさい。黙れ」

 俺は頭の中の声に大声で怒鳴り長剣を強く握って全力で走った。


 みんなを追い抜き先頭を歩いていたアヌビスの隣に立った。

「どうした。逃げるんじゃなかったのかよ」

「ああ、戦うよ。戦えばいいんだろ」

 自棄になった俺はアヌビスの恐怖やいろんなものを気にせず怒りを露骨にぶちまけた。すると、アヌビスは小さく微笑んだ。

「そうだ。今はそれでいい。荒削りだが、成長の証か」

 満足げなアヌビスは蒼い剣を持ち変えると俺と目を合わせた。

「リョウ、死ぬまで戦う覚悟はできたか」

「そんなこと知るか。今はただ戦うだけだろう」

「いい目だ。お前は強くなる。絶対にな」

 アヌビスの声になど耳には貸さず俺は前に走っていた。そして、俺に続いてアヌビスも走り出した。

「二人とも、止まってください」

 俺の決意と走り出した足をへし折るような声を出したのはケルンだ。彼は耳に手を当てて空を見上げていた。

「なんだよ。せっかく勢いが付いたって言うのに」

 俺が愚痴るもののアヌビスはケルンに目をやっている。こうして足を止めて後ろを振り返っている間にも不死不感の骸骨部隊がゆっくりと俺達に近づいていた。

「シルトタウン方面から超高速移動する物体が一つ。これは……飛竜。でも従来の飛竜の10倍……いいえ、30倍の速度です」

 慌てるケルンをアヌビスは少々怒り口調落ち着くように言った。

「何を見て言っている。そんな速度で空を飛ぶものなど……」

 言いかけたアヌビスは口を閉ざし空を見上げた。そして、苦い顔を見せた。

「あの馬鹿が。飛び出てきやがったのか。……全員、進軍やめ、この地点で待機」

 先ほどまでは進んで命をかけて戦えと言っていたのに今は戦うなだと。ふざけたことを言い出したものだ。

「俺は行かせてもらうぞ。このイライラ収められねぇからな」

 俺だけ一人で走り出したが誰も続かなかった。


 すると、俺の目の前に飛竜が一頭落ちてきた。


 もう少しで飛竜の下敷きになる所ぎりぎりのところに落ちてきたので、怒りでどうにかなっていた俺の頭は少し冷静の文字が戻ったようだ。

 その飛竜には見慣れない機械のようなものが沢山つけられていて改造された生き物のように見えた。

 その改造飛竜の背中に乗っていたのは緑色の軍服を着た女の子だ。

 緑の軍服と緑のスカート。さらに、緑のベレー帽。その服と帽子には白いラインが入っていて交差するようなデザインになっている。そのデザインは大きな白い十字架が描かれているかのようだ。

 彼女は薄く赤い短い髪を何本もの三つ編みにしている。さらに、その瞳は緑色。背はかなり小さいがとても強気な表情が彼女を大きく見せていた。

 その彼女の背中には3mほどの黒い漆塗りの細長い棒を背負っていた。その棒の半分ぐらいには緑色の布が巻きつけられていた。

「貴様、こんな所に飛び出て何しにきた」

「うるさい馬鹿。あんだけ魔力がぶつかり合っていたんだから飛び出ないでいられるわけないじゃない。バカアヌビス」

 彼女に真っ先に駆け寄ったのはアヌビスだった。彼女に強く当たったアヌビスだが、彼女もそれに負けず強く跳ね返るような返しをしている。

「とにかく、雑魚の少数部隊は引っ込んでて、あたしがしとめる」

 そう言うと彼女は黒い棒を振り回した。すると、緑色の布が広げられた。それは巨大な旗だ。その旗にはグロスシェアリング騎士団のエンブレムが刺繍されていた。

「リクセベルグ国第六軍緑の部隊指揮官ヘスティア。グロスシェアリング名は深緑の応援歌。あたしのステージにそんな汚い兵を引き連れてよくも汚してくれたわね。その衣装剥ぎ取って獣に突き出してあげる」

 ヘスティアと名乗った彼女はメネシスに首を掻き切るような仕草を見せて挑発をしていた。

「また可愛いお人形さんだ。私の演劇舞台で踊ってくれないかな」

「断る。さあ、あたしのステージが始まるよ。醜い豚度も集まれ」

 ヘスティアのその声に答えるかのように町からカリオペを先頭に全兵士が飛び出てきた。

 そして、ヘスティアの横にカリオペその後ろに綺麗に整列したヘスティア部隊とメネシスと狂ったアテナを先頭に後ろには大量の骸骨の兵士のメネシス部隊が見合っていた。

「たく、おい。下がるぞ。町の防衛に移る」

 そこまで整ってアヌビスはため息を吐きみんなに後退の指示を出した。

「リョウ君。あまり見ていて気持ちのいいものじゃないからあまり見ないほうがいいよ」

 戦闘体勢からいつものアレクトに戻っていた。みんなが同じ意見のようでダラダラとヘスティア部隊の最後尾へと付いた。

「さあ、みんなのアイドルヘスティアちゃんのコンサートが始まるんだな」

 先頭で大声を上げていたのはカリオペだ。それを合図にヘスティア部隊の兵士達は声をそろえて叫んだ。

「ティアちゃんばんざーい」

 そんな声が草のなくなった大地を揺るがすほど耳を痛いほど叩いた。

「な、何だよこの集団」

「えっと、メネシスの部隊が別名演舞隊ならヘスティアの部隊の別名は……」

 アレクトが苦笑いをしているとカリオペの大きな声が聞こえていた。

「我ら、ヘスティアちゃん親衛隊。この命、我らの神ヘスティアちゃんのために燃やし尽くすんだな」

 カリオペの宣言に大声で賛同するヘスティア部隊の兵士達。その声に答えてヘスティアは大きな緑色の旗を掲げた。

「馬鹿な野郎共。あたしのために戦え、殺せ、死ね、そして、あたしを崇めろ、ひれ伏せ、永遠に愛すると誓え」

 ヘスティアの声をみんな涙を流しならら喜んで聞いている。正直近づきたり関わりを持ちたくない集団だ。

「12の精霊よ。あたしの美貌、魅力、可愛さに引き寄せられ嬉しさのあまり力の涙を流せ」

 ヘスティアの詠唱で旗からは12色の光が辺り一帯を埋めつくほど現われた。12色の色取り取りに彩られてまさにコンサート会場状態だ。

「12属性の粒子召喚。頭は腐ってもその力は腐ってはいなかったか」

 アヌビスが小さく笑うと、ヘスティア部隊のみんなは各々手に銃を構えていた。大小様々だが、どれも今までに見ない技術の結晶のようだ。

「全員、充填用意」

 ヘスティアがそう指示するとヘスティア部隊のみんなは足元に魔法陣を展開させた。そして、みんな各々の色のの粒子を集結させてその色に輝き始めた。

 それを見たメネシスは小さな笑みを見せて足元に魔法陣を展開させていた。

「ハデスにいい知らせもできたことですし。帰りますか」

 メネシスは魔法陣に吸い込まれるように入って行った。それに続いてアテナも入って行った。

 そのすぐ後にヘスティアの旗が大きく振り下ろされた。

「せーの。ドーン」

 ヘスティアの声にあわせて打ち出された数百の銃弾は、12色の輝きを混ぜながら草原の骸骨兵を一掃した。

 たった一発だった。それであの2000もの大群を消し去った。これがシルトタウンを守備するヘスティア部隊の実力。ふざけた連中かと思ったが、その魔力、技術力、戦力は俺達の部隊に並ぶかそれ以上に見えた。

「うん。今日のあたしも絶好調だね」

 ヘスティアは可愛くウィンクを自分の部隊の男たちに見せた。すると、男たちは歓喜の声と勝利の声を同時に上げていた。

 すると、ヘスティアの後ろまで近づいたアヌビスがヘスティアの頭を思いっきり殴った。

「痛いじゃない。ないするのバカアヌビス」

「何が絶好調だ。メネシスを逃がしやがって、姉のネイレードに似て肝心な所で間抜けだな」

「うるさい、馬鹿。見てたけどいかにも致死に向う集団みたいな顔してたのは、何処の黒の集団の何処の馬鹿なんだよ」

 そう言い争いながらアヌビスとヘスティアは殴り合いの喧嘩を始めてしまった。

 それを見てようやく戦いが終ったのだと理解できた。結果はどうあれみんな生きてここにいられることに俺は嬉しかった。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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