第31話 神隠し戦−『バラバラな仮説と同じ答え』
初めは違和感があったが外で食べる食事にもうなれてきた。外に置かれたテーブルには昨夜の残りだろうか焼きそばとりんご飴が置かれている。さらに、その隣には何種類かのパンと鍋にヘドロをぶち込んだような状態になっているポカティがあった。食べあわせと文化を全部無視したような食卓だ。
なぜか、女性三人の食事だけ別物で、クレープになっていた。正直、俺もそっちの方が良かったのだが、クレープの量とアレクトの食欲さらにルリカの馬鹿にするような目線がクレープに伸ばす手を止めさせていた。
渋々とパンを取ると、アンスにポカティの入ったカップを渡された。なるべき離れていた食べ物だが、どうやら各自に割り当てられた量があるようだ。でも、俺の量とアンスの量を比べると、俺のほうが倍ほどあったのだが、下っ端の俺は何も言えないでした。
「みなさん、おはようございます」
ニヤニヤしながら俺にとっては苦痛の朝食に割り込んできたのはライランだ。彼は小さな小包を持ってアヌビスの前まで真っ直ぐむかった。
アヌビスは毎度同じようにみんなのいるテーブルから離れて家の壁に背を預けている。アヌビスのタバコの煙が届かないのと同じで彼らの会話も届いてこない。すると、アヌビスは指先で俺を呼んだ。
嫌な気持ちを持ちながら駆け足でアヌビスの前に行くと、ライランがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。そして、俺がアヌビスの横に並ぶと、ライランはアヌビスに笑みを向けた。
「このたびは、お買い上げありがとうございます。売り買いはしないとおっしゃっていましたが、やはりイメージのためですか。いえ、もちろん私らも商人。お客様の秘密はお守りいたしますよ。と、口止め料も多く頂いたので、が本心なんですけどね。こちらはほんのお礼です」
ライランが薄茶の両手で持てるほどの小包をアヌビスに渡した。すると、中身を確認もせずアヌビスはそれを俺に渡してきた。俺も差し出されたそれを受け取らないでいると何を言われるか分からないので何も考えずアヌビスからそれを受け取った。
大きさは少しあるが、重さは無く片手で持てるぐらいだ。中身が気になったが持ち主はアヌビスだ。彼の許可が無いかぎりこれには触れないのが賢いだろう。
「一つだけ忠告しておく。いくら日持ちするかと言っても人間だ。いまのままだと腐るぞ」
すると、ライランはクスクスと少し小馬鹿にしたかのように笑った。そして、すぐにそれは失礼だと思ったのか真面目な顔になった。
「やはりなれていませんね。そうですね……あれでも15日ぐらいなら持ちますよ。それまでに売れるのでまったく問題も無いんです」
「だが、腐りかけをつかまされた客はまたお前から買うと思うのか」
「それは、かなり珍しいお客さんだけですよ。ほとんどの人がすぐに駄目になるものを望んでいますよ。では、私達は昼ごろ発ちますのでこれで」
二人の会話は身売りの話だろう。客になったアヌビスがライランの品物に率直な感想をぶつけていた。だが、ライランは多くの客の要望を取っているようだ。確かに、商人としてそれは当然だろう。
「次はどこに行くんだ」
アヌビスの質問。ライランとはこれで永遠の別れになるかもしれない。だから、彼らが向う先ぐらい知っておきたいのが俺の考えだが、アヌビスは違うようだ。まるで、マニュアルのように聞いたアヌビスにライランも軽く答えた。
「ヴィルスタウンですよ。ああ、もしかして同じなのですかね。あの街には貴方のお仲間が多いですからね」
俺達の仲間とはもちろんグロスシェアリング騎士団のことではないだろう。旅をする商人の中には己の安全のために軍服を着る商人がいる。その服を着て団体でいれば盗賊などに人間の悪党には襲われにくくなるからだ。
だが、ライランの話には矛盾がある。ヴィルスタウンは敵国聖クロノ国の街だ。そんな街に彼らの敵のグロスシェアリングの軍服を着ていては逆に狙われるのではないのだろうか。特に、敵軍隊のアレスやメネシスに狙われたらいくら腕に自信がある商人でも危険だろう。
「流石の私も、これを用意しましたよ。あちらではあって困りませんからね」
ライランはズボンのポケットから一枚のスカーフを広げて見せた。オレンジ色のそれには俺の背中に描かれている刺繍に似たエンブレムが描かれていた。デザインは違うものの、刺繍の絵の下には『グロスシェアリング騎士に従属する者』と書かれていた。
そのエンブレムの効果について聞こうとしたが、先にアヌビスが口を開いた。それも、いきなり変わった質問だった。
「ライラン。昨夜は俺以外に買いに来た客はいたのか」
「あ、いいや。誰も来なかったそうだが。数も合っていたし、仲間が個人的に楽しんだってことも無いってことだろう。まあ、男の集団だとたまにあるんだよそんなことが。商品を駄目にされると大きな損害なんだよな。まあ、扱うきになったらいつでも声かけなよ。アドバイスするから。では、ヴィルスタウンでまだ会いましょう」
軽く頭を下げたらイランは俺達の前から立ち去ったのを見たポロクルが入れ替わりに合流した。
「では、リョウ。話しをしましょうか」
「いや、俺まだ朝飯を」
「話か。俺にもある。二人とも付き合え」
俺の朝食をポカティ一口にすることで、早くなったがアヌビスも参加することになった会話へとなった。俺達三人は他のメンバーに気付かれないように町の物陰へと進んでいった。
「話しのことなんだけど、その前に一つ質問。敵国の街のヴィルスタウンに軍服を着ていく商人が多いのはどうしてなんだ」
俺がポロクルに聞くと、アヌビスは俺が大事に持っていた小包を奪い取って俺達から数歩離れた。そして、木の根元に座り小包を開いていた。
「アヌビス……聞かないのか」
「興味ない。それに、ポロクルに話しがあるんだろ。それまで待っていてやる。……知恵の輪か」
小包の中身はいろんな色の棒が変わった形に曲げられた知恵の輪だ。カラフルな知恵の輪を手にしたアヌビスは少し笑みを見せて解読へと孤独の戦いへ問い飲み始めた。
正直、ありがたかった。アヌビスが一緒に来ると言ったとき、聞きたいことが一つ聞けなくなると思ったからだ。その話のことも考えて、俺とポロクルはアヌビスからある程度離れて話し声が聞こえないぐらいのところへと移動した。
「では、敵国にこの軍服を着て行っても大丈夫なのかと言う質問ですね。結論を言いますと、国境付近なら軍服を着ていたほうが安全です」
「どうしてだよ。アレスやメネシスなんかの兵に狙われるんじゃないのか」
「簡単に言いますと、ただの雑兵が少数国境付近に現われたと報告があっても有力な武将が出向くことは無いでしょう。それに、もし敵国の兵に見つかっても、行っている行動が商売。軍服を着た商人は有名なのでそれだけで怪しまれないことが多いです。それに、軍人が敵国に侵入するときは、軍服を脱ぐのが常識。あえて、軍服を着ることで軍事常識を知らない軍に属さない者ですと言っているようなものなのです。軍服を着ていない魔力を持ったリクセベルグ国の人間の方が怪しまれますよ」
なるほど、私は軍人ですと看板を掲げながら商売をしている。確かに、軍人なのかと疑いたくなる。それに、実力の無いただの一般人なら敵兵から狙われることも少ないだろう。
「待てよ、それなら俺達がもしメネシスとかに見つかったら」
「ええ、間違いなく乱闘ですね。アヌビスも言っていたではないですか。戦う準備をしておくようにと」
俺達のリーダーのアヌビスはグロスシェアリング騎士団長。まさに、リクセベルグ国エースの兵士です。と言っているようなものだ。もっと最悪なことに、俺達みんなの顔はメネシスたちにばれている。ただの一般兵に見つかる程度ならばれないと思うが、メネシスたちに見つかったらまず誤魔化しきれないだろう。
「まあ、その時は頼りにしていますよリョウ君。で、話しはこれだけですか」
「ああ、そのことなんだが」
俺はもう一度アヌビスのほうを見直した。まだ知恵の輪に苦戦しているようでまったくこちらに目線を飛ばしていない。
俺は昨夜あったアヌビスとの出来事を話した。すると、ポロクルはくすくすと笑った。
「何が面白いんだよ」
「いえ、アヌビスは変わったのだなと。昔とは大違いなのでつい」
「俺には変わったというより戻ったかのように見えたんだが」
出会った当初、アヌビスは命など何とも思っていなかった。だが、最近は簡単に命を奪う傾向が減ってきていたような気がする。丸くなっていたアヌビスが昨夜の出来事で一瞬で元の針に戻ったようだ。
「いえ、変わりましたよ。とても優しく思いやりのある彼に」
ポロクルはまるでわが子の成長を見るかのように優しい目でアヌビスを見ていた。
「身売りの人間はですね。苦痛、空腹、苦悩、疲労、不安、恐怖、その他色々、経験したことのある人にしか分からない苦しみを味わいながら死ぬことを許されず生かされています。もちろん、彼らに自由などありません。自分の全てを商人に握りられた彼らは時が来るまで苦しみ続けながら生きていくんです」
あの生気を感じない顔。放心状態の彼女たちは俺の想像していたより酷い環境で生きていたようだ。
「そんな彼らの前に、自分を殺してくれる人が現われた。人間は弱いですからね。今味わっているいつ終わるか分からない苦痛から逃れるためならそれを選ぶのでしょう。だから、笑顔になれたのだと思いますよ」
それでも俺は納得できない。彼女達も殺されること無く生きていけたのなら必ずあの時以上の嬉しい気持ちになってもっとすばらしい笑顔になれたはずだ。その笑顔を奪うことにどんな理由と言う飾りを並べても許されることではないと思っている。
「もういいか。そろそろ俺も話しがあるんだが」
アヌビスはつまらなそうにバラバラになった知恵の輪を指で回しながら近づいてきた。
「リョウ、悪いですけどアヌビスの話を先に聞かせてもらっても良いですか」
「ああ、待っていてもらったんだしかまわないけど」
譲ったのにはそれなりの理由がある。待っていてもらったお礼の気持ちももちろんあるが、アヌビスを不機嫌にしたくないのが本心だったりする。
「神隠しの話しだ。この犯人、俺達を警戒しているように見えないか」
「そうかもしれませんね。ですが、こちらもいつもにない行動をしたようにそれに対しての反応とも捉えることができると思いますが」
昨夜の祭りは犯人に対してのある種の挑戦状だ。俺達としては誘拐できるものならやってみろと言っていたのと同じで、犯人の力量を測っていた。だが、犯人はそれをどう捉えたのかは知らないが、俺達の対策をやぶっていつも以上の力を見せてきた。まるで、俺達に挑戦状を叩きつけてきたかのように。
「それは、犯人の反応の話しだろ。俺のは犯人の慎重性の面から見ての話しだ」
「どちらかと言うと、大胆だと私は思いましたけど。いつも以上の結果を生み出したのですよ」
俺もポロクルの意見に賛成だ。もし、俺達の対策が無意味だと言いたいのなら、一人さらえば分かることだ。それだけでも十分喧嘩を売った行動になるはずなのに、犯人は危険を冒してまで大量にさらっていった。
「だが、アレクトは捨てた。俺はあれに納得がいっていない。俺もリョウも完全に気配を消していた。だが、結局あの結果。初めから崖に向っていた点から、リョウが飛び出たせいだとは考えにくい。あれだけを見ると、犯人は相当臆病に見えてくる」
「なるほど、洗脳が完成していたアレクトを捨てた意味ですか。力を持った犯人なので、アレクトの力量が分かり危険だと判断したのでは」
「アレクトを洗脳できるほどの実力者がアレクトを恐怖だと見るのか。魔法で洗脳するにはアレクトの3倍以上の魔力と実力が必要だろうが」
ポロクルの意見を断固たる自信で作られたアヌビスの答えで全て叩き潰しあって、お互い何も出ず沈黙の選択肢しか残らなかったようだ。
「囮作戦……」
俺の呟きに二人の視線が俺を刺した。アヌビスのような自信はなかった。ただ、犯人の立場になって考えて出て来た言葉がそれだった。
「もし、アレクトが囮だったら。初めからアレクトではなく、町の人をさらうのが目的だった。それには、俺やアヌビスが邪魔だった。アンスは町の外の巡回、ケルンはミルとルリカの警護、ポロクルは祭りの手伝い。それらを考えると、アレクトを追跡できるのは俺とアヌビスだけだ。ケルンの鳥がいたとは言え、アヌビスの魔力変化の監視網がなくなったのは大きいと思うけど」
「リョウ、お前が言おうとしていることの意味分かるのか」
俺はアヌビスの答えを急かす怖い声を無視して俺の仮説を話し続けることにした。
「それに、いくらいつもと違うからとは言え、監視網に対する徹底的な警戒。俺達や町の警備状況を知らない犯人なら力量を測ろうとする予兆があってもよかった。もし、俺達に見つかった時のことを考えて、下調べをする勇気すらない敵。そんな行動を取る敵って言ったら、俺達が普通の商人以上の実力を持った集団だということを知っている奴らだけだろ」
俺がそこまで話すと、二人も薄々気付いていたらしく諦めたかのように軽く頷いた。そして、アヌビスがここまでの話の結果を出した。どうやら、アヌビスもその類の話しをしようとしていたようだ。
「俺達の配置と管理網、さらには実力まで知っている奴。つまり、町の中に犯人がいるって言いたいんだろ。具体的には誰だと思うんだ」
「ライランかフレッグのどっちかと思うんだが」
「そのリョウの答えには頷けませんね」
すぐに否定したのはポロクルだ。すると、アヌビスもポロクルの意見に深く頷いた。
「リョウには分からないかもしれませんが、あの二人にアレクトを操れるほどの魔力はありませんよ。二人の力を合わせて魔鉱石を大量に集めてもたらないぐらい微量です」
ポロクルの説明の後、アヌビスが俺の予想を拾ってくれるようなことを言った。
「まあ、二人のうちどっちかが犯人で、洗脳専門の共犯がいれば別だがな。そうすれば、洗脳の条件を満たしたのも納得だ。だが、やつらにそのような……」
言いかけたアヌビスは黙って町の中央広場の方へと視野を集中させていた。横を見ると、ポロクルも同じようにしている。俺も真似して広場の方へと目をやった。そこでは、カリオペの兵達が祭りの片付けをほとんど済ませて、今にも旅立ちそうな所までになっていた。
だが、アヌビスたちの目線はその先ずっと先を見ているかのようだ。
「来るな」
「ええ、50ぐらいでしょうか」
「地上40、空10、隠密30ってとこだ。ポロクルもまだまだだな。それより、この波長は……」
アヌビスは少しだけ難しい顔を見せてすぐに笑みを浮かべた。
「面白い奴が来たな」
「み、みなさん。大変です」
俺達三人のところへ慌ててきたのはケルンだ。間違いなくアヌビスたちと同じことだろう。
「メネシスとアテナが国境を越えて進軍してきています」
「得物が近寄ってくるか。各自、戦闘準備をして町の外に集合だ」
アヌビスはそう声を上げると一人ですぐに行ってしまった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。