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第30話 神隠し戦−『密会とその約束』

「もういい。リョウは帰って寝ていろ」

 リョウにそう指示すると、切り刻んだ2つのそれに手を合わせて情けない背中を見せながら町へ帰っていった。あの行為にどんな意味があるかは知らないが、ろくな意味ではないのだろう。

 リョウの情けない背中が見えなくなったのを確認して俺は剣を白い抜いて赤い炎の剣に変えた。赤い剣を肉の塊に向って一振り。刀身から現われた赤黒い炎が肉片を数秒で灰も残さず蒸発させて、周囲の草木をも少し消滅させた。この炎の剣は一番使い慣れていないもので、力加減が難しい。殲滅時には役立つが細かい扱いができるには当分掛かりそうだ。

 剣を鞘に収めた俺は周囲に生き物と魔力等の力が無いことを確認すると空の月を見上げた。丁度、半分の月が空にあり俺にとっては半分の満足感だ。満足いかないが、タバコに火をつけて久々の殺し後のひと時だ。最近は、リョウたちに任せてばかりでろくな交戦が無く、人の感覚を忘れそうだった。今回の遊びはリョウの教育を含めて俺の感覚を取り戻すためでもあった。

 一本吸い終えて、背後の森に視線を飛ばした。ロンロンという獣人が攻めてきたときから感じていた力がすぐ近くにある。さすが名を変えるほどだ。アレクトにはもちろん、俺ですらはっきりと気付けないでいたぐらいの隠れようだ。だが、隠しきれない膨大な力は一度気付いた俺からは逃げられず、その居場所はいつも俺の手中にあった。

 俺に近づきすぎず離れすぎず一定の距離を保ってついてきているその力。その大きさを見るとやはりリョウにはまだ早いようだ。

「いいかげんに出てこい。俺が気付いていることも分かっているのだろ」

 俺が森に向って話しかけると、器用に隠れていた力が一気に解放された。人間でも獣でもない力が周囲に溢れ散っている。俺の牙が久々の実力者を見つけ出しうずき始めている。

 森の中の高い木。その中の一本から黒い影が俺の前に飛び降りてきた。長く黒い髪、人間ではありえない白い肌、金色の瞳、そして、人間では化け物の扱いされる羽と尻尾。なによりも、このあふれ出す力。魔力と身体能力、それ以外にも感じる数多な力。まさに、神に並ぶ力を持ったものと言う所だろうか。

 魔物を統べる者。悪魔とも呼ばれるその存在。死の神の使いと恐怖される彼女もその一人で、プリンセスという名を持つ、肩書き上だが俺の知り合いの娘だ。

「流石です。ジョーカー様を騙すようなことをしてすみません」

「気にするな。それで、なぜこそこそと着いてくる。用があるならさっさと言え」

 それにしても、こいつが俺を呼ぶ時の名前、ジョーカーという響きはなれない。俺の名前なのは確かだが、俺以上にジョーカーと呼ばれている奴の顔が真っ先に浮かんでくる。

 それに、忠告してもこいつは聞き入れないだろう。こいつ、正確にはこいつらは俺のことをアヌビスと呼びたくないのは俺でも分かることだ。

 プリンセスは下げていた頭を上げ、俺をまっすぐに見てきた。その表情からすると、くだらない話しではないのだろう。

「用件は二つ有ります。一つは確認、もう一つは要望……いえ、命令です。どちらからお話しいたしますか」

 俺に対して命令だと。考えるに、その話はプリンセスが独自に行おうとしているものではなく、クイーンかキングの伝言のようなものだろう。俺に命令をするようになったとは、面白い奴らだ。

 目の前で些か緊張気味のプリンセスを見ていじめたくなった。おそらくだが、俺に伝言を話したくないのだろう。前回会ったときより緊張しているのがその証拠だ。俺は、嫌な話は後にさせて、少しでも嫌な報告を持たせることにした。

「確認から話せ。どうせ、リョウのことだろ」

 一瞬苦い顔を見せたプリンセスは、すぐに真顔を向けてきた。

「私も言いたくはありません。ですが、クイーンたちは彼を早急に殺してジョーカー様を連れ戻すようにと言っています。いまは、私を介しての交渉となっていますが、このまま時期を延ばすだけでは、いずれかはクイーン自ら動くかもしれません。まだ、彼とは戦わせてくださらないのですか」

 俺は2本目のタバコに火をつけた。シルトタウンに向けて旅をしているうちに、タバコの残りが少なくなってきている。そろそろ補充の時期かとどうでもいいようなこととついでにそんなことも考えていた。

「お前も見ただろ。人間一人切れない奴がお前と戦って5秒も持たないだろ。奴はまだまだだ」

「そう……ですか」

 浮かない表情になるのもしょうがないだろう。プリンセスは俺には強く出れないし、上に立つクイーンたちの命令は絶対。どちらか片方に力を込めても敵を作ってしまうこいつにとって俺の答えでは現状維持が関の山だ。まったく、不幸な立ち位置なことだ。

「その時が来たら俺から呼んでやる。……で、もう一つの話は何だ」

 プリンセスの話で命令の方で今すぐに帰って来いといわれると思っていが、今の話から違うようだ。それ以上の話しがあるのなら俺としては少し楽しみでもある。

「あ、はい……クイーンからの伝言です。旅の目的は知りませんが、直ちにこの周辺から立ち去ってください」

「それで、はいそうですか。と言えるか。理由を言え理由を」

 すると、戸惑った顔を見せたプリンセスは長い髪を乱れるように振りながら何か迷いを振り払っていた。そして、今まで何かしらで曇りのあったプリンセスの顔が初めて会ったときの優雅なものに戻っていた。

「詳しくはお教えできません。ですが、忠告はいたしました。いくらジョーカー様であれ、私たちの邪魔だと判断した時、その時はこちらもそれ相応の対応をいたします」

「つまり、立ち去らなかったら魔物が攻めてくると言うのか。この俺を潰しに」

 魔物との交戦は嫌いではない。魔物との戦いは人間とは違って一人一人違う。人間なら、決められた部分を切れば倒せるが、魔物は個々で力が違うのと同じで急所も違う。単調な人間相手よりも急所を探しながらいたぶれる魔物の方が楽しみがいがある。

 だが、そんなことはないだろう。俺以外の奴ならともかく、こいつらが俺に危害を加えるようなことはしてこないのは分かっていることだ。

 案の定、プリンセスはゆっくりと落ち着きながら首を左右に振っている。どうやらもう挑発には乗らないようだ。

「ジョーカー様以外の方々です。若干、私たちの問題に関わろうとしているそうですね。もし、私たちの邪魔な存在だと思われたら躊躇せず処分させていただきます」

 今関わっている問題と言ったら十中八九神隠しの件だ。なるほど、こいつらもこの事件に一枚噛んでいる可能性があるのか。これは面白い。これで考えること……いや、潰す対象が一つ増えたかもしれないからな。

「となると、潰しにくるのはお前が来るのか」

「え、あ、はい。流れとしてはそうなっております。場合によってはジャックも加勢に来ますが、ほぼ私と私の配下ですが」

 こいつに加えて、ジャックか。それは面倒そうだな。

「それは難儀しそうな相手だな」

 俺は言葉では困ったようなことを言ったが、顔では笑っていた。だが、プリンセスは何かしらつかめるときたしたのだろう。いきなり声を大きくしてきた。

「ですから、彼らの指揮官のジョーカー様からこの件から退くように」

「断る。強者は嫌いではない」

 俺はプリンセスの言葉を聞き終える前に答えてやった。プリンセスも少しばかりか俺のことを知っているようで、あからさまなため息を吐き用意していたかのような答えを返してきた。

「そうですよね。では、お仲間に害が無いようお気をつけてください」

「で、クイーンたちには何て報告するつもりだ」

「現状変わらず。ジョーカー様は相変わらずでしたと伝えます。では、よい一日を」

 プリンセスは上品なお辞儀をすると森の中へと消えていった。

 俺も紫煙をまといながら森を出て町に戻ると、すっかり朝日が昇り祭りは力尽きたように終っていた。カリオペたちの兵が後始末をしている。

「メネシス、プリンセス、それからエルフィンか」

 俺は遠くでよろよろと歩く部隊のメンバーを見た。この多くの強敵たち、最近緩みきっている奴らにとってはいい刺激だろう。俺は、今後の久しぶりの血沸く戦いを予感しながら部隊のやつらのところへと合流することにした。



 俺は晴れない睡魔を背負ってフレッグの家の前に出された。アヌビスの散歩から解放されてすぐにベッドに飛び込んだが、一時間も寝れずに朝が来てルリカに無理矢理起こされて今にいたる。

 ミルとルリカそれと二人を警護していたケルンを除いてみんな俺と変わらないようで睡魔に半分意識をかじられていた。

 アレクトは眠そうにあくびを繰り返し、アンスは器用に立ったまま寝ている。アンスと同じ事ができればいいなと本気で思う。ポロクルはいつも明白なまでの眠そうな表情など見せないが難しそうな顔で立っているのでみんなと変わらないのだろう。

 そんな中、まともに動いていたのはケルンだけだ。彼はポロクルからのあやふやな指示で今から向う街を調べるために鳥を飛ばしているようだ。ケルンは昨夜から今朝まで微量だが長時間の魔力消費をしている。それは、一晩中歩いていて山を登っていたのと同じ疲労だそうだ。

 そう考えると、かなり疲れているかもしれないケルンは数羽の鳥を飛ばすのでもかなり辛いのかもしれない。だが、睡魔にやられていない分、意識がはっきりとしていてこの中の兵士で最も元気があるのは彼だろう。

「その調子だと、昨夜はぐっすりと寝られたんだろうな」

 俺が嫌味気味にニコニコ笑いながら鼻歌を歌って空を見上げているケルンに問いかけた。すると、彼は太陽よりもまぶしくて嫌味な笑顔を見せ付けた。

「うん。もうぐっすり寝られたよ。リョウが来てから誰も来ないし、いたって安全で心地良い夜だったよ」

「へー、それは羨ましいな」

 俺が見たくないものを見せられていたころ、ケルンは平和な部屋でぐっすりと寝ていた。そもそも、この町で昨夜にぐっすり寝れた人物はこの三人ぐらいしかいないだろう。それに、この町の人にとって安眠は神隠しが解決されない限り夢に見ることすらできないことだろう。

「アレクトちゃん、ミルちゃん、ルリカちゃん、とその他大勢の野郎供も。おはようなんだな」

 俺達のところへ来たのは、緑色の軍部服を無理矢理に着ていて今にもボタンがはじき飛びそうなカリオペだ。彼は俺達の前に来ると汗を拭きキョロキョロと目だけを動かして周囲を見始めた。

「アヌビスは何処にいるんのだな」

「アヌビスなら巡回だけど、急用か」

 正直アヌビスには会いたくはなかった。きっと、アヌビスは何食わぬ顔で現われるのだろう。彼にとってあの二人の命は金貨5枚で買ったもので、それ以上の価値はなかったのだろう。そんな彼に会うと、あの涙を流した笑顔がまた浮かんできそうだ。

 俺しか知らないアヌビスの行動を遠まわしに言うと、カリオペは首を振った。

「いや、いいんだな。どちらかと言うとポロクルとリョウに話しがあるんだな。二人だけ来て欲しいんだな」

 カリオペの要望に俺達がみんなから離れるのではなくて、みんなが俺達から離れていった。ケルンはミルとルリカを連れて朝食の支度へ、アンスとアレクトは物陰に隠れて目を閉じている。ちゃっかり居眠りしようとしている二人に怒りより羨ましさが勝っていたが、それ以上の睡魔でどうでもいいようにも見えてくる。

「実は、良くない知らせなんだな」

 俺達三人しかいないこと確認したカリオペは真面目な顔をして小さな声で話し始めた。

 カリオペがアヌビスがいない状況で俺とポロクルだけを呼んだ時点で話の内容が大凡ついていた。戦力分譲の依頼や戦闘依頼ではなく、俺達の今後の行動を左右するような重要な話しだろう。俺とポロクルは軍師であり、今後この部隊がどのように動いた方がいいか考えるのが仕事だ。もちろん、決定権はアヌビスにあるのだが、俺達である程度選択肢を作るのだ。

 昨夜の決定はその時持っていた情報だけで出したものだが、もし新しい情報が入って新しい選択肢ができるのならその情報を聞いておいて損はしない。それに、アヌビスが考えを変えるかもしれないからだ。

「昨夜、祭りをして明かりを絶やさなかったけど、神隠しがあったんだな」

「何人ほどですか。神隠しにあった人、場所、時間などわかることはできるだけ教えてもらえないでしょうか」

 ポロクルが詳細を知りたくなるのもあたりまえだ。町はカリオペの兵が囲み、町中にはケルンの鳥が飛びまわり、魔力等の力や怪しい人物を探し続けていた。この監視網を掻い潜って町の中心まで行き人をさらわれたのだ。簡易ではあるが、軍レベルの監視網を掻い潜れる存在がいた。神隠しは関係なく、解決しなければならない問題だ。

「みんなアレクトちゃんと同じぐらいの歳の女の子が3人なんだな。それに、みんな祭りの中心にいた人で、急に自分の意思でどこかに行ってそれっきりなんだな。時間は……アレクトちゃんが洗脳されてすぐだった気がするんだな」

「昼間みたいに明るくしていたにも拘らず神隠しがあった。それも、アレクトと同じ症状だな。やはり同じ奴が犯人なんだろうな。だとしたら不味いな……」

 その不味いこととは、神隠しが頻繁になるかもしれないということだ。この町が見つけ出した対神隠し用の作戦、明るい場所に集まって寝ない。これが通用しないことが発覚したのだ。これが町中に広まると、町の人がさらに混乱して団結力が弱ってしまうからだ。

 さらにこれは変な話だ。以前まではこの作戦で守られていた町の人が、昨夜に限って神隠しにあったことだ。俺達が大げさな作戦をしたのが無意味だと言わんばかりに行われた。さらに、従来なら5日に1人ぐらいだった頻度が、アレクトも含めると一晩に4人だ。まるで、俺達に挑戦してきているような出来事だ。

 これらから考えるに、神隠しの犯人が本格的に誘拐を始める恐れがあるかもしれないのだ。

「一応、軍師の二人には知らせたんだな。で、僕は帰らせてもらうんだな」

 と、報告を済ませるとカリオペが帰っていった。それと入れ替わるかのようにアヌビスが来た。

「何かあったのか」

「神隠しがあったんだと。で、どうするんだ」

 俺が簡単に成り行きを話すと、アヌビスはあくびを一つしてタバコを銜えた。

「結局、犯人が分からないのは変わらないだろ。予定に変更は無しだ。ヴィルスタウンに行ってメネシスもしくはそれらしい情報を手に入れる」

 アヌビスは遠くを見てる。その目線の先には撤収準備をして帰ろうとしているカリオペがいた。彼はシルトタウンを守る兵士だ。結果はどうあれ自分の仕事を捨てて手助けしに来てくれたことには感謝をしなければならない。見た目は悪いけどいい人なのかもしれない。

「昼ごろには出発だ。それまで各々自由を許可する。が、その前に朝食だな」

 まったく睡魔にやられていないアヌビスはタバコを潰し、物陰で隠れるように寝ているアレクトとアンスを殴り、ケルンの所へと足を運んでいる。

「ポロクル、朝食後でいいんだが、話に付き合ってもらえないか」

 俺は、アヌビスの後ろについて歩いていたポロクルを呼び止めた。

 話したいこととは、昨夜のアヌビスの行動と、俺の頭の中にあったとある矛盾だ。それを彼にも知ってもらい彼の意見が欲しかった。彼ならアヌビスたちとは違う賢い意見を言ってもらえそうだ。

「別にかまいませんけど。珍しいですね。リョウから話を持ちかけるなど」

 本当は、一人でこの問題を持っているのが辛かったのだ。もしかしたら、俺は犯人の尻尾を踏もうとしているのかもしれないからだ。犯人の姿が分からない以上、一人で踏むのは怖くてできないでいた。

 アヌビスの力で解決するような力とは違う、論理的な根拠をつけることができる力が欲しかったのかもしれない。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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