第26話 神隠し戦−『変な獣達』
町外れからアヌビスたちの元へと帰る僕達は少し誇らしげな顔をしていた。殲滅とまでは行かなかったけど、たった三人で何百もの獣を追い払ったのだ。さっきまでは収まらない不完全燃焼した怒りでたぎっていたが、今は充実した気持ちがあった。
俺は短剣に戻した俺の力の源に再びお礼をした。この武器なら俺を何倍でも強くしてくれると再確認していた。
アヌビスのところへ報告にくると、そこにはポロクルとフレッグとライランがいた。アレクトとミルとルリカはどこかへ行っているようだ。
「三人とも、ご苦労だった。で、ケルンはアレクトのほうに合流しろ」
俺達を見つけるなりアヌビスは次の命令を出してきた。疲れている俺達を休ませる気はないのだろうか。特に、ケルンは町の人たちの避難のため大量の魔力を消費したはずだ。なのに、ケルンは文句一ついわず詳細を聞こうとしている。
「アレクトに何かあったんですか。追撃戦や増援処理の相手なら自信ありませんけど」
ケルンは任務が言われる前に自分の限界を先に言っている。みんなの状況を判断して的確な指示をアヌビスがするかどうか分からないが、疲れているケルンを戦場に放り出してもおかしくないのがアヌビスだ。
「そうではない。アレクトは二人の面倒ついでに先に神隠しの調査にはっている。それを手伝えってことだ」
「そういう事なら、行ってきますね」
アヌビスに敬礼をしたケルンは走って町中へと消えていった。アレクトが何処にいるか分かっているのだろうか。
「リョウ、あの群れの中に獣人もしくは異質な獣はいたか」
ケルンの姿が見えなくなってすぐにアヌビスが聞いてきた。フレッグやライランがいる前でここまでの話をして良いものだろうかと俺は悩んだ。獣の数や指揮官の話などは軍隊ではあたりまえの話だが、普通の行商人がするような話ではない。それどころか、今回のように獣の群れに飛び込んで戦うなどしないだろう。メンバーや営業方針だけでもライランから普通ではないと言われているのに、今回の件で確実に異様な人たちだと見られているだろう。
「どうした。早く報告しろ」
だが、アヌビスはそんなことなど気にしていないようで俺を急かせていた。
「獣人……ロンロンがいたな。奴が退却命令を出した途端、獣達が逃げていったんだ」
「だとしたら、奴の群れだと考えるのが妥当だが……」
難しい表情のアヌビスとポロクルは目をあせた。そのあたりまえの答えが納得いっていないのだろう。
「ロンロンが群れにここを襲えと指示したと考えるのはよろしくないかと」
そのあたりまえを声で否定したのはポロクルだ。それも、慎重になっているわけでも勘でもないようで、それなりの根拠があるようだ。
「ロンロン、彼と最初に会ったときは狼のみの群れを連れていました。ですが、今回は狼以外の獣もいました。本来、獣は他の種族と混ざることを嫌う生き物です。ロンロンに血の壁を越えてでも従う獣の群れがあれば別ですが、獣の多種族の統括は12神でも無理な話です。そう考えると、あの群れは異質なものなのは確かでありロンロンが統括しているのも怪しいものです」
ポロクルの知識は本当に頼りになる。
「それ以前に、奴の動きがおかしい。群れの先頭に立って飛び込んでくるような奴だ。それに、群れのものに怪我をさせないために駆けずり回る奴だ。そんな奴にしては登場が遅すぎる」
アヌビスの根拠は実戦から得るものだ。二人の考えからしてもロンロンがあの群れの首謀者だと考えるのは危ういだろう。もしかしたら、ロンロンは隠れ蓑で黒幕がいるのかもしれない。そう考えると、獣に指示をできる存在がロンロン意外にいる。新たな獣人、もしくは12神の誰かだろうか。
「とにかく、群れは退いた。また来たら潰せばいい。それだけだ」
アヌビスが何も考えていないかのような簡単に答えを出した。だが、よく考えるとアヌビスの答えが一番正確なものだった。首謀者が分からない以上、何をどうすればいいか分からない。となれば、第一の目的の町を守るだけに考えを集中するしかない。その過程で何らかの手がかりを手に入れる。そうしながら解決するのだろう。無駄に答えを早急に求めると第一の目的がおろそかになるかもしれない。そんな流れがアヌビスの言葉から感じた。アヌビス本人がそう考えているかどうかは別だが。
「アヌビス。貴方達は一体何者なのですか」
俺が恐れていたことが現実に起きた。ライランが俺達のことを疑い始めたのだ。
「行商人だが」
「それにしては戦いなれしていないか。それに、あの三人の強さ。行商人の枠では納まらない強さだろ」
「俺達は商品以外にも何でも屋をやっている。この時代、獣退治から敵国の護衛はあたりまえ。これぐらいの力がなかったらやっていける仕事ではない。これで納得できるか」
アヌビスはライランの質問に一瞬も止まらず答えている。マニュアルのように何度も練り直されたような答えを聞いたライランは続けて何も聞けず頷くだけだった。
「それで、フレッグ。町の長のお前が知らないはずがないが、獣の群れが襲ってきたのは今回が初めてか」
「い、いえ。初めてではありません」
アヌビスに睨まれているフレッグはばつの悪そうに答えた。
「忘れていただけなのなら別に構わんがな。いつもあんな群れが襲ってくるのか」
「い、いえ。いつもなら多くても10頭前後です。今回ほどの数は初めてです」
すると、アヌビスは鋭い目付きでフレッグを睨み付けた。その獣以上の瞳の鋭さはフレッグを震えさせ言葉を飲み込ませていた。
だが、アヌビスが睨みつけるにはそれなりの理由がある。今回の場合、フレッグの対応の変化のせいだろう。アヌビスは着飾る人間を嫌う傾向があるようだ。
「敬語を使うな。俺はお前の年下だぞ。……今までは狼だけの群れが襲ってきたのか」
フレッグは呆気にとられた表情をしたが、すぐに小刻みに頷き落ち着いたようだ。
「あ、ああ、分かった。そんなことはなかったな。いつも狼や熊が混ざった獣達が襲ってきていたな。狼だけとかは一度もなかった。いつも町の周りに現われて数人に怪我をさせたりしてすぐに帰っていていたから、普通の獣と変わらないと思ったんだ。現に周囲の町や村でもそれぐらいは日常茶飯事だと聞いていたからな。話すほどでもないかと思ったんだ」
フレッグやライランなどの一般人にとって獣はただの獣でありそれの習性や特徴を知るものは少ないのだろう。その辺りからしてもアヌビスたちは軍人で知識が一般人より突出しているのだろう。だが、同じ軍人のアンスは分からないようで欠伸をしながら空を見上げている。
「となるとおかしな話ですね」
またしても疑問を持ったのはポロクルだ。彼は顎に手を当てて声を出しながら考え始めた。
「いつもは少数の群れで襲っていた獣が、今回急に数十倍の数で襲ってきた。これは自然な動きではないですね。ですが、目的は従来と変わらず。一体何があったのか、それとも何らかの目的があってあの数で攻めてきたのか。不思議な群れでしたね」
「ポロクル。あの群れは今回の神隠しに関係あると思っているのか」
アヌビスに睨まれポロクルは考えるのをやめた。ポロクルもアヌビスと付き合いが長いから彼の考えの基準を熟知しているのだろう。
「いえ、はっきりとは言えませんが関係ないです。すみません。深追いしすぎました」
「そうだ。俺達の目的は神隠しだ。獣についてはフレッグが解決する問題だ。っというより、これ以上面倒は増やしたくない」
アヌビス、意外と無責任だな。国を守る軍人のリーダー格じゃないのかよ。
「それじゃ、アレクトたちに合流するぞ」
アヌビスはフレッグとライランに背を向けてアレクトたちを探すことにした。
「おい、アレクト。何をしている」
アヌビスは眉を曲げて明らかに怒っていた。アレクトたちを見つけたのはライランたちの出している簡易飲食店のような店の前だ。馬車を改造して中に調理場を設けた移動屋台のようなものだ。何を売っているかは分からないが、町中の子供や数少ない女性も集まっていて賑わっていた。
アヌビスの声に驚き振り返ったアレクトの頬には溢れんばかりに何か詰まっている。その彼女の両手にはクレープが持たれていた。
この世界にもクレープがあったのかと不思議に思ったがどこか少しずつ違う。生クリームは少し黄色くてカスタードが混ざっているようにも見える点や果物の種類の少なさや巻き方は春巻きと同じだ。有り合わせのものでなおかつ初めて作ったという感じがするものだ。
ライランほどの商売人がここまで未完成のものを売るだろうか。そもそも、なぜ彼はクレープの作り方を知っているのだろう。クレープがこの世界のものではないのは周りの人たちの反応を見るだけでも分かる。アレクトがはじめて俺の事典でプリンの存在を知ったときの反応とよく似ているからだ。
「ふんぐ、ふむふむ、ふんむぐふむ」
アレクトはアヌビスの顔を見るなり焦りながら必死に話そうとしていたが、口の中にクレープが居座っているせいでまともにしゃべれていない。
「アレクト、水飲んで落ち着く」
アレクトに水を差し出したルリカもいつもとは違う様子だ。ルリカがいつも大事に抱えている魔道書を持たず変わりに白いフリフリのエプロンとお皿に乗せたクレープを持っていた。
「アレクト。聞かなければならないことは沢山あるが、この店はなんだ」
水でクレープを飲み込んだアレクトはむせ返りながらアヌビスに笑顔を見せた。
「ええっと、話せば長いんですけど」
「かいつまんで話せ」
不機嫌なアヌビスを見てアレクトはたじろいでいたが、真面目な表情に戻り軍人らしくなった。
「神隠しについて女性の話を聞きたいと思いました。ですが、みんな話したがらないんです。それどころか私たちに近づこうともしなかった。だから、なにかで打ち解けようと考えたんです」
「それで、この騒ぎか」
アヌビスが見る先にはライランの店を囲む女性の群れ。確かに、神隠しに脅えている人たちのようには見えないぐらいみんな明るい表情だ。
「はい。儲けの全てを差し出す代わりにお店を借りたんです」
「だが、人を呼び寄せるための商品をアレクト、お前自身が食べてどうするつもりなんだ」
アヌビスの鋭いツッコミにアレクトは苦笑いをしながら頬をかいている。
「あ、あの、その。味見のつもりがいつの間にか両手に持っていて……アヌビスも食べる?あ、リョウ君もアンスやポロクルもどう美味しいよ」
アレクトが誤魔化すためにクレープを差し出した。久々に見た元世界の食べ物。それもクレープは嫌いではなかった。見た目は不自然だ味はおいしそうだ。
「ふざけるな。真面目に調べろ。ところで、ミルとケルンが見えないが何処に行ったんだ」
口では怒っているがクレープを真っ先に手に取ったのはアヌビスだった。アレクトは小さく笑いながら馬車の方を指さした。そこには、二人並んでクレープを作るミルたちがいた。二人はルリカと同じ白いフリフリのエプロンを付けている。男のケルンにそれが以上に似合っているのを見て兄はどう思っているのだろう。
「なあ、アンス。弟のケルンがあんな格好して楽しそうにクレープ売っているけど、兄としてどう思うんだ」
「可愛いな。本気で惚れそうだ」
じと目で横を見ると、本当に頬を薄く染めているアンスがいた。聞いてはいけない内容だったのだろうか。
「ケルンが女装することは任務上何度もありましたからね。とくに、アレクトでは入れないところではよくやってくれていますよ」
ポロクルの話ではケルンが女装することはあたりまえで、ケルンが男として働く時間より長いようだ。なぜ、アレクトが女性としてその任務をしないかというと、パーティーなどのお酒が絡む場所だとアレクトは仕事どころではなくなるからだそうだ。
「それよりいいのかよ。ミルにまでクレープ作らせて」
俺はケルンの隣で忙しそうにクレープを渡しているミルを指さした。彼女のなりは俺達と同じ軍服だが立場は王族の一人だ。今回の旅の大きな目的は、ミルを王都まで安全に運ぶというものだ。そんなのちお姫様のミルを扱き使って問題ないのだろうか。
「それは問題ないよ。ミルちゃんが自分から手伝いたいって言い出したんだから」
アレクトが言うが、お姫様を働かせてアレクト自身はクレープを貪り食っていていいのかと思う。
「それで、何か収穫はあったのか」
過程より結果を求めるアヌビスはアレクトに迫った。だが、アレクトは力なく首を左右振った。
「駄目。手がかりになりそうなものなんて何も掛かった。でも、強いて言うなら」
アレクトが少しでも手に入れた情報らしくそれを小さく語った。
「神隠しでいなくなった奥さんを探しに町を出た旦那さんも帰ってこないって言われていたね。でも、獣に襲われて帰ってこないだけかなって思う」
「こっちでも獣か……」
愚痴かのように小さく言ったアヌビスを何も知らないアレクトが小首を傾げてみていた。
「しょうがないな。おい、アレクト。些か荒業を使う。覚悟はいいか」
アヌビスは何か策があるようでアレクトに覚悟を求めている。いつもは俺様宣言で決めてしまうアヌビスなのに、アレクトに賛否を求めるなどおかしな話だ。
「アヌビスの考えなら従うけど……妙に慎重で気持ち悪いよ」
「甘いものを食べ過ぎて興奮するお前よりかはましだ。今夜のためだ。好きなだけ食べることを許可してやる」
それだけ言い残すとアヌビスは俺を呼んで集団から離れた。最後のアヌビスの台詞の意味が分からないアレクトはとりあえず、両手にクレープを持って騒ぎ始めた。
「アヌビス。どんな考えなんだ」
俺を呼んだのは俺だけにその策を知っていて欲しいからだと思う。だが、それを聞こうとするとアヌビスはあの恐怖すら感じる三日月の笑顔を見せた。
「なに、簡単なことだ。神隠しにあってきたのは一般の弱い人間。弱いから帰ってこられなかったのなら、神隠しの犯人に強者を掴ませる。猫だと思ったら獅子の尻尾だったということだ」
「つまり、囮作戦ってことか」
「まあ、簡単に言うとそうだな」
確かに、獣に襲われたり誘拐されたりするのが原因なら、強いアレクトなら逃げ切れるだろう。そうすれば、犯人の隠れ家も分かり一気に解決するだろう。
「だけど、それってかなり危険じゃないのか」
そこまで心配はしていない。だが、アレクトも一応……立派な女性だ。一人で対応できないことも多いだろう。すると、俺の不安を飛び越えるぐらい嫌な発言を耳にした。
「確かに危険だ。だから、全員でアレクトを監視する。がんばれよリョウ」
アヌビスの一言でまたしても徹夜が確定した。俺、最近まともに寝ていないなと心の中で泣いていた。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。