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第25話 神隠し戦−『リョウ力 産声』

 長剣を握り締めて眼前の敵を見渡した。狼、熊、猿そんな獣が何の規則性もなく暴れ周りの物を破壊しつくしている。まだ町には入って来てはいないものの、このままではいつ町に踏み込まれるか分かったものではない。俺達の任務は獣の一掃を含めて町の死守と言った所だろ。

 数多くの敵を一掃するには特大魔法が良いだろう。都合の良いことに、ケルンとアンスの二人ならそれなりの特大魔法を使える。前回の機械竜を打ち落とした時の技がいい例だ。

 だが、その得策はみんなが分かっている時にしか使えない。獣の群れの中には町の人たちも混ざり戦っている。いくら二人でも彼らを避けて魔法攻撃を当てるのは難しいだろう。

「なあ、ケルン。具体的にはどうやって攻めるつもりだ」

「そう言えば、リョウと組むのは初めてでしたね。その返事は兄さんを見れば早いかと」

 ケルンが指さすのは俺達より先に群れに飛び込んだアンスだ。彼の周りには多くの獣が逃げ道を塞ぐように集まっていた。だが、アンスは退くことも止まることも考えず一直線に敵の群れを突き崩しながら進んで行っている。彼が進んだ道には獣の死体がタイルのように敷かれ道になっていた。

「僕達のスタイルは、兄さんが進んで僕が補佐。リョウは好きな方を手伝ってくれればいいですよ」

 そう言うと、ケルンは弓に5本の矢を据えるとまとめて放った。すると、アンスの後方を囲もうとしていた獣達の頭を貫き一撃でアンスの後方の安全を作り出した。

「おい、リョウ。暇なら手伝え。お前は前線が似合うだろ。それと、ケルンも来い」

 ケルンのように気の利いた戦い方はできないと思っているとアンスに呼ばれた。アンスの横に並んで立つと、俺達は背中合わせになった。

 三人合わせて360度の視界を手に入れたが、その視界全体には獣しかいない。ケルンの後方支援がありながら囲まれた。そう思ったが、これも作戦のようだ。

「リョウ、ポロクルの話だと才子だってな。何か楽にできる方法は思いついたか」

 アンスは力任せで戦場の中心まで切り開いてきたのだが、流石に疲れてきたのだろう。それに、進むのに邪魔な獣しか倒してない。したがって、来た道は既に獣に埋められていた。アンスは何も考えずここまで切り開いたのだろう。

 アヌビスやアレクトは自分で考えて戦っていた。だが、この二人は戦う力を持っていても、上手く戦うための判断や考えが苦手のようだ。これが、アレクトとアンスの差と言った所だろう。今回、この二人のお供に俺が選ばれた理由が少しわかった気がした。

「二人の魔法。あれが使えれば一番早いと思うぞ。だけど、町の人をここから遠ざけてからだけど」

「つまり、町人をこの戦場から追い出せばいいんだな」

 アンスはさも簡単だと言っているような余裕の笑みを見せた。ケルンと目を合わせたアンスは目で周囲を見ろと指示をした。

 俺達の視界には多くの獣と、その先に戦っている町の人がいる。数えると50人ぐらいしかいないし、戦場の真中であるここより町に近い。全力で走れば3分で戦場からいなくなるだろう。

 だが、彼らの周りにも彼らの倍近い数の獣がいる。果たして彼らが大量の獣に臆することなく町まで走りぬけるだろうか。そんなこと考えるまででもない。竜神の力を持つ俺ですらこの数の獣に睨まれるとすくんでしまう。ただの剣や斧を持った彼らだ。この戦場まで出てきただけで十分勇気を振り絞ったのだろう。そんな彼らに脅えるなというのは酷としか思えなかった。

 そんな一般人の扱いや考えを俺よりもよく知っているのは、俺より軍事歴の長いアンスとケルンの方だろう。今も昔も戦争中のこの国の軍人である二人は、言葉一つで民衆を動かすことぐらい何度もあったのだろう。その証拠に、二人はすでに町の人を動かすためと今後の簡単な打ち合わせをしていた。

「ケルン、魔力を半分送るから5分で町の奴らを周囲から追い出せ」

「分かった。でも、兄さんはそれだけの魔力でもち続けられるの」

「正直無理。だから、急いでくれよ。一応、アレクト達にもそれなりの覚悟をあおっておいてくれ」

「わ、分かった」

 アンスは右手に光の球体を作りそれをケルンに手渡しをした。それを持ったケルンは金属製で変わった形の一枚の羽を手に持っていた。

「それじゃあ、頑張ってくださいね」

 すると、ケルンの姿は消えケルンの気配すら無くなっていた。元々いた場所に手をやってみても何も触れることはない。

「き、消えた。何処にいったんだ」

空色の羽(レミントス)だな。姿を消すことのできる機械だ。これで、数分後には魔法で一掃ができるぞ。次はどうすればいいんだ。俺の魔力も限られているし、戦力はガタ落ちなんだけど」

「な、何も考えていないであんな指示をしていたのか」

 アンスは槍を地面に勢いよく突き刺して胸を張った。そして、不安など微塵もない顔をしている。

「考えることを俺に求めるなよ。考えることはポカティより嫌いなんだから。それに、リョウならこれぐらい何とかできる考えを持っているんだろ」

 アンスの期待の瞳を見て俺は何も言えず立っているだけだ。俺の曇ってゆく表情を見たアンスの自身に満ちていた表情も少しずつ変わり始めた。二人の表情が変わるにつれて獣との距離も縮まってきていた。

 変わっていないのは、獣たちの数と俺とアンスの置かれている状況だけだ。

 すると、いきなりアンスが大笑いを始めた。そのアンスから距離をとったのは俺だけではない。周りにいた獣達も急に現われた危険人物に警戒するように一歩飛び跳ねて離れた。

 思う存分笑ったアンスは最後に大きなため息を吐いて真っ直ぐに前を見据えていた。その瞳は獣のものより鋭く強い光を宿している。

「いいねえ。魔力の半分を失ってこの数の敵。戦果はたいしたことないけど、いい経験になるな」

「おい、アンス。もしかして……」

 逃げずに戦うのかと問おうとすると、アンスは槍の先を熊の喉笛に突き刺していた。

「獣なんかに臆するかよ。お前らなんか丸めて夕食にしてやる。……主にリョウがな」

「お、俺がするのかよ」

「冗談だ。獣に言葉が通じると思うのか」

 だが、アンスのその言葉を発してから獣の攻撃の頻度が増え始めた。


「それより困ったな流石に数が多いな……って」

「こんな所まで来て……よっと、そんなこと言ってる場合かよ」

「しょうがないだろ。アヌビスならともかく、ケルンの……おら、ケルンの魔法すら使えない状況なんて珍しいんだから……よっと」

「無計画に魔力を渡したお前が悪いとは言わないんだな」

「自分の非を認めるのは……過去を悔いる者だけだそうだ……ぞ」

 俺とアンスはそこまで強くはない獣を捌きながら愚痴を言い合い始めた。

 獣人のロンロンよりかは強くはないただの獣達だ。剣を一刺しするか深い切り傷を付けるだけで倒せる。それに、命を絶つ致命傷を与えられなくても深手を与えれば逃げるように群れに戻っていく。俺達は、自分の身を守るために攻めることはせず近づく敵だけを相手していた。

 100近くの獣に囲まれて俺達が生きていられるのには、今回の敵がただの獣だったからだろう。人間のように知略を持たない上に魔法も使ってこない。ただ力任せに殴りか掛かってくるだけだ。拳で殴りかかってくる相手に俺達の魔法や刃物は一段上の力であり優位な戦いができている。

「たく、ケルンの奴はまだかよ。このままだと、マジでやばくなるぞ」

「もう人の姿は見えないのにな」

「全員に空色の羽(レミントス)でも付けさせたんだろうよ。獣に見つからないようにするにはいい機械だからな」

「それなら、ケルンが戻るのもそろそろか」

「いや、姿が見えないだけで近くにいるかもしれない。魔法の話はケルンの姿が見えてからだ。正直、期待しない方がいいかもな」

 アンスとの会話で彼も考えなしで動いているのではないと少し思った。今は力に自信のある獣が一対一の勝負を挑んできている。それは俺達にとって良いことで、それが続くのなら体力のある限り負けることはないだろう。だが、獣もそこまで馬鹿ではない。敵が代わるにつれ武器の対策を覚えだしてきている。この流れで魔法対策を立てられて集団で襲われることを俺達は恐れていた。

 俺が一度に相手できるのは2匹が限界だろう。アンスなら5匹でも問題なさそうだ。だけど、それ以上に攻められる可能性が無いわけではない。ケルンが来るか獣が学習するかの勝負になっていた。

「なあ、リョウ。どんな技が使えるんだ」

「竜神の力だけだが」

「違う。具体的な技だ。俺は雷撃と能力強化だ。それなりにあるだろ、こうやって戦いたいって」

 俺の具体的な力。今までは竜神の力に振り回されていただけで、自分のこだわりで戦ったことはなかった。即座に答えられない俺を見てアンスはヒントをくれた。

「決めてないならいいことだ。十分悩んで考えろよ。自分にあったスタイルを見つけることだ。まあ、初めは誰かの真似をするのも悪くないけどな」

 自分の戦闘スタイルか。確かに今まで会ってきた人たちはそれぞれのスタイルで戦っていた。その人たちの戦いを見て強く見えたのも彼らが自分の力とスタイルに自信があったからだろう。プリンセスの時もロンロンの時もそうだ。彼らはその二つを持っているから俺より強く見えたんだ。

 でも、俺もそれは分かっていた。だから、アヌビスの真似をしてみて剣士になってみた。だが、結果はこれだ。俺に剣士は向いていないのだろうかと、ロンロン戦のときからそう思っている。頭の中に聞こえるあの女の声にも答えられなかったのは剣士に納得いっていないからだろう。

「まあ、なんだ。俺もアヌビスに育てられたから上手く言えないんだが、武器を持たなくても強い奴なら武器を持ったらもっと強くなるよな。アヌビスに初めて教えてもらったことはこれなんだがな」

 武器を持たない戦士。なるほど、竜神の身体能力を最大に生かすなら武器は邪魔なのかもしれない。それを試してもいいな。

 おい、聞こえているんだろ。

『うぬ、主の相手をするほど暇ではないのだが』

 いつも勝手に話しかけてくるんだ。たまには俺の話も聞け。

『で、話とは』

 この剣、長剣以外にもなることはできるのか。

『可能……だろうな。奴の考えはよく分からんがな』

 奴だと。お前がこの剣自身じゃないのか。

『主は馬鹿か。主に武器と話すほどの力があるはずがなかろうに。まあ、必死に願ってみることだな』

 短剣。この剣は俺の声に答えて長剣に姿を変え竜神の力の源といってもいいだろう。力を欲した時に答えてくれたのなら、俺の臨む姿にもなってくれる。そう剣を信じた。

「まずは経験だな」

「お、何か見つけたみたいだな」

 小さな声だが力強く呟いた俺を見たアンスは小さく笑っていた。

「アンス。俺の背中を守ってくれるか」

「大きく出たな。いいぜ、安心しろ」

 アンスに頷いて礼を言ってから一歩前に出て長剣に願った。咄嗟の時には剣に戻せて肌身離さず持っていられるもの。そして、両手両足が自由に使えて決して邪魔なにならないもの。そして、欲を言うなら……。

「かっこいいデザインのものがいいな」

 蛇足を加えると長剣は一瞬で姿を変えた。持っていた長剣の柄は細い鎖に変わり、刀身だった部分は小さな銀色の十字架のアミュレになった。宝石も紋様も何もないシンプルなものだ。

 黒を中心としたこの軍服には輝く一点として映えるものだと思いながら首に掛けた。

「悪くないセンスだな」

 そして俺は小さな自信を手に入れて目の前の敵に向うことにした。


 今俺の竜神の開放度は皮膚の強化と身体能力が高い程度だ。これぐらいならあの声が聞こえるだけでなんら問題ない状態であり竜神としての最弱能力だ。アヌビスがいないがこれだけの獣を同時に相手するならそれ以上が必要なので解放させていただこう。

 正しいかどうかは分からないが、俺は十字架のアミュレを握り締めた。

「獣の爪を塞ぐ鎧。木を打ち砕く拳。俺の中に封じられし力よ。主の許可により再びこの身に宿れ」

 アミュレを強く握っていた右の拳の隙間から光が抑えられないほど溢れてきた。その光を浴びた両手は長い爪が生えていないものの獣の手になっていた。

 竜神の力は己の体にしか作用しないと思っていたがそれは違うようだ。俺の着ていた黒い軍服は肌と一体化したように吸い付いてきた。さらに、その服の袖の黒は俺の手を覆い左頬をも覆った。さらに、デザインの金色の刺繍は生き物の血管かのように新たな紋様を描き始めた。

 その肌と変わらないような軍服は徐々に硬化し始め全身を針の鱗で覆ったかのような鎧になった。

「黒竜か……竜神の力がこんなに凄いものだったなんて」

 アンスが俺の姿を見て驚いている。身内ですら苦笑いをする容姿だ。今から俺に狩られることになる獣も脅えているのは当然のことだ。

 俺が睨みを利かせると何匹かの獣は背を向けた。さらに、一歩踏み出すと後退し始めた。だが、その中で一匹の熊だけは動かずそこにいた。

「ロンロンには悪いが真似させてもらうぞ」

 直々彼から教わった訳ではないが、俺はうろ覚えながらもあの姿勢になおろうとゆっくりと動き始めた。

 俺は右手を天に左手を地に伸ばし、その腕を動かさず徐々に膝を曲げて姿勢を低くしていっていく。そして、獲物の首元と脇腹に視線を絞る。そして、指一本一本から糸が出てきているかのように標準を決めていった。この感覚はまるで、どの指がどの場所に刺さるのかを決めているかのようだ。10本の指すべてに行き先を決めた。そして、縮めきった膝を思いっきり伸ばし俺は勇気ある熊へと飛びついた。

 かなりの距離があったにも拘らず、一秒足らずで懐に飛び込まれた熊は鳴き声すらあげられずにいた。そして、10本の指が熊の毛皮を裂き肉に食い込む感触が直に伝わってくる。長剣や武器では味わえない感触だ。その感触をひしひしと感じながらゆっくりと笑顔に変わる顔に連動して指は熊の肉を食い千切るための一声を待ち遠しくてうずうずと震えている。

挟手牙(ぎょうしょうが)

狼厳波(ろうげんは)

 技名を叫んだが、指には食い千切った感触が来なかった。指に残った感触は食い千切るほど大きなものではなく、指先で肉をひっかいた感触だけだ。だが、変わりに胸部に小さな痛みを感じる。黒い鱗の軍服には逆三角形のように三つの点が跡を残している。本来なら強力なその技もこの鱗の鎧の前では傷すら付けられないようだ。

「この技。やはり、この群れを指揮していたのはお前だったか」

 かなりの速度でこの戦場に来たのだろう。いまだに土煙で姿がよく見えない。だが、この技を使う奴を俺は良く知っている。

 土煙が晴れると、そこにいたのは獣を統べるものである獣人のロンロンだった。

「リョウ……だよな。短い間にずいぶんと強くなった」

 ロンロンが今回の事件をわびることもなく平然な顔で俺の目の前に立っている。彼の後ろには蹲る生きた熊がいた。

「ロンロン。今度はどんな言い訳をするつもりだ。もう、お涙頂戴の作り話は通じないぞ」

 ロンロンは苦虫を潰したような表情を俺に見えないように俯いている。だが、俺の目からは逃げることはできなかったようだ。

「みんな、頼む。奴らは俺達では勝てない。だから、逃げろ。逃げてくれ。頼む、生きるために逃げてくれ……」

 ロンロンの涙の湿り気を持った大声が戦場に響く。それを聞いた獣達は我先にと地響きを立てながら戦場を去り始めた。そして、ロンロンも俺に背を向けて走り出した。

「おら、ロンロン。待て……」

 俺がロンロンを追いかけようとすると、背骨に一筋の電撃が走った。頭では走れと命令しているが体が動かない。俺の眼前に現われたのは欠伸をしているアンスだった。

「アンス、何しやがる。ロンロンに逃げられるだろうが」

「そこまでむきになって追う必要ないだろ。獣を殲滅できなかったのは痛いけど、町を防衛死守はできたんだ。アヌビスも好としてくれるだろうよ」

 いまだに戦場から立ち去る獣達は口には人間の死体を銜えている。俺は、生まれたばかりの大きな力の矛先を足元に転がる獣の亡骸をけることで少しだけ晴らしていた。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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