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第-2話 バッチは時として人を抑え付ける

 倉庫の中はぶどう酒の香りが満ちていた。酒はあまり飲まないが、安価のぶどう酒だとすぐに分かる。扉と同じ大きさの巨大な酒樽が幾つも並んでいる。入り口近くに置かれているのだから飲み頃なのだろう。穀物や干し肉などの保存の利くものも多くありまずまずだ。質より量なのは、この時代ならしょうがないだろう。

 奥に進むにつれぶどう酒の香りが無くなり、砂埃の臭いがし始めた。野菜や干し肉が減っていって、代わりに紅茶葉や調味料などが置かれていて、独特の鼻を刺す臭いが混ざっていった。

 そんな独特の臭いの中、金属同士が擦れる音がした。ジャラジャラと鎖が揺れる音に似ている。こんな所だから家畜の豚でもいるのだろうか。にしては、気になる臭いは無いが。

 倉庫の一番奥の隅にある棚を曲がると、必死にライ麦パンに噛り付く少女がいた。

 薄汚く一枚の布を全身に巻いているだけのような服を着ている。

 少女の居る所にはものはなく広い空間で、ボロ布と空ダルだけ置かれていた。

 そこに住んでいる様な少女は、左手と柱が鎖で繋がれていた。ライ麦パンだけを食べ続けていてよく噎せている。

「おい、お前はなんでここに居るんだ」

「?」

 ようやく俺が居るのに気づいたらしい。しかし、不思議そうな顔を見せて、またライ麦パンを食べ始めた。

「おい、無視するな」

 少女の胸倉を掴んだが、少女は何とも思っていない顔をしていた。

 すると、嫌なものが目に入る。その少女の胸元には、俺のと同じ類のバッチがあった。

 俺の国は階級制があり、その階級を表すのが国王から授かったバッチだ。形で職業、色で地位を表している。

 本来、形が同じ者同士の時にしか気にしないのだが、こいつが付けているバッチの形は桜の花。つまりこいつは、王族の娘ということになる。

 そんな上身分がこんな所に居るということは、こいつは捕虜なのだろうか。だが、普通こんな所に居る分けがない。

 護送中だったから、あれだけの兵が居たのだろう。その答えが一番しっくりくる。

「お前、誰の娘だ」

「………」

「……誰の娘だ」

「………」

 右手に持った剣に力が入る。こんなふざけた奴、バッチが無かったら即切り捨てているところなのに……。

「……」

 俺の怒りを知ってか知らずか、俺の服を引っ張ってきた。どうやら、助けて欲しいのだろう。

 ここで助けておけば何かと役に立ちそうだ。にしても、苛立ちが増していく。

「お前、名前は」

「…………」

「うがががあああ」

 怒り任せに鎖を断ち切った。柱に近い所を切ったにもかかわらず、少女の左手も引っ張られていた。相当力が入っていたらしく、柱が半分以上抉れている。

「…………」

 左手を摩りながら少女は、恐怖に満ちた顔をしていた。

「………お前、喋れないのか」

「……」

 頷いた。言葉は理解できるようだ。頷いてから少女はずっと俺のことを見ている。

 見たところ10歳ぐらいの子で背中まで、伸びたブラウンの髪と俺より深く赤い瞳が特徴だ。

 何時もなら顔なんて覚えないのだ。実際、自分の部隊の兵の顔なんて覚えていない。だが、こいつを王都まで連れて行かなきゃならない。そうなると、戦場を通ることや敵の襲撃を受ける時もある。そんな時は、こいつを見つけ出して守らなきゃいけない。まったく、厄介な拾い物だ。

「取り敢えず、この食料を持てるだけ持って行くか。残りは、ギャザータウンの奴らに取りに来させればいいか。となると、何人か兵を残して、最短でも……3日か。でも、餓鬼が増えたから、少なく見積もっても5日はかかるな」

 地面にここからギャザータウンまでの簡単な地図を書きながら、残す兵の数や移動ルートを考えた。

「問題は餓鬼の量だな。途中で削るか……」

「……」

 下を見ていた顔を上げると、赤い瞳がこっちを見ていた。

「何見てるんだ」

「――?」

 少女は、俺の書いた地図を指さしながら、楽しそうな顔を見せてきた。何を聞かれているのか全く分からなかった。分かっても答える気は無いが。

「見るな」

 地面に書いた直線の集まりを踏み消すと、少女の左手に残った鎖を引きながら倉庫を出ようとした。

「たく、名前ぐらい分かれば便利なんだがな」

 鎖にはゆとりがあり少女は俺の横に嬉しそうに付いて歩いた。

 

「あぢー。何だよこれ。最悪だな」

 倉庫から出ると蒸し暑い風が吹いてきた。肌を焼く火の熱さではなく鎮火後の蒸し暑さだ。

 兵達も詰め込めるだけの食料を馬車に乗せていた。この倉庫以外にもかなりの量があったようで、餓鬼達にも食料を持たせていた。

「アヌビス、出立の準備ができたぞ。どうするよ?」

 今度は若いが俺より年上の男が来た。こいつの名前はアンスだ。部隊で名前を知っている数少ないやつだ。言ったことだけではなく自らも判断して行動する奴だ。上官としては有望な奴と思うのだろうが、俺は使える奴としか思わない。

 俺の下に付く以上、どんな身分でもどんな奴でも使えなくなったら切り捨てる。こいつは、まだ切り捨てる理由が無いだけだ。

「兵の残数はいくつだ」

「アヌビスを含め378人だな」

「そうか、では指示を出す」

 すると、俺の目の前に兵が二列に並んだ。怪我をしている者、していない者色々いるが実用性があるのは半分ぐらいだ。

「おい、お前はここに残れ。好きなだけ兵を選んでいいから7日間ここを守れ。ギャザータウンから加勢を送るから、そいつらと食糧を運べ。残りは俺とギャザータウンに向かうぞ」

 アンスは返事をして兵を選び始め、他の兵も最後の準備を始めていた。

「アヌビス少将、その子供もあのためですか」

 兵が俺の後ろにいた鎖付きの少女を連れて行こうとしていた。素直に付いて行こうとしたそいつの鎖を引っ張った。

 少女がいきなり倒れたので兵は驚いていたが、俺の顔を見て強ばっていた。

「こいつは俺が担当する。俺の所に二人分の食料を届けとけ」

「そ、そうですか」

 そいつは小走りで逃げるように何処かに行った。

 

 俺は少女を連れて町外れの所まで来た。地味なテントと焚き火の跡があちこちにあり、武器が無造作に置かれている。

 町崩しのための簡易本部だ。寝泊りができて、武器を置くことさえできればいいのだが、もう少し綺麗にしておきたい。

 俺の仕事はここに居て指示を出すだけだ。他の兵はいいかもしれないが、俺はこの汚いところに居るのは嫌なのだ。ここから出る時は、苦戦した時と最後の攻め込みの時だけだから、正直息が詰まる。

 そんな息の詰まる所は、さらに居づらい所になっていた。片付けられていた武器は全てテントから出されているし、大量の食料が無秩序に置かれていて、落ち着きの無い餓鬼が走り回っている。そうなると、こいつは落ち着いていてマシだ。

「……」

 少女は血だらけの俺の服を引っ張りながら俺を見ていた。脚をバタバタしながら暴れている。

「なんだ」

「!」

 そいつは必死に自分の首を指さしていた。泣きそうな目で俺を見ていたが、何を言いたいのか全く分からない。喧嘩でも売ってるのか。

「はい、これでしょ」

 少女と同じ目線になった女が水の入った器を少女に渡した。

 女も血が付いた軍服を着ている。黒い服に白いデザインが施されているのが、俺の部隊の軍服だ。だか、こいつの着ている軍服は自分で手直しをしたものだ。手首部分を広く開け、白い袖をつけたり、白黒以外にも黄色や紺色のラインを施している。そのあたりは女のこだわりと言ったところだろう。

 この女は良く知っている。俺の部隊で唯一の女で、数少ない名前を知っている奴だ。

 名前はアレクト、肩付近までの長さで外はねの茶色い髪、それに似た茶色い瞳。背は俺より高くよく笑うやつだ。

 今の俺と変わらない歳の時に、大佐になれたそうだが、自ら辞退し俺の部隊に進んで入ってきた変わり者だ。俺の部隊に入ってくるだけの実力もあり邪魔にはならない。

 それに、一番気に入っている所は、身分を気にしないところだ。アンスを含めて、この部隊で俺に気軽に話しかけてくる数少ない一人だ。礼儀を知らない奴とも言えるのだが、俺はこんな奴が一人いると、生き抜きできてちょうどいいと思っている。

 少女はアレクトが渡した水を一気に飲み干して満足した顔をしていた。ただ単に喉が渇いていただけのようだ。

「よしよし、アヌビスさんは鈍感だから分からなかったんだね。ごめんね、苦しかったでしょ」

 頷きやがった。

「悪かったな、鈍感で。それで、何しに来た。てっきり居残り班だと思っていたのだが。アンスのやつ、思う存分いい人材持っていくだろうし」

「ですね。こちらには、私とポロクルがいれば兵はいらないだろって、笑ってたし」

 アレクトは手に持っていた袋を見せてその袋を少女に渡していた。

「ご注文の食料はこの子に渡せばいいんですよね。で、アヌビスとこの子はどんな関係なんですか。アヌビスが子供を連れているなんて珍しい。兄妹かと思いましたよ」

「何言っているんだ。無知にも程があるぞ、こいつのバッチは桜の花だぞ」

 アレクトは袋の中を見ている少女の胸元を見て苦笑いをした。

「なるほど、で、アヌビスが厳重警備ですか。私も手伝いますよ」

 少女は袋から出した林檎を俺に見せていた。昼過ぎなのに何も食べていなく、疲れた俺にとってそれは丁度よいものだ。

「悪いな」

 少女から林檎を受け取ると今にも泣き出しそうな目で俺を見てきた。

「……」

 俺の服を引っ張りながらずっと俺を見ていた。何か言いたいようだが、何度見ても分からないものは分からないのだ。

「何だよ。見るなよ」

「アヌビスは鈍感なんだから。はい、食べてもいいよ」

 アレクトはもう一つの袋から林檎を出して、食べやすい大きさに割って渡した。少女はその林檎を嬉しそうに食べだした。

「アレクトお前こいつのいいたいことが分かるのか」

「いえ、ただ何となく」

「なら、お前はこいつと俺の通訳だ」

 何も言わないのに何が分かるのだろうか。俺には分からないがアレクトには理解できるようだから少しはマシになるだろう。

「ところでアヌビス。この子の名前は何ですか」

「知らん。こいつの言っている事が分かるなら聞けばいいじゃないか」

「えーと、分かるって言ってもそこまでは……ねぇ、ネザー文字でお名前、書けるかな?」

 アレクトが少女と同じ目線になって聞くと、少女は地面に指で文字を書き始めた。

 だが、酷い。元々、ネザー文字は微妙な止め跳ね払いが重要な文字だ。地面に書いていることを踏まえたとしても、こいつの文字はとても読めたもんじゃねぇ。

「これじゃあ、書けるとは言えないな」

「そんなにはっきり言わなくても、……そうだ。アヌビスが付けてくださいよ。彼女の名前」

 名前を付けろといわれても、他人の名前を覚えようともしない俺が付けれるわけがない。いつも他人を呼ぶ時は、『おい』とか『そこの』で済ませているか特徴を呼ぶだけだ。

「鎖付き、でいいだろ」

「そんな安直な、もうちょっと女の子らしい名前にしてあげたらどうですか」

 名前を付けるのも意外と面倒だ。大体、こいつの特徴というか今まで見た行動は、鎖が付いているのと噎せているのと食べているのぐらいで名前になりそうなことなんて……。

「犬」

「犬?」

 アレクトが驚いた顔で確かめてきた。

「犬みたいに鎖がついているから犬だ」

 自信満々に答えると呆れた目で見られた。アレクトはどこか気に食わないようだ。

「それも変ですよ。鎖がついているなら、竜でも虎でも狼でもいいじゃないですか」

「別に、名前なんだからそいつだと特定できればいいだけだろ。それに、お前も本名を名乗らないのは、今の名前で事足りているからだろ」

 アレクトは苦笑いで頬を掻いていた。

「でも、さすがにそれは……鎖付きよりかはまとも…いいえ、犬はちっと」

「ミル」

 林檎を食べ終わったそいつは、小さな声で言った。

「お前、喋れるのか」

 今までそれで散々悩ませられたのが嘘。怒りの形相で睨みつけると、ミルはアレクトの陰に隠れていた。

「まあまあ、いいじゃないですか。照れ屋なんですよ。よろしくねミルちゃん」

 コクリと頷いた。あーかったるい餓鬼だな。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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