第24話 神隠し戦−『現状把握』
朝、食料には余裕があったが、俺達はライランたちに合わせてポカティの食事をとった。二日続けてのポカティは辛いものがある。
そんなイマイチ元気の無い俺達は初めての町の手前まで来ていた。町の名前も分からない地図に無い小さな町だ。木で作られた家が多くあるが、商売の匂いはしない。町を囲むように耕された畑と村外れには森がある。
聖クロノ国に近い町だから、ある程度は地面が生きているのだろう。だが、文化レベルはリクセベルグ国だと低いものだ。家は木製だし、道はむき出しの地面、近くに小川が流れていてそこで水を汲んでいる。ギャザータウンを見た俺の目にこの町は、田舎ではなく他国の町に見えた。
「おい、ライラン。お前たちはこの町ではどうするんだ」
アヌビスに話しかけられたライランは肩を震わせて馬から落ちそうになっていた。彼は、獣人買取の話以来アヌビスに話しかけようとしていない。さらに、アヌビスから話しかけられると以前の話し方はできず小さくなってしまっていた。
「は、はい。食料の補充をできる限り行って明日明後日の間には出ようと思っていますが」
「そうか。なら、ここで別れるのだな。終着地はシルトタウンだったな。その時は会えるといいが……精々それまで死ぬなよな」
ライランに別れの挨拶をした俺達は町の中に竜車を進めた。ライラン達は町の外に馬車を置くようだ。ここで俺達は短い別れをすることにした。
町の真中を通る大きな道を俺達の竜車を進める。行商人が来ることは珍しいことではないようだが、竜車での訪問は珍しいらしく子供達が後についてきている。大人たちも物珍しそうに目線を飛ばしている。
「やはり、竜だと目立ちますね」
ポロクルが周囲の目線を見て苦笑いを含んで言っていた。多くの目線に慣れていないのかケルンは顔を赤くしている。それに比べてアレクトは子供達に手を振る余裕があるようだ。
順調に進行していた竜車だったが急に止まった。前を見ると進むべき先に一人の男性が頭を下げて立っていた。それを見るとアヌビスは手綱をアンスに預けて竜車を降りてその男性に近づいた。
「行商人様。私はこの村の長を務めているフレッグと申します。此度はどのようなご用件でしょう」
40歳は超えていそうな男性だ。村長としては若いが俺達のメンバーから見れば十分な年配者だ。
行商人が村などで営業をする場合、その地区を治める者の許可もしくは、その地区の商売を取り締まっている組織の許可が必要になる。本来、行商人自ら尋ねなければならないのだが、今回は向こうから出迎えてくれたと言うことだ。
「先ほど、ライラン様からは2日ほどの滞在と食料の買い付けのみとお聞きしました。貴方様も同様でございましょうか」
ニコニコと笑顔のフレッグはアヌビスの返事を待っていた。嫌そうな顔を一瞬見せたアヌビスは火のついたタバコを地面ですりつぶすと右手を差し出した。
「俺はアヌビス。フレッグとか言ったな。見て分かるがお前は俺より年上に見えるが、俺はこんな性格だ。だから、お前も気兼ねなく話してくれればいい。むしろそうしろ」
アヌビスの手を両手で握ったフレッグは乾いた笑い声を聞かせた。
「そうすることにする。アヌビスとはまた大きな名前を選んだのだな。普通の盗賊避けなら十分すぎる名前ですけど、それの引き換えに多くの危険もあるだろうに」
「名前に頼らなくてもそれなりの実力と自信があるからな。この名前は挨拶代わりだ。ところで、フレッグまだはっきりとは言えないが数日ここに滞在する予定だ。竜車を預けたい」
「だったら、俺が預かるよ。二台なら……一日銅貨5枚だが問題はないかい。硬貨がないなら物でもかまわないがな」
すると、アヌビスは前回支給された硬貨袋の一つを覗いていた。その中から取り出したのは一枚で銀貨5枚分の価値がある銀貨だった。日本円なら5万円ほどの価値だ。ちなみに、アヌビスが持っている袋は小分けされたもので、その袋はまだ10を超える数が残っていた。
それをフレッグにはじいて渡した。そして、アヌビスの指示で俺達は竜者から降りた。
「それだけあれば足りるだろう。釣りはいらない」
フレッグは身近にいた男集に竜車を片付けさせて俺達の後を着いてきていた。
先頭を歩いていたアヌビスは何かを思い出したかのように止まり振り返った。
「そうだ、フレッグ。聞くところによるとこの村では神隠しとやらが頻発しているそうだな」
「ええ、そうですが」
そこまでの段階になってアヌビスと長い付き合いの四人は謀られたと声を上げていた。
「その事件。何でも屋の俺達が解決してやろうではないか」
「では、二人を連れて遊びに行ってきますね」
フレッグの家でお茶を飲んだ後、ケルンはミルとルリカを連れて外に出て行った。今からフレッグに神隠しについての話を聞くのだが、子供二人には退屈になることを考えて外に出したのだ。都合よく、村長のフレッグの家の庭は芝生と花壇があり二人が遊ぶのには不自由していないようだ。それに、目線の届く所だけで遊んでいるから、万が一の時もすぐに助けに行ける状態だ。
それと、今回二人の面倒をアレクトに頼まずケルンに頼んだのには理由がある。この町はリクセベルグ国の領土の町であり、シルトタウンの管轄区に入っている。その町で異様な事件が起きていたのなら、シルトタウンの管理者でネイレードの妹のヘスティアに何らかの話が入っているはずだ。
何らかの情報を得るためにヘスティアに連絡を取るためケルンを外に出したのだ。従来の鷹を使った連絡法では3日は掛かるが、ケルンの『荷物を運ぶ鷹』で作り出された機械仕掛けの鷹なら往復1時間ほどですむそうだ。
だが、そこまで高速で飛ぶ鳥は自然界に存在しない。そこで、機械鳥の姿を消すことのできる『空色の羽』という複合技を使うらしい。そこまでの技を長時間使うには魔法陣が必要だそうだ。となると、フレッグの家の床に魔法陣を描くのは失礼なので二人の警護を含めてケルンが外に出たのだ。
外のにぎやかで陽だまりを全身に浴びている三人とは違い、家の中の俺達は日が差さない薄暗い部屋でテーブルを囲んでいた。
床も壁も天井も家中丸太を並べたような作りになっていて、今座っている椅子もテーブルも木製のものだ。木製以外のものとなると、今の時期は使われていないレンガ製の暖炉と目の前のティーカップぐらいだ。
長方形のテーブルの端にはフレッグ、その両脇にはアヌビスとポロクルが向かい合うように座り、アヌビスの隣にはアレクト、その向かいのポロクルの隣には俺、そして、フレッグと向かい合うように座り彼から一番離れたところにアンスが座っていた。
「それでは、話してもらおうか」
アヌビスの要求にフレッグは頷くと話し始めた。それをポロクルは白い紙に細かく書きとめ、アレクトは身を乗り出して聞こうとしている。だが、要求したアヌビス本人はテーブルに肘を着いて欠伸をしていた。元従者のアンスも同じことをしている。
「ここ最近。具体的にはブドウの収穫時期の3ヶ月前から女性がいなくなるという事件が多発している。それも決まって若い女性。そう、そちらの女性ぐらいの歳の人が多くいなくなっているな」
「女性……リョウ君以外の男性にそう言われたの久々だな」
頬を赤くしたアレクトは身悶え始めていた。それを見たフレッグは話すのを止めて戸惑っている。だが、アヌビスはどちらの顔も見ず、気にせずに続けるようにうながした。
「神隠しにあう共通点としては若い女性であること。もう一つに必ず夜にいなくなるということぐらいだ。それに、いくら頑丈な鍵をつけても朝には簡単に開けられていたりする。分かっているのはこのくらいだな。今の対策としては、女性が一人にならず常に起きているか周りを昼間みたいに明るくするしかない。彼女もいなくならないように気をつけた方がいいぞ」
フレッグの説明を自分なりにまとめたポロクルが質問を始めた。
「なぜ明るくするだけで神隠しにあわないと分かったのですか。何か根拠でもあるのですか」
「いいや、これと言ってない。ただ、娘を守るために一日中寝ずの見張りをしていた家があってな。その家の娘はいまだに神隠しにあっていないからそれを皆が真似をしているんだ。だが、一瞬でも女性が暗闇にいるとそれ以来姿を見せなくなってしまうこともあるんだ。それに、一晩中家を明るく保つのはこの村では難しいことで、裕福な家しかできないことだ」
「では、この町で神隠し意外に事件や噂はありませんか。どんな些細なことでも構いません」
「神隠しが始まる少し前から戦いが増えたんですよね」
ポロクルの問いに答えたのはフレッグではなくアレクトだった。アレクトは俺達よりも先にこの町に来て下調べをしている。その時に聞いた話を持ち出したのだろう。フレッグは話したくなかったのか暗い表情で頷いた。
「言い辛かったのだが……この町は近くにある大きな街のヴィルスタウンという街に頻繁に攻め込まれていて食料を奪われているんだ」
「町間での争いは珍しいことでもなんでもないだろうが」
アヌビスは大した話でないと言ったが、フレッグは首を左右に振った。
「ヴィルスタウンとは昔から良い付き合いをしていたのだが、最近になって襲い掛かるようになったんだ。それに、シルトタウンから多くの兵器を買い付けて本格的に攻めてきているんだ。どう見ても町崩しにしか見えない」
フレッグの話を聞いて外を見た。家の窓から見える外の風景は何年も経った町には見えない。作りかけの家や地面がめくれている所など戦があったことを物語っていた。それに、この フレッグの家も新しく綺麗な壁や床だ。だが、家具や物が少ないのは一度家がなくなったのだろう。
すると、アヌビスが立ち上がると俺達に目線で家を出るぞと合図した。
「もういいのか」
フレッグに一度目線を送ったアヌビスはため息を吐いた。
「これ以上大した情報も得る事ができそうにないからな。後はこっちの情報網を使うからかまうな」
アヌビスを先頭にして俺達はフレッグの家を出た。
家から出るなりケルンが駆け寄ってきて、アヌビスの前に膝をついて手に持った紙を差し出した。アヌビスがそれを受け取ると三枚の紙に目を通して、その内の一枚を丸めて捨てた。
その丸めた紙を拾い広げると、アレクトも興味があるようで覗き込んできた。
その紙にはシルトタウンの管理者であるヘスティアからの手紙のようだ。
『アヌビス。来るな来るな来るな!ばーか、ばーか、ばーか。お前なんかに食わせる食料も使わせる武器も寝させる布切れ一枚たりともないんだよ。お前が来ると迷惑なんだよ。あたいはアマーンみたいに器が大きくないんだよ。お前に貸す竜はおろか馬すらねぇから来たって意味ないからな!』
丸められた紙には一面にアヌビスに対する文句が隙間なく書かれている。それを見たアレクトは笑っていた。
「あはは、ヘスティアさんは相変わらずアヌビスさんのこと嫌っているね」
「そんな紙、火つけて燃やしておけ」
文句にイライラしているアヌビスは残り二枚に目を通しながらぶつぶつ呟いている。全部に目をとし終えると俺達に内容を話し始めた。
「ヘスティアの方でも神隠しの情報は入っているようだ。だが、具体的な原因はまだ分かっていないらしい」
「憶測すらないのですか」
ポロクルの当然の質問にアヌビスは頭をかいていた。
「ヘスティアなりに調べてはいるそうだがどれも怪しいものだ」
「具体的にはどんなものがあるんだ」
アヌビスは俺には答えず、無言で紙を一枚渡した。その紙にはヘスティアが調べたらしい情報がいくつか載っていた。
『神隠しの村とヴィルスタウン間で獣が集団行動をするようになっている。従来、この辺りでは50を超える獣の集団は観測されていない。だが、最近になって100単位の獣集団が多く現われ始めている。これから見るに、獣を統括する者この場合、12神の指示もしくはそれに並ぶ獣人が神隠しを隠れ蓑に人を襲っていると推測される』
『これは確かな情報ではないが、ヴィルスタウンを魔物が襲うようになったそうだ。目的は分からないが、統括者の指示で動いているそうだ。魔物は人間や獣を使って儀式魔法を行うことや趣味趣向でも人間を狩ると言われている。それを考えると女性のみを狩る理由も納得できるものである。ヴィルスタウンもそれに対抗するためか、シルトタウンと多くの武器と食料の交換を頻繁に行っている』
『これは馬鹿げているけど、カリオペが間違いないと言っているので加えておく。シルトタウンの近くに館を持つサルザンカ氏の作品が原因だと言っている。シルトタウンとギャザータウンの間のどこかに彼の残したあの作品がいるという。それに関係ある物語がシルトタウンの資料庫にあった。必要部位を抜粋して写しを一緒に送っておく。これの最終話に何らかの秘密があると思う』
紙に書かれていた内容には理解できない用語がいくつかあったが、確かめることは沢山あることだけは分かる。
「で、これがその物語の写しだ。アレクト読んでみろ」
アヌビスから写しを受け取ったアレクトは咳払いをして物語を歌うように読み始めた。
「良い子は夜になったら寝なくちゃいけませんよ。もし、月夜の夜にベッドから出て遊ぶような子の所には怖い怖いお迎えが来ますよ。呼ぶ声がしても返事をしては駄目だよ。手招きされても近寄っちゃ駄目だよ。手を引っ張られても負けちゃ駄目だよ。もし、着いていちゃうと、深い深い森の奥の館に連れて行かれちゃうよ。冷たいバラの匂いと白い石の庭と月を捕まえた湖は美しい。だけど、バラの赤は子供の血、白い石は子供の骨、湖の透明な水は子供の涙なのを覚えておいてね。君の手を握っているその手は天使と悪魔の手だと忘れないでね」
アレクトは優しい声で呼んでいるが内容が内容だ。ミルとルリカは脅えてケルンに抱きついていた。
「『子供の館』かあ。俺も良く聞かされたな」
アンスが昔を懐かしむように大きく頷いているのを見たケルンは呆れた顔をしている。
「兄さんはいつも泣きながら僕に擦り寄ってきましたよね」
「この物語って、有名な話なのか」
俺の質問にみんなは当然といわんばかりに頷いた。みんなを代表してアレクトが教えてくれた。
「子供の館って言ってね。夜寝ない悪い子供に良く聞かせる物語なの。物語が進むにつれて怖くなっていくんだけどね。全部聞いたことはないなあ。アンスは聞いたことあるんじゃない」
アレクトに聞かれたアンスは首を左右に振った。
「いや、俺でも4話までで半分も聞いてないな。やはり、ポロクル先生なら知ってるんじゃないか最終話の13話の内容」
物知り先生ポロクルも首を振っている。
「すみませんが、私が知っているのは10話までです。知識の宝庫の魔道書を持ったリョウ君なら分かるのではないのですか」
突然に振られた俺は戸惑っていた。確かに、俺がこちらの世界に持ってきた百科事典には俺のいた世界のことなら何でも書いてある。だが、こちらの世界のことが書かれているはずがない。
ミルから事典を返してもらうと、自信なさげに目次に指を滑らせながら探すことにした。
「あまり期待するなよな。ええっと、子供の館、子供の館……」
星の数ほどあるかのような小さな文字の並びを指でなぞっていくとある一行で止まった。沢山の用語の中からこれを見つけ出せた喜びと、書かれていた驚きで一杯だった。
「あ、あったんだけど……」
「あって当然だろ。何でも書かれている本なんだろ」
俺の驚きをアヌビスはまったく感じ取ってくれていない。確かにそう言ったけど、この世界のことまでとは思わなかった。
「では、最終話を調べてもらえますか」
ポロクルに急かされて久々に事典を広げた。そこに書かれていたのは悲しい結果だ。
「子供の館の最終13話は、いまだに発表されていない。しかし、話自体は完成しており、作者のサルザンカが親しい者のみに口頭で伝えただけで、作品内容は知られていない。だそうです」
「使えないなあ。しょうがない。足を使って調べるか」
アヌビスは紙に目を通しながら俺達に仕事を振り割ろうとした。だが、そのタイミングを計っていたかのようにライランとフレッグが走ってきた。息を切らしながら着た二人は相当慌てているようだ。だが、疲れている二人にアヌビスは冷たい声を掛けた。
「なんだ。俺達は忙しいんだが」
大きく咳をしたフレッグはアヌビスに頼むように頭を下げている。何かあったのだろうか。
「アヌビス、頼む。俺達を助けてくれ」
「断る。何か知らないが、俺達には関係ないだろう」
すると、ライランが声を張り上げるように怒り出した。
「獣が来たんだぞ。きっと、お前が逃がした獣人が仕返しに来たんだ。10や20の数じゃない。狼や熊が200はいたぞ。こんな町だと一日として持たないぞ。どう責任を取るつもりなんだ」
フレッグを前にして思わず口走ったライランは口を塞いだ。だが、フレッグ自身もそれはよく分かっているようだ。だからアヌビスに助けを求めに来たのだろう。
「ライラン、それなら俺達が今すぐこの町を出れば解決できるのか。この町は助かるのか」
「そ、それは……」
アヌビスの冷静な質問にライランは答えることができないでいた。
「感情や考えなしの発言はやめろ。獣が群れを成して襲ってくるのは仕返しではない。狩の形だ。奴らはこの村の人間を狩に来たと見るのが正しいと俺は思うが」
「す、すまなかったな。アヌビスの言うとおりだ。熱くなりすぎた」
落ち着いたらしくライランは素直に謝っている。だが、フレッグは落ち着きそうにない。それを見たアヌビスは頭をかきながらタバコを銜えた。
「分かった、手伝ってやる。アンスとケルン……それからリョウ適当に狩ってこい。昼食までには帰ってこいよ」
アヌビスに背中を叩かれた俺は前に数歩進んだ。すると、耳元にアヌビスの小さな声が届いた。
「獣の群れの中にあの獣人……ロンロンがいないか注意して見ておけよ。ヘスティアの考えだとその獣の群れが神隠しの原因かもしれないと言っているからな」
アヌビスの注意を受けた俺達は村はずれに向った。
ゆっくりとのんきに歩いているアンスに並ぶように俺とケルンもゆっくりと歩いている。何度かライランが急かすがアンスは急ぐ気配を見せることない。待ちきれずライランとフラッグは先に行ってしまった。
「なあ、常識なのかもしれないけど、サルザンカって誰なんだ」
「安心しな。俺も詳しくは知らねぇ。けど、超が付く有名人だ」
アンスはなんら気にしていないように言ったが、ケルンにとっては常識のようだ。
「兄さんも勉強したじゃないですか。サルザンカは、この世界に大きく影響を与えた3人の学者の1人です」
自信がないような表情だが、ケルンが説明してくれるようだ。
「僕も詳しく知らないんですけど、常識程度なら分かります。サルザンカ博士は魔鉱石と生物の研究で有名な人です。代表作としては、人工魔鉱石や対魔兵器ですね。また、学者だけではなく、先ほどのような物語や音楽や絵画などでも名作を多く作っている人です。でも、一番多きな作品は、第四の生物エルフィンの発表をしたことでしょうね」
人間、魔物、獣に続いて第四の生物エルフィンなるものが現れた。それに、今回は作り出されたような話で難しそうだ。
ケルンの話を聞いていたアンスが思い出したかのように大声を上げた。
「ああ、エルフィンなら知っているぞ。魔物と獣を混ぜた不老不死の最強の生物だろ」
「兄さん……戦いのことしか覚えていないんですか。エルフィンは各生物の良い所だけを寄せ集めて作られたんです。数も少なく、繁殖力もない。そこまで分かっているのですが、実際に現われたり見たりという証言もない。空想上の生き物だと言われています」
ケルンの説明に俺は頭を捻っていた。詳しい情報がこんなにあるのに空想嬢の生き物だと言われている。作り出された生物なら一体ぐらいいそうなのだが……。
「僕が知っているのはここまでです。詳しく知りたいならポロクルに聞いてください。エルフィンの歴史には12神とか魔物とか色々複雑だそうですから」
「つまり、今回の神隠しにはエルフィンが関わっているかもしれないということか。楽しい戦いと貴重な発見。両方できると楽しいだろうな」
「駄目ですよ兄さん。エルフィンを見つけたら傷つけず捕獲。これは世界規模で決められた条約なんですからね」
退屈そうな顔をしていたアンスの顔は急に笑顔になっていた。それを見たケルンが頬を膨らませて注意をしている。
「分かってるって、でもよ、己の身を守るための正当防衛なら許可されているだろ。俺の正当防衛は少々荒っぽいだけだって」
ケルンは諦めたようでため息を吐いている。
「で、アヌビスはこれからどう動くと思う。エルフィンを探すのか魔物と接触するのか獣を統括している獣人を駆除するのか……」
「ケルン。それは俺達の考えることじゃないだろ。それはアヌビスの考えることだ」
アンスは肩に当てていた槍を地面に水平になるように構えた。それを見てケルンが弓を持ち俺も短剣に手を伸ばした。
「それなら、僕達は何を考えれば……」
ケルンの質問にアンスは笑顔を浮かべて振り返った。
「何も考えなくてもいい。ただ、アヌビスの命令を確実にこなせばいいだけだ」
町の外に広がる草原には狼や熊や鳥など色々な種類の獣がいた。数にすると150ぐらいにまで減っていたが、それだけいる。ここにいる獣を全て倒す。それがアヌビスの命令だ。
「ケルン、俺はリョウのカバーに集中する自信がない。わかるな」
「分かりますよ。兄さんは戦いに夢中になるタイプですからね。リョウのカバーは僕がメインでやりますよ」
「俺も自分一人で戦えるように頑張る」
俺が強がってそう言うとアンスは笑った。そして、引き締まった表情になり槍の先端を地面に当てて戦闘態勢になっている。
「ははは、いいぞ強がれ強がれ。そのプライドが男を強くするんだ」
「兄さんの教えは気合だけだから僕は嫌いです」
この兄弟はお互いのことをよく分かっているようだ。お互い同じ速度で戦闘態勢にはっていっている。この二人の間合いに隙など無いように美しい体勢だ。
「それじゃあ、狩るぞ。ケルン、リョウ。全力で潰しつくせ」
「はい、兄さん」
「了解」
俺達三人は黒の部隊の名前と男としてのプライドを持って獣の群れに飛び込んだ。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。