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第23話 子供は時として希望を強く感じるものである

 獣人の子を俺達の竜車の前まで連れてきて、そこで再び鎖で縛り直す。獣人を俺達の輪の中心に座らせると、警護を終えたライランが一際嬉しそうな声をあげながら近づいてきた。

「いやー、素晴らしいですね。まさか、獣人を捕まえられるとは。やはり、有名なギルドとなると獣の対応がお上手なんですね」

 手を揉みながら怪しい顔で獣人を食い入るように見ているライランは、大きく頷きアヌビスに腰を低くして笑みを見せた。

「アヌビス殿は身売りをなさらないとのことで……」

「そうだが」

 獣人を捕らえてからのライランの態度がおかしい。先ほどまでも丁寧な話し方だったが、下手に出て話すような奴ではなかった。

 それに対してアヌビスは変わらない態度だ。タバコを吸いながら興味のなさそうな表情。ただ、ライランと目線を合わせないようにしていた。

 すると、アレクトに肩を叩かれる。アヌビスの真横に立っていた俺はアレクトに呼ばれアヌビスから離れた。気付くと、俺達の輪はアヌビスから離れるように分断されている。アヌビスの横にはニコニコ笑うライランしかいなかった。

 耳元にアレクトの小さな声が聞こえた。その声にはなぜか楽しそうな感情が含まれているのはなぜだろう。

「アヌビス。相当怒っているね。飛び火しないように気をつけてね」

 俺にとってはいつものアヌビスと変わりないように見える。だが、ポロクルが目頭を押さえていたり、ケルンがミルとルリカを抱きしめるように身に寄せていたり、といつもとはみんな違った行動に出ていた。その行動が何か来ることを予感させていた。

「でしたら……物は相談なのですが、その獣人を譲ってもらえないでしょうか」

「何だと」

 ライランの申し出にアヌビスはライランと目線を合わせる。その変化にアレクトたちはさらに距離をとったが、ライランにとっては好感触を掴んだと勘違いしたようだ。

「もちろん、ただとは言いません。銀貨20枚でどうでしょう」

 アヌビスは無言で剣を鞘から抜いたり刺したりを繰り返していた。

「では、30……いえ、ここは35枚ならどうでしょう。ここまでの提示をする行商人はいませんよ。この出会いも何かの縁なので是非その獣人を……」

 ライランの言葉を遮ったのはアヌビスの白い剣だ。そのアヌビスの目は不機嫌な時の目付きになっていた。喉元に剣先を向けられたライランは戸惑うことしかできなかった。

「売る気は無い。悪いが仲間内だけの話がある。外してもらえるよな」

「では、……40」

「失せろと言っているのが分からないのか」

 今まで見せなかったアヌビスの本性を見たライランは何度もアヌビスを見返りながら逃げるように離れていく。

 剣を収めたアヌビスが俺達に目線を飛ばす。それを見てまた綺麗な円を作った。

俺達は再び獣人を囲んだ。そして、アヌビスが獣人の前に一歩出た。

「何故俺達を襲った。返答しだいでは手足切り落とすだけで許してやる」

 獣人を見下し笑みを浮かべたアヌビスは火種のついたタバコを獣人の顔に投げつける。獣人は顔を背けたが声一つ上げなかった。

「答えるつもりは無いのか。アレクト、連れてこい」

 アヌビスに呼ばれたアレクトは、鎖に繋がれた狼を連れてきた。

 繋がれた5頭の狼には傷一つ無いのにみんな大人しくしている。大人しくしているのではなく、疲れて動く元気が無いと言った方が正しいかもしれない。

「あまり多く捕まえられませんでした。なので、慎重にしてくださいね。ささ、ミルちゃんとルリカちゃんはあっちで夕飯の準備をしましょうね」

 アレクトは、持っていた狼をケルンに渡すと輪から離れていく。狼をうけとったケルンと、その兄のアンスの表情が妙に暗いのが気になる。

 ケルンから狼もらったアヌビスは剣を抜いた。白い刀身はあの赤黒い炎の剣へと姿を変えていた。アレクトが子供二人をこの輪から外したことを考えると良くないことが起こるのだろう。

 狼の仲間を見た獣人の子は今まで目線を合わせていなかったアヌビスを睨み始めた。

「その目、ようやく獣らしくなったな」

 すると、アヌビスは赤い剣の腹を狼の背中に当てた。すると、熱した鉄に肉を乗せたような音と香ばしい匂いが漂ってくる。押し当てている剣自体には炎は纏われていないが、狼の背中からは煙と小さな炎が広がり始めていた。

 苦痛の雄叫びを上げる狼を助けるべく、獣人の子は動かない体を揺り動かしながら、アヌビスに噛み付こうとする。だが、アンスが杭代わりの槍を鎖に刺すと、獣人はアヌビスに近づくことすらできなくなった。

「話す気になったか」

 アヌビスが悦に入っている笑みを浮かべるが獣人は弱弱しい顔をしながらも首を左右に振った。

「そうか。それなら」

 アヌビスは炎の剣を狼の口の中に差し込んだ。その光景を目の前に見せられた獣人は焦りながら叫んだ。

「分かった。話す。話すからやめてくれ」

「もう遅い」

 刀身を狼の体の中にすべて押し込むと、狼の体のすべての穴から炎が吹き上げた。さらに、肉は内側から焼け、体は薄い皮と炎だけになったようで電球のように光り始めた。その薄い皮がはち切れると、ただの炎の固まりになり、生焼けになった内臓が地面に落ちる。袋状の内臓は地面に触れる瞬間に破裂し血飛沫と蒸気を噴出す袋と化していた。

 残ったのは、原型のまま固まった黒い骨だけだ。その狼の骨格の真中をアヌビスの剣が貫いている。骨はその剣に支えられて立っているようだ。アヌビスが剣を引き抜くと骨は灰となってなくなった。

「残り4匹だな。話す気になったか」

 獣人の子は憎しみを含んだ表情と潤んだ瞳をしながら頷く。

「悪魔め。やはり人間は命を何とも思わないのか」

 獣人の子はアヌビスを睨んでいた。その潤んだ瞳に睨まれたアヌビスは少し感心にしたような顔をしている。

「ほう、やはり演技だったか。お前、それなりの知識を持っているな」

 俺はアヌビスが言って初めて気付いた。この獣人、出会った頃のつぎはぎの言葉ではなく、普通の話し方になっているのだ。

「お前ではない。ロンロンだ。獣人が知識を持っては駄目なのか」

「いや、そこまで人間を食った獣人を見たのは初めてだと言いたいだけだ。その知識を増やすために俺達を襲ったのか」

 獣が人間を襲い食すのには空腹を満たす意外にも力を得ることを目的としている。特に獣人の場合は、それを繰り返すことで能力を上げられる唯一の方法でもあるそうだ。

 さらに、獣人が生まれるのにもそれが深く関係している。人を多く食った獣は獣人を生む可能性があるそうだ。つまり、この知識を持った獣人には多くの人間の命が入っている。ポロクルほどの知識を持っていれば何人の命が掛かったか計算できるだろう。だが、それができない俺にでも沢山の命が掛かっていることぐらい想像できた。

「力を増やすためだ」

 ロンロンの返事にアヌビスや鼻で笑った。

「やはりな。己の力を得るために」

「それは違う。仲間を増やして守るためだ」

 強い口調で否定したロンロンは今回襲い掛かってきた経緯を話し始めた。

「ここから少し離れた森に俺達は暮らしている。食料になる獲物も十分あって人間を食わなくても生きていくことができるいい所だ。そんな豊かな土地に俺の母親の狼が訪ねてきた。はぐれの母を受け入れた群れに今でも感謝している。そんな暖かい群れの中に俺は生まれた。群れで獣人が生まれたのは初めてで、みんな祝福してくれた。獣人の俺に一族の繁栄と期待を一杯くれた。だけど……」

 ロンロンの表情が一気に暗くなった。その話の急展開を予感させる表情に俺達は引き寄せられる。だが、アヌビスは聞きたいことだけにしか興味が無いようだ。一人輪から外れようとしていた。

「だけど、俺が生まれたことが人間に知られてから群れを襲う人間が現われ始めた。目的は俺だ。初めは脅すだけで逃げ出していた人間だったけど、最近は奴らも群れで襲うようになってきた。武器を使い魔法を使う。だけど、群れのみんなは俺を守ってくれた。群れを追い出そうともしなくて守ってくれた。でも、それを繰り返していくうちに群れの数がどんどん減ってきた。だから、仲間を増やすために色々した。獣人を生めるように俺も仲間も頑張って人間を集めた。でも、上手くいかなかった。俺を生んだ母は無理をしてそのまま死んでしまった。群れに災いをもたらした俺だけど、群れの誰も俺を非難しなかった。だから、そんな群れのために俺、強くなって仲間増やす。そのためには人間が必要なんだ」

「要するに、生きていくために人間を食う。理由はどうあれやっていることは普通の獣と変わりないな」

 アヌビスの簡単な台詞に身のうちを明かしたロンロンは黙ってしまった。ロンロンから見ればそれなりの理由があったにせよ、俺達人間からしたらただの獣に襲われたのとなんら変わらないということだ。

 すると、アヌビスはロンロンと狼の鎖を外す。そして、ロンロンの背中をけった。

「さっさと行け。今お前らを捕らえても食わせる余裕が無いからな」

 自由になった狼はすぐに俺達の群れから離れたが、ロンロンだけは戸惑っていた。

「どうした。ここで殺されたいのか」

 アヌビスが剣先を向けるが、ロンロンは怯んではいない。俺もあの剣先を何度も向けられたが、今のアヌビスに向けられても俺も怖くは無いだろう。アヌビスの目には殺意が無かったからだ。

「命を奪おうとしたのに逃がしてくれるのか」

「現に奪われなかった。それに、こいつにとって良い練習相手になった。逆に、あれだけの友を奪った俺をお前が許せるのかが問題だがな」

 ロンロンは少し俯いて、初めての笑顔を見せた。

「獣の掟で、自分の命を救った者は親の敵でも信じろっていうんだ。だから、俺はお前はいいやつだと思うぞ」

 ロンロンが小さな旋風を起こし俺達から離れていく。もう、小さくなった夕日を背に全身で手を振っているロンロンが見えた。

「アヌビス、なぜ逃がしてやったんだ。てっきり……」

「てっきり殺すと思ったか。馬鹿か」

 アヌビスは俺の質問をすぐさまに否定した。

「獣人の存在は周囲の生態系に大きく影響している。奴はまだ子供だが、いずれかはこのあたり一帯を納める獣になる。現にあの若さであれだけの狼に死を覚悟させるほどだ。大人になったら、周囲の獣すべてを統括する獣。最終的には犬や狼の王、邪犬王の直属に成る可能性を持った存在だ」

 まだ子供なのに多くの期待を背負っている。初め聞いた時には分からなかったが、ロンロンの肩にはこの世界中の狼の仲間の未来が掛かっていたということだ。

「そうなれば、いつずれか俺のグロスシェアリングと肩を並べるかもしれない。まあ、それまで奴が生きていければの話だが。リョウ、期待しているぞ」

 アヌビスに肩を叩かれた。

「意味が分からないのだが」

「ロンロンが大人になるまでに、お前が奴をしとめればそれも無くなるだろ。俺は、聖竜王の重圧で何もできんが、リョウなら奴を殺してもなんら問題ない」

 そうか、ロンロンの将来は邪犬王や聖竜王たちも期待しているんだ。だから、アヌビスは何もできないのか。

「って、かっこいいこと言いながら実は、自分が殺したら聖竜王に怒られるから俺にやらせる。それが本心だろ」

「さあ、どうだろうな」

 アヌビスは乾いた笑い声を上げている。そして、俺達は夕食を取ることにした。


「リョウ君の修行の方は上手くいっているの」

「イマイチだな。現段階での実力はケルンの半分も無いだろうよ」

 夕食。アンスは昨夜の疲れが残っているため、ケルンは今夜の見張りのためにそろって寝ている。食卓には二人を除いたみんながいた。正直、昨日寝ていないし戦った俺も寝たいところだ。

「ですが、最後の魔法の機転はよかったと私は思いますが」

 褒めることを知らないアヌビスに対して、ポロクルの優しい声が暖かく感じた。

「だが、今回は上手くいったものの、間違えればロンロンを殺すほどの技だっただろ。殺さずに捕獲する。この命令には不向きだ。それに、アレはリョウの技じゃないからな」

 俺は反論したい気持ちをライ麦パンと一緒に無理矢理飲み込んだ。すると、予想していたかのようにミルか水の入ったコップを差し出してきた。俺は無言でそれを受け取り飲み干す。

「リョウ、よく噛んで食べなきゃ駄目だよ」

 ミルに優しく怒られた俺は無言で頷いた。まだ小さなミルに怒られるなど恥ずかしいはずなのに、なぜかミルに怒られても怒りを感じなかったし恥ずかしいとも思わなかった。

「ご飯の食べ方も知らないなんて、リョウは本当にお馬鹿さんだね」

「うるせぇ。俺は実戦で覚えるタイプの人間なんだ」

「ご飯の食べ方ぐらい普通分かるでしょ。リョウってもしかして、可哀想なぐらい頭の悪い人なの」

 ルリカに馬鹿にされて、何も考えずいつもと同じ答え方をしてしまった。ルリカに馬鹿にされると本来以上にムキになって答えてしまう。彼女はそれでもからかって笑ってくれるから悪い気もしない。それに、唯一怒りを向けられるからかもしれない。


「それじゃ、アレクトとリョウは見張りを頼んだぞ」

 アヌビスたちは各々のテントに入って行った。

 夜。完全に周囲が暗くなった。俺とアレクトは焚き火を挟んで向かい合いながら見張りに着く。数時間後にはアレクトとケルンが後退する。そのまた数時間後にようやく俺の休憩時間が来る。俺にとってこの苦痛は何事もなければ後6時間の辛抱となる。

「リョウ君は珈琲に砂糖入れるの」

「できればミルクだけでお願いします」

 アレクトは笑顔で答えて鼻歌交じりで珈琲の準備をしていた。そのずっと奥、ライランたちの馬車の下にも数人の見張りがいる。なんだかんだと言いながらも、その辺りはしっかりしている人のようだ。

「はい。熱いから気をつけてね」

 カップを差し出したアレクトは自然と俺の隣に座った。

 彼女はアヌビス部隊で唯一の女性でアヌビスの右腕と歌われるほどの実力者。俺は何度も彼女の世話になっている。炎に照らされた見慣れた顔がいつもとは違う表情に見えていたが、暖かい微笑には変わりなかった。

「なに。私の顔が気になるの」

 急に目線が合った俺は慌てて目線をずらす。だが、アレクトには俺が慌てているのが分かっているようで小さく笑っていた。

「なに赤くなっているんだか」

 アレクトは珈琲を少しすすった。小さくため息を吐いた彼女からはほのかに甘い香水の匂いがした。それよりも気になったのは、彼女からは汗臭さがしない。この旅を始めてから一度も入浴できていないのに、彼女はまるで数分前に入浴を済ませたかのような石鹸の匂いもした。

「アレクトって、お風呂とかどうしてるんだ。旅の間だと困るだろ」

 すると、アレクトは妙な笑みを見せる。まるで、何か疑っているようだ。……ってそうだよな。女性にいきなりする質問じゃないような。

「なーに聞いているのかな。もしかして覗きにくるの」

「ち、違うって、ただ、女の子だから困ってるんじゃないかと」

「あはは、私を女の子って呼んでくれてありがと。アヌビスには怒られるんだけど、綺麗な水があればすぐに魔法でお湯にできるから、体を綺麗にするくらいならできるんだよ。水が無くても、ポロクルに頼めばいくらでも出してくれるしね。あ、でも、何処でしているかは教えないよ。ルリカちゃんに怒られちゃうからね」

 口物に指を当ててクスクスと笑っているアレクト。その笑みには何かあるのかと思わされてしまう。

「でも、もしリョウ君だけなら、覗きしても黙っていてあげるね。間違ってもアンスには教えちゃ駄目だよ」

「それ以前に覗く気無いから」

「うう、それって、私に魅力がないと……乙女としてそれは傷つくなあ」

 笑顔だったアレクトが急に暗い表情になる。俺が慰めようとするとアレクトは笑いを堪えることができず大きな声で笑い始めた。

「ぷぷぷ、冗談。ごめんね。リョウ君はやっぱり優しい子なんだね」

 アレクトに頭を撫でられていると、ライランの部下が一人俺達のところへ来た。

「済みませんが、先ほどの争いでのお互いの被害確認をしたいとライランからの申し出なのですが」

 部下が来るなりアレクトは急に仕事モードになる。アレクトの表情は凛々しいものに変わっていた。

「分かりました。数分で済ませていただきます」

 アレクトは立ち上がると笑顔で俺の方に手を振った。

「すぐに戻るから心配しないでね。本当ならケルンを起こす所なんだけど、彼も疲れているから分かってあげてね」

 俺も疲れていると言う前にアレクトは行ってしまった。


 一人で心細くなると思ったが、アレクトは俺の視界にいた。話し声は聞こえないけど、何かあればすぐに駆けつけてくれる距離だ。

 俺は、甘くない珈琲を飲みながら空を見上げる。こちらの世界に来てから何日が過ぎたか分からなくなっていた。俺は生きるために軍人になってこうして旅をしているが、このままこの世界で一生を過すのだろうか。

 別に嫌なのではない。仲間は多いし、退屈しない。退屈というより、今までこうやって考える暇すら与えてくれなかった。

 いつもボロボロになりながら生きて倒れるように寝ていた。そんな、充実を超えた日々をこれからも送る。それも悪くない。ただ、向こうの世界が恋しく思う時がある。向こうの友達。食事、思い出。それを思い返すと向こうの世界に帰る手段がないのかと考えてしまう。

 だが、俺はこの世界で一生を終えても後悔をしない生き方をしたいと思っている。

「リョウ、起きているの」

 テントを出てきたのはルリカだ。金髪の長い髪はいつものツインテールではなく、青いリボンを取ったストレートになっていただけで、服はいつものゴスロリ服っぽい黒のフリフリの服だ。寝ていたのに、小脇には魔道書を抱えていた。

「ああ、ちゃんと見張っているから早く寝ろ」

 俺が注意するもルリカは俺の横に座った。

「リョウ一人だと頼り無くて寝ていられない。アレクトが戻るまで私も起きてる」

「好きにしろ」

 ルリカは頷くと魔道書を広げて一人でそれを読んでいた。時折、宙に絵を描くように指を振ったりしている。

「何やってるんだ」

「魔道書を使えるかどうか試してるの。私も、いつか魔道書を使える魔法使いになる素質を持っているんだから」

 ルリカがこの部隊に入ったのは魔道書が読めるからだ。今までその魔道書の力が発揮されたことは無い。だが、俺の偽魔道書である百科事典よりかは魔法の力を秘めているそうだ。

 ルリカはアヌビスが襲った聖クロノ国の村娘だ。そのルリカが敵国の武将のアヌビスの元に大人しくいる意味が分からないでいた。

「ルリカはアヌビスを怨んでいないのか」

「怨む? どうして、逆に感謝しているぐらいだよ」

「だって、親や兄弟をアヌビスに殺されたんじゃないのか。村の人間は全滅だって聞いたぞ」

 ルリカはしばらく俯いたが、少しくらい笑顔を見せてくれた。

「大丈夫。本当のママはまだ生きているから」

「本当の母親? どういう意味だ」

 聞いてはいけないと思ったが気になってしまい勢いで聞いてしまった。ルリカも聞かれることは覚悟していたのだろう。すぐに返事が帰ってきた。

「私のママは国で有名な魔法使いなの。この魔道書も半分も読めて、凄く強い魔法使い。そんなママは私が小さい頃に国の軍隊の魔法指導員ってお仕事をするようになったの」

 敵国の有名な魔法使いならアヌビスたちは知っているかもしれない。だが、それを教えてしまったらどうなるか分からない。ルリカを人質にして母親を脅すかもしれない。もちろん、アヌビスたちはそんなことをする奴らではない。だが、戦争中の国とはそんなものだと俺の頭の中にあった。

 ルリカもそれが怖くて今まで言えずにいたのだろう。だが、馬鹿な俺になら教えても大丈夫だと思ってくれたのだろう。

「でも、そのお仕事を始めてから家に帰ってこなくなったの。何年も何年も待ったけど帰ってこない。ついには、ママが持っていたこの魔道書だけが帰ってきた。家族のみんなやパパまでもママは死んだって決め付けた。そして、パパは新しいママと結婚したの。それも、魔道書が届いてすぐに。だから、その日から私パパのことが嫌いになったの」

 軍人になったのだ。父親はその時にはもう諦めていたのだろう。

「でも、どうして生きていると断言できるんだ」

 すると、ルリカは魔道書の最後のページを見せた。そこには、魔道書に使われている文字と同じ文字が書かれていた。

「ここに、ママからのメッセージが残っているの」

 そのメッセージは魔道書に使われている文字で他の黒い文字ではなく赤い色で書かれていた。

「なんて書いてあるんだ」

「ママはルリカが強くなって会いに来るのを待っています。って書いてあるの。家族の誰も信じてくれなかったけど、私はママが生きている証拠だと思う。なのに、まだ小さくて弱い私が探しに行くことを許してくれなかった」

 ああ、なるほど。ここまで聞いてアヌビスたちに感謝している意味がようやく分かった。

「だから、アヌビスたちといると世界中を旅できるから感謝しているの。そして、いつかはママと会えるかもしれないから」

 ルリカと話しているとアレクトが戻ってきた。

「それじゃ、二人ともおやすみ。またあまーい二人だけの時間を楽しんでね」

 ルリカは笑みを見せてテントに戻っていった。また……?

「あはは、ルリカちゃんに見られていたみたいだね」

 俺は笑顔で隣に座ったアレクトから少し距離を置いて座り直すことにした。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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