第21話 獣は時として旅に干渉してくるものである
「シルトタウンまでですか。でしたら、途中までご一緒ですね」
俺達とライランは近くの町まで一緒に行くことにした。見た目は俺達の竜車を5台の馬車が囲み護衛されるような形になっている。本当なら竜車のほうが馬車より2倍ほど早い。だが、あえてこちらが速度を落としている。なので、ライランは俺達に並んで進んでいた。
行商人。特に、行商集団のギルドに入っている者達は、他のギルドとの付き合いを大切にしている。行商人は歩く店であり、歩く情報屋でもある。
旅をして多くの情報を得る行商人は情報を売ることもあるそうだ。その中にギルド間での噂と言うものもある。行商人のことをよく知らないお客は、そのようにしてギルドの差を見つけるそうだ。
よい噂ならよいが、悪い噂だと一人の行商人のせいでギルド全体に支障が生まれる。なので、行商人は誰に対しても礼儀正しく接しなければならないのだ。
「わざわざ俺達に付き合ってお前に得でもあるのか」
そんなことを知ってか知らずか、アヌビスは突き放すようなことを言った。
「これはこれは、竜車に乗られるほどのギルドになると世間体など気にしなくなるのですか」
「売れたら売る。売れないなら次の町に行く。これが行商人の形ではないか」
「なるほど。昔ならではの考え。だから、商売品もそれなのですか。貴方ほどの商売人なら人を扱えば」
「悪いが、俺は考えを変えるつもりは無い」
ライランと話していると二言目には俺達に人売りを進めてくる。聞き飽きた俺は竜車の荷台の中に入った。
荷台に入るとアンスとケルン以外のメンバーがみんないた。なぜなら今、ポロクルが前回のテストの採点をしているからだ。ミルとルリカの採点は既に終り残すは俺のテストのみとなっていた。俺のテストを見ているアレクトが笑っているのを見ると結果はよろしくないのだろう。
「リョウ、君は才子だと思っていました。ですが、教養が無さすぎですよ」
ポロクルに返されたテストにはバツが綺麗に並んでいる。それとこの国のテストはパーセント表示らしく、14%と書かれていた。
「リョウ、どうだった」
ルリカが俺の頭の上に乗ってきた。最近、具体的にはテストをしている時から、ルリカが俺の頭の上に乗るようになってきた。親しみを得てくれたのだろうか、それとも馬鹿にされているのか分からない。でも、仲良くしてくれるのはありがたい。
「見ての通りだ。すごいだろ」
「うんすごい。私始めてみた。やっぱりリョウは馬鹿なんだね」
子供に馬鹿といわれるのはここまで辛いのだろうか。だが、事実なのだから言い訳できないが。
「リョウ、何がわかりませんか。貴方の教師としてこのままでは国王はおろか、四軍神にすら会わせられませんよ」
「全部。と、いいたけど、特に何が解らないかと聞かれても。それすら解らないです」
「何が分からないか分からない。リョウ、こうは言いたくなかったのですか」
ポロクルの疲れた声を聞いて、笑い続けていたアレクトが黙り、二人でテストの直しをしていたミルとルリカがこちらを振り向いた。
「リョウ。貴方は馬鹿です」
一瞬は静かになった荷台だが、ポロクルの予想通りの台詞に笑が溢れる。外からは賑やかでいいですねとライランが笑っているのが聞こえる。
だが、その笑顔の中で一人だけ笑っていない人がいた。ミルだ。強ばった表情のミルは外が見える荷台の後ろに移動する。俺はその隣に立つと、彼女は遠くを見つめたまま小さく呟いた。
「来る。命を求むもの。生きたいと望む力がそれを呼び寄せる」
ミルはルリカのようによく話す子ではない。だが、このような歌のような話し方をする子でもない。ミルの歌ったそれは魔道書の一説に載っていてもおかしくないような謎めいたものを含んでいる。
「何かが来るのか」
「命。思い。願望。どれも同じで強い。なのに、何が違うの。これが、生きる意味」
俺の質問に答えているのかわからない返事をされた。ミルが難しいことを言ったのはこれで二回目だ。
「リョウ、頑張ってね。貴方がここにいる意味を知ることができるかもしれない」
「ミルちゃん。りんご食べようか」
「うん。食べる〜」
俺がどういう意味と聞こうとしたが、ミルはいつもの笑顔でアレクトの元へ駆け寄って行ってしまった。
それから10分後のことだ。俺達の竜車にケルンが来た。ケルンは兄のアンスと共に先頭の竜車に乗り先行していたはずだ。そのケルンがこちらに来るということは、よくない知らせがあると言う意味だ。
「アヌビス。この先に少し不安なものを見つけた」
「何を見つけた」
ケルンの報告など興味がないといった感じのアヌビスはタバコをふかしている。その隣の馬車に乗ったライランもまたタバコを吸っていた。
すると、ケルンはアヌビスだけに聞こえるように耳打ちをした。これは憶測だが、ケルンの魔法の一つ、『瞳を運ぶ隼』を使ったのだろう。ケルンは自分の魔法で作り出した機械の隼を飛ばし、その隼が見たものを自分の目で見ることができる。
アヌビスだけに耳打ちをしたのは、彼女……いや、彼が手に入れた情報は俺達に聞かせてもよいものかケルン一人では判断できなかったのだろう。俺達がそのことを知って今後に支障が出ては困るからだ。
さらに、ライランに不自然に思われるからだ。いくら行商人でも魔法を使いながらの周囲の警戒はしない。瞳を運ぶ隼は隼が行ける所ならどんな所でも見ることができる。ケルンほどの力があればギャザータウンから目的地のシルトタウンまでの安全の有無を確認することができるほどだ。情報の早いギルドだと噂されていても、現在行われている情報をノンタイムで得ることは無理に等しい。それができるのがケルンなのだ。
「分かった。くれぐれもアンスに軽率な行動はするな。現地に着き次第その場で待機していろと伝えろ」
命令を受けたケルンは俺達に顔を見せることなく行ってしまった。
「何かあったのですか。価格変動ですか」
ケルンの報告が俺よりも先に気になったのはライランの方だ。彼の仲間もケルンと共に先頭を進んでいるはずなのに彼の所には報告が無いから疑問に思ったのだろう。
「いや、そうではない。近くに獣が出た痕跡を見つけただけだ。足跡の数と残骸の量からすると20を越える獣が空腹で近くにいる。ただ、それだけの話だ」
確かに、アヌビスにとってはたいした知らせではないだろう。だが、俺やライランにとっては命の危機が迫る重大な報告であった。ライランはアヌビスに一礼すると単騎で先頭へと走っていった。
今の会話を聞いていた俺はポロクルに獣と魔物の違いを聞くことにした。
「魔物と獣の違いって人を食うか食わないかの違いだけなのか」
「それだけではありませんよ。そもそも、二つとも……正確には人間も含めた三つは元は同じものですから」
すると、ポロクルは木箱を探り、中から筒状の麻を出した。それを広げると、三大生物の相関図が書かれていた。
「大きな違いと言えば、体構成の粒子の種類がありますが、難しくて理解できないと思うので、簡単に言うと、魔物は人間に比べて多くの魔力を持っていて、獣は人間に比べ秀でた能力を持っている所ですね。まあ、魔物の中にも能力をもった者は多くいるので、一概に言い切れませんが、人間を基準に見るとそうなりますね」
この世界に来て魔力は多く聞いた。だが、能力と言うキーワードは初めて聞いたに等しい。
「能力と言うとどんなものだ」
「具体的なもので言いますと、水中で何時間も息をせずにいられたり、空を飛べたり、高い視力を持っていたり、もちろん、高い身体能力もそのひとつです。これらは、魔力を使って似たようなことはできます。ですが、魔力の場合、魔力が無くなった時点で能力は失われます。しかし、獣の能力の場合は、生まれ持ったもので永遠使えるものです」
「獣神に似ているのか」
するとポロクルはメガネを上げた。アレクトはやってしまったと首を左右に振っていた。
「似ている。と言いますより人間が獣の能力を使えるようになることが獣神です。まさに獣神は獣そのものと言って遜色ありません。第一、これは前回の授業で」
「はいはいはい。説教はいいから、ポロクル。もっと大切な違いがあるでしょ。私としてはそっちの方を知っておいてもらいたいのだけど」
珍しくアレクトに説教されたポロクルは咳払いをして説明を続けた。
「魔物を統べる者には会ったそうですね。ご覧になったように魔物を統べる者は悪魔と呼ばれています。魔物は悪魔の配下にいる者のことを言います。彼ら悪魔は完全な組織として成り立っています。これは、人間以上の頭脳を持ったものがいるからだといわれています」
統括する者、プリンセスがその例だろう。詳しい話だと、上下関係や組織図は人間の世界より深く複雑なもので強固なものだそうだ。その団結力や組織力は人間の比ではないそうだ。
「そして獣に現在そこまで強く統べる者がいない。いたとしても少数の数をまとめるリーダーのようなものです。魔物のように一つのグループに多種族が混ざったものではなく、同族だけで組織されたグループで動いています。そんな獣ですが、それの頂点にいるものもいます。それが、12神です。ですが、わが国の聖竜王のように獣の管理を行っているのは他にはいませんが」
「職務放棄か」
俺がふざけたように聞いてみると、意外にもポロクルは頷いた。
「そのようなものです。聖竜王以外の12神はすべて友を探す旅に出ているそうです。そのため、ほとんどの獣が好き勝手に組織を作り狩をしているのです。聖竜王がそれをなんとか食い止めようとしていますが、そのせいで自分の竜の管理もおろそかになってきてもいますが」
「う、うわああ」
ポロクルの話が主旨とずれてきた時、ライランの部下の叫び声が聞こえた。アヌビスは竜車を止める。ミルとルリカを守るためのポロクルの三人を荷台に残し俺達は外に出た。
外に出るとライランがいてアンスとケルンもそこにいた。三人はまだ血で湿った多くの骨を見ている。その骨は人間のもので、肉だけが無くなっているものが少なくとも5人分はあった。
皮膚も内臓も骨以外何も無い。その残された骨も噛み砕かれているものが多い。特に、頭蓋骨は縦に割れていて中身が無くなっていた。それを見たライランの仲間が隅で嗚咽し恐怖していたのだ。
俺もこの光景に吐き気がしていたが、少しなれてきていた。
「リョウ、アレクト来い」
アヌビスに呼ばれた俺達はライランたちの所へ向った。すると、アンスとケルンは近くの警備をするために二人で行ってしまう。それを見たライランが慌てていた。
「あんな子供を見回りに出す気ですか。行くなら私の部下を出します。それに、早くここを出た方がいい」
ライランは自分の部下にすぐに出立するよう命を出していた。だが、アヌビスはタバコをふかして俺達には別の命を出す。
「よし。アレクトは竜車の警備とテントの設営、リョウは俺とアンスたちの帰りを待つ」
つまり、アヌビスはここで一夜を過ごそうと言ったのだ。
「ま、待ちなさい。これは、大人としての忠告です。ここは危険です。ですからすぐに出立しなさい」
「歳か。それならこちらは経験で語らせてもらう」
アヌビスはタバコを投げ捨て剣を抜いた。その剣は今まで見たことのない剣だ。空の青と同じ色で、薄く向こうが透けて見えるガラスのような刀身には金色のデザインが施された今までに見たことのないものだった。
「もう時期日が沈む。夜は俺達より獣の目の方がよく効く。暗闇を進むぐらいなら火を焚いて身を寄せるほうが安全なのではないか」
だが、ライランも引かない。
「だが、ここは獣の狩場道。その真中で停泊など自分から狩ってくれと言っているのでは」
「なら聞くが、ここを出て狩場以外の場所を見つける確証があるのか」
アヌビスの質問にライランは黙ることしかできなかった。彼もそれを承知でここを出ようとしていたようだ。
「最悪は多くの獣の狩場が重なる所だ。ここはまだ一つのグループの狩場でしかない。それに、獣は一度狩をした場所では当分狩をしない。ま、これは長年の経験で得た知識だがな」
「ですが、骨隠しの習慣がある獣だった場合、骨を埋めに来るのでは」
自分の食べた骨を残しておいては得物がそこに近づかなくなる。だから、骨に血の匂い無くなったら土に埋める習慣のことだ。ライランはそれを恐れているのだ。だが、アヌビスはそんなライランに蒼い剣を見せた。
「それこそ好都合。来た所を狩ればいい。それでも怖いなら勝手に進めばいい。もし、お前たちだけで不安ならガタガタ言わず馬車の中に隠れていろ。夜間の見張りも出さなくても結構だ」
アヌビスが群れから離れると夕日がまぶしく輝き生暖かい風が吹いた。
周囲には背の低い木。腰ほどまで伸びた草。その分厚い草の絨毯のような草原の真中に草木を刈り取っただけの土がむき出しの道。そんな所で人か数人死んでいる。死の現実さえなければよいところだ。
草木が揺れざわめく草原を見渡したアヌビスは俺とライランに振り向いた。
「それに……だ」
「それに。なんですか」
アヌビスは左手を前に突き出し、蒼い剣を腕に平行になるような変わった構え方をした。
その剣先はライランに向けられていた。ライランは咄嗟に銃に手を伸ばそうとしたが、その瞬間でアヌビスは消えた。
と、その時背後から突風が吹きつけ俺とライランは地面に叩きつけられ転がった。後ろを振り向くと腰ほどもあった草は半円状に刈り取られている。道を挟んで反対側の草原にも同じ形に刈り取られていた。もちろんそれをしたのはアヌビスだろう。蒼い剣の一振りで半径100mほどの円状の範囲にある全ての草だけを刈ったのだ。
その刈り取られた所には少なく見ても30頭以上の狼と一人の少年がいた。
「獣を狩ってしまえば安眠が約束されるよな。アレクト、リョウ狩るぞ!」
アヌビスの号令にアレクトは気合の入った返事をして、俺は短剣を抜いて長剣へと変える。
周囲は狼に囲まれている。俺の背中にはアヌビス。アレクトとライランは竜車と馬車を守っている。咄嗟に戦えといわれて剣を握っているが、自信がなかった。俺の頭の中にはアヌビスの邪魔にならないようにだけしようと思っていた。
だが、狼は俺を襲ってくる。以前の魔物よりかは小さく恐怖は少なく感じた。だから、俺は怯むことはなかった。これが慣れというものだろうか。
狼が俺の肩に噛み付こうと飛び掛ってくる。俺は落ち着き長剣を横にして狼の口が閉じないようにねじ込んだ。剣の刃と狼の牙が削りあっている振動が伝わってくる。だが、削れているのは狼の牙だけのようだ。
俺は、力を少し解放する。得た筋力で剣を片手で持つことができた。そして、狼を宙に持ち上げ一回転させて地面に押さえつける。一瞬、弱弱しい鳴き声をあげたが、狼は剣を銜えたままだ。俺は長剣を無理矢理に引き抜く。すると、狼の牙が2本折れた。
俺はさらに一段階力を解放する。すると、皮膚が硬くなるのが分かった。と、油断していると別の狼の爪が俺の腕を切り裂こうとした。だが、傷はかすり傷程度で済んだ。なので、すぐに反撃に移ることができた。狼の首を掴み地面に叩きつけた。
狼は無防備に見せていた白い腹を隠し四本の足で立つと俺から逃げようとする。だが俺は、逃がす訳には行かないと判断。逃げる狼に一跳躍で追いつき、後ろ足を切り落とした。
動けずにのた打ち回る狼にトドメを刺そうと剣を持ち上げる。その時、俺はこれなら戦えると確信していた。
「狼厳波!」
剣を突き刺そうとした時、腹部に強い衝撃を受けた。先ほどの狼が20mほど先にいる。それほど遠くに飛ばされたのだろう。痛みを感じる腹部には、三角を描くように三つの丸い爪痕があった。もし、竜神の力で皮膚を強化していなければ内臓が砕かれていただろう。
片足を失った狼の隣には狼の群れで唯一の人間の少年がいた。その少年の頭には犬のようなたった耳があり、両手と両足は太く大木ほどある狼の手足だ。さらに、尻尾が生えている。服は狼の毛皮で、腰布と両肩を隠す程度しか着ていなかった。
「仲間、いじめる。許さない」
つぎはぎの言葉を話す彼は俺を睨んでいる。
「ほう。犬神の子……ではないな。獣人か」
俺の背中にアヌビスがぶつかってきた。
「獣人? 獣神と何が違うんだ」
「粒子構成、といっても分からないだろ。実戦だけの違いなら、獣人は魔法が使えない。生まれ持ったものだから永遠にその体のままだ。その代わりに僅かだが獣を使役できる。さらに、能力も生まれ持った純粋なものだ。儀式で手に入れたものと比べ物にならない。いうならば、獣の軍団を引き連れた獣神のエキスパートだ」
すると、アヌビスは俺から離れ狼狩りを再開し始めた。
「リョウにその獣人は任せたぞ」
アヌビスが離れると目の前の獣人が雄叫びを上げた。
「仲間、いじめる。お前の足、代わりにもらう」
獣人の子が地面を蹴ると大きな亀裂が走った。
俺は獣人の子の拳の一撃を剣で受け止めると、意識をそこに捕らわれ、左足を掴まれているのに気付くのに遅れた。
「顎手爆!」
獣人の子の大きな左手の指が俺の右足に食い込もうとしていた。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。