表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/89

第18話 旅は時として戦いから始まるものである

「いいか、まだリョウは魔法についてよく知らないだろ。頭では分かっていても実際には試したことがない」

 シルトタウンへ向う俺達は竜車の中にいた。尻尾を含めると4mはある大きなワニが2匹俺の乗っている荷台を引いている。その荷台には大量の武器や食料といった商売品のほかに、旅に必要な生活のものがおかれている。それでも、俺とアヌビス、ポロクル、アンスが乗っていても十分なスペースがあり、荷台で4人が寝泊りできるぐらいだ。さらに、布製だが屋根があり、雨や日光を防いでくれる。そのせいで荷台の中が薄暗いのはいただけないが、屋根は食料を隠すための対策でもあるため取り外す訳にはいかないそうだ。

 そんな大きな荷台をたった2匹で引っ張っているのはやはり竜の仲間だそうだ。見た目は巨大な黒いワニ。瞳は金色をしていて、時折瞬きをするのが可愛いとアレクトが叫んでいた。

 このワニ……も問い。竜には羽がない。なので、飛竜ではなく、歩く竜、歩竜ふりゅうと言ったところだろうか。飛車より歩の方が遅いように、飛竜のように速くはないが馬よりかは速く安定していて重量感のある存在だ。

 その荷台の中で俺はアヌビスの魔法について教えてもらっていた。

「知識以前に、お前は自分の得意属性を知っているか?」

 アヌビスの問いに俺は首を左右に振った。アヌビスはやはりなといいタバコを銜えた。黒い髪をいじりながら彼はポロクルに目をやった。アヌビスと目が合ったポロクルは、察したようで緑色のローブの中から銀の器を出した。

「この器は魔力を水に変えることができる器です。その人の魔力の資質によって変化が異なります。それを見てその人の魔力を知るのです。実際にやって見せましょう」

 ポロクルが銀の器を両手で持つと青色と茶色の水が器の中で混ざるように湧き出てきた。

「魔力には色がある。そのことはご存知ですよね」

 俺は頷いた。だが、ポロクルのメガネ越しに見える目を見て後悔した。その目は俺の嫌いな脱線するポロクルの目だ。

「本来、魔力に色はありません。ですが、ある一定の条件を満たしたときは各属性の影響により色を持った形で見られることがあります。炎属性は赤、水属性は青と言ったように各属性で色が決められています。さらに、得意属性が他の使える属性より突出して強い場合、その色が他の属性にも現われます。例えば、水属性が得意な人物が風魔法を使ったとき、緑ではなく青だった場合。風属性の魔法が弱くてもその者の実力はそれ以上だと推測できるのです。魔力の質を言うならその色の濃さも―――」

「もういい。今知りたいのはリョウの得意属性だけだ。それに、魔力の見極めなど今時の軍学校でも教えないぞ」

 アヌビスがポロクルの長くなる説明を打ち切ると器を奪い俺に持たせた。

「ほら、やってみろ」

 アヌビスに言われて目を閉じ両手に集中する。正面にいたアヌビスがモゾモゾと近づいてくる気配を感じた。

「何をしている。早くやれ」

 急かすアヌビスの声に俺は目を開け両手に収まっている器を見た。そこには、一滴も水はなかった。

「早くやれといわれても、どうすれば……」

「体中に点在する魔力の塊を体の任意の部分に集めて放出すればいいのですよ」

「ようするにだ。力を出したい所の神経を高ぶらせればいいんだぞ」

 ポロクルの教科書の説明にアンスが経験の説明をしてくれた。俺的にはそのようにしていたのだが何の変化も起きない。初めて魔法を使ったときも両手に力を集めるだけで雷球が出たのだ。それ以外に魔力の出し方を俺は知らない。

「まさか。リョウ、お前魔力がないんじゃないか?」

 アヌビスの憶測にポロクルが首をかしげた。

「ですがね。いくら竜神とはいえ使えるようになるのは鋼属性の魔法だけです。アレクトの話では呪属性の魔法を使ったそうですし」

 何かを考えているようなアヌビスは俺の体を赤い瞳だけを動かしながら隅々まで見ていた。すると、その瞳は俺の腰の部分、短剣の所で止まった。

「まさかな。ははは、そんなことが……」

 焦っているアヌビスを俺は初めて見た。ポロクルとアンスも同じだったようで驚いた顔をしていた。

 アヌビスは俺に近づくと俺の短剣を抜いた。緩やかに弧を描いた刀身は白い三日月のようでいつもと同じ姿をしていた。

「やはり、杞憂だったか。悪かったな」

 アヌビスは小さく微笑み、手馴れた手つきで短剣をまわすと持ち手を俺に向けた。

「いや、それはいいけど。どうしたんだ」

 俺が短剣を受け取った瞬間。短剣は青白く輝きその姿を変えた。白い刀身は真っ直ぐに長く伸び、一本の剣へと姿を変えた。アヌビスの剣より短いが、短剣ではなく普通の剣の長さに変わった。その剣先はアヌビスの喉元ギリギリで止まっていた。

 短剣の変化に戸惑った俺に比べて、反射的にアヌビスは剣を抜き俺から距離をとった。

 アヌビスの目はグロスシェアリングの黒衣の死神としての目をしていたが、すぐに殺意が抜けた目をしてため息を吐いていた。

「……はあ、そういうことか」

「おい、この剣どうしたんだよ。いきなり形が変わったぞ」

 アヌビスは剣を納めた。すると、俺の剣も短剣に戻った。アヌビスは俺の前に座って俺を真っ直ぐ見た。

「竜神になった時、周りはどうなった。誰かに会わなかったか」

「周りの動きが止まって、色もなくなって、少女にあったけど」

「少女?」

 そのキーワードにポロクルが何か引っかかったようだ。だが、アヌビスはそれを気にせず話せといった。

「紫の着物、十二単に近いもの……俺の国の服で、それ一枚で全身が隠せるぐらい大きくて、袖が広く裾も長くて引き摺るような服なんだけど、帯は大きなリボンで」

「ああいい、知っている。で、その女の特徴は」

 この国には着物の文化があるのだろうか。でないと、あの子が着ていたのが変だからあたりまえか。

「ああ、金髪を赤いガラス玉で二つに結んでいて、緑の瞳で」

「ちっこくて、そのくせ古臭いしゃべり方をして、偉そうで、そんなやつだっただろ」

 俺の言いたいことをアヌビスが先に言ってしまった。アヌビスは彼女のことを知っているのだろうか。

「あの野郎。余計なことをしてくれたな」

「アヌビス、そのように言うのはやめた方がいいですよ」

「だな。あのお方はどんなことでも見ているからな。気をつけんと何をされるやら」

 アンスまでも笑っている。この二人も知っているようだ。

「リョウ、言っておく。お前に魔法使いの才能はない。それに、剣士の才能がないのは自分で知っているだろ。つまりお前に戦う力はない。一から育てるとは面倒な話だ」

「ち、ちょっとまてよ。俺には竜神の力が」

 俺の意見を遮り、アヌビスは立ち上がると俺を指さし力強く見下すような声で言った。

「面倒だからはっきり言ってやる。竜神の力に頼りすぎるな。一部開放なら許すが、全力開放は俺の許可なくするな。いいな」

 アヌビスは前を進むアレクトたちの乗る女性陣竜車に停止の命を出した。


 俺達は街道から少し外れた脇道に広い草原を見つけそこの大樹の元にテントを張った。

「ん〜、疲れた」

アレクトが大きく伸びをしているのをミルとルリカが真似をしている。

「リョウ君、初めての竜車の旅はどうだった」

「初めての馬車での旅は楽しかったけど……」

「けど? なに」

 俺の目線には黒い歩竜4匹をべたべた触るミルとルリカがいた。眼球を突かれているのに竜は瞬きをするだけで二人を襲う気配はなかった。

「子供の勇気が欲しいと思いました」

「?」

「お二人とも、食事にしますよ」

 ケルンに呼ばれた俺達は空腹を満たすためアヌビスたちのところへ向った。


 軽めの夕食を済ませるとアヌビスが今晩の見張りを決めだした。

「そうだな。見張りは……俺とリョウとアンスでいいな。それじゃ、よく寝ておけよ」

 俺とアヌビスとアンスは焚き火をかこみ火の番をしていた。この見張りは三人一組でするのがアヌビス部隊のルールだそうだ。一人が仮眠を取って、一人が巡回、一人がテントの警備となる。もし、敵が襲ってきた場合は巡回と仮眠の二人が迎え撃つ。そうなっている。

「なら、寝させてもらうからな」

 アンスが軽く頭を下げてテントに入って行った。そして、俺とアヌビスの二人だけになった。

「アヌビス、聞きたいことがあるんだが」

「丁度いい。俺も聞きたいことがある。腕輪はどうした」

 質問をする前に質問をされた。腕輪はアヌビスが命をかけて作り出したものだ。それを奪われたとは言いづらかったから今まで言えなかったのだ。

「ジョーカーに、取られた」

「そうか。ならいい」

 何事もなかったかのようにアヌビスはタバコを吸い始めた。甘い香りのする黒いタバコは少し興味を引かれる。

「それだけか。怒ったりしないのか」

「なんだ。何か罰が欲しいのか? 分かった。腕を出せ、傷を掘ってやる」

「いや、いいです。ありがとうございます」

 アヌビスはタバコの煙を揺らしながら笑っていた。と、思ったらいきなり真面目な顔になった。

「ジョーカーに奪われるのが一番よかったのかも知れん。あれには俺の記憶が入っている。敵に奪われるのが一番厄介だ。もし、そんなことがあったら俺はお前を殺さなければならなったからな」

「ジョーカーならどうして安心できるんだ」

 焚き火に薪をくべながらアヌビスは遠い空の星を見上げていた。

「やつの持っているものを奪おうと思うやつはまずいない。やつはお気に入りの物しか持たないし興味も持たない。そして、決してそれを捨てることもしない。それがジョーカーと呼ばれるものの特徴だ」

「アヌビスはジョーカーのことを良く知っているのか?」

 俺が質問するとアヌビスは少しきつめの瞳で俺を見た。聞いてはならないことだったのだろうか。

「それがお前の質問か」

 俺は無言で頷いた。

「グロスシェアリングになる少し前、俺は軍隊から離れた時期があったんだ。その時つるんでいた仲間の一人だ」

「仲間だったのにどうして切りかかったんだ」

「俺の質問は一つだっただろ。だから、答えるのも一つだけだ。いいか、この世の中で自分のことを―――」

 俺理論を語ろうとしたアヌビスだが、それをやめて剣を持ち立ち上がった。

「アンス、アレクト、起きろ!」

 アヌビスの大声にゼロタイムで二人がテントから飛び出してきた。アンスは見張り役だったからともかく、アレクトまでこの速さで起きてきた。この二人の動きが軍人の動きだと思うと俺はまだ軍人ではないのだと自覚させられる。

「敵か? 魔物か? 獣か? それとも流れ星か? それ以外なら殴るからな。いい夢だったんだぞ」

「もう、せっかくミルちゃんが寝てくれたところなのに大声出さないでくださいよ」

 愚痴りながらも二人は手に武器を持っていた。

「近くに魔物がいる。俺とリョウで狩ってくるから見張り頼んだぞ」

 目線で俺に立てと言ったアヌビスは剣を抜いた。その剣は白い刀身ではなく、赤黒い炎のものだ。

「なんですかそれ。私呼ぶ必要ないじゃないですか」

「アレクトには別件だ。この近くに小さな町があるはずだ。そこへ行って情報を集めて来い」

「こんな時間にですか。で、何の情報を?」

「ここ数日の出来事でいい。町で一番盛んな噂や話題を聞いて来い。なかなかできる魔物だ。そんなやつが定住している地域では何か事件が起きていることが多い。近くに魔物の巣窟でもあるかもしれないだろ」

「はいはい、分かりましたよ。では、明けごろには戻りますよ。…………夜の活動だから何か報酬でますか?」

 アレクトの笑みにアヌビスは親指で俺を指した。

「明日の見張り役、お前とリョウとケルンにしてやる。どうだ、楽しみだろ」

「お、おい、アヌビス。それは……」

「いいね、それ。全力で調べてくるよ」

 アンスが忠告しようとするのをアレクトがわざとらしい大声で遮った。アレクトとアヌビスが笑うとアレクトは走っていってしまった。

「リョウ……」

 アンスが俺の方に手を置いた。その顔の表情は哀れなものを見るものだった。

「男にはな。超えなきゃいけない時がいつか必ず来るもんだ。がんばれよ」

 アンスの応援の意味がよく分からないでいた。

「おい、さっさと行くぞ」

 大樹の元を離れようとしているアヌビスの背中を俺は追った。


 大樹の草原から少し離れた所に森があった。アヌビスは悩まずその中へ入って行った。森に入ってすぐの所に小さな湖があった。透き通った綺麗な水で月が写っている。振り返ると、木々の間から大樹と焚き火の明かりが見える。確かに、これだけ近くに魔物や獣がいたらテントで寝ているミル達に危険が及ぶだろう。

「アヌビス、何処に魔物がいる……」

 聞こうと思ったが自分で見つけられた。湖の向こう側、獣とは違う見たことのない者がそこにいた。

 それほど離れていないのでよく見える。全体の形は人間なのだが、足は鳥の爪、腕は爪の伸びた熊の腕、狼の顔と尻尾を持っていた。間違いなくこの世の生き物ではない。その名前の分からない魔物は木に逆さにぶらさがって寝ていた。

「あれって……魔物?」

「だな。魔物についての知識はあるのか?」

 俺は首を左右に振った。

「魔物、獣、人間。この世界の生き物を分けるとそれだ。獣と魔物の一番大きな違いは、人間に似た知性を持っていることだ。さらに、多彩な魔力を持ったのもいる。奴らも獣の肉を食い生きている。人間を食べることはないから安心しな」

 すると、その魔物は目をさましたようで、うっすらとまぶたを開け銀色の瞳をこちらに向けていた。

「お、おい。襲ってきたりはしないのか」

「さ〜な。奴らにも統括するものがいて、襲わない時もあるが……」

「あ、あるがって……」

 横を振り向くと不適に笑うアヌビスだ。そのアヌビスは木にぶらさがっている魔物ではなく、上空を見上げていた。俺もつられて空を見ると女性がいた。

 黒く長い髪、人間ではありえない白い肌。黒い服が体に密着していて肌のようであり、服は着ていないように見える。先の獣のような魔物とは違い見た目は女性にしか見えない。だが、腰付近にある黒いコウモリの翼と黒い鞭のような尻尾が人とは違うことを物語っていた。

「彼女は……」

「魔物を統括する存在。分かりやすく言うと、悪魔と呼ばれる奴だ」

 悪魔。それを聞くと心臓を握られた気分がした。

 その美しく見とれてしまう女性は白い腕をゆっくり伸ばし、ここまで聞こえるほど大きく指を鳴らした。

「統括者が好戦的だと魔物も同じだ」

 指の音で完全に目を覚ました魔物は俺達を獲物だと認知したようだ。

 一蹴りで木をなぎ倒して湖を飛び越え俺達の真上まで近づいた。

 満月を背にして今から起きる戦いを楽しみにしている女性の悪魔の高笑いが聞こえていた。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ