第17話 子供は時として賢いものである
「初めての治療が貴方になるとは……」
広場に戻り俺はエイレの治療を受けている。鼻骨が砕けているとエイレは驚いていた。
「どうしてこんな怪我を?」
「自分が情けなくて木に顔をぶつけていたんです」
「?」
エイレは頭を傾けている。
エイレに鼻の骨を修復してもらい痛みも出血も止まった。本当に魔法とは役に立つものだ。
「アヌビスさんが治療が終り次第来るようにと言ってましたよ」
エイレは俺にペコリと頭を下げて行ってしまった。俺はアヌビスに会いたくないなと思いながら、心の中にある足かせを引きずり歩きだした。
広場にはアヌビス部隊のみんながいる。だが、みんないつもとは少しずつ違った。アレクトはニヤニヤ笑いながらケルンに羽交い絞めにされ、ポロクルは不機嫌そうに地面を蹴っていて、アンスにいたっては泣いている。
アヌビスはいつもと変わらずタバコを吸っていた。その隣にいる二人の少女もまたいつもと違っている。明るくて元気なルリカはアヌビスの隣で小さく震えていて、感情表現の少ないミルは泣いていた。彼女が泣いているのを見たのは初めてだ。
「なにがあったんだ」
アヌビスに聞くと、アヌビスは一度目を合わせてすぐに別の所を見ていた。
「酔ったアレクトがミルを拉致しただろ。で、走り回ったあげく、アレクトが家にぶつかって、ミルが怪我したんだ。擦り傷で済んだがあれ以上放置しておくと剣を取り出すからな。たく、手間の掛かる」
アヌビスはアレクトにゆっくり近づいた。
「おい、いい加減正気に戻れ」
「ぬふふ、アヌビスちゃん。よく見るとかわゆい顔してる〜」
ケラケラ笑うアレクトを除いてみんな沈黙で暗い顔をしている。
「粗療法になるが覚悟はいいか?」
「アヌビスちゃん。そんな怖い顔しないでスマイルスマイル。ねえ、僕アヌビスちゃんだニャン。っていって―――ぐっうふ」
腹部をアヌビスに殴られたアレクトは膝を着き体の中のものをすべて吐き出していた。異臭がすると思ったが、すべて酒だったのでそれほど不快な臭いはなかった。
そのままアレクトは倒れて気を失う。アヌビスは手につた物を拭き取ると俺達を集めた。
「それじゃ、これからの事だが、面倒な話と悪い話がある。どっちから聞きたい」
どちらも聞きたくはなかったが、俺達を代表してポロクルが手を上げた。
「それでは、面倒な話から」
アヌビスは自分で聞いていながら、そっちからかよ〜みたいな目をしていた。
「今回、色々無茶をしたせいでギャザータウンの翼竜数が必要数以下になっている。翼竜を一頭借りることすらできず、王都方面へいける大型の翼竜はもういないそうだ。なので、陸路を行ってシルトタウンへ向う」
一同にブーイングの嵐が起きた。シルトタウンというのは、ギャザータウンと同じ王都を囲む供給の街のひとつだ。ここからギャザータウンの次に近く王都にいける翼竜のいる街でもある。
ギャザータウンが食料と竜の供給地だとしたら、シルトタウンは機械と鉱石の街だ。食料供給能力に関してはギャザータウンより落ちるものの、兵器供給に長けていてリクセベルグ国の兵器開発拠点でもある。
「はい、質問。陸路でシルトタウンまでどれぐらい掛かるんだ?」
俺の質問にみんなが俺を睨みつけた。聞いてはならないことだったのだろうか。だが、知りたかったのだ。知識はアヌビスから受け継げたが、経験を受け継げていないでいたからだ。
「今回は速さを求める。で、俺達8人だけで行く。ま、ごたごたあったとして最速で着くのは……」
アヌビスは答えを言わず替わりにポロクルを見る。ポロクルは自分が言えといわれている気持ちになったのだろう。ため息を吐き、メガネを上げた。
「今までで最速だったのは2ヶ月と18日です」
一同が苦笑いをした。その日数には何か意味がありそうだ。ポロクルもそれを知っておいて欲しいらしく話を続けた。
「本来なら15日も掛からない道のりです。ですが、アヌビスの閃きで獣狩りや意味のない交戦を繰り広げてそれぐらい掛かるのです」
「最長で4ヶ月以上掛かった時もあったよな。長旅は嫌いじゃないんだが疲れるからな」
「そう言うアンス、貴方もアヌビスと一緒に獣狩りに参加していたのでは?」
「それは……いいじゃねぇかよ。せっかくの旅なんだから楽しめばよ」
アンスの開き直りに馬鹿な兄ですみませんとケルンが頭を下げていた。
アンスは俺がこの世界に来るまでポロクルとアヌビスの専属をやっていたそうだ。そのせいだろうかポロクルのような考えとアヌビスのような好戦的な性格を持っていた。
短く切られた黒髪と黒い瞳は日本人に見えないこともない。小麦色に焼けた肌が活発さを表していた。
そのアンスを兄にもつケルンは倒れたアレクトの看病をしている。ケルンはアレクトの専属であり彼女もまた黒髪のショートと黒い瞳をしていた。兄とは違い肌は白いで背は俺と同じくらいあり力は俺以上にあった。
二人しておそろいの長く白いハチマキが特徴だ。
でも、こうして見るとミルとルリカは当然のことだが、軍隊として年齢層が低く見える。
何より、リーダーのアヌビスがそのいい例だ。俺より一つ上の歳だと聞いているが、見た目は少し年下に見える。さらに、最高齢がポロクルの32歳だ。俺達を軍人だと知らない人が見たらどこかの学校の遠足なのではないかと思われるだろう。
「で、悪い話とは」
脱線しかけた話をポロクルが元に戻した。本人の話はすぐに脱線するくせに、他人のは許せない性格らしい。アヌビスも早く進めたかったらしくすぐに話し始めた。
「な〜に、簡単な話だ。そのギャザータウンからシルトタウンまでの楽しい旅を軍人としてではなく、行商人として旅をすることになった」
「え、アヌビスそれ本当!」
突然喜びの声を上げたのは気を失っていたアレクトだ。だが、喜んでいるのはアレクトだけで他のメンバーは浮かない顔だった。
「アレクト、何処も痛くないですか? 吐き気とかは?」
アレクトを心配したケルンだったがアレクトはお腹をさすって笑顔を見せた。
「大丈夫、吐き気も頭痛もない。ただ、どうしてだかお腹付近が痛いんだけどね」
みんなが笑いアヌビスは目をそらす。そして、アヌビスは話を戻した。
「行商人のことは本当だ。物資のメインは食料と武具。売りすぎず売らなすぎず、常に一定量を保つようにと言われている。補充のための金も十分に用意してある。な〜に、アレクトの腕を見せるまでもないということだ」
「な〜んだ。つまらない」
イマイチ話が理解できない俺は手を上げる。
「なぜ、軍人が行商人をするんだ」
すると、答えたのは厄介なことにポロクルだった。
「自分達は軍人であり国の人間です。リクセベルグの治安のために働くのはなにも兵だけではありません。この行商人の仕事は全地域に均等に物資と硬貨を分ける。そういう仕事になるんです」
俺が分からないような顔をしているとアレクトがうきうきした声で言った。
「つまり、物がなくてお金もない所では安価なものを大安売りをして、物がないけどお金がある所では貴重なものを高額で売って、物はあるけどお金がない所では物を大量に買って、物もお金もある所ではその両方を徴収するの。こうやって全体のバランスを均一にする仕事なの」
「ま〜それ以外にも、地域の問題を解決したり、飛び込みの任務をこなしながら行くけどな。とくに、獣狩りの依頼がある地域が楽しみだよな」
アンスはアヌビスに同意を求めた。すると、アヌビスも笑顔で答えた。だが、その二人を見たポロクルが止めに入った。
「待ちなさい。今回は速さを求めているのでは? 寄り道をしている暇など……」
続けてケルンも兄を止めるべく入ってきた。
「そうですよ。兄さんとアヌビスがいつもふざけるから僕達が困るんです」
「確かに、ケルンの言う通りかも。いくら依頼が来たからって見境無しに承諾するのはいただけないよね」
アレクトも反対している。だが、アヌビスはみんなを見下すような目で見ていた。
「お前ら、何か勘違いしているようだな」
このアヌビスの感じ、後ろから出ている黒いオーラ。久しく見ていない俺宣言だろうか。
「この部隊は俺のものだ。つまり、どうするかは俺が決める。そう、お前らも理解しているだろ」
一同がそうでしたと声をそろえる。
「ようするに、みんなで観光と商売をする無期限の遠足ですか?」
ミルが今までの会話を聞いていて理解したことがそれだろう。言い方は子供らしいが要点を射ている。そして、今までの説明でそれが一番分かりやすかった。
「ま、まあ〜、そんなもんだな」
アヌビスを含めみんなミルの言ったことに間違いはないと認めていた。
一夜置いて早朝。俺達は広場にいた。そこにはホルス部隊とネイレード部隊が俺達の見送りに来ていた。ホルスとネイレードは俺達とは違った任務があるそうだ。話を聞くところ、時期が合えばシルトタウンでネイレードと、王都でホルスと再会ができるかもしれないそうだ。
「あ〜頭痛い。どうしてこんな早朝に出立するの? 馬鹿じゃない」
ネイレードは頭を押さえながらアヌビスに文句を言っている。不満を言いながらでも見送りに来てくれるんだからいい人だ。だが、そんなことを知ってか知らずか、アヌビスはまた口喧嘩を始めようとしていた。
「別に、見送りをしてくれとは頼んでないが? それに、人を束ねる立場の癖に自分の管理すらできないのか。ホルスを見習ったらどうだ」
名前を呼ばれたホルスは爽やかな笑顔をネイレードに見せる。ネイレードはうんざりと言いたそうな顔だ。
「それにしても、シルトタウンですか。十分に気をつけてくださいよ。只でさえアヌビスの部隊の兵数は少ないんですから」
「ホルスは守りすぎなんだよ。兵士って言うもんは、使える奴だけが残っていればいいんだ」
「あんた……。そう言う所が問題だって言ってるでしょ。どうしてオシリスはこんなアヌビスなんかにミルの護衛を許可したのかしら」
「自分の部下が不甲斐なさそうだからじゃないのか?」
オシリスの部下、つまりネイレードのことだ。
「なっ! あんたねぇ」
「二人とも、そこまでですよ。はい、仲直りの握手」
そういってホルスは二人の右手を無理矢理握手させる。その積極的な行いで喧嘩はすぐに収まった。
「たく、ホルスはこう言う所が甘いんだって言っているだろ」
「まあ、それが自分のいい所だし。では、アヌビス。気をつけて、王都で会いましょう」
「おう。その甘さで死なないようにペルセウスとヘラクレスに守ってもらえよ」
ホルスの後ろにいた二人が笑顔で頷いた。
「いつかあんたとは本気でやりあいたいから……その、……」
「シルトタウンでその挑戦うけてやる。せめて10秒は持つように修行しておけ。エノミア、ディケ、エイレ、弱いネイレードが生きてシルトタウンに着けるよう奮起しろよ」
三人は任せてくださいと明るく答えた。
「貴方達なに返事してるのよ。私ってそんなに頼りないの?」
三人は笑顔でいるだけで何も答えない。
「たく、それじゃ、シルトタウンで会いましょう。その時は、ヘスティアも一緒に楽しみましょうか」
「お前の妹じゃねぇか。なら、こっちはリョウを育てておくぞ。その頃には、お前の相手もできるかも知れねぇからな。常に磨きをかけておけよ」
三人は拳を出した。三人の拳がぶつかり、アヌビスが二人を見た。
「それじゃ、グロスシェアリングの名の下に」
「ああ、俺達は常に寄添い立つ」
「自分の命は友の命と思え。たく、誰よ。こんな臭い台詞考えたのは」
「俺だが不満でも」
アヌビスはネイレードを睨んだ。だが、ネイレードは笑顔で答えた。
「すっごく格好悪いけど、好きだな。この契り」
三人が笑顔で笑って、アヌビスは俺達の元へ来た。そして、ホルスとネイレードの見送りを背に俺達はシルトタウンへと出発した。
グロスシェアリング騎士団。初めはとんでもないやつらだと思ったけど、あの繋がりは羨ましく、俺も入ってみたいと心の中で小さく思っていた。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
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