第16話 力は時として惨めになる切っ掛けである
平和の使者、清き白き槍ホルスが通った町の民は敵味方とはずみな笑顔になる。
魔道書の女神、美しき紅の宝石ネイレードが通った町には衰退と安心が訪れる。
命を食らう者、冷酷なる黒衣の死神アヌビスが通った町には命の光はない。
その三人のグロスシェアリングの部隊が集まって宴会をしました。さて、宴会を始めて二時間後、どうなったでしょう。
答えは……。
「リョウ君は誰にかけたの? やっぱり、アヌビスさん? でも、ネイレードさんも捨てがたいよね」
アレクトが数枚の銀貨を握り締めながら俺に聞いてきた。銀貨と反対の手には紙が握られていて、その紙には『アヌビス銀貨30枚』と書かれている。
「俺は誰にもかけてない。これ以上お金要らないし」
答えは、3人の決闘が始まりました。
成り行きはこうだ。酒に酔ったネイレードがアヌビスにこう絡んだ。
「アヌビス、良く聞きなさい。うぁ、貴方、今回の結果に納得いってないみたいだけどぉ、貴方わぁアレスを追いかけていただけで……にゃ〜んにも戦果立ててないじゃない。それぐらいにゃら、竜神になって戦ったリョウの方が万倍ましってもんでしょう。にゃはははは」
そこにホルスがアヌビスをかばうようにはいった。しかし、ホルスも酒に酔っていて。
「ネイレード。言いすぎですぅ。確かに、アヌビスは口だけで何もやらないときがあります。ですが! 彼なりに一生懸命やったんでしゅ。そりゃあ、判断が悪くて、戦うことしか考えていなくて、兵をほぼ全滅させて、簡単に騙されて、やっと手に入れた食料を奪われそうになって、でも! 彼は頑張ったんです。だから、凄かったと言えなくても、偉かったねと言ってあげるべきなのです!」
もしここでアヌビスが酒を飲んでいれば何も起きず馬鹿騒ぎで済んだそうだ。だが、その時のアヌビスは酒を飲んでいなかった。
それと、二人。いくら法律で決められていないからって、未成年での飲酒は止めたほうがいいですよ。あ、でも、この国の成人っていくつからなんだろう。
と、言うことで、お怒りのアヌビスは二人に切りかかった。もちろん、三部隊のみんなで止めようとしたが、あの炎の剣を振り回され近づくことが困難になったのだ。さらに、悪酔いした二人がアヌビスに本気で戦いを仕掛けたのだ。
ネイレードはレーザーブレードと魔道書ミケを取り出してきて、戦闘スタイルでは最も攻撃的な形になった。
ホルスは装飾が多く派手で真っ白な2本の槍を出してきた。飾りが多く戦闘に不向きなものだと思ったが、魔法学の一種で魔力強化のためのもので、形になった魔法陣のようなものだそうだ。
さらに、背中からは青白い鳥のような光の羽が四枚でていた。その羽は肩付近と腰付近に二枚ずつあり、背中に大きなバツ印を描いたようなものだ。
そして、その三人の勝負で賭けをしようとみんなが言い出したのだ。そうと決まると、三人を柵で囲み受付場が作られた。誰が勝つか好きな金額をかけて当たれば三倍になって返ってくるシンプルなものだ。俺は金貨5枚(500万円)も持っているのでこれ以上増やす気はなかった。
ちなみに、解説の三人はポロクル、ヘラクレス、エノミアだったりする。他のみんなも迷惑がりながらも楽しく準備をしていた。
「なあ、アレクト。この勝負危なくないのか?」
アレクトは少し考えてから笑顔でこういった。
「ん〜、すっごく危険。大丈夫。もし、瀕死になりかけた人が出たら私たちで治療するから
それにぃ、実戦をイメージしたぁ、練習稽古はぁ、よくやっているんだよぉ〜」
アレクトは笑顔だ。悪いお知らせはまだあった。三部隊の強豪の方々で酒に酔っていないのはアヌビスと俺とエイレとケルンだけだ。エイレは治癒魔法のエキスパートらしいが彼女一人でみんなの治療をさせるのは無理だろうと思っていた。
ちなみに、みんなとは部隊みんなのことで、酔っているアンス、ヘラクレス、ディケの三名はいつ乱入してもおかしくない状況だ。
「アレクト、できるだけ止めてくれよな」
「だいじょ〜ぶだって、もう、リョウ君は心配性なんだから。それに、私、お酒なんかに負けてないのれしゅ!」
アレクトは笑顔で敬礼を見せた。だが、彼女の足は常に動いていないと立っていられないようで、ここしばらく止まっている所を見ていない。
「エイレ、それにケルンも頼むから頑張ってくれよ」
俺の隣でアレクトの作ったプリンらしきものを二人は食べていた。本当ならミルとルリカにも食べさせたかったそうだが、アレクトの初デザートを子供に食べさせるのは危険だと判断したアヌビスがそれを禁じたのだ。
「大丈夫ですよ。アヌビス本気じゃないですし」
ケルンがあたりまえかのように言った。
「そうなのか」
「ええ、本気なら相手を待つことなんてしませんから。それに、いくら酔っているからって本気のアヌビスさんを相手しようなんて二人とも思いませんよ。それに、エイレもいるから安心ですよ」
ケルンの横で小さくなりながらプリンを食べているエイレの頬が赤くなった。
「そ、そんな。私なんて頼りになりませんよ。魔力があるだけで上手く使えないんですから」
「でも、僕よりかは上手いじゃない。て、ことですから、リョウは安心して楽しんできてください」
俺は今から戦場となるであろう宴会場から追い出された。
「楽しんでくださいといわれてもな……」
町のいたるところにテーブルが置かれ兵隊達が思い思いの楽しみ方をしていた。時々、俺のことを知っていて話しかけてくる兵隊もいたが、俺が知っている兵隊は一人もいない。正確には、アヌビス部隊の兵隊さんが一人もいなかった。全滅、という事ではない。数は少ないがちゃんといる。ただ、みんな賭けに参加しているのだ。
味方に囲まれた俺は孤立した状態にいた。この状態で楽しめといわれても困ってしまう。
「リョウ。待って〜」
「ミ、ミル。待ってよ〜」
後ろから俺を呼ぶ声がする。その声は、ここにはいないはずの少女の声だ。なので、疑問の思いを持ちながら振り向いた。
そこには、ミルとルリカがいた。すでに二人で一セットの彼女達は俺に飛びついてきた。
「リョウ、ミルね、リョウの本ちゃんと守ったよ。偉い?」
ミルは俺の百科事典を大事にそうに抱いていた。ギャザータウンを出る時、紛失したり邪魔になったりするのでミルに預かってもらったのだ。本には傷はもちろん汚れすらない渡した時と変わっていない。本当に大事に扱ってくれたようだ。
「ああ、大切にしてくれてありがとうよ」
俺はミルの頭を撫でてやった。するとミルは嬉しそうに小さく鳴いていた。まるで猫のような子だ。
「あ、あのね。この本。もう少し、ミルに預けてくれる?」
「別にいいけど。どうしてだ。重いだけだろ」
「魔道書姉妹と呼ばれたいのですよ」
ミルとルリカの後ろについてきていたのはペルセウスだ。彼は一見すると女性ではないかと疑いたくなるほど綺麗な踊り子の服を着ていた。本人に女装の趣味があるのかないのか知らないがすごく似合っている。
「ペルセウス。聞きたいことは沢山あるんですけど、その格好は趣味か」
「違いますよ。余興で踊らされただけですよ」
苦笑いをしながらペルセウスはいくつもの封筒を一つ一つ確認していた。一通り確認し終えると俺に目線を戻した。
「ルリカがいつも魔道書を持っているので、ギャザータウンのみなさんに魔道書のルリカちゃんと呼ばれていたんですよ。で、ミルはそれが羨ましくて持ちたいんでしょう」
ミルはコクリと頷いた。つまり、名前を覚えてもらいたくて特徴を作りたかったのか。それぐらいなら預けてもいいだろう。俺よりも大切にしてくれているからな。
「そりゃいいが、なんでミルたちがここにいるんだ。ギャザータウンで保護されていたんじゃないのか」
「その予定だったんですけどね。ギャザータウンがあの状態でしょ。こちらの方が安全だってことで、僕が迎えに行ったんですよ」
確かに、アマーン一人よりアヌビスたちで守った方が安全そうだ。それに、アマーンはギャザータウンの復興に忙しいだろう。彼の負担を減らすためにお姫様はこちらに戻すべきだと俺も思った。
「と、いうことですから二人のお守りお願いしますよ」
「どういう話の流れですか」
すると、ペルセウスは手に持った封筒を見せる。そこにはグロスシェアリンクの三人の名前やアレクト、ポロクルなど数多くの将の名前があった。
「ギャザータウンに寄ったついでに預かってきたんです。これを配らなくてはならないので、二人をお願いしますね」
俺の返事を聞く前にペルセウスは行ってしまった。
はあ、ただでさえやることがないのに二人をどう楽しませろというのだ。
「この風車はね私のお父さんが作ったんだよ」
「おっきいねえ」
「で、あそこが私の家のブドウ畑。この町では一番広いんだよ」
「広いんだね」
ルリカはミルの手を引きながら町の中を案内してくれた。俺はただ二人についていくだけだ。常に兵隊の目があるところにしかいないので身の安全もありそれほど強ばらなくてもお守りができそうだ。
頼まれた時はどうやって楽しませようか悩んだが、ここはルリカの育った故郷だということを忘れていた。ルリカにこの町を案内してくれる方が俺より楽しく過せそうだ。
「それで、ここが私の家」
ルリカにつれてこられたのは丸太を組み合わせて作られた家だ。その家は周りの家より少し大きく立派なつくりになっていた。
俺が家を見たのを確認するとルリカは歩き出してしまった。
「いいのか。家に入らなくても」
ルリカは振り向かず明るい声で答えた。
「うん。いい。誰もいないし」
この町の大人はアヌビスたちにみな殺されて、子供は爆弾と共に吹き飛ばされた。つまり、この町の唯一の生き残りはルリカだけだ。それだけ酷いことをされたのにルリカはアヌビスを怨んでいないのだろうか。
「さ、次ぎ行こう」
ルリカが歩き出したとき、地響きがした。後ろから何かが迫ってきているのがひしひしと伝わってくる。振り返るのが怖かったが、二人を守るために振り替えざるを得なかった。
だが、俺の決心が付くのが遅くミルに黒い塊が覆い被さった。そのままミルは地面に倒されてしまう。
「アレクト?」
ルリカが呆気に取られて見ていたのは酔いに酔ったアレクトだ。アレクトは戸惑うミルに頬擦りをしている。全身でミルを抱きしめているアレクトはいつも以上にミルに溺愛しているように見えた。
「うに〜、ミルちゃ〜ん。かわゆいよ〜。来てたならすぐに来てよ〜」
別れた時よりアレクトは酔っていた。時期にどこか壊れるんじゃないかと思うぐらいおかしくなっている。
アレクトは、大人しく動けないミルを抱きかかえると頼りない敬礼をした。
「リョウ。ミルちゃんは私、アレクトが責任を持って預かります」
そのままアレクトはミルを拉致っていった。
「行っちゃいましたね」
「そうだな」
そんなことを話していると今度はアヌビスとポロクルさらにはヘラクレスとディケが来た。
「おい、リョウ。ここにアレクトが来なかったか」
アヌビスは決闘直後なのにまったく汚れていなかった。それだけ穏便に済んだということだろう。いいことだ。
「今さっきミルを連れてどっかいったけど」
すると、アヌビスたちはため息を吐いた。
「たく、あの馬鹿が。ヘラクレスとディケはアレクトを追え。ポロクルはルリカを中央広場に連れてけ」
アヌビスの指示にみんな迅速に動いた。気付いた時には俺とアヌビスしか残っていなかった。
「なあ、アヌビス。話があるんだけど」
メネシスと出会ってからずっと考えていた。それを現実のものにするにはアヌビスの手助けが必要だと思った。
「話だと? お前からは珍しいな。まあ、いい。着いて来い」
アヌビスは俺に背を向けると俺から逃げるように早足で歩き出した。
アヌビスに連れられてきたのは中央広場から少し外れた草原だ。建物で囲まれた中央広場から一歩外に出れば自然が広がった場所に出られる。それだけ自然を相手にした生活をしていたのだろう。
その草原には兵隊の姿はなく、まだ新しい切り株がいくつがあるだけだ。アヌビスはその切り株に座るなりタバコを吸い始めた。俺のイメージではタバコの臭いは苦そうなものだと思っていたが、アヌビスの吸うタバコの臭いは甘い香料のような匂いがして嫌な気分にはならなかった。
俺もアヌビスの横の切り株に座る。アヌビスが一本吸い終わるとむこうから話し始めた。
「で、話は何だ。くだらない話だったら……分かるな」
アヌビスは剣の柄に肘を置いていた。どことなく不機嫌そうだ。
「それより、ホルスたちとの結果はそうなったんだ」
「聞くまででもないだろ。やつら、一発殴っただけで倒れやがったからな。正直、怒りが晴れてないな」
恐ろしく笑顔なアヌビスは火のついていない新しいタバコを銜えていた。
「なら、聞かせてもらおうか。俺の逆鱗に触れないようにな」
俺は一息置いて話した。
「俺に剣の使い方と魔法の使い方を教えてくれないか」
するとアヌビスはまだ火をつけていないタバコを足元に捨てた。そして、沈黙が訪れる。
俺は横から来る得体の知れない大きな力に身が震え始めた。横を見ては駄目だと頭では分かっているが、隣の存在が分からないでいる今の恐怖に俺は耐えれそうになかった。
息と唾を纏めて飲み込み隣を見た。隣のアヌビスの顔は笑顔のまま変わっていない。その笑顔は怒りの顔より数倍怖く見えた。
すると、俺の目線を遮るように白い剣を地面に突き刺し俺達の間に剣の国境をひいた。その剣は白いタバコを二つに分断していた。
「力を欲することに文句はない。むしろ褒めてやる。だが、それを望む理由は何だ」
俺は本心を押し殺してアヌビスを怒らせないようにその場で言葉を作った。
「メネシスとの戦いの時、俺はアレクトの足枷にしかなれなかった。だから、自分で自分を守れるように、そして、できたら誰かを守れるようになりたい」
「竜神の力か。面白い」
アヌビスは俺の目の前に右手をかざした。
「鋼よ。鈍らなる刃となりて生まれいでよ」
アヌビスの右手から溶けた金属が溢れ流れ出した。その金属は刀の形になり固まる。
その刀身には輝きがなく切れ味などまったくなさそうだ。
アヌビスはそれと同じ剣を持ち俺の前に立った。
「お前の力とやら見せてみろ」
剣先を向けられて恐怖より不安が訪れた。俺にアヌビスの攻撃を耐えることができるのだろうか。そもそも、竜神の力が使えるのだろうか。
「おら、なにボケーとしてるんだ」
アヌビスは俺の戸惑うことを読んでいたかのように切りかかってきた。座っていた俺は避けることはできないと判断して剣を抜いて斬撃を受け止めた。そこから俺は転がるように逃げた。
自分でも無様だと思った。持ちなれない重い剣を握り締め立ち上がると、アヌビスの攻撃が容赦なく襲い掛かってきた。
「おらおらおら、どうしたどうした。これが竜神の力か」
アヌビスに遊ばれていると俺でも分かる。アヌビスはただ俺の剣に攻撃しているだけだ。俺の体を狙う気なんてまったくないようだ。それなのに、俺は反撃できない。剣が重く、アヌビスの斬撃が重く、ただ受け止めるので精一杯だった。
「く、くそ!」
俺が懇親の力を込めて剣を振るった。だが、受け止めることしかできない俺が振るった剣には力がなく、アヌビスが片手で振るった剣で遠くに飛ばされた。
飛ばされた勢いで俺は地面に座り込んでしまった。アヌビスは剣先を俺の喉元に向けた。この剣先を向ける動作の時、アヌビスは確実に怒っている。
睨み付けられている。これが世界中から恐怖と騒がれるグロスシェアリング騎士団のリーダーの力と重圧。全身から汗が溢れ、喉が張り付くように乾いていった。
「くそ! なんでだ。どうして力が出ない」
俺は地面を殴った。拳が砕けてもいいから地面にひびが入ってほしかった。アヌビスに勝てなくてもよかったから竜神の力が出て欲しかった。アヌビスの恐怖よりも己の情けなさに涙が出そうだ。
左頬に冷たく強い衝撃がぶつかった。アヌビスが剣の腹で俺の頬を叩いたのだ。口の中が切れ血の味がした。
「突然手に入れた力に驕りやがって……そんな頼りない力なんか信じるな!」
俺はアヌビスの話を聞くのがいやで目をそらした。だが、アヌビスは俺の前にしゃがみ俺の頭を無理矢理まげて目線を合わせた。
「いいか良く聞け。確かに竜神の力はお前に戦う力を与えたかもしれない。だがな、使いこなせもしない力を過信して今のざまだ」
さらにアヌビスの顔が近づく。その瞳は暗示をかけるかのように逃げられない恐怖の瞳だった。
「その力で人を守りたいだと。ざけんじゃねぇよ! いいか、命を守っていうのはな、絶対の自信以外に命をかける覚悟と命を背負う責任があるんだ。よく覚えておけ!」
怒鳴られた最後に俺の頭を地面に叩きつけられた。その痛さは頭が割られるのじゃないかと錯覚するほどだ。鼻からは血が止まらなかった。
「もし、今のが戦場だったらお前は死んでいたな。それに、仲間に被害が出たかもしれない。それぐらいの痛みですんで感謝しろ!」
俺は鼻と口から出る血でアヌビスに反論も返事もできなかった。
「だから、リョウ。お前が竜神の力が使いこなせるよう。それに、戦う意味が分かるようみっちり教え込んでやる。明日からは寝られないことを覚悟しておけ」
アヌビスはタバコの煙をまといながら広場に戻っていった。俺は、声にならない声で、はい。と返事することしかできなかった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。