第15話 報告は時として怒りと苦痛を招くものである
戦いの炎が消え始めた頃、俺達は町に入った。ギャザータウンとは違う田舎だ。道は土がむき出し、家の大半が木造で雨風を防げるだけ、遮るものが少なく遠くの景色までよく見える。自然に溶け込んだ町のような所だ。そんな町なのに軍人しかいなかった。
その町の中央広場のような所にみんな集まった。そこには、会議が開けるように簡易で作られた大きな木のテーブルが二つ置かれている。巨木を縦に割って動かないように固定されたもので、そのテーブルを囲むようにみんなが座った。
テーブルの上には食事の準備がされている。今は昼をすぎておやつの時間、朝食からもまともに食べてない俺はそれに手を伸ばしたかったが、アレクトとネイレードにやめておきなさいと忠告されて大人しく座るしかなかった。
俺そんなに食べたそうな顔していたのだろうか。実際には手を出していないし腹の虫も鳴いていない。なのに、食べ物を見た瞬間二人に首を左右に振られたのだ。もしかしたら、二人も同じ気持ちなのかもしれない。
アンス・ケルンの20歳未満のテーブルはにぎやかな会話。俺・アヌビス・ネイレード・ホルス・アレクト・ポロクルの座る階級のつけられたメンバーが座るテーブルでは今回の戦いの話をすることになった。
「それじゃ、ホルス聞かせてもらおうか」
アヌビスが話を始めようとすると、周囲の安全の確認を済ませたネイレード部隊の女の子三人がネイレードの元に近づいた。
「お話のところすみません。ネイレードさん。周囲に伏兵らしきものや罠らしき魔法と兵器は見当たりませんでした。さらに、監視されていることもなく、敵はこの町を完全に領土から分離したかのように見えます」
18歳ぐらいだろうか、自分と同じ大きさの特殊な銃器をもったディケが周囲の安全の報告をしていた。彼女はギャザータウンの危険を知らせてくれた子だ。
「そ、……で、あの機械竜。どれほど確保できた? それと、何か細工はされていなかった?」
ディケより少し年下で、15歳前後の女の子二人がエノミアとエイレだ。エノミアはジョーカーのものよりさらに大きく扱えるかが疑問になるほど大きな大鎌を肩にあてネイレードの質問に欠伸交じりに答えた。
「それが全然駄目。破片はいくらか見つけたって報告を受けたけど、肝心の浮遊機関らしきものや魔力変換機も見つかってない。見つかったものはどれも魔法で生み出されたものやクロノ国でも作れそうな劣化部品ばかり。大半の部分を綺麗に持ち帰ったみたいだな。魔法関係はあたしじゃなくてエイレに聞いて」
ネイレードは少しぐらい努力しなさいとエノミアを叱り、エイレに聞く。ネイレードはなぜかエイレだけ優しく話しかけていた。三人の中で一番末っ子だからだろうか。
「エイレ、あの機械竜になにか魔法が施されていなかったかな? それと、転移魔法の報告もお願いできる?」
エイレは白いローブを着ていて白魔導師のような子だ。杖を持っていていかにも魔導師な彼女は他の二人とは違い大人しそうな子だった。いや、緊張しているともいえる。
「き、機械竜の残骸自体には魔力もなく、また、魔法を施されていることもなかったです。それと、あの機械竜は本当にただの鉄の人形だったようです。残骸に魔力を注いでみましたがこれといった変化が見られませんでした。また、転移魔法ですが大型のものを運べるだけの難易度の高いものでした。それでいてあの速さで発動したのはメネシスの力以外に魔鉱石が利用されたと思われます。ネイレードさんの話が本当なら大剣の魔鉱石を使ったと思われます。その証拠に欠片がありました。転移魔法の閉鎖、もしくは利用と安全につきましてはペルセウスさんたちに検討してもらっています。そのうち報告があると思います」
沢山の報告を一度にしたエイレは大きく息を吐く。エイレの一生懸命の報告にアヌビスをも含めみんなが微笑んでいた。
三人がネイレードに報告を済ませるとにぎやかなテーブルに入る。それを確認したアヌビスが話し始めようとすると、またしても遮る者がきた。今度はホルスの部下、ペルセウスとヘラクレスだ。
「くそ! また報告かよ」
「邪魔だったのか? ま、邪魔だといわれようとも報告はさせてもらうがな」
「ヘラクレスさん。アヌビス少将を敵に回すのはよしましょうよ」
一向に話が進まずアヌビスは怒り始めた。その怒るアヌビスを屁とも思わないヘラクレスはホルスの隣に座る。睨みを利かせているアヌビスに軽く頭を下げてペルセウスもホルスの隣に座った。
ヘラクレスは30歳後半ぐらいの男性で銃使いなのに筋肉質で重装備の人だ。アレクトとの戦闘でその力の一片を見ていたが、本当にこの人は銃使いなのかと疑問に思う。ヘラクレスが使っている銃は剣を改造したもので、剣先から銃弾の出るガンブレードと呼ばれるものだ。
遠距離戦と近距離戦を得意とするタイプの戦士だ。ヘラクレス自身はちょっとばかり名の知られた銃使いといっている。が、黒い逆立った短髪、無精な顎鬚、黒く日焼けした筋肉、大きく低い声、どれをとっても銃使いより剣使いが似合う人だ。
ペルセウスはアレクトと同じぐらいの年で、20歳前半ぐらいだ。白くそれほど肉のついていない細い腕。綺麗で整えられた茶色がかった髪は肩で切りそろえていた。その顔もたくましさより清潔さが漂っており、女性だといわれても頷けてしまいそうだ。
彼は半円状の二枚の刃を持ち演舞のように踊って戦うスタイルだそうだ。アレクト戦の時のように飛ばすことは少ないようだ。
相手の攻撃を受け流すような動きとその容姿で『戦場の蝶』と呼ばれ男性軍人に人気があるらしい。本人は嫌がっていたが。
「アヌビス、すまない。話より転移魔法の現状が……」
強く言えないホルスはアヌビスに悟ってもらおうと丁寧に頼んでいた。転移魔法のことは今後の作戦に関係してくるものだ。アヌビスも知っておきたいことの一つだったのだろう。それほど拒否はしてなかった。
「分かっている。で、ヘラクレス、転移魔法の出口はつかめたのか?」
転移魔法とは、魔法陣を二箇所に描くことで空間を瞬時に行き来することができる魔法のことだ。この魔法のメリットは移動手段としては最速でまさに瞬間移動ができる。さらに、量、大きさ、質を問わずあらゆる物を運べる便利な魔法だ。
だが、デメリットも大きい。誰でも利用できるので敵が本陣に突然現われたりもする。また、爆弾等を送られたりと転移魔法を逆に利用されることだ。なので、利用したら直ちに魔法陣を無力化しなければならない。だが、転移魔法陣を無力化するには、最後に入り口として入った魔法陣を消さなければならない。今回の場合、アレスたちが無力化をするためには俺達が守るこの町まで来て魔法陣を消さない限り存在し続けるのだ。
もちろん。俺達が魔法陣を消せばメネシスの発動した転移魔法全てが無力化される。
「アヌビスも聞きたいのか。……出口は近くの駐屯地だと思う。兵の数では互角と言ったところだ。だが、そこは周囲に山も谷もない広い平地で、近くには大きな軍事支部があるそうだ。援軍にこられたら厄介だと思う」
「確かな情報なのか?」
アヌビスはヘラクレスの報告を疑っていた。確かに敵国の軍事状況をここまで把握できるのは怪しい話だ。
「疑われてもな。これはアヌビス、お主の部下のケルンが言い出したのだ。それで、ペルセウスに直接確認に行ってもらったのだが」
「自分が確認した感じでは、相手に交戦の意思は無いようです。それどころか撤退する様子がありましたよ。現在はケルンさんが観察している手はずですが」
ペルセウスの報告にアヌビスがケルンを呼んだ。
黒いショートの髪。エイレより年上だそうだが彼女のようは幼さが少しあり笑みがとても輝く可愛い子だ。
ケルンはアヌビスの横に膝を着いた。
「何でございましょうか」
「ペルセウスの話は本当か」
「はい。最新の情報としては、その駐屯地からアテナが少数の兵を連れて支部へ向ったようです」
「それ以上視野を広げられないのか。例えば、アレスの現状や駐屯地の内部状況が分かるか」
アヌビスの要求にケルンは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「すみません。僕の隼が入れる所しか見れません。駐屯地内に隼がいては不自然ですから」
「そうか。ならいい。下がれ」
そしてケルンはにぎやかなテーブルに戻る。
「俺は魔法陣を無力化に一票だ。ホルスたちはどう思っている」
アヌビスの提案にホルスとネイレードが賛成する。その時点でエイレが席を立ち町の外に出て行った。
「それじゃホルス。本題に入ろうか」
ようやく話が進められるとアヌビスは笑みを浮かべ、ホルスは苦笑いをしていた。
空腹を耐える俺達は不服の結末を迎えて複雑な気持ちでいた。
ジョーカーの乱入、アヌビスの暴走、転送魔法の異常な速さでの発動、厄介なことが複数重なってホルスの計画の成功率は40%止まりに終った。そのせいで不機嫌なアヌビスと何も言えないホルスがぶつかると予想された。だが、アヌビスも自分に非があると認め自粛しているようだ。
「ホルス、あの手紙、誤報で済まされるものじゃないよな。真意を言ってみな。事と場合によっては処罰を軽減してやる」
自嘲したアヌビスはなるべく落ち着きながら話している。だが、もし少しでもアヌビスの箍が外れたら親友のホルスにでも切りかかりそうな怒った目をしていた。
怒りやすいアヌビスだが、この中での責任の頂点として存在するアヌビスは怒らずにいられないと思う。
今回のホルスの計画はこうだ。山を経由してギャザータウンを目指していたホルスがメネシスを見つけたのだ。メネシスはアレスたちと合流してギャザータウン、もしくはこの町を落としに行くと思ったそうだ。
アレスたちの目的を確認しようと追跡するとアレスたちの目的は竜着き場だったそうだ。アレスたちはそこで竜を奪おうとしていたのだ。ホルスの予想では大量に竜を手に入れてこの町を制圧、食料ラインを確保してギャザータウンを襲う算段だろうと読んだのだ。
いくらグロスシェアリングが4人いようと、食料ラインの細いギャザータウンでの防衛戦は苦労するだろう。
ギャザータウンはその地形から鉄壁の守りを誇っている。だが、その守りの地形は供給ラインを遮断しているともいえる。ギャザータウンに食料を届けるには竜を使うしかない。昔は転移魔法を工夫して行っていたそうだが、敵の侵入と魔力の大量消費による兵士の大量死が問題となり今は使われていないそうだ。
アレスたちの計画を砕くためにあの手紙計画を行ったのだ。
アレスたちが食料ラインの確保をする前にギャザータウンを狙わせる。そのためにアヌビスたちをギャザータウンから出したのだ。
計画通りアレスたちはギャザータウンに進軍した。だが、守りが弱くなったギャザータウンが落とされては困る。ホルスの計算ではアマーン一人でアレスたちのうち二人なら相手できると出たそうだ。ので、自分の部下のペルセウスとヘラクレスにメネシスを襲わせた。
その時、ホルスが二人にした命令で、理想がメネシスの捕縛及び魔力封印、最低でもメネシスがアレスたちと分離することで、決して重症を負わせてはならないとのことだ。もし、メネシスが瀕死状態になった場合、アレスたちが転進してホルスに気付き攻撃してくる可能性があったからだ。
その後の展開は今見てきたからよく分かる。アヌビスたちが崩落寸前のギャザータウンからアレスたちを追い出す。アレスたちをこの町まで追い込む。食料調達に来たアマーン部隊と隠れていたホルス部隊がアレスたちの退路を塞ぐ。さらに、アヌビスとネイレードがアレスたちを囲む。そして確保……と、来たところでジョーカーの件になったのだ。
この計画が成功していれば敵の将の3人を捕縛できた。これは、敵の戦力を削るだけではなく、重要な情報を得たり敵国へ精神的影響を与えたりできたのだ。
それが失敗に終ったのだ。ギャザータウンと町を守れた。だが、何も得られない。現状維持しかできないでいたのだ。
「と、こんな所だが……何か質問は」
「ある。なぜあんな手紙にした。直接書けばいいだろうが」
「でも、私もホルスと同じ状況だったら同じ手段を使うかも」
アヌビスの疑問に答えたのはホルスではなくネイレードだった。
「もし、アヌビスの言う通りの作戦を書いた手紙を出した時、敵に奪われたら総崩れになる。でも、アヌビスをギャザータウンから出すためだけなら、でたらめな内容の手紙を数多く送ればいい。もし、その内の一通が奪われたとしても敵はでたらめな情報を握らされて混乱するだけだしね」
「それに、これは皆さんのことをよく理解しているホルスの名案だと自分は思いますね」
ネイレードだけではなくポロクルも今回の手紙を褒めていた。側近のポロクルもホルスを褒めていることにアヌビスは少し不機嫌そうな顔をしている。
「ポロクルまで……何故だ」
「もし、救援援助の手紙だった場合、はたしてアマーンは飛竜部隊を出したでしょうか。さらに、ネイレードはオシリスの命を無視してここにいるでしょうか」
ポロクルの意見はこうだ。アマーンはギャザータウンの安全しか考えていない。そんな彼がギャザータウンを囮にするような作戦に兵を出すはずがない。それに、ネイレードもだ。ネイレードには別の命令が下されていたのにこの戦に参加した。これは軍人としてあってはならないことだ。今回は作戦として戦果もマイナスではなかったのでお咎めは少ないようだ。だが、もし少しでも間違えればそれ相当の処罰が下されるほどの問題だった。
「さすがホスルですね。皆さんの性格をよくご存知で」
ポロクルに褒められたホルスは苦笑いをしていた。だが、不機嫌なアヌビスを見て真面目な顔に戻った。
「ああ、もう。アレクトとリョウはどう思っている。なにやら二人が一番苦労したと聞いているのだが」
俺とアレクトはお互い顔を見合った。言いたいこと、伝えたいことは沢山ある。でも、俺とアレクトの言いたいことは一つしかなかった。お互いの意思を代表したかのようにアレクトのお腹の虫が鳴く。
「あの〜、そのことにつきましては、食事をしながら、ということで……」
「俺も、同意見だな」
苦笑いのホルス。笑顔のポロクル。目の前の食事しか見ていないネイレード。俯いているヘラクレス。そわそわしているペルセウス。みんなずっと待たされて空腹しか頭にないようだ。
見ると兵士達もみな食事をしていなくて、騒がしかった隣のテーブルのケルンたちも食事には手を出していなかった。みな同じ思いを込めた眼差しをアヌビスに向けていた。
「たく、しょうがねぇな。んなら、みんな生きてここにいることを祝して騒げ」
アヌビスの許可を皮切りにみなが目の前の杯を高らかに掲げた。
かんぱ〜い。そして、軍人の町は一瞬にいてお祭りを向え宴会場と化した。
一番盛大に声を上げていたのはアヌビスだった。のは、近くにいた俺だけに分かることであった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。