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第-3話 この仕事は時として残酷である

 繊維が引き千切れる感触、その後硬いものに当たる。それでも力を込めるとガリガリと削れて砕ける振動が伝わってくる。

 慣れた感触を味わいながら、右手に持った物を振り抜く。すると、赤黒くドロッとした物が落ち俺の頬に熱い物が飛んでくる。

 何年もこんな事をしてきた。そのせいで何年もこの嫌な臭いが体から取れたことは無い。

 周りにもそんな嫌な臭いが満ちている。火薬の臭いや砂埃の臭いも嫌だが、それよりも血の臭いは嫌いだ。

 それと、死に際の物の叫び声も嫌いだ。敵の情報なら役に立つから聞いてやってもいいが、遺言やただの呻き声なんて煩いだけだ。

 頬についた血を羽織ったマントの内側で拭った。外側は黒いが内側が赤いこのマントは血の汚れ対策の愛用品だ。

「これで何個目かな。ま、数えることに意味なんか無いか」

 俺は戦場では黒い服を着ることにしている。これだけ切れば多くの返り血を浴びるから服に染みができる。できるだけ汚れが目立たないようにするのだ。それよりも、黒が俺の色であり、特徴だからでもある。さらに、黒髪なので返り血が目立たない。任務中は髪を洗えない時が多いので、ちょうどいい。

 でも、この滑りと臭いは嫌だ。

「アヌビス少将、村には一人も兵士は残っていません」

「兵士だけじゃないと何度言ったら分かるんだ。女だろうが老人だろうが関係ない。食料に群がるハエを掃うのは当然だろ」

 兵は敬礼をして村に戻っていった。年齢の割りに幼く見える俺になんて腰の低いやつだと心の中で笑っていた。

 村からこれだけ離れているところにこれだけの兵を置くということは、かなりの食料が期待できそうだ。

 自国の人材は豊富だが食料が少ない。だから敵国から奪うのだ。これで幾つになっただろうか、今月だけで三つ目だったはずだ。おかげで自国の食糧難は解消し始めている。

 煙を上げる村を見ながら死骸の上でタバコを吸う。これが戦場での贅沢だ。積み上げた死骸が高ければ高いほど爽快な気分になれる。だから、一つでも多くいけるのだ。

「アヌビス少将ではないですか」

 後ろから馬の蹄の音がする。鎧が揺れる音と多くの足音。俺の後ろを通っているのは味方の部隊なのだが、軍人の臭いがしない奴らだ。

「僕にも一本くれませんか」

 馬から降りたそいつは部隊を先に行かせ、俺の隣に立った。

 白い鎧を身に付けたこいつは、俺の同僚みたいなものだ。俺とは違い、短い金髪、白っぽい肌、青い瞳、返り血を浴びたら目立ちそうな容姿のやつだ。俺より頭一つ分背の高いこいつは、戦士らしい体つきだが戦士に向いていない格好だ。 

 まったく、いけ好かない無い奴だ。戦いの帰りなのに汚れ一つないなんて気に食わない。そんな奴が俺と同じ階級なのも納得がいかない。

 その嫌な奴にタバコの箱を投げ渡した。中には一本しか残っていないので、そいつはタバコを銜えて箱を握り潰して捨てた。

「あの……すみません、アヌビス少将。火を貸してくれませんか」

「火ならあそこにあるぞ」

 今俺の部隊がいる村を指さした。その村は炎々と燃え煙を上げていた。そんな俺を見てそいつは苦笑いをしていた。

「相変わらず厳しいですねアヌビス少将は」

「いい加減『少将』はやめろよ。お互いそんなことに縛られる関係でもないし」

 赤い瞳で睨むとそいつは苦笑いをした。

 死骸の上から飛び降り地面に刺しておいた剣を抜いた。こいつが来ると居心地が悪くなる。それなら、村に行って餓鬼を追いかけたほうがまだ楽しい。

「それもそうですね。うちの兵がいつもアヌビス少将って呼んでいるのでつい。どうやら、噂は本当だったようですね。うちの兵達は喜んでいたよ、アヌビスの部隊に配属にならなくてよかったって」

「ホルスは甘いんだよ。さっき見たけど全然足りてねぇじゃねぇか。イシスに叱られても助けてやらねぇぞ。それに、向かっている方には目ぼしい村は無いぞ」

「彼女は、優しい人ですから怒るようなことはないですよ。それに、取り敢えずギャザータウンによろうと思っています。アヌビスもそのうち来るでしょ。それより、アヌビスの部隊なのですが、オシリスからの伝言で……」

 俺は、右手の人差し指に顔ぐらい大きさの火球を作り出し、ホスルのタバコの先端目掛けて投げつけた。

 だが、ホルスもそれがくると分かっていたようで、水滴を出し大きな火球を小さなものに変えて程よい大きさになり、タバコに火種ができた。

「ありがとうございます。いや〜、私炎の魔法苦手なんですよ」

 苦手じゃなくて、使えねぇんだろうが。

「お前といると気分が悪い。さっさと自分の部隊に戻れ」

 剣を持って村へ行くことにした。

 まだ剣は血で濡れていて持ちにくいし、服の血は固まって気持ち悪いし、もう村には強い奴はいないし、なにより落ち着いてタバコを吸えなかった。

 いい山ができたのにホルスが来たせいで台無しだ。

「まったく、あの態度と子供っぽい顔。それに、むきになりやすくて扱いやすい。ほんと子供ですね。同じ17には見えないや」

 ホルスはタバコを捨て、アヌビス少将とは逆の方向へと馬を走らせた。



 広い畑の真中にある町、大量の作物を作っているらしくそれなりに栄えていた町のようだ。

 道も水路もしっかりと整備されていて、都市から離れているという欠点はあるが、食料は豊富で、わずかだが娯楽もありいい町だったようだ。

「アヌビス少将、どうかいたしましたか。直接出向くなんて」

 俺よりも年の行った男が敬礼をしていた。いくら階級制があるからってプライドと言うものはないのだろうか。

「至福の時を邪魔された。憂さ晴らしに手伝ってやる」

 子供を捕らえて町の外に連れて行く兵達、食料を馬車に積む兵達、色々と大変そうだ。しかし、未だに女や老人が目に付く。

「子供はその辺でいい。で、女や老人をなぜやらない。言ったはずだぞ」

「ですが、そこまでする必要があるのでしょうか。相手は非力な者達です。食料も無いのでわざわざ殺さなくとも」

「非力な女達か、俺の両親は女の、しかも餓鬼に殺されたんだがな」

 辺りに緊張が走ったのが分かる。皆の作業が止まっている。分かりやすい奴らだ。所詮、こいつらは俺には逆らえないのだ。

「いいか、子供でも殺そうと思えば大人を殺せるんだ。そいつらが生きている限り俺達に死の危険性がある。だから、襲った町で残していいのは食料と家だけだと言ってるだろ」

 すると、作業をしていた兵達数人が女達を家の中に連れて行った。これでやればいいのだが、どうせ裏口から逃がすんだ。それなら俺一人でやったほうが早く済みそうだ。

 家や倉庫が燃えているせいで肌がヒリヒリする。真夏でこの火事は正直きついし、この格好だと汗が止まらない。

 他人の血が混ざった汗は、独特の臭いがして吐き気がする。何時もは涼しい風が熱波に変わって、風車を回していた。

「風車小屋か、面倒なことになったな」

 俺の前に立っていた年上の男は、黙ってそこにいた。俺にも逆らえなくて、女や老人を殺せない意気地の無い奴のとる行動だ。そんな奴らがあちこちに見え始めた。

「しょうがない奴らだ。女を殺すか直ちにこの火事を何とかしろ」

「少将」

 黙り込んでいた男が感激の声を上げた。すると、大半の兵達が川へ走って行った。

 単純な奴らだ。自分で殺すのは嫌だけど、俺や他人が殺すのは何とも思わないのだろうか。

 ま、その方があいつらにとって後味はいいようだが。

「勘違いするな、風車があるってことは、小麦があるはずだ。燃えてしまっては困るからな」

 それに、狩をするのに身内がいると邪魔になるからだ。

 剣を持ち直して辺りを見た。女は20人ぐらいか、子供は十分捕らえたから子供も始末すればいいよな。

 肩を軽く回して道を走った。逃げ惑う女を追いかけるのは退屈凌ぎにちょうどいい物になる。

 

 殺す時は自分なりのこだわりがある。

 男は首を女は腹を子供は頭を狙うことにしている。

 男の声は嫌いだから首を切って声を出させない。

 女の苦しむ声は好きだ。だから、最も長く苦しむ方法を取る。

 子供は剣を使うまででもない。足で十分いける。長年やっていて見つけた小さなな楽しみ方だ。

「これで15人目」

 足元に苦しむ物が転がっている。這いつくばって水を求めている。動けば動くほど血が出ることも知らない物だ。

 家の壁には声を上げていない物のそばに子供が寄り添っている。変な方向に曲がった頭の少女は、物に寄り添って大人しくしている。これだけ大人しい物なら別に文句は無い。

 この光景を作ったのが俺自身だと思うと、あの時とは大分変わったんだと自覚させられる。それでも、あいつ以上の光景を作ることはできなさそうだ。

 


 さてと、困ったことになった。この町の物は大半喋れなくなっているし兵達は火消しに専念しているので、食料庫を見つけるのが困難になった。

 こんなことなら一つぐらい残して置けば良かったと今になって気づいた。

「何処かに話せそうな奴、落ちてないかな」

 すると、運の良い事に目の前を餓鬼が走っていった。大人より子供の方が理解が早くて、すぐに教えてくれるだろう。

 俺は餓鬼が入って行った家と家との隙間を覗いた。奴は隠れているつもりだろうが、目を合わせてしまうのが子供らしいところだ。

「好きなほうを選べ。今すぐ死ぬか、小麦のある場所に案内して、三日間贅沢な生活をするか」

 餓鬼は隙間から出てきて町の外れへと歩き始めた。

 子供を扱うなんて簡単なもんだ。こいつらは、今より少しでも良い方を選ぶ単純な物なんだ。

 そんな奴は気に食わない。この歳ならさっきの戦に出ているはずなのに、生き残っているのが気に食わない。

 でも、そのおかげで簡単に小麦を見つけられそうだ。

 

 餓鬼に連れられて来たのは木造の大きな倉庫だ。

 丸太を組み合わせていてしっかりとした造りで、扉も普通の何倍もの大きさで簡単に開けられるものではなかった。

 大きい割には窓が無く屋根の付近に通風孔のようなものがあるだけだ。

 日が射さなくて湿っぽいところで、この大きさなのに入りにくい。食料を保管するには都合のいい建物だ。

「ここです」

「ここに小麦が有るんだな」

 餓鬼は答えないで地面を見ていた。こんな奴は好かない。

 でも、約束したからここに小麦があったら、しばらく守ってやらないといけない奴だ。

 名前も顔も覚える気はないし呼ぶ時は『餓鬼』か『小麦の餓鬼』で十分だろう。

「有るのかと聞いている」

「あっ、あの……この町では小麦は作っていないんです。この倉庫は、この町中の作物やぶどう酒が置いてあるところです」

「じゃ、あの風車は何のためにあるんだ」

 風車は今でも回っていた。大概、風車は作物を粉にするものだと思っていたのだが、そのために使わないなら必要ないはずだ。

 あれ一つ作るのにもかなりの資金と時間が掛かるはずだ。飾りのために作ったなら無駄の塊だ。

 そんなものが八棟ぐらいあるから期待していたのだ。

「分かりません。突然作ってそれ以来、誰も気にしていませんでした」

「そうか、ということは、ここには小麦は無いんだな」

 餓鬼は俯いたまま答えた。

「と言うことは、お前はこの俺に嘘をついたんだな」

「でも、ここには町中の……」

 まずは煩いから首、次に宙に浮いた頭を地面に叩き付けて半分に…………。

「いかんな、嬲り殺す癖は」

 そう思いながら、俺はタバコを一本吸って倉庫を調べることにした。

 

 倉庫の巨大な扉に手を当てた。見た目の割には軽くてすぐに開きそうだ。

 それにしても、これだけの大きさの扉を作る必要があるのだろうか。もしかして、巨大兵器でも隠しているのだろうか。

 それならそれでいいのだが、さっきの戦では出て来なかったからそれは無いだろう。

 あの物によると町中の食料があるそうだ。出荷の時は大規模に出し入れするからこれぐらいの大きさが必要なのだろう。

「あとで取りに来させるか」

 扉を軽く蹴った。と、丸太が二本簡単に抜けた。

 抜けた所は一人通るのが精一杯の大きさだ。

「……無防備にも程があるぞ」


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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