第11話 ホルス救出戦−『新旧魔道書使い』
傾斜がきつい山を一気に駆け下りる。目の前には逃げるアテナ。追いかけるだけならこのままでいい。でも、アテナを捕まえる。もしくは倒すことを考えるとこれ以上移動されると困る。
本陣との合流か強者の助力が考えられるからだ。今ならまだギャザータウンに近い。こんな近くに本陣を敷くことはないだろう。それに、アマーンを襲っていたメンバーを見る限り、強者はホルスと彼に仕える武将のペルセウスとヘラクレスを抑えるのに使い切っているだろう。
つまり…。私は、腰の銃に手を伸ばした。走りながらだが狙いはつけられた。アテナ目掛けて撃った。銃弾は地面とアテナの太ももをかすった。致命傷は与えられたかった。だが、それでいい。本陣の場所を聞き出すまでは倒してはいけないからだ。足止めできれば十分だった。
「ネイレード。今回の戦、貴方は関係ないのでは?」
「何を寝ぼけたことを。私の国に攻撃を仕掛けた時点で敵。それに、アマーンとホルスが関わっていることを忘れたとは言わせないよ」
「それはそうだけど……そっちだって悪いじゃない。あんな悪質な攻撃を仕掛けて、私たちの退路を断って、私たちを餓死させるつもり」
アテナの耳に目掛けて銃弾を撃った。だが、アテナはさらに距離を広げ大剣を抜いた。
「それはそちらの意見。こちらにしてみれば、味方のホルスが捕縛され、アマーンが攻撃を受けた。貴方を撃つのにこれ以上の理由が必要?それに、餓死?それぐらいで騒ぐなら軍人やめなよ。田舎で麦でも育てたら?」
嫌味を含めた言葉で責めてみたが、アテナは私に背を向けて逃げ出した。後ろ向きなアテナを見て戦意を殺がれたが、槍を出した。金属性の棒は先端の矢尻が無くても武器として作られた武器で、攻撃と防御に長けているが槍の扱いやすさは無い。だけど、私にはそんなこと関係ない。さらに、宙に手をかざして魔道書を召喚した。
「なんだい、なんだい。久々の召喚と喜び勇んで来てみれば、敵は1人かよ」
バタバタ愚痴る魔道書を私は押さえつけた。
「文句言わないの。それより捕縛魔法を探して。ミケ、久しぶりだからって力加減間違えないでよ」
「確約はできねぇな。なんせ魔道書なんでな」
私は魔道書を開きミケが選んだ光る文字を確認した。魔力には問題ないけど、攻撃系の魔法なんだよね。
「選んでもらっておきながら文句言ってるんじゃねぇよ」
「はいはい、感謝してますよ。それじゃ、アテナが程よく逃げたぐらいなので行きますか」
山を下り終えて平野を走り出そうとしていたアテナに矛先を向けた。
「古来より残されし力よ。我の力にて蘇れ。無限の刃は萌えいずる草花の如し、大地を付きぬきその身を太陽へと伸ばせ」
私の手から放たれた槍は放たれてすぐに地面に突き刺さった。アテナは異変に気付いたらしく、走り続けていた足を止めた。そして、辺りを確認して蒼白していた。今、アテナは私が仕掛けた巨大な魔方陣の真中に立っていたのだ。恐怖するアテナがよく見える。そのアテナに止めを刺すかのように私は発動呪文を口にした。
「森林の檻」
巨大な竜が翼を広げたぐらい大きな魔方陣の全体から無数の槍が突き出した。その槍は、私が手から放った槍で、一本の槍を無数に増やして魔法陣から出現させたのだ。本来なら、大人数の軍隊や巨大な敵に使う鋼属性の広範囲型魔法。捕縛魔法には適さないんだけど、ミケが選んだ魔法だから使ってみたのだ。
使ってみてミケがこの魔法を選んだ理由が良く分かった。槍の森の中にアテナは無傷で立っていた。魔方陣全体を見ると隙間無く槍が生えていたように見えたけど、実際の槍と槍の間にはゆとりがありアテナはその空間に逃げていた。だが、森の真中から逃げ出そうにも槍が邪魔して動けずにいた。避けるのでやっとだったようだ。確かに、無傷で捕縛するには十分だった。
「だろ、さすがミケ様だな。こんな使い方、ネイレードの頭じゃ想像もしなかっただろ」
「はいはい、ありがとね。でも、今度からは魔力消費のことも考えてよね」
「馬鹿言いやがって。その胸についている2つは何だ。大人になるにつれぷくぷくと大きくなりやがって、魔力タンクじゃなかったのか」
このエロ魔道書が。私は、ミケの表紙をガリガリと引っかいた。
「もういい。次ぎ呼ぶまで引っ込んでいて」
ミケを両手で叩くとプツリと音を立ててミケは消えた。私は気持ちを切り替えて銃を持ち槍に閉じ込められたアテナに近づいた。
アテナは大剣で槍を薙ぎ払おうとしていたが、全体を金属で作られた槍を切る事もできず金属が揺れる音がするだけだった。暴れるアテナを止めるために大剣に銃弾を当てた。大剣を撃たれたアテナは大剣を地面に置いた。
「化け物。上級魔法を短時間で、しかもこんな広域に発動させて平然な顔をしてるなんて」
「あのね、グロスシェアリング騎士団を知らないの?この程度で驚いていてよく私たちに喧嘩売ってきたね」
行き場を失ったアテナの額に銃口を押し当てた。
「さ〜てと、話してもらおうかな。ホルスはどこ?」
「ホルス?知らない。奴の部下ならメネシスの部隊にいるけど、ホルス自体は見てない」
「ふ〜ん、白を切るつもりなんだ。それなら」
私は銃をしまい両手に短剣を持った。その短剣でアテナの頬を切った。アテナは目を閉じたがそれほど怖がってはいなかった。私は心の中でため息を吐いた。拷問は嫌いなのだけど、グロスシェアリングのイメージを保つため仕方なかった。
「右目と左目、いらない方を選んで、そっちを切るから。次は残った方と右耳、左耳、左手の親指、人差し指と続けていくよ。最後に首だけになったら許してあげる。さ、どっちの目がいらないの?」
どちらがいいと聞きながら、既に両目のまぶたを軽く短剣で押していた。後ろを槍にふさがれたアテナは涙を流し始めた。これでも人を束ね戦場で戦う将なのだろうか。
「ほ、本当に知らないの。ペルセウスとヘラクレスが少数で攻めてきたけど、まったく手答えが無いからおかしいとは思っていたけど。ホルスの姿も気配も何も無かったの」
「はあー、分かったわよ」
私は押さえていた短剣をしまい、私たちのいる所の槍のみを消した。泣いている年上の女性をこれ以上攻め立てるのも疲れるだけ。それに、アテナが嘘をついているようには見えない。槍を少し消したのは彼女を少し信じたからだ。
でも、完全に信じたわけではない。まだ周囲の幾本もの槍を残していたのがその証拠だ。それに、彼女がここから逃げるには空を飛ぶか私を倒すしかない。もし、私の目を盗んで隙間から逃げようとしても魔法陣内のことならすぐに分かる。それに、この魔法陣の上空有効範囲は山一つ分ある。空を飛んでも隙間を縫っても槍でいつでもとどめをさせる。
アテナもそれが分かっていたのか私から解放された途端その場に座り込んだ。私も、銃を片手に持ってアテナに向き合うように座った。本来、敵を前に座るようなことはしない。でも、アテナの実力、大剣を取って私に切りかかる時間と私が引金を引くまでの時間、それらを考えると私には座ってお茶をしていいぐらい余裕があった。
「なぜ拷問しない」
「私の仕事は貴方をアヌビスと本陣に近づけないこと。確かにホルスの居場所を聞き出せたら戦果が上がるけど別にいい。それに、これ以上責めても何も話しそうに無いし。それとも、拷問が好きならやってあげてもいいけど」
アテナは急いで首を横に振った。それを見て仕事が終ってひと段落した。私達は槍の森の中に空いた丸い空間に座っている。アテナが大人しくしていれアヌビスたちの連絡を待つだけだ。
2人だけにしては広い空間で私達は円の端と端にいた。最も距離がとられているが問題なかった。私は時間を潰すためにミケを呼んだ。ミケは眠りこけていたがそれもお構い無しにページをめくっていった。私はまだミケの半分も読めないでいた。暇さえあればミケを開いている。
「魔道書、だからこんな魔法を」
「そ、そもそも私は鋼属性の魔法使えないし」
魔道書。世界で禁忌とされたり、強力な物を封じるために作られた本。一冊につき1つの魔法が記されていると言われているが、今まで一冊たりとも読破したものはない。精々私のように魔道書の一部を理解し魔道書の一片の力を使える程度。それでもここまでの力を持っている。
「くわぁ〜。……おう、何だよ勝手に呼びやがって」
ミケが目を覚ました。
「丁度よかった。ここなんて読むの?」
私は、読めないところを指で触れた。
「ああ、永久の霧。って読むんだ」
「ふーん、じゃあ、これは」
「紫煙の香り。それよりネイレード、気が緩みすぎやしないか。立て!」
ミケの檄に銃を持って立ち上がった。周囲に流れる異常な魔力。私はアテナに近づこうとした。しかし、アテナはクナイを地面に叩きつけて私を退けた。
「さすが紅の宝石。いや、ミケのおかげかな。できるだけ小さく動いていたつもりなんだけどね。まさか気付かれるとは」
アテナは大剣を地面に刺していた。その大剣には文字が書かれていて、その文字が地面に流れていっていた。その流れる文字が通った所の魔法陣は消されていた。魔法陣が消えた所は私の力が働くことは無く、変わりにアテナの文字が支配し新たな魔法陣を形成していた。
「相変わらずネチネチと姑息な手を使うなぁ」
「ミケ、貴方がリクセベルグに寝返ったなんて、最低」
「寝返ったんじゃねぇ。ネイレードに拾われたんだ。捨てたお前が言える立場か?」
「なに、2人知り合いだったの」
私の質問にミケは黙ってしまった。ミケの答えを待っているとアテナが切りかかってきた。アテナの胸元に銃弾を数発撃ち込んだ。だが、大剣で防がれてしまった。私は後ろに飛び槍を一本抜いて、壁となっている槍を蹴り遠くに逃げた。離れたつもりだけど丸く開けたここの空間から抜け出せなかった。それどころか、魔法を使うことも、周囲の槍を操作したり消したりすることもできなかった。この丸い空間の地面には私のではなくアテナの魔法陣が描かれていた。
「ぼんやりしてるから悪いんだ。アテナの術策にかかったな」
「ミケ、これ分かるの」
本来、魔法陣を読めばどの属性のどのような魔法かは大筋分かる。だけど、この魔法陣に描かれている文字は私の魔法陣と同じミケの魔法の文字だ。読める部分もあるが、理解はできなかった。
「昔、アテナに教えてやった技の一つだ。魔法陣の中にいる人は外に出られない。また、外からの進入もできない。魔法陣内では誰だろうと魔力の余力がなくなり魔法を使えない。効力は上空にもあって、槍より少し高い所までだ。解除方法は魔法陣内にいる人が一人になるまで続く。その名も」
「孤独の闘技場」
アテナが技名を言うと魔法が完成した。それ以来、魔道書のミケは話すこともできなくなり、私の銃の弾も無くなった。大剣を構えアテナは戦闘態勢になっていた。
「やってくれたね。泣き虫の癖に味な技を」
「泣き虫?ふん、すべては演技。私の仕事は、ネイレード貴方をアレスに近づけないこと。それに、私は貴方と違ってアレスに褒めてもらいたいの。だから、貴方を倒させてもらう」
私は、ミケが送還できないか試してみたがそれすらできなかった。ミケを闘技場の隅に置いた。
「で、この技、ミケの技だそうね。知り合いだったの?」
アテナと話しながら私は武器の確認をした。外の槍には手を伸ばせない。だから、槍は今あるこの1本と短剣が2本。あとは、弾の入っていない銃が2丁、弾は魔力で作っていたから今は役立たず。残るは、……ここ数年使っていない武器が腰の所に隠してある。戦いの前線では銃以上に愛用していた武器だけど、前線に出ていない最近は日の目を浴びていない。これがあれば命は守れると自信が沸いてきた。これがあって本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。でも、これは使わないでおこう。そう心の中で決めていた。
「昔ね。ミケはクロノ国で封印していた魔道書。私の魔法の先生はミケだったの、覚えの悪い私に付き合ってここまで育ててくれた。この技以外にも魔道書の技を教えてくれた」
「それなのに、何故捨てた」
そう、ミケは捨てられていた。魔道書が捨てられているのはありえないことだ。国の秘宝が田舎の畑に落ちているのと同じぐらいの状況で拾ったのだ。
「さあね、貴方もいつか分かるわよ。魔道書の先輩として忠告しておく、早いことミケを捨てた方がいいよ」
「ふん。私は貴方みたいにミケを捨てたりはしない。そして、貴方のこの魔法陣から生きて出て行く」
「そう、なら。紅の宝石ネイレード、ここで貴方を砕き魔獣ミケの魔道書をここで処分する」
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。