第10話 ホルス救出戦−『竜神vs人形遣い』
「お、俺、俺は」
目の前にある自分の両手を見て恐怖した。手だけではない。手で触れた顔も異形な尻尾も羽も人の物ではなかった。まさに怪物、竜だった。だが、その恐怖は己の力を感じることで和らいでいった。
羽、心臓、尻尾に熱い力を感じる。その熱いものを両手に集めた。すると、両手の指から電気が溢れ、青白い静電気が両手を行き来していた。それを空に保とうとすると、球体になり俺の手から放たれた。
雷球はヘラクレスとペルセウスの間を通り、メネシスへと一直線に飛んでいった。雷球は地面をえぐるような傷跡を残しながら進んでいった。その威力は十二分に分かった。
「私を守って」
メネシスの声にヘラクレスとペルセウスは自ら雷球の前に飛び出した。ペルセウスは円盤で雷球を受け止め、ヘラクレスはペルセウスを受け止めた。だが、雷球の威力は2人がかりでも押さえられるものではなく、2人ともメネシスにぶつかり、3人は散り散りに雷球から逃げた。
標的を失った雷球は直角に上昇し、空へと登っていった。そして、数本の雷となって降り注いだ。雷は周辺の岩を砕き、辺りは起伏のない地肌がむき出しになった平地になった。
「竜神族、そんなの聞いていない。2人とも、時間を作って」
メネシスは地面に魔法陣を書き始めた。俺は地面に突き刺した長剣を抜いた。
「この力。勝てる。勝てるぞ」
迫り来る2人に俺は長剣を横に振った。だが、2人は簡単に避けた。そして、俺の両脇にいた。危険を感じた俺は尻尾で後ろに飛ぶように地面を叩いた。一歩下がるつもりだったが、予想以上に力が入ったらしく、戦渦から離れたアレクトの場所まで戻っていた。
「竜神族とは言え、戦い方を知らなければただの人。容赦なく潰しちゃって」
メネシスの言うとおりだった。力は十分にあるがどう使えばいいか分からない。
「アレクト、俺はどうすればいい」
「あ、ヘラクレスさんにもペルセウスさんにも怪我をさせないで、術者のメネシスを打てばどうにか…」
「だから、何をすればそれができる」
「その…とにかく、2人に死なない程度のダメージを与えてからメネシスだけに集中してみて、でも、急いでね。メネシスが大掛かりな魔法を使おうとしているから」
アレクトよ。それでは2人に怪我をさせるなといっていたのは何だったのだ。そんな疑問を抱きながら俺は2人に挑むことにした。
魔力が尽きたアレクトを守るため、俺はアレクトから距離を置いて2人に挑んだ。
「リョウ君、君ぐらいの魔力なら剣に魔力を込められる。だから、それで乗り切ってみて、私もすぐに加勢するから」
アレクトは胸元から細長い試験管のようなものを出してきた。その中には緑色の体に悪そうな液体が入っていた。それをアレクトは飲み干すと動かなくなった。
俺はアレクトに言われたように剣に力を集めた。雷に包まれた剣は一振りで大地を焼いていた。剣の使い方なんて剣道ぐらいでしかやったことないがやるしかないんだよな。
うる覚えの構えで剣を持った。それを見た2人が俺に攻撃を仕掛けてきた。
ペルセウスは円盤を半円に戻し、二枚を時間差で投げた。円を描く隼のように俺に飛んできた。風を裂く音、攻撃をしょうとすると風の刃が俺を切りそうだ。
そこにヘラクレスの銃弾が飛んできた。その銃弾は普通の銃弾ではないようだ。一発目は避けれたが、その銃弾は俺の周りを回っている刃にぶつかり跳ね返って予想できない動きとなって俺の左肩にえぐりこんできた。
「う、くっそがぁ」
前に数歩進んだが刃に触れるところで止まった。左肩に痛みがあったが血は出ていなかった。それほどのダメージはなかったようだが、何発も受けると不味そうだ。
ヘラクレスはこの攻撃に勝算を見出したらしく、合間を置くことなく次々と打ち込んできた。
銃弾が刃に当たりその銃弾が銃弾に当たり共鳴音と供に俺を包んでいった。初めと同じ大きなダメージはないが切り傷ができてきた。
「どうにかならないか」
俺は雷の剣を持ちながら周囲を見渡した。飛び回る刃をペルセウスが遠くで操っている。その隣でヘラクレスが銃弾を打ち込んでいて、そのずっと後ろでメネシスが魔法陣を描いている。今のところダメージは小さくて済むがこのままではメネシスの魔方陣が完成してしまう。
「リョウ君、急いで。メネシスは転移魔法を使うつもりだよ。ここで逃げられたらホルスの居場所がつかめなくなる」
転送魔法で逃げるつもりか。確かに、ここには馬も竜もいない。走って逃げ切ることができないと踏んで確実に逃げ切るために時間の掛かる魔法を使うことにしたのか。……あれ。
「アレクト、転移魔法はよく使うのか?」
アレクトは片膝をついて立とうとしていた。だが、まだ完全ではないようで立てないでいた。大きく息を吸っているアレクトは顔を見せないで俺に答えた。
「長距離移動型でも竜で数分の所まで、それに、出口の魔法陣を描いた場所にしかいけない。魔法陣を描くのには時間が掛かるのに、魔力があれば誰でもそのゲートを使うことができる。追跡されやすいことを考えると、逃亡に使うには不向きな魔法だよ」
やはりか。それならこの距離も、この威力の弱い攻撃を選んだ理由も分かる。相手の目的は俺をこれ以上近づけないように逃げる時間を稼ぐ。つまりこいつらは、俺が怖い。
力、俺の力はこれ以上にある。羽、尻尾、足、腕、目、口、体中すべてのものに形にはできない力があるんだと感じる。攻撃に閉じ込められているこの状況を打破するにはどこの力を遣えばいいか分からないでいた。
『まったく、力を使えないとは情けない男だ』
俺に力をくれた少女の声だ。だが、姿が見えない。それに今回の世界は時間も色も失っていなかった。
『目じゃ。目の力を使ってみぃ。邪竜眼じゃの。時と力の流れを見る力じゃ』
それだけ告げると声が聞こえなくなった。
目、目の力を使う。飛び交う銃弾、旋回する刃、それらを見る。すると、旋回する刃は速度を落とし肉眼で捕らえられるようになった。先ほどまで二枚の刃の間を通り抜けることはできないと思うほど早かったが、今は刃を掴むことすらできそうだ。銃弾はさらに遅く見えた。銃弾一つ一つがただの点に見えた。これが時を見る力か。
その攻撃の網の先にいる2人の武将。その2人からは青白いオーラのような物が見えた。その2人の頭手足から紫色の糸のようなものが繋がれていた。1人5本ずつ合計10本の糸はメネシスの手に繋がれていた。メネシス自体にも紫のオーラがあった。あれが2人を操っている力だと分かった。
その中で縦や横に伸びる金色の線が見えた。その線は、ゆっくりと流れる時の中で周りとあわせて動いていた。その線の先にはメネシスやペルセウスがいた。つまり、これが力の流れか。俺の体から溢れるのは金色のオーラだった。この金色の線は俺の力の流れ。この線にあわせて剣を振るえば。
金色の線にあわせ振り下ろされた剣は地面に着くなり雷を放った。その一振りで時の流れは戻った。しかし、すべて元通りとは行かなかった。放たれた雷は銃弾を撥ね退け、刃の旋回を止め、メネシスへと向っていた。
地面を這う雷の衝撃波にメネシスは気付き、描きかけの魔法陣を放り出して逃げた。メネシスを討ち取るにはいかなかったが、攻撃の牢獄からの脱出と魔法陣を消すことはできた。
「やはり竜神族は厄介です。2人とも、お友達を呼ぶまで時間を作って」
メネシスは指から伸びた糸を4本消した。すると、2人は俺に襲い掛かってきた。だが、今回は機械的な動きになっていた。ペルセウスもヘラクレスも同じ動きで、獲物を右に振って縦に振り下ろすのを続けるだけだ。避けるのはたやすかった。だが、メネシスの呪文を止めることはできなかった。
「動けなくなり朽ち果てた人形。今一度晴れ舞台で踊りましょう」
メネシスの手から出た紫の糸は大地に伸びた。すると、大地が割れ、地震が起きた。
「リョウ君、大きなものが来るよ」
アレクトはようやく走れるまでに回復したらしく俺の隣に立っていた。アレクトは機械的に動く2人の相手ならできるらしく俺の前で戦っていた。
「おいで、捨てられた可哀想なお人形さん」
割れた大地を盛り上げながら現われたのは竜だった。しかもただの竜ではなかった。初めて見た巨大な竜と同じ大きさだったが違いは歴然だった。あちらこちらの骨がむき出しになり、皮膚は腐り目は威厳がなく朽ち果てていた。まさにゾンビだ。それを無理矢理動かしているようだ。
「竜神族なんて食べちゃって」
メネシスは竜の頭に乗っていた。メネシスが左手を振り下ろすと、竜は雄叫びを上げた。声はしたが死臭のする息吹だった。
宙に留まっていた竜は俺に向って飛んできた。それに続いてペルセウスとヘラクレスも動いた。このまま全員を相手してもよいのだが、2人に怪我をさせてはならない。そのことを考えると。
「アレクト、メネシスのあの操る魔法を打ち消す方法はないのか」
たとえ、メネシスに瀕死の攻撃を与えてもそのダメージは2人に振り分けられる。それなら、その魔法を消すしかない。
「あの手の魔法なら、属性は呪。相反する属性の獣で相殺するのが一般的。でも、それは己にかけられた呪を解く方法。この場合、2人は獣の属性を好きに使えない。それに、2人にその属性は使えない。となると、メネシス以上の呪の力で2人を操れば」
「ようはメネシスの真似事をすればいいんだな」
「そ、そうだけど簡単に言わないでよ。あれはかなりの上級魔法だよ」
アレクトには悪いけどできる自信があった。
俺は両手に力を集めた。魔法は何度も見ていた。だから、どうすればいいか想像できていた。それに、アヌビスの知識を分けてもらったおかげだろうか、腕輪がない今でもいくつかの呪文が頭に残っていた。
「呪いの力よ。鎖と共に我に反する力を捕縛せよ。聳え立つ柱にその身を埋め込め」
呪文を唱え終わると地面から鎖が現われた。その鎖はペルセウス、ヘラクレス、竜までもを巻き取り地面に縛り付けた。その後、鎖は渦をなして柱となった。その渦に2人は巻き込まれて柱とひとつになり動きを止められた。
「そ、そんな。鎖での呪縛だなんて、れ、レベルが違いすぎる」
竜から振り落とされたメネシスは近づく俺から這いつくように逃げた。それでも俺のほうが速く、長剣をメネシスの左太股に突き刺した。
「はぅ、くぅ。あ、悪魔。やっぱり、し、死神の仲間ねぇ。こ、こんなこと、悩まずできるなんて」
長剣で大地に縫い付けられたメネシスは少し涙を流しながら俺を睨んでいた。その女の子の顔を見て俺は我に帰った。捕縛魔法を出すまでは自分の意思だった。だが、最後の一刺しは俺の意志ではなかった。逃げるメネシスを見ていたら無意識にしていた。その冷たい己の力に急に怖くなった。すると、長剣は光り、短剣に戻った。それと同時に俺の姿も人間に戻った。
「それじゃ、教えてもらいましょうか。ホルスさんはどこですか」
俺は人間に戻ると疲れが出てきて立つことができなくなっていた。俺は地面に座ってアレクトの尋問を見ていた。縛られたメネシスは大人しくしていた。メネシス自体も魔力消費が激しかったようで、逃げるそぶりも見せない。ペルセウスとヘラクレスは気を失ってはいるが無事開放された。竜にいたってはただの骨に戻っていた。それにしても、縄の縛り方が妙に怪しいのは何故だろう。
「ホルス?グロスシェアリング騎士団の白き槍のこと?知らない」
メネシスは唇を尖らせてそっぽを向いた。その態度にイラッときたのかアレクトはアヌビスの真似をして剣先を喉元につきたてた。
「ペルセウスさんとヘラクレスさんを連れていて知らないだと。貴様、自分がどうなってもいいのか。その格好でリョウに引き渡してもいいんだぞ」
メネシスは俺のほうを見た。アレクトは何を言いたいのか分かりたくないが分かってしまった。どうやら、ネイレードたちがあの時のことを教えていたらしく、アレクトはニヤニヤ笑っていた。
「リョウはね。ギャザータウンでも有名な人で、売りに来た子を全部買い占めている―――」
「アレクト、適当なこと言っているんじゃねぇよ」
「なら、正確に。スラム街の女の子に銀貨1枚渡して、ホテルに来たんだよ」
「それも違うから。大事な所省いているし、勘違いするような言い方するな」
アレクトはこんな人だったのか?優しい人だったのに。何かうらまれているような気もする。
そんな俺達のやり取りを見ていてメネシスは笑っていた。
「変な人たち。そうね。竜神族の子ならもらってもいいんですけど、本当にホルスは知らないんです。そこの2人が急に襲ってきたから返り討ちにしただけ、知りたいならそこの二人に聞くことね」
「本当だろうな」
アレクトはため息を吐き疲れた顔をした。そして、剣を収め俺に向きなおした。
「どうしょうか。とにかく、2人の目が覚めるのを」
アレクトがメネシスから離れた時、キィーと金属と機械の音がした。すると、頭上に黒い影が横切った。機械の竜だ。鋼の音を立てながら重量感のある動きを見せていた。
「それじゃあね。また会いましょう」
メネシスは機械竜につかまれて飛び立っていった。あれもメネシスの人形の一つだったようだ。
「そこにいるのはアレクト殿か」
目を覚ましたのはヘラクレスだった。まだ立つことはできないようだが意識ははっきりしていた。アレクトはヘラクレスの下に走った。
「ヘラクレスさん。大丈夫ですか?ホルスさんはどこか分かりますか?」
アレクトの声にペルセウスも気付いたようだ。すると、ヘラクレスとペルセウスは顔を見合って笑った。
「何がおかしいんですか」
アレクトは怒鳴ったが、ヘラクレスは軽くなだめると一息置いて話した。
「いや、いかんせん。うまく行き過ぎでの。ホルスの作戦通りだ」
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。