第9話 ホルス救出戦−『己の力』
「リョウ君どうしたの?」
蹲る俺の右肩をアレクトが優しく抱いた。その時、初めて右腕が切り落とされていないことに気付く。それどころか、痛みも血もあの人も存在していなかった。
「今、白い人に右腕を切り落とされたんだけど……」
俺は両手を見た。血がどっぷり着いていたはずなのに滑り気はなく、乾燥している方だ。その腕にあったアヌビスから貰った腕はがなくなっていることに気付いた。
「白い人? まさか、鎌と特徴的な刀を持っていて、白髪の人?」
「そうだけど、知ってるの」
アレクトは何か躊躇って俺から目線を外した。
「その人に腕を切り落とされたってことは、血を舐められたりしたの?」
俺は無言で頷くとアレクトはがっくりと肩を落とす。それは、よくないことだと言われなくてもよく分かった。
「ジョーカーじゃの。厄介なものに目を付けられたのお」
渋っていたアレクトに代わって、体力を取り戻したアマーンが言ってくれた。
「ジョーカー?」
「ジョーカーは血と戦いと強者に惹かれて現われるの。血の味を好み、戦いを楽しみ、強者との出会いを喜ぶ。気に入ったものは無くなるまで楽しみつくす人なの」
アレクトは哀れみを含んだ瞳で俺を見ていた。
「何か不味かったの?」
アマーンとアレクトは見合って、アマーンは笑ってアレクトはため息だった。
「独占意欲の強い2人のジョーカーに気に入られたらどうなると思う。もちろん奪い合いになるでしょうね。たとえ、リョウ君が二つに裂けようと関係無しに」
「でも、まだ1人目だし大丈夫じゃないのか」
アレクトは力なく首を左右に振った。
「ジョーカーと呼ばれるのは世界に2人。1人はリョウ君の見た白い死神と呼ばれる名前の知られていないジョーカー。もう1人は黒い死神と呼ばれる人、強くなることに執着して強くなり続けた。若干10歳で部隊を指揮するまでに強くなって、17歳の現在では世界中から恐れられるグロスシェアリング騎士団の騎士団長を務め、次期四軍神の長となると言われている人」
まさか。と思っているとアマーンは生き残った数少ない竜にまたがった。
「アマーンさん、どこ行くんですか?」
アマーンは両手にもてるだけの鎖を持っている。その鎖の先には首輪のような輪が付いていた。
「わしゃの仕事はここギャザータウンの管理と守備じゃけ。ここに来る仲間や国民のために竜をそろえないけん。わしゃもう大丈夫じゃけさっさと行くといい、ぬしらの仕事は何じゃの?」
アマーンは持っている鎖を空に飛んでいる竜に向けて投げた。その鎖は竜の体に巻きつく。竜は抵抗するが、アマーンはたやすく引き寄せた。
「早く行け。黒い死神に魅入られた者達」
俺とアレクトはアヌビスの命を果たすため、ホルスを探しに竜にまたがりギャザータウンを飛び立った。
「で、主は何故こんな時にここに来た」
地面に広がった血溜りから白い髪が現れ、白い死神が現われた。
「これだけ血の臭いをさせていれば世界の果てにいようと体がうずいてしまうよ」
「忠告しておく、この国から早急に立ち去れ」
「心配しなくともいい。アヌビスの血を味わえたので帰らせてもらうよ」
白い死神は笑みを見せながら血溜りに戻っていった。
アレクトは竜をギャザータウン周辺を旋回させるように飛ばした。渦を描きながら山を降りホルスたちがいそうなところを探していたのだ。
「アレクト、どこにいるか見当でもあるのか」
「ない、でも」
アレクトは俺を抱えて竜から飛び降りた。岩と石で硬い地面に叩きつけられ、飛び降りた勢いのまま転がる。かなりの高さから飛び降りたが、俺は強い衝撃を感じなかった。それは、アレクトが全身で俺を守ってくれたからだ。
転がり落ちるのが止まると竜は雷に撃たれたように黒い塊になって落ちてきた。竜が地面に着くまでにアレクトは剣を抜いていた。
「私たちを攻撃してくるのは敵」
アレクトが剣先を向ける先には男性2人と少女がいた。2人男性は歳が離れているようだがどちらも軍人のようだ。年上の男性は変わった形をした剣を持っている。本来ならつばの付いている所には銃弾が入っているような回転式弾倉があり、剣先には銃口があった。その銃口からは煙が出ていて竜を撃ち落としたのは彼だと思う。
年下に見える男性は2枚の半円状の刃物を肩に当てていた。丸い鉄板を半分にしたかのような物で、それの外周は刀のように磨がれていた。そのせいで、半円の中心部分にしか持ち手がないようだ。二つをあわせるとチャクラムのようだが、輪ではない。円盤、丸い鉄板、盾のようになるだろう。
そんな武人の間にいる少女の存在は浮いていた。白いゴスロリの服を着た黒髪の女の子だ。両脇の男とは頭二つ以上の身長差があり、両腕でつぎはぎだらけの人形を抱いていた。
「ヘラクレスさんにペルセウスさんご無事だったんですか」
アレクトは剣を収め二人に近づこうとした。だが、轟音と大地に刻まれた切り跡がアレクトの足を止める。年下の男性が円形状にした円盤をアレクトの周辺を一周させたのだ。
綺麗な円を描いた円盤は男性の手に戻っていた。その綺麗な円はアレクトに触れるすれすれに描かれており、アレクトの前髪を少し切っていた。あれ以上進んでいたらアレクトは切られていたかもしれない。
「ペルセウスさん?」
アレクトは一歩下がりながらも剣に手を伸ばしていた。
ヘラクレスとペルセウスの目は異常なまでの輝きがありアレクトは2人を睨んでいる。
緊張の空気が流れ始めた3人の間を平然な顔をしながら少女が進んでくる。少女はアレクトの目の前まで来て、アレクトの頬に手を触れた。
臨戦態勢のアレクトなら距離をとるはずなのにアレクトはピクリとも動いていなかった。少女が目に入っていないのか少女に構うほど余裕がないのかどうなのだろう。
「綺麗な顔、やっぱりお人形は女の子がいいな」
少女の声を聞いたアレクトは俺のところまで退く。少女の声を聞いたアレクトは荒い息をしながら大粒の汗を流していた。
「なにあの子、存在がない」
アレクトは標的を2人から少女に変えた。俺にとってはミルたちとなにも変わらない子だが、アレクトにとっては力を知っている2人の武人より脅威に見えるようだ。
「はじめまして、私は聖クロノ国軍事攻撃部隊第二軍指揮団長、別名、演舞隊隊長のメネシスです。貴方は?」
「リクセベルグ国第四軍黒の部隊所属アレクト」
メネシスは小さく呟くと右手をアレクトに差し出した。
「おいで、私のお人形になって」
「断る! 私を使役できるのはただ1人。アヌビスだけだ」
「そう、ざんねん。それなら」
メネシスは右手で後ろの二人に指示を出した。
メネシスの右手に従った二人はアレクトに切りかかる。
「あまり傷つけないでね。縫い合わせると可愛くないから」
ヘラクレスとペルセウスの攻撃を受けながらアレクトは俺の前まで来た。そして、俺の周りに手早く魔法陣を書いた。
「風よ。全てを跳ね除ける壁となれ。契約の証により永久の守りを」
アレクトは髪を少し切り、それを口の中にいれた。一瞬辛そうな顔をしたアレクトが吐き出したのは血まみれになった髪の毛だった。その髪の毛を魔方陣の上に置くと赤い風が渦をなして吹き荒れた。俺はその風の真中に立たされていた。
「リョウ君、そこから出ないでね。風に触れても駄目だからね」
風が周辺の石を撒き寄せている。その石は風の壁に触れるだけで砕けていった。アレクトが言いたかったのはこのことだったのだろう。
「契約代償が血と髪の毛、いい精霊を持っているのね。ますます欲しい。二人とも早くやって」
メネシスの急かす声に2人は魔力消費で疲れているアレクトに容赦なく切りかかった。
ペルセウスは円盤を転がすように投げアレクトに止まることを許さず、ヘラクレスはアレクトの移動先に銃弾を打ち込んでいた。走り続けることを余儀なくされたアレクトは切りかかることも、魔法を出すこともできずにいた。
「く、それなら」
アレクトはペルセウスが投げるのと同時に円盤に近づいた。アレクトは切られる寸前に円盤に横蹴りをした。円盤はくるくると回り進むことを辞めた。武器を失ったペルセウスを攻めるのは今が好機と見たアレクトはペルセウスに接近した。だが、ペルセウスの前にヘラクレスが盾となって現われた。
「吠えろ、我が剣、爆炎を巻き起こせ」
ガンブレードを地面にぶつけながらアレクトを切り上げるように振り上げた。銃口と刃からは爆風がおき、アレクトを吹き飛ばした。それは銃が暴発したかのようだった。
宙に投げ出されるアレクトだが、体勢を崩しながらでも魔法を出そうとしていた。2人並んだ今ならまとめてしとめられるとふんだのだろう。
アレクトは剣をしまうと、宙に手をかざした。その手には炎が集まり一本の赤い槍になった。一本の棒の先には大きな槍頭と槍頭の周りに花びらのように並んだ5枚の刃があった。その槍はまさに花のように見えた。
「命を生む風よ。暖かき太陽よ。一輪の小さき生まれいでし命を運び、大地に大輪を咲かせよ」
5枚の刃が炎を吹き出しさらに大きな花へと変わっていった。そして、風が槍を包み二人への道を作った。
「赤い花」
アレクトの手から放たれた花は、大地に立つ2人へと真っ直ぐ飛んでいった。槍は2人を貫くように大地に刺さり、炎の渦を上げ周辺に炎を広げた。炎の草原の真中に大きな一輪の炎の花が咲いた。
「こ、これで」
アレクトは片膝を地面についていた。それだけの魔力消費をした技だったのだろう。今まで見た魔法と比べると威力は桁違いだった。
「綺麗な技、もう一度見せてもらいたいな」
炎の中から聞こえたのはメネシスの声だった。すると、大輪は根元から折れ、そこにあったのは、丸い円盤を盾に槍を受け止めていたペルセウスだった。メネシスは左手を炎へかざした。
「炎さん、一緒に踊りましょう。舞台へと続く道をちょうだい」
3人を囲む炎の草原はメネシスの正面に一本の道を作るように別れていった。そこをメネシスは優雅に歩いてきた。
「そ、そんな。上級魔法を受けて無傷だなんて」
「無傷じゃないよ。ほらここ」
メネシスが指さしたのはスカートの裾だ。そこには焦げた跡があった。
「それに、2人とも怪我したよ」
3人とも同じ技を受けたのにそれぞれダメージが違った。メネシスは服が焦げる程度、ペルセウスは左腕に火傷、ヘラクレスが一番酷く右側のほとんどの皮が吹き飛んでいた。そのダメージのせいでヘラクレスは動けずにいた。
「ありえない。あの技でヘラクレスさんがあそこまでダメージを受けることは」
予想外の結果に戸惑うアレクトの首をペルセウスが掴みアレクトを宙に持ち上げた。
苦しむアレクトの頬をメネシスは嬉しそうに撫でていた。もう少しでおもちゃをもらえるような子供の目をしていた。
「分からないみたいだから教えてあげる。私はねドールを好きにできるの。操ることはもちろん。私のダメージも肩代わりしてくれる。だから」
メネシスはアレクトの剣を奪うと自分で自分の腕を切った。が、血も切り傷もなく痛がることもなかった。だが、ペルセウスの右腕には血を噴出す傷跡ができアレクトを落として傷跡を押さえていた。
「もちろん私も魔法使い。だから、こんなこともできるんだよ」
メネシスは倒れているヘラクレスに左手を向け、蹲るペルセウスの頭に右手をかざした。
「古くなった人形達。元気になって、また踊って」
メネシスの声に2人は立ち上がった。瀕死だったヘラクレスは無傷の状態に回復していた。
「私は治療と洗脳の専門家。私たちは死なないの」
完全に復帰した2人はアレクトを押さえ込んだ。アレクトは抵抗する力すら残っていないようだ。
「貴方も偉かったわね。褒めてあげる。頑張っても2人を倒すので精一杯の貴方があんな雑魚を守るために疲弊して、ここまでやったんですもの。いいこ、いいこ、」
メネシスはアレクトの頭を撫でていた。
俺は悔しくて泣きたかった。アレクトの強さを頼っていた。アレクトなら守ってくれる。自分は安全だと安心していた。確かに、アレクトの魔法のおかげで俺は生きていれる。だけど、アレクトは……。
俺はアレクトを助けることもできず、ただの足手まといになってしまう。アレクトを、女の子一人守れない非力な自分が悔しい。腰に提げた見せ掛けの短剣が本当の飾りにしか見えない。
「それじゃ、お人形になってね」
メネシスは手から針のようなものを出している。俺はその光景を直視できず、目を背けた。
俺は、俺は……。
「力が欲しいのか?」
声だ。女の子の。
「君、力が欲しいのか?」
目を開けると、世界は色を失っていた。白黒の世界は時を止めていた。そんな世界の中で色と時を持っていたのは俺と目の前の少女だけだ。
「これは」
「力が欲しいのか?」
先ほどから同じ質問をしてくる少女。その子は肩まで伸びた金髪を赤いガラス玉の髪留めでツインテールにしていた。紫の着物に近いものを着て、腰には大きなリボンのような帯をしていて後ろに尻尾のように伸びていた。
「君は誰?」
「力が欲しいのかと聞いているの?」
力、アレクトを救える力が今欲しかった。
「力が欲しい。守れる力が欲しい」
「そう、それならあげる。強い子になってね」
その子は手を差し出すと俺の短剣を抜いた。白い三日月のようだった短剣は青く輝いていた。
その短剣で少女は右手を少し切り血を出した。血を吸った短剣は輝きを増した。
「さあ、お舐め」
差し出された血の出た手を俺は優しく取り血を舐めた。それをするのにまったく抵抗はなかった。したのではなく、させられたに近かった。
「それじゃ、強くなってね」
右手に持った短剣。それは長さが変わり長剣へと変わった。全身から熱を感じ力を感じた。
長剣を振ると風の障壁を切り払い俺は世界に戻ってきた。
「り、竜神」
俺を見たメネシスはペルセウスとヘラクレスをつれアレクトから遠のいた。正確には俺から逃げた。
俺はアレクトに近づいて無事だったことを確認した。俺を見たアレクトは驚いていた。
「り、リョウ君なの?」
俺は脅え始めたアレクトを見て自分を見た。両手の爪は鋭く伸び、背中には翼の感覚があり、尻尾もあった。全身に青い鱗が現れまさに獣の姿だった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。