第8話 ホルス救出戦−『眼前の敵』
「ディケ、詳しく話しなさい」
要点しか言わなかった女の子にネイレードは詳細を求めた。ディケと呼ばれている女の子は、胸を押さえて息を整えて深呼吸をしてネイレードを見る。
「みなさんが出立してすぐに2匹の竜が来たんです。それに、アレスとアテナが乗っていたんです。ネイレード部隊とアヌビス部隊で向い打ちましたが、エノミアとエイレ以外は疲弊しきっていてまともに動けないです。その2人も雑兵と竜の暴走の相手で手一杯です。なんとかアマーンさんが持ちこたえている所です。ですが、これ以上はもたないとのことでお伝えに参りました」
アヌビスとネイレードの目が合った。すると、言葉を交わさずとも2人は竜に乗った。
「ポロクルはここに残れ。ケルンはアンスを引き戻したらポロクルの補助だ。アレクトはリョウと俺について来い」
「ディケはポロクルの指示に従ってね」
2人は竜を羽ばたかせ、魔法を使ったようだ。二人から光の粒子が溢れ竜を包みだした。
「獣よ。その力、我が魔力にて極限を超えよ」
「風よ。翼を運ぶ道標となれ」
アヌビスの魔法で竜は唸り声を上げ、澄んでいた目が血走った。ネイレードの魔法で強い風がおき、それに竜が乗り竜の最速を超える速度で飛んでいった。
「ほら、命令されたからさっさと動く!」
ボーとしていたのは俺だけだった。ポロクルとディケは街へ馬を走らせ、ケルンは竜に乗って行ってしまった。俺はアレクトに手を引かれ竜に乗る。アレクトは鞍に捕まる余裕すら貰えず竜を飛ばした。
一気に戦いの空気になる。姉や母のように見えたアレクトは既に軍人の顔つきだった。
竜の手綱を持ったアレクトは前に飛ぶ二人だけを見ていた。俺は振り落とされないようにアレクトの腰にしがみつくのに必死だ。来る時の手綱捌きは酷かったが、今はそれが嘘のように真っ直ぐ飛んでいる。それでもアヌビスたちには追いつきそうにない。
「血反吐吐く気で飛べや!」
今までのアレクトからは想像もしなかった暴言が出た。その顔は男の俺ですら恐怖を感じ話しかけられない。アレクトは竜の横腹を容赦なく蹴った。すると、竜はよろめきながら呻き声と血を出した。
「落ちたら首そぎとるぞ」
アレクトは右手に光の球を作り出していた。
「炎よ。血を熱く燃やせ! 命を力とかせ。一生の力を!」
赤い光の球を竜の背中に押し当てる。すると、竜は急降下した。が、アレクトはそれを許さない。手綱の緩みを無くすほど強く引いた。竜の首は音を上げながら曲がり無理矢理上昇させる。なんとか体勢を立て直した竜はアヌビスたちに追いつくほどの速さになっていた。その竜の体は次第に熱くなり始め、関節や鱗の少ない所からは血があふれ出してきた。
「アレクト、そんな無茶させたらもたないでしょ」
「ギャザータウンに着くまで飛べればいいのでは?アヌビスさん、ネイレードさん行きますよ」
ネイレードの忠告も聞かずアレクトは二人の竜にも同じ魔法をかける。赤い血飛沫が俺の頬に着いた。もう、生き物の速度ではなかった。
「それよりアヌビス。ギャザータウンを助けるのも大事だけど、ホルスはいいのかよ」
アヌビスは銜えたタバコに火をつけることも忘れ前だけを見ている。俺に目線を向けずに俺の話を聞いていた。
「ホルスもグロスシェアリング騎士団の一員だ。雑兵相手なら1人で何百でも相手できる。そんなホルスを抑えるならアレスとアテナ2人がかりで、捕縛魔法でもかけないと駄目だろうな。それに、奴の部隊のヘラクレスとペルセウスも同様だろう。あいつらを完全に抑える捕縛魔法を使うとしたら、常時魔力供給型だ。術者と離れては効力がなくなる。だから、アレスたちのところにホルスたちもいるだろうよ」
アヌビスは迷いなく予想を言った。予想だと思うが、アヌビスはその予想に相当自信があるようだ。
「まー、兵法の基本ね。アヌビスらしくない。学を頼るなんて」
ネイレードの話によると、今のは兵法の一つらしい。だが、アヌビスは兵法を語ったわけではないようだ。
「そんなんじゃねぇ。勘だ、勘」
俺達はギャザータウンの見えるところまで来た。本当なら到着は夜になるぐらい遠くから来たのに、まだ太陽が輝いている時間だ。
二度目になるギャザータウンからは、想像していた光景はなかった。煙も上がらず、ただ、数十頭もの竜がギャザータウンの周りを旋回していただけだ。竜が行き場を失っているだけで、戦いが起きているようには見えなかった。だが、3人は戦闘体勢に入り、竜の速度を上げた。
「リョウ、しっかり捕まって」
アレクトに力強く抱きつくと、竜は山を目前にしてもなお速度を上げる。その高速のまま洞窟に入ると、中には兵が多くいた。見慣れないデザインの鎧、味方ではないとすぐに分かるものだ。すると、竜の全身から炎が溢れた。血ではない。赤い炎だ。アレクトは俺を抱え竜から飛び降りた。
竜は壁にぶつかり炎となって砕け散った。火炎風が洞窟内を駆け巡り、洞窟内の兵達を焼いていく。竜の近くにいた俺達はアレクトの魔法で無傷ですんだが、それ以外の兵は壮絶なものだ。竜の近くにいた兵達は苦しむ呻き声すら上げることなく黒ずみになり、熱風を浴びただけの兵の肌は爛れ、顔は原形を保っていなかった。生きている兵達は苦しみながら動けずにいた。中には動いている兵もいたが、歩くたびに血を流していて、数歩歩いて崩れるように死んでいく。
そんな一瞬にして戦場となった竜着き場。その中、炎が避けたかのような階段前にアレスとアテナ、そして、両腕の鎖を長くたらしたアマーンがいた。
アテナが大剣でアマーンに切りかかろうとしたが、アマーンが鎖で大剣を巻きアテナごと振り回し飛ばした。アテナは柱を蹴り体勢を立て直す。アテナが着地する前にアレスが飛び上がり大斧でアマーンを頭から割ろうとした。だが、アマーンは片手で白刃取りをし、指の力だけで斧を割ろうとした。アレスは振り抜き後退する。そこに、アテナが喉元めがけ大剣を突き刺そうとした。が、アマーンは拳を剣先に突き出す。
「拳よ。鋼となれ!」
金属同士がぶつかり合う鈍い音が洞窟内に響き渡った。その衝撃波と共にアテナは後ろへ転がされていた。
「階段は一段たりとものぼらせん!」
アマーンは両腕の鎖をムチのように地面に叩きつける。曲線の砂煙が階段の前に引かれた。まるでここは超えさせないと言っているようだ。
「くっ、銀の巨木が」
アレスが斧を構えなおそうとすると、アレスとアテナの後ろに黒と赤いものが迫っていた。二人は、それに気付いたようで、アマーンから離れた。
アレスは黒い服を着たアヌビスの一振りを斧の腹で受け流した。アテナは赤い髪のネイレードの銃撃を大剣で防いだ。
「つっ、なんて威力なの」
アテナは大剣を振り払った。その大剣には銃弾のあとが残っている。
アヌビスとネイレードはアマーンの横に着いた。アヌビスは白い剣をアレスに向けた。
「アレス。俺の目が腐っていなかったら、お前は無謀にもこの街を攻め落とそうとしているのか」
「アヌビス。こんなに早く戻ってくるとは」
「はじめましてかな? 貴方がアテナね」
「そう言う貴方は、紅の宝石。ネイレードですね」
5人の武将の間に無言の威圧感が濃密になっていく。各自、相手の実力を測っているようで、アレスとアテナは良い顔をしていなかった。
「アヌビス、ホルスはどうなった」
「むこうにはいなかった」
アマーンとアヌビスの2人は顔を合わせることなく会話をする。アヌビスの報告を聞いてアマーンは満面の笑みを見せた。
「そうか、そりゃ、吉報じゃのう」
笑いながらアマーンはその場に膝を着いた。
「がはは、昨夜の酒が残っているんじゃろうか。体が重なってきおったわい」
「後は任せな。ホルスも含めて全部片付けてやる」
アヌビスとネイレードはお互い戦うべき相手に刃を向けた。
「アレス。今すぐにホルスたちを解放すれば左目一つで許してやる」
「何を言っている。貴様こそ、我が部隊に与えた被害の落し前、何を持って償うつもりだ」
「アレスの亡骸なんかどうだ」
アヌビスとアレスの獲物がぶつかり合う。アレスは大振りに斧を振ろうとしたが柱が邪魔で思うように動けないでいた。また、アヌビスも俺や逃げ遅れた竜を見て黒炎の剣を振らずにいる。
「くそ、アテナ俺は外に行くぞ!」
アレスは身近な竜に乗るなりギャザータウンから離れていった。
「好都合。アレクト、リョウとホルスたちを探せ。ギャザータウンの近くにいるはずだ」
アヌビスは竜に乗った。そこにアレクトが近づいた。
「アマーンさんはどうしますか」
「ただの魔力消費だ、死にはしない。が、治療をしてやれ」
アヌビスは外に出て行った。
遠くからは銃撃音と大剣が地面を叩く音が聞こえてきた。ネイレードとアテナが戦っていたのだ。押されぎみのアテナは、アレスがいなくなったことに苦い顔をしていた。
「ネイレード1人で手一杯なのに……私も出る!」
アテナは竜には乗らず、山を足で降りていく。それをネイレードも追った。
死臭と物の燃える臭いと砂の臭いがする。生きている人間は俺とアレクトとアマーンだけだ。人間も竜もみんな燃えていたり、内臓が溢れていたりと生きていなかった。
「リョウ君、怪我なかった?」
軍人だったアレクトが俺の体をあちこち調べだした。俺はアレクトから一歩離れた。
「リョウ君?」
「あ、いや、大丈夫ですから」
軍人のアレクトを思い出すと、恐怖が湧き出て近づきたくなかった。
「怖かったの?」
今のアレクトは優しい女性の顔だった。
「私が怖かったの?それともこの光景が怖いの?」
「両方」
アレクトは小さく笑うと俺の背中に回った。すると、優しく抱きつかれた。
「私もね。竜に乗っているとき怖かった。でもね。誰かが側にいてくれると勇気をもらえたの」
アレクトに抱きつかれて暖かくて落ち着けた。
「私も初めはこの光景も怖かった。私は馴れちゃったけど、リョウ君は怖いままでいてもいいんだよ。怖かったら目を閉じて耳を塞げばいい。でもね、これは夢なんかじゃない。現実だって覚えていてね。死んだ人をいなかったことにはしないでね」
「男女の関係を見ているのも嫌いではなのじゃが、そろそろ助けてくれぬかのう」
アマーンにからかわれてアレクトは俺から離れた。
「す、すみませんアマーンさん。すっかり忘れていました」
アマーンの横に座ったアレクトは治療をし始めた。
俺は1人戦場となった竜着き場を見ていた。吐き気はなかった。すでに人間の形が少ないからかもしれない。黒いものの集まりに見える。内臓も嘔吐が撒かれているのと大差ないように見える。何故だろう。本当にアレクトの言った意味がよく分かる。ここには数百の人の死体があるのにその実感が湧かない。これが本当に忘れられるということなのだろうか。
「ここには……いくつの命があったんだろう」
「855個の命だよ」
背後から聞こえた声。振り返ると、首に剣が当てられた。その剣は日本刀の刃幅を広くしたようなものだ。
「アヌビスの臭いがすると思って来てみれば。君、誰?」
そこにいたのは、白い服を着た人だ。白い服の所々はギザギザになっていて、淵を黒で彩られていた。黒いアヌビスに比べると正反対の白い人だ。
髪は長く腰まであり、その髪も生え際だけが黒く他は白くなっていた。俺を見る目は金色の月のような目をしている。肌は白く細い腕だ。見た目も声も男性か女性か分からないような人だ。左手には幅広の日本刀、右手には大鎌を持っていた。
「り、リョウです」
俺は脅えながら答えた。分かる。こいつはさっきまでのアレクトと同じで殺す気持ちを持っている。
「リョウ? ねぇ、君、どうしてアヌビスの臭いがするのかな?」
白い人は微笑を見せた。とても綺麗だ。この人が女性でも男性でも関係ない。俺はその微笑に惚れてしまいそうだ。その白い顔も美しく俺の目はその顔だけを見ていた。
その白い顔に赤い何かが着いた。
「やっぱり、同じ臭い、同じ味がする」
白い人は顔に着いた赤いものを撫で取るように集め舐めていた。
「あの、なにして――」
右手を伸ばそうとしたが、右手が見えない。地面には俺の右上が切り落とされていた。
それを確認した途端、激痛を超えた熱が右肩に溢れた。
「う、腕が……、腕があぁ!」
俺は叫びながらその場に蹲った。目の前では美しい笑い声が聞こえるだけだ。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。