第6話 ホルス救出戦−『三通の手紙』
ホテルの中はきらびやかな装飾があちこちに施され個々が主張している。フロントには清潔感の漂う男性が2人立っていて、入って来た俺に軽く会釈。そして、俺の服を見て察したのだろう。手で導くようにロビーの奥を指した。
他の宿泊客の影がまったくないロビーの真中には、ガラスのテーブルを囲むようにアヌビスたちが座っていた。その中には、ネイレードもいる。ロビーの柱に埋め込まれるように作られた大時計を見る。文字盤や針の数は違うけど、日が昇るまで、4時間ほどしかないと読めた。
「って、ことだ。やはり、好手が浮かばないか」
アヌビスたちは何か話している。俺がそちらに近づくと気配を感じたようでアヌビスは首だけ振り向いた。
「遅かったな。ほら、アレクトは部屋に戻れ」
「う、うん。わぁかった」
アヌビスの横で目を閉じていたアレクトは頼りない足取りで階段を上がっていった。
「リョウも早く寝ろ。部屋は二階の突き当たりだ。一際でかい扉だから分かるだろ」
そのままアヌビスはポロクルとネイレードに向きなおす。アヌビスを相手していた2人も疲れが溜まっていそうだ。ポロクルの顔は赤く体が緩やかに揺れている。ネイレードも欠伸を堪えながらそこに座っているだけのように見える。
アヌビスの右にはポロクル、左にはネイレード。アレクトが座っていた向かい側の席に俺は座った。ガラスのテーブルには三枚の紙が置かれている。冒頭の内容からして手紙のようだ。
「アヌビスたちは寝ないのか」
「気にするな。お前は寝ておけ」
アヌビスは三枚の紙を見比べてため息を吐くだけだ。それにつき合わされている2人がかわいそうだ。
「誰からの手紙なんだ。何か問題でもあったのか」
「リョウには関係ない。早くね―――」
「アヌビス。リョウにも知恵を絞ってもらいましょう。彼もそれなりに才子のようですし」
黙っていたポロクルが慌ててアヌビスを説得する。ポロクルは俺にしか見えないように助けを求める顔をしていた。隣を見ると、ネイレードも同じように困った顔をしていた。
「確かに、同じ面子では同じ意見しか出ないな。ポロクル、状況を説明してやれ」
ポロクルは安堵のため息を漏らし、ネイレードにいたっては眠り始めた。この二人相当疲れているようだ。
ポロクルは俺の前に三枚の紙を並べる。それは『ホルス』という名の人からの手紙のようだ。
「見て分かるようにすべて同じ差出人です。しかし、あて先、内容、信頼度はそれぞれ違います。この中のどれを信用するのか、それによって今後の動きが変わってきます。リョウはどう思いますか」
つまり、この中に信用できない手紙があるかもしれない。ホルスからきた本当の手紙はどれか見極めて欲しいということだ。ポロクルは順に手紙について説明してくれた。
一番信用が高いのがアヌビスの受け取った手紙。ホルスの印璽がされていたからだ。
『ホルスです。アヌビス、これを読んでいるということはギャザータウンにいるんだな。頼みがある。援軍にきてくれないか。実は、アレスに足止めされて押されることはないが、山の頂から進めなくなった。敵の伏兵が多い。だから、敵の後ろから奇襲をかけて進路を切り開いてくれないか。一緒にアレスを討とうではないか』
次に信用が高いのはネイレードが受け取った手紙だ。これは、ギャザータウンに入る前、ホルス部隊の兵からネイレードが直接受け取ったらしい。その兵は、届け終わると同時に力尽きたそうだ。
『この手紙を読んでいる人。自分はホルスです。頼みがあります。アマーンのところにいるアヌビスにこの手紙の内容を伝えてください。アヌビス、アレスの件は遠巻きながら見せてもらった。こちらも伏兵から逃げるために大橋を通らせてもらうことにした。しかし、食料供給路を得たアレスたちに囲まれてしまった。現状維持はできる。だが、食料が足りない。ギャザータウンにいるなら供給してもらえないだろうか。退却するにもこちらの兵力では不安だ。助力を願いたい』
最後に、最も信用が薄い手紙だ。この手紙はアマーン宛に届いたものだ。だが、届け方が怪しいものだった。こちらの国での軍事連絡便は鷹を使うのが主流となっているが、この手紙は敵国の連絡手段で数回に分けて届けられた。それを一枚に書き留めたのだ。
『ホルスです。アマーン、こんな手段ですまない。
鷹が帰ってこなくなったのだ。
アヌビスに話は聞いたと思うが。
街を落としたらしい。
こちらは竜着場に着いた。
だが、その街のアヌビス部隊が危険だと聞いた。
竜を一頭借りさせてもらった。
このまま、アヌビス部隊の支援へ回らせてもらいます。
アヌビスへの連絡と部隊の供給お願いします。』
届いた順番は信用できない順と同じで、アマーン、ネイレード、アヌビスの順番だ。たしかに、どれも内容が違っていてどれを信用すればいいか分からない。書かれている字はどれも同じで別の人間が書いたようには見えない。
「どれを信用すればいいか分からないしだいです。こちらからの返事にはまったく答えることなく、最後の手紙に書かれていた街との連絡も途絶えています」
言い終えたポロクルは深く座りなおして目を閉じた。疲れたのだろう。アヌビスも少しの休息を許したようだ。代わりにネイレードが起こされた。
「アヌビスはどう思ってるんだ」
俺が聞くとアヌビスはタバコを吸いながら頭をかいていた。ネイレードはわざとらしくタバコの煙を払いのけている。
「第一優先は俺の落とした街の安否だ。戦果を失っては困るからな。その行き帰りに各地を確認すればいいことだ」
「それだと、ホルスが手遅れになる可能性があるんでしょ」
ネイレードの意見は耳に入っていないらしく俺しか見ていない。ネイレードも諦めて軽く寝ようとしていた。
「単純に全部実行は駄目なのか? ここは自国の街だろ。兵だって多くいたし、食料も竜もあるんだから不可能なことではないと思うんだが」
「それは、アマーンのいない街にだけ言えることだ」
機嫌が悪くなったアヌビスはまだ長いタバコをすりつぶして、また新しく吸い始めた。
「奴はこの街を守ることだけを考えている奴だ。奴は王か聖竜王の命令以外で自軍を動かすことはしない。攻めにくい土地と優秀な部隊、この街が安全だから食料の供給地の中核を担ってるんだ」
変わらない安全。それは要塞としては重要な一つだが、壁の外の仲間を救う大砲は撃たないのでは守る役割を完全には果たしていない。
「それならアヌビスの部隊だけで対処しなきゃいけないのか」
「いや、それよりたちが悪い。上からの命令がでた。数日後には発たなければならなくなってな。使命が決まった今、俺の部隊はアマーンの管轄下にある。動けるのは俺の直属のポロクルとアレクトとお前だけだ」
「どうしてそうなるんだ。300人ぐらいのあの兵達はアヌビスの兵じゃないのか?」
すると、意識がほとんどなかったネイレードが笑いながら目を覚ました。その笑い声を聞いたアヌビスは苦い顔をネイレードに見せないようにそむける。
「300、そりゃー、オシリスもお怒りになるわ」
「うるさい、黙れ。俺はセト軍の人間だ。オシリスにとやかく言われる必要はない」
2人は口喧嘩を始めてしまった。一人会話についていけないのに気付いたのだろう。ネイレードが説明してくれた。
「貴方も無能な上司を持つと大変ね。あのね、アヌビスったら1500人も連れて行って、300人しか残せなかったの。で、私やアマーンの所属している軍のオシリスに部隊兵を差し押さえられちゃったの、馬鹿だよね」
「たく、他の部隊にまで口を出すとは、お前の長は自分が一番だとでも思っているのか。で、リョウはどうすればいいと思う」
手紙を何度も読み直して共通点を見つけそれを話した。
「どの手紙にしても共通しているのは『アヌビスに助けに来て欲しい』ことだと思う。もし、この中に偽者が混じっているなら、アヌビスがここに居ることを知っている人物が作ったもの。十中八九アレスかアテナだろ。アヌビスをおびき出して倒すためだとおもう」
「そんなことは分かっている。それを分かっていて具体的にどう動くかと聞いている」
「その前に質問していいか。この、印璽は確実なものなのか」
アヌビスは蝋を見て再度確認した。
「間違いなくホルスの印璽だ。俺達将が絶対の時に使うもので、この手紙はホルスが書いたことを意味している。それだけ重要なものだ。印璽は命にかけても奪われるなと教えられていたからな。盗られそうになったら割っているだろうよ。真面目なあいつだから奪われることはまずない」
それなら、この手紙を信じない理由が分からなかった。だが、アヌビスは続けた。
「それなのに内容はあいつらしくない。あいつは戦うのと血が嫌いな馬鹿な武人だ。そんなやつがこんな好戦的な手紙を送ってくるはずがない」
戦友、アヌビスはホルスのことを良く知っている。だから、この信用しなければならない手紙を疑ったのだ。
「それなら二通目の手紙は。内容からしたら逃げを考えていると思うんだが」
「内容から考えたならあいつらしいものだ。だが、罠の確立が一番高いと俺は睨んでいる。もし俺なら、敵兵一人たりとも国境を越えさせないものだ。まして、近くに大軍団がいる街があるのだからな。服装を変えれば敵兵だってうちの兵になることもできる。それに、罠だったときが問題だ。実際問題有力者はネイレードを含めた4人だけだ。あの大橋で挟まれでは立ち回りも大技も出せない。最悪、橋を落とされ渓谷へ落ちるだろうな」
「ち、ちょっと、私も参加することが決まってるの?」
そんなこと聞いていないと立ち上がったネイレードだが、アヌビスはあたりまえの顔をしていた。
「それならお前はホルスを見捨てるのか? 俺は見捨てないな。お前にとって俺達12人の契りはそんなものだったんだな」
12人の契り? よく分からないが、ネイレードはため息を吐き、脱力したようにソファーに座る。
「そうだったわね、ごめん。オシリスには怒られそうだけど、付き合う」
また口喧嘩になると思ったが、ネイレードはへこんでいて反省していた。何があるんだろう。
「話がそれたな。で、リョウはどうする」
「アヌビスの直属は他にいないのか?」
「アンスとケルンがいるな。その2人は最後の手紙に書かれていた一番遠い街にいる。その街にはアマーンが食料回収に兵を出すから、最後の手紙はさほど気にしなくてもいいと俺は思っている」
最後の手紙、つぎはぎの手紙は敵国の物。そのことを思うと疑問が浮かんだ。
「なぜ、ホルスはこの手段を使ったんだ」
「それは手紙に書いてあるだろ。鷹が帰ってこなくなったと。この辺の地形は複雑だから行方不明になることも珍しいことではない」
アヌビスが言っている意味も分かる。ここは山の頂上にある街だ。鳥が行き先を見失うのはあっても変ではなかった。だが。
「それなら何故、ホルスは敵国の手段を使ったんだ。すぐ側まで来たなら、印璽を押して誰かに渡してもらえばいいんじゃないのか。その手段を使わざるを得なかった。例えば」
「捕まったと言いたいのか」
アヌビスは俺を睨んでくる。あたりまえだ。戦友の実力を馬鹿にしたような発言だったと今になって思う。だが、アヌビスの睨みには恐怖を感じなかった。
「ありえるかもしれん。あいつのことだ、自分が身代わりになることを躊躇しないからな。だが、リョウ、それは間違っているぞ。それなら、このような内容の手紙を書くことはないだろ」
「それは俺も思っていた。それは、敵の作戦じゃないかと思った。この手紙、すべて届いて意味があるんだろ。それなら、その中の何通かをすりかえれば内容も変えられるんじゃないか」
俺は手紙に書かれていたことについての考えを述べた後、自分の意見を言った。
「俺は、どれも信用できないなら全部信じようと思う。どれか一つはホルスが助けを求めている確かな手紙だろ。全部試して助けられればそれでいいと思う」
「リ、リョウ。貴方言っている意味が分かってるの? そりゃあ、全部やれば間違いないわよ。でもね、最悪、2回罠にかかるのよ」
「最悪は、ホルスを助けられないことだろ」
俺は年上のネイレードを強く睨んだ。武人ではないただの高校生の俺にネイレードは怯んでいた。
「その強気、策があるのか」
アヌビスが吸っていたタバコを消して真剣な顔つきになった。
「初めに最後の手紙の真偽を確認するために一番遠い街に行く。もし、偽者だったら有力者2人を連れて次に行く」
「それじゃ、ホルスがもたないでしょ」
ネイレードはホルスを心配していたようだ。それなら、俺の言いたいことは伝わってくれるだろう。
「残り二通の手紙のどこにも『今すぐ助けてくれと』書いていない。『まだいける』と書いてあるだろ。契りが何か知らないが、ホルスを信じてやれよ」
はっ、としたネイレードは黙ってしまった。それとは逆に、アヌビスは笑い声を上げる。明るい笑い声ではなく深く暗い笑い声だ。だが、怒ってはいない。むしろ喜んでいるようだ。
「そうだな。リョウ、お前は本当に才子かもしれないな。ご都合よく俺の意見も踏まえてある。よし、決まりだ。決行は明日、日の出と共に行う。各自、準備しておけよ」
ロビーで大声に指示を出したアヌビスは上機嫌のようだ。
「アヌビス、それは間違っていますよ」
ずっと、寝ていたポロクルが目を擦りながら懐中時計を見ていた。
「何が違うんだ」
アヌビスが聞く。その時俺には見えた。アヌビスの後ろに眠そうにしているアレクトとミルとルリカがいたのを……窓から朝日が差し込んでいるのを。
「明日、ではなく。今からですよ」
結局、俺とアヌビスは一睡もすることなくホテルを出た。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。