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めんこひ  作者: 舞島 慎
二章
8/20

留鳥(3)

 その後ゲームセンターでプライズを見て回る。最近は直接景品を掴むより、ずらして落とすとか、引っ掛けてあるリングを狙う作りとか、手の込んだ配置が多い。とてもじゃないが取れる気がしない。

 それから直紀の音ゲープレイを眺める。画面を上から流れてくるマークに合わせて手元の鍵盤を叩く事で曲を奏でる、基本はシンプルなゲームだ。

 だが難易度が上がるとマークの数が増えていき、複雑化したマークをリズム通りに叩いて曲にするには慣れと経験が必要だ。あとは細かなキータッチもか。

 ボウリングの時のパワフルさとは打って変わって繊細なタッチで鍵盤を叩く直紀。やり込んでいるだけあって曲はきれいに流れていく。

「相変わらず上手いね」

「顔に似合わず、な」

「それは関係ないんじゃ」

 眺めつつ雑感を口にする俺達。俺はこの手の細かいタッチが苦手なので、凄いと思う。

「そっちはやらないのか?」

 プレイから戻ってきた直紀が指差すそこには、上下左右の十文字に矢印が二セット刻まれたステージとスピーカーを備えたモニターが。やはり音楽ゲームの一種類、ダンスシュミレーションゲームのDDLだ。

 個人的にはこちらの方が好きで、よくプレイしていた。そういやここ一ヶ月ほどはプレイしてない気がする。

「駒木、久しぶりにやろうよ」

「そうだな」

 水内に引っ張られステージへと上がる。クレジットを投入し邪魔な荷物は直紀に預けた。

 俺が左側、水内が右側に陣取り、モニターの選曲画面を見る。

 選曲画面にはアルバムジャケットの様な画像が並んでいる。それぞれが曲をイメージした画像で、それを眺めるのも好きだったりする。

「一曲目は任せる」

「オッケー」

 俺の言葉に水内はパネルを操作して曲を選び始めた。ジャケットがスクロールされるたびに、その曲のイントロが流れていく。

「よし。これで」

 スクロールが止められる。流れている曲は「I just call you」というミドルテンポのダンスナンバー。水内のチョイスにしては少し意外な感じだ。

「ミディアムでいいよね?」

「大丈夫だ」

 基本的に難易度は三段階に分けられている。ミディアムは中間難易度だ。正直上級難易度のこの曲はクリア出来ないので。

 決定ボタンが押されて画面が暗転する。一瞬の静寂の後に響いてくるイントロ。流れてくる矢印に合わせて足を踏み出す。

 四分、八分とリズムを打ちながらステップを刻めば、そのリズムに自然と気分も乗ってくる。

 サビからメロディーへ。女性ヴォーカルの声を聞きながら軽快に矢印を追いかける。時には足をスライドさせて、時にはジャンプして、半身に捻りながら足を動かす。

 そして終盤は再びサビへ。左右に揺れるようなステップを踏みながら隣の水内の方をちらりと見る。リズムに揺れるショートヘアーと笑顔。一緒に踏むのは春先以来だろうか。

 視線を戻して最後のストリームへと集中する。八分のリズムが続くラストは気を抜くと一瞬でリズムを崩してしまう。

「っよし!」

 最後の矢印を踏んで声を上げる。久しぶりにしてはよく踏めた気がする。

「さすがにやるね」

 水内の差し出した拳に自分のをぶつけながら、ゆっくりと呼吸を整える。一曲あたり大体二分程度だが、一クレジットでの曲数は三曲なので、あと二曲プレイ出来る。

「次はそっちで決めて」

 水内に促されパネルを操作する。プレイするのも久しぶりだし、お気に入りの曲をやっておこうか。

 そう思い「Into the Rainbow」を選択。打ち込みメインの疾走感あるユーロビートだ。ミディアムレベルでも繰り返す譜面に体力が削られるが、完走した時の高揚感が癖になる曲でもある。

「いいねぇ! さすが駒木」

 何がさすがだか分からんが、水内のお気に召した選曲だったようだ。一呼吸おき決定ボタンを押す。暗転の間に自分はステージに戻り集中する。

 曲が始まり矢印が流れる。三連、同時、また三連と流れるようにステップを刻んでいく。

 中盤で矢印の波は少し弱まる。腕で額の汗をぬぐいながらも体は次の矢印へ動き続ける。

 そして終盤はまたラッシュ。この辺になると走っていると言っても言い過ぎにはならないかもしれない。

「あー、ラストミスったー!」

 終わるなり悔しがる水内。いやさすがにこれをミスしないでクリアする人は上級者だろう。

 画面に表示されたスコアを見るに、なるほど、水内のスコアは俺よりもだいぶ上だった。前に一緒に踏んだ時は同じくらいだったと思ったんだが。

 どうやらこのゲームの腕前――足前?――は水内に差を付けられてしまったらしい。うん。ちょっと悔しい。

「あと一曲、どうする?」

 呼吸を整えつつ尋ねる。そんな俺に彼女は笑顔でこう言った。

「アレ、やろうよ!」

 だいぶ雑な指示語ではあるが、どの曲を示しているか分かってしまった俺も俺か。

「了解」

 軽く親指を立てて答え画面と向き合う。パネルを操作して目当ての曲を見つけて止めれば、聞き慣れたイントロが流れ始める。

「行くぜ。タイミング間違うなよ?」

「大丈夫。そっちこそミスらないでね」

 視線を交わし、うなずき合ってからボタンを押す。暗転の間。ステージ上でタイミングを待つ。

 流れ始めるイントロ。心地良いリズムが体を打つ。

 選んだ曲は「somebody's love」で、四つ打ちを基本とするハウスミュージックだ。難易度はミディアムだが、矢印の数はそれほど多くなく、フルコンボも経験している。

 リズムに合わせてステップを踏む。先ほどの二曲と比べれば簡単で、矢印も複雑じゃない。そんな譜面どおり綺麗にボックスを踏めば曲は山場へと入っていく。

 八分のステップを刻み、同時踏みを決めると二拍ほど間が空く。一瞬のアイコンタクトの後、俺と水内は次の矢印に合わせて体を入れ替えた。

 俺が右、水内が左と最初とは逆の位置に陣取って、そのまま続けてステップを刻んでいく。

 ラストは三連、同時、三連とステップを刻み、もう一度ボックスを踏んでの締め。

 最後の一歩を踏み曲の終わりを確かめて大きく息を吐く。

 そして暗転後、画面に表示されたスコアには、両方ともフルコンボの文字が踊っていた。

「やった!」

「よっし!」

 思わず拳を握る俺。それから水内の方を見て片手を挙げる。

「初成功だな」

「完璧ね!」

 挙げた手を小気味良く打ち鳴らす。今日イチの感触だ。

 その感触を確かめつつステージから下りれば、二人が複雑な表情で立っていた。

「いや、もうなんか、呆れたわ」

「普通に凄いと思うぞ! パフォの一種か?」

 文字通り呆れ顔の椎名さん。あまりゲームを嗜まない人には理解出来ないかもしれない。

 一方で直紀は素で驚いていた。逆に経験者だからこそかもしれないが。

「パフォのつもりは無いさ。単なる思い付きでのお遊びだよ」

 振り付けをしたりして人の目を引きつける、文字通りパフォーマンスというプレイスタイルは存在する。だけど俺達のは自己満足のためだけのプレイであり、パフォーマンスには当たらないという認識だ。

「しかし、本当に息ぴったりね」

 呆れ顔のままの椎名さんに言われてしまう。たしかに今のプレイには呼吸を合わせる必要があったのだから。反論の余地が無い。

 そう分かっていたから、俺と水内はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。



 店舗を出て駅へと向かう。時計は四時半を回ったところで、まだ日が傾くには早い時間だ。

 それでも帰宅という選択肢を取ったのは、やはりテスト疲れによるものだろう。

「いやー、久しぶりに上手く踏めた気がする」

「そうだな。いつの間にか俺より上手くなってたし」

「日頃のたゆまぬ努力の成果、なんちゃって」

 前を歩く直紀と椎名の背中を見ながら、隣を歩く水内と今日のプレイを振り返っていた。

「二曲目の最後、スライドさせなくても交互に踏めるよ」

「マジで?」

「上を左足で踏めば。こう、後ろを向くくらい捻らないといけないけど」

 水内は立ち止まって軽くステップを踏んでみせれば、その動きにつられるようにスカートがひらりと舞う。その足さばきを確認してからさっさと歩くよう促す。天下の往来でまじまじと足を見ているわけにはいかないだろう。倫理的にも。

「次覚えてたら試してみるわ」

「ふふん。追いつかせないよ?」

 自信たっぷりの水内。思えば水内とこういう話をするのも久しぶりだ。

「最近はよく踏んでいたのか?」

「バスの待ち時間にちょこちょこ、かな。さすがに去年みたいに通ってはいないよ」

 一時期、二人してDDLにハマり通い詰めた事があった。何がそこまで駆り立てるのかと思うくらいだった。そういや当時も椎名には呆れられていた気がする。

 それでも熱は試験や受験を意識する中で冷めていき、一緒にプレイする事も自然と減っていった。最後にやった立ち位地を入れ替えてのフルコンボは、当時一度も成功しないままだった。

「五ヶ月越しか。成功させたの」

「それくらいになるかな」

 どうしても入れ替わる時にミスをする事が多かった。もちろんそれ以外の部分でミスをする事もあり、なかなか上手くいかなかったのだ。

 そうして半ば諦め、忘れていた事だった。今日あの場所で水内に“アレ”と言われるまでは。

 そもそも何でこんな事をしようと思ったのか。

 きっかけなんて覚えていないが、多分ささいな事なんだと思う。

 熱に浮かされたゲーマーとはそういうもので、往々にしてつまらない事にこだわるものだから。

 それでもやっきになっていたあの頃。それを無駄だと思った事は無い。むしろどちらかと言えば楽しい記憶だ。

 ステップの踏み方をあーでもない、こうした方がいいと言い合ったり、軽くパフォーマンスっぽくふざけて笑ってみたり。

 好みの曲が近いせいもあるのかもしれない。今日の二曲目もそうだが、あの頃もよく選曲が重なっていた。

 その中で一番多かったのが「somebody's love」で、お気に入りの曲としてよく最後に踊っていたんだった。

「テストの感触も良かったし、アレを成功させる事もできたし! 今日は良い一日だったー」

 言って水内は空を見上げて笑う。その笑顔はどこか子どもっぽく、夕方だったら映えるだろう、などと思ってしまった。

 そう思いながら俺も空を見上げる。そんな空を一羽の鳥が横切っていくのが見えた。

「何だろ?」

「トンビ、じゃないか?」

 鳥は羽を羽ばたかせず広げたまま、滑るように飛んでいく。

「トンビは上昇気流に乗って上空に上がって、滑空することで飛ぶんだ。滑翔って言ったかな」

「へぇ。あんな風に飛べたら、気持ち良さそうじゃない?」

「たしかに」

 眺めていたが、やがでビルの向こうにその姿は消えていった。

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