留鳥(2)
「ほんと久しぶりだなぁ」
ボールを選びレンタルシューズに履き替える。選んだボールの重さは十二ポンド。前に来た時と同じ重さだ。
「んじゃ、始めますか」
他の皆もそれぞれボールを選んできたようだ。投球順は俺が最初になっていたので、ボールリターン上のボールを手に持った。
中央のラインをまたいで立ち、右手のボールに左手を添えて軽く息を吐き出す。何ともいえない緊張感。遊びだというのに不思議なものだ。
足を踏み出し、同時に右腕はダウンスイングからバックスイングへ。そして振り子のフォワードスイングからボールを放つ。
無事真っ直ぐに放たれたボールはレーン上を曲がる事無く進み、三番ピンと六番ピンの間にぶつかり少し物足りない音を鳴らした。
結果倒したピンの数は六本。一番ヘッドピンから左側に四本がきれいに残った。
そして二投目。先ほどより少し右側に立って斜めに左側を狙う、つもりだったのだが、ボールはさっきと同じ様なコースへ。一本も倒せずボールは奥へと吸い込まれていった。
「ドンマイー」
直紀の声に思わず苦笑い。まぁガターじゃないだけマシだと思おう。
「次はわたしね」
俺と入れ替わるように椎名がボールを手にし、特に間を取る事も無く流れるような動作でボールを放つ。その拍子に後ろでまとめられた髪が揺れた。
俺の時より軽い音がしてピンが転がる。ボールが軽いせいもあるのだろう。結果は五本だった。
そして二投目はガター。投げた瞬間にそう分かる投球だった。
「よし、行くか」
次は直紀の番だ。十三ポンドのボールを手にアプローチゾーンへと上がる。そして小走りをするように勢いをつけてボールを投げた。
勢いそのままに進むボールは見事にヘッドピンをとらえて豪快な音を鳴らした。結果は見事ストライク。
「よっしゃ!」
思わず出た声と同時に拳を握る直紀。今日これまでの悪い流れを断ち切ったのかもしれない。
「ナイス!」
戻ってきた直紀と軽く手を打ち鳴らせば、二人もそれに続いた。
「よし、あたしも続くよー!」
投球順最後は水内だ。ボールを手に一度息を吐き出してからアプローチへと踏み出していく。
中央より右寄りからボールを放つ。レーンに対し斜めに放たれたボールは、ヘッドピンをかすりながら二番ピンへとぶつかった。
ピンアクションにも恵まれたか、八本が倒れた。残っているのは右側の三番ピンと九番ピン。ちょうど縦に二本重なっている状態だ。
それを見て水内はさっきとは逆、中央より左側に立ってアプローチへと向かう。俺なら右側に立ち真っ直ぐ狙うが。
放たれたボール。やはり斜めに三番ピンを狙ったようで、ボールは狙い通りに三番をとらえた。だが九番には跳ねず残ってしまった。
「惜しい!」
「上手くはいかないもんだね」
戻って来た水内は楽しそうに笑う。いつも通りの笑顔だ。
「よし。今度こそ」
つられて頬を緩ませたまま、俺はボールリターンからボールを取った。
さて、楽しんでいこうか。
一ゲーム目が終わった段階で、スコアトップは124の直紀だ。次点が俺の106で、以下は水内、椎名の順になった。結果的にはスタートダッシュを決めた直紀が逃げ切った事になる。
「んじゃ二ゲーム目は勝負しよう。負けた方がジュースをおごるという事で」
言い出したのは水内だ。
「負けた方って、俺と直紀の一騎打ちって事?」
個人的には構わないが、二人が無関係というのもつまらない気がする。
「うーん。んじゃペアマッチにしようか。あたしと駒木が組むから、詩織と成山のペアで。それなら点差も埋まるでしょ?」
一ゲーム目のスコアを見れば妥当な組み合わせだ。後は二人がそれでいいかだが。
「わたしはいいよー。成山くんは?」
「オッケーだ」
同意の声。ならば文句は無い。
「水内、勝つぜ」
「当然よ」
視線を合わせて、軽く拳をぶつけ合う。楽しいだけでなく、適度な緊張感がある展開は燃えるのだ。
投球順も変更をする。最初に女子二人が投げて、男子は後から投げる事にした。先攻は水内と俺。
「よし」
気合を入れなおした水内の一投目。一ゲーム目と同様に右側からボールを放ち、見事にヘッドピンをとらえた。が左スミの七番ピンだけが残ってしまった。
「厳しいなぁ」
水内は軽くぼやいてからボールを持ち、投球モーションへと移る。一投目からさらに右側から放たれたボールは、残念ながら七番ピンの横を通過していった。
「もうちょっとだったな」
「うん。端っこは厳しいよ」
「ま、まだこれからさ」
そうこう言ってる間に椎名の投球が行われていた。七本と一本で計八本。椎名は投げるにつれてだんだんと良くなってきてる気がする。
「さて」
ボールリターンからボールを取り、足元の板目を見て立ち位地を調整する。それから一つ息を吐き、ゆっくりと体を動かしていく。
リリース。ボールはイメージ通りのラインを真っ直ぐ進んでいく。そして見事にヘッドピンに命中し、小気味良い音と共に全てのピンが倒れた。
「ナイス!」
後ろから水内の声が響く。俺は席に戻り水内と軽く手を打ち鳴らす。そして残る二人には拳を突き出してみせた。
「これは続かないとね」
それを見た直紀はゆっくりとアプローチゾーンへ向かう。一度目をつむり集中したのか。十三ポンドのボールを取ると間をおかず投球モーションへと入る。
直紀の手から放たれたボールは中心線に沿って、いや微かに右にぶれて進んでいる。ボールの当たる位置としては悪くない。
音が響きピンが倒れる。が一本だけがしぶとく立っていた。
「惜しい!」
椎名の声に直紀は苦笑い。本人としてもいったと思ったんだろう。
そして二投目にきっちりとカバーする直紀。スペアを取った事で一フレーム目はほぼ互角の結果となった。
「負けられないよね」
「もちろんだ」
俺達は視線を交わし軽くうなずきあう。楽しみながらも真剣で。いや、真剣に楽しんでいるのか。
ああ、こういう感覚はどこか懐かしい気もする。
そんな俺の感慨をよそに、水内は颯爽とアプローチへ向かった。
ペアマッチは一進一退を繰り広げた。椎名がコンスタントにスコアを稼ぐ一方、水内はばらつきが多い。それでも間に挟んだストライクとスペアでほぼ互角のスコアになっていた。
そして結果を握る男子。そもそも女子の方で大差が付くとは思っていないので、直紀と差を付けられれば勝てると思っていたのだが。
十フレーム目の女子を終えた時点で、スコア差は僅か四本。本当に僅かな差で俺達が上にいた。ラストはストライク、もしくはスペアで投げられる回数が増える事を思えば、全くセーフティーなリードなんかじゃ無い。
それでも俺がストライクかスペアを出せば、大きなプレッシャーを直紀に与える事が出来る。
「駒木」
「おう」
水内の声に短く答え、十二ポンドのボールを持ちながら少しだけ目を閉じる。そして一呼吸置いてから再び目を開け、スライドを開始する。
変わらないリズム。先ほどまでと同じようにボールを放てば、その線は真っ直ぐに一番ピンへと伸びて行く。
衝突音とピンの倒れる音。その後視界に映ったのは、右スミで存在感を放つ十番ピンの姿だった。
ボールが戻ってくるのをマシンのそばで待つ。座席の方は極力見ずに十番ピンへのイメージを固めていく。
戻ってきたボールを手に立ち位地を調整する。中心より左側に立ち、ゆっくりとアドレスに入る。
スイングの振り幅は変えず、イメージするラインにボールを放つ。が、僅かに逸れてしまった気がした。
かすってくれればいい。そう願いながら見送るも、ボールは無情にも十番ピンの左に吸い込まれた。
結果九本。現状で差は十三本になったので、直紀はストライクかスペアが必須になる。
「惜しかったね。お疲れ様」
ミスをしたが水内は笑顔で迎えてくれる。俺は苦笑いをしながら水内と再び拳をぶつけた。
「最後だな」
入れ替わりに直紀がアプローチへ向かう。この一投目の出来が結果を左右する事になる。
十三ポンドのボールを手に大きく息を吐く直紀。そしてやはり変わらないリズムでの投球モーション。軽くロフト気味に放たれたボールは真っ直ぐ正面から一番ピンに向かっていった。
「行け!」
直紀の声。それに続く衝突音。ピンアクション。その後に残っていたのは。
「マジかよ……」
直紀の口からこぼれるのが聞こえた。
残っているのは二本。その数はまぁ普通だろう。問題はその場所だ。
「スネークアイ、って言ったかな」
「スネークアイ?」
俺の言葉に二人が首を傾げた。
「ほら、両方が離れているだろう? それが蛇の目みたいに見えるから、らしいぞ」
そう、残っているのは七番と十番。きれいに両端が残ったのだ。
「どうやって取るんだよ? あんなの!」
直紀がこちらを向いてほえる。まぁ無理だよな。
「思いっきり片方にぶつけるしか無いんじゃないかな。派手に飛ぶようなアクションを出さないと」
「それで倒せたら奇跡だよなぁ」
全くその通りで。
「あれ、倒せたら飯おごるわ」
「そん時は焼肉な」
俺の言葉に直紀は笑いながらレーンの方を向く。そしてボールを持ちゆっくりとアプローチゾーンに上がり、助走から勢いをつけてボールを放つ。速度だけ見れば今日一番速い球かもしれない。
ボールは十番ピンをとらえ軽い音を放つが、期待されたピンアクションは当然起きず、スコアの表示は無情の一本。
そしてその瞬間、俺と水内ペアの勝利が決まった。
「いえーい!」
水内と両手でのハイタッチ。心地良い音が手のひらから響いてくる。
「仕方ない。今回はわたし達の負けね」
椎名が微笑んで俺達を見ていた。その視線は何を訴えているのか。
「いつかリベンジをしたいね。しっかしお前ら本当に息が合うな」
直紀の言葉に思わず顔を見合わせる俺と水内。
「いや、そんな事ないと思うよ。ねぇ?」
「ああ」
特に合わせようと意識した事も無いし、それほど合っているとも思っていないのだが。
「ま、いいでしょ。んじゃ片付けて出ましょうか」
椎名に促されてボールを戻しに行く。俺と直紀が二つずつ持てば手間も省ける。
「あ、直紀。俺の分はコーヒーでいいからな」
「覚えていたか。分かったよ。楽しかったし、それくらい守るよ」
勝利商品の交渉も終了。水内は椎名と話して決めているだろう。
皆も楽しかったようだし、提案をした者として正直ほっとしていた。