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めんこひ  作者: 舞島 慎
二章
6/20

留鳥(1)

「はい。そこまで」

 チャイムと同時に先生の声が教室に響き渡る。続いてペンを置く音と大きなため息が室内を包んだ。

 今日は一学期の期末テスト最終日。これにより最後の科目が終わりを告げた事になり、次に安堵と解放感が教室の雰囲気を覆っていく。

 あと二週間ほどの消化試合を終えれば夏休みが待っている。そう思えば心持ちも軽くなる。

 もっとも受験生という立場上、遊んでばかりもいられないだろうが。


 短いホームルームが終わると、とたんに教室が騒がしくなる。時刻はまだ十二時で、普段なら四時間目の途中だ。

「康也、昼飯どうする?」

「そうだなぁ」

 クラスメイトにして友人の成山直紀の声に、ちょっと考える。

 ファストフードやラーメン屋等、いくつか候補はある。学食もやっているだろうし、コンビニで買うという手もある。

 昨日までのテスト期間に行った店はやめておくか。いや、それよりも。

「その後どうするかにもよらないか?」

 テストが終わったところだ。そんな日くらい羽目を外してもいいと思うが、その場所によっては移動先か、その途中の店という選択にもなる。

「いや、決めてない」

 うん。予想通りだ。予定が無いのならいっそ直帰してのんびりするのも悪くは無い。遊ぶチャンスは今日だけというわけではないし。

「なぁ、今日は帰る事に」

「おっふたっりさん」

 俺の声は、後ろから飛んできた元気な声にかき消されてしまった。

 そしてその声の出所を確かめる前に、俺と直紀は肩を叩かれる。その手には想像より力が入っていて、ちょっと痛かった。

「水内、テスト終わりなのに元気だなぁ」

 振り向き声をかけつつ肩にのせられたままの手を外す。

「テスト終わったのに、沈んでろって言うの?」

 腰に手をあてて返事をくれる水内。その言葉はバイタリティに溢れていて、いかにも水内みのりらしい。

「テスト大丈夫なのか?」

「もう触れないで。終わった事よ」

 今度は少し歯切れ悪く、遠い目をして。これ以上ツッコむのは何か悪い気もする。

「何言ってんの? さっきは出来たって喜んでたくせに」

 そんな水内の後ろから届くもう一色の声。

「詩織ぃ。何で言うかな」

 水内の振り向いた先には、何とも爽やかに笑う女子の姿が。やはりクラスメイトの椎名詩織だ。去年今年と同じクラスで、水内と仲が良い。

「この子、テストの感触が良かった、って舞い上がってるから。大目に見てあげて」

「やめて。そんな目で見ないで!」

 なるほど。たしかにテンションが高いみたいだ。テスト終わりに相手をするのは少しキツイかもしれない。

「くっそ。こちとらミスした所が分かってるのに」

 水内とは反対に肩とテンションを落とす直紀。まぁ、ドンマイだ。

「あー。成山くんはダメだったみたいね。駒木くんは?」

「そこそこかな。英語だけが不安だけど」

 事実感触は悪くなかった。英語に関しては対策が後手に回ってしまったので仕方ないと思っている。

「椎名はどうだったんだ?」

「わたし? まぁいつも通りかな」

 さらりと言ってのける椎名さん。まぁ彼女はクラスでもトップを争う成績の持ち主で、当然学年でも上位に位置している。

 正直大きくミスをしているところが想像出来ない。コツがあるのならご教授賜りたいところだ。

「夏休み前に模試があるからな。そこで頑張っておかないとマズイよなぁ」

 相変わらず弱気な直紀の声。

「終わったばかりなのに、次のテストの話はやめてくれ」

「そうだよー。今日くらい忘れさせてよー」

 思わず声を上げる俺と水内。いや模試が重要だという事は重々承知しておりますが。

「そうだね。今日くらいはいいんじゃないかな。ほら、成山くんもちょっとは息抜きしないとダメだよ」

「そうだな。すまん」

 椎名の言葉に直紀は軽く頭を下げてみせた。しかし椎名はほんと気を使う人だ。その辺は水内にも見習ってもらいたい。

「ん? 何?」

 そう思っていた視線を捉えられたのか、水内と視線がぶつかった。

「いや。それより俺達に用があったんじゃ?」

 声をかけ肩を叩いてきたのは水内だ。テストの話に脱線していたが、用件をまだ聞いていなかった。

「そうそう。ご飯食べに行こうよー」

 どうやらお誘いだったらしい。椎名も一緒に、という事だろう。

「構わないけど。椎名も一緒だろ? 他は?」

 そして勝手に答える直紀。まぁいいけど。

「サチと小林に声かけてあるよ」

 今年はクラスが違ってしまった友人の名前が出る。去年の時点で公認カップルの二人だ。友人達の間では、もう既に二人きりにしてあげよう、などという空気は微塵も無くなっている。

 元々人前でイチャつく人達じゃないのもあるが。

「んじゃ行きますか。いつまでも廊下で待たせとくのも悪いしな」

 鞄を手に席を立つ。女子二人もバタバタと自分の席に鞄を取りにいったようだ。

「で、どこに行くんだろうな?」

 いや、訊かれても分からんて。

 直紀の疑問に俺はただ肩をすくめた。



 六人で昼食に訪れたのは、駅の反対側、いちょう通りに店を構えるお好み焼き屋だ。店内には同じ緑翠の制服を着たお客が数組見える。

 南口の店は基本的に混んでしまうから、北口まで来る生徒も少なくない。俺自身この店に来るのは三回目だろうか。

 ちなみにここは自分で焼いて食べるスタイルの店だ。

「よっと。よし、上手くいった」

 コテを両手にお好み焼きをひっくり返す。失敗するとスペースを消費したり、鉄板から外れたりと酷い目にあう。

 俺が焼いているのはサラミの入ったお好み焼きだ。反対側では水内がチーズ豚玉を切り分けている。

「駒木ー。お皿出して」

「おう。サンキュ」

 俺の出した取り皿に切り分けられた豚玉が載せられた。こうやって色んな味をシェアして食べるのも楽しみの一つだ。

 鉄板上の焼き加減を見ながら、豚玉にソースを塗り鰹節と青のり、最後にマヨネーズをかける。うん。お好み焼きはこうあるべきだよな。

「あ、しまった!」

 隣で上がる直紀の声。どうやらひっくり返すのに少し失敗したらしい。

「成山くん。今日はー……ダメだね」

 直紀の対面で椎名が苦笑いを浮かべていた。ドンマイ直紀。流れの悪い日もあるさ。

 心の中でフォローを入れつつ手元のお好み焼きを一口頬張る。うん。美味しい。

「駒木ー。ちゃんと焼けてた?」

「ん。大丈夫だぞ」

「そっか。良かった」

 水内はほっと息を吐き出してから、自分のお好み焼きに手を付けた。

「うん。美味しい」

 そして笑う。うん。友達との食事はこうじゃないと。

「うん。美味いわー。……そろそろいいかな」

 皿の上の豚玉を平らげて目前の焼き具合を確かめる。

「切り分けるよー」

 俺は周りに声をかけてから、お好み焼きにコテを突き入れた。


 全員でお好み焼きを食べ終わり、店で最後に上がったのは疑問だった。

 ひっくり返すこの道具の正式名称って何だろう。コテ? ヘラ?

 複数あるのは地域差なのだろうか。そんな小さな疑問をそれぞれの胸に抱えつつ、昼食タイムは終わりを告げた。



「さって、どうする?」

 店の前で一組のカップルを見送った後に直紀が切り出した。もちろんこの後の予定についてだ。

「うーん。どうしよっか?」

 ショートヘアーを揺らし水内は首を傾げる。ノープランのようだ。

 それを見て俺は椎名に視線を向ける。が、椎名は何も言わずに軽く首を横に振る。こちらも特に意見は無いようだ。

 ならばどうしようか。時刻はまだ二時前であり十分に時間はある。

 肩にかけた鞄を下ろして、ゆっくりと肩を回す。最近は試験対策に追われていたので、あまり体を動かしてはいなかった。

 そして軽く両肩を回したところで、ふと思いつく。

「そうだ。ボウリングでも行かないか?」

「ボウリング?」

「ああ。ちょっと体も鈍ってるからさ。それに、しばらく行ってないし」

「たしかに行ってないかも」

 高校のある南口周辺にボウリング場は無い。そもそも南口に娯楽施設はそんなに無いのが現実だ。あるのはバッティングセンターと漫画喫茶くらいか。

 北口には商業ビルが多く、ゲームセンターや映画館がテナントとして入居している。いちょう通り沿いにはカラオケ店や雑貨屋があり、さらに通りの先には大型の複合アミューズメント施設が鎮座している。

 ボウリングにカラオケ、ビリヤード、ダーツにゲームセンターと充実しているが、駅から徒歩で十五分ほどと少し距離がある。

 高校からだと三十分近くかかるのでなかなか行こうと思わないのだが、現在地からすれば遠くはない。

「うん。あたしはいいいよ!」

 最初に賛同の意を表したのは水内だ。それを聞いて椎名は首を縦に振る。異論は無いという事か。

「よし。んじゃ行くかー」

 その様子を見ていた直紀が音頭をとり、皆でぞろぞろと歩き出した。


 まだ梅雨明けの報道はされていないが、今日はうす曇りで気温も上がっているようだ。

「今年も暑くなるのかな?」

 隣を歩く椎名がちょっと空を見てからつぶやいた。

「去年と同じなら猛暑だよなぁ。出来れば勘弁して欲しいね」

「そうだね。勉強するにもクーラー必須だもんね。駒木くんは夏休みのゼミ取るの?」

「まだ決めてないな。いくつか取って空き時間は図書室に篭ろうか、とは考えてるけど。家だと絶対サボるからな」

 緑翠では夏休みに希望制の授業であるゼミが開講される。もちろん有料なのだが、予備校と比べるとかなり安い。さらに知っている先生が授業をしてくれるので、質問等もしやすいという利点もある。

 予備校を選ぶかゼミを選ぶかは、もちろん当事者の考えによるだろう。あくまで選択肢の一つという事だ。

「家だと色々気が散るよね。分かる分かる。図書室は座席が上手く取れればいいんだけど」

 図書室にある学習スペースの座席数は当然限られている。その争奪戦は毎回激しく、試験前になると上級生も下級生も関係無い、仁義無き椅子取りゲームが繰り広げられるのだ。

 夏休みの場合、上手くゼミの時間がずれている知り合いがいると、座席の確保も簡単なのだが、そう上手くいく保証なんてあるわけが無い。

 去年はたまたま先輩とそういう事が出来たけども。

「ま、ゼミの予定表が出てからの話だな。そういや椎名さ、本読み終わった?」

「あ、ゴメン。まだ終わってないんだよー」

 先週、椎名に小説を貸した事を思い出して聞いてみるも、返事は予想通りだった。もしテスト勉強をしながら読み終わったとしたならば、感心を通り越していたかもしれない。

 冷静に考えれば、テスト前に貸してと言う方も言う方だし、貸す方も貸す方か。

 ちなみに貸した小説は映画にもなった海外の推理小説だ。世界的に有名な芸術家の作品に隠された謎を追う物語で、事実と流説が織り交ざった話は報道でも取り上げられ、一時期大きな話題となった。

 俺は映画を観ていないが、椎名は観た事があるらしい。この本を薦めてくれたのは先輩で、世界史好きなら面白い、と言われたのだが、歴史的背景の部分は分からない所もいくつかあったのが残念というか悔しかった。

「週末読むから、来週返すね」

「焦らなくてもいいぞ。きちんと返してくれれば」

「大丈夫、ちゃんと返すよ。あ、ちょっと訊きたかったんだけどさ」

 椎名の疑問は作品当時の世界背景についてだった。椎名は日本史を選択しているので、世界史はざっくりとしか勉強していない。

「ああ、その頃はな――」

 歩きながら簡単に当時の歴史を説明する。思い出しながら、もう一度自分の頭の中も整理していく。

 結局アミューズメント施設に着くまで、その講義めいた話は続いたのだった。

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