regret
城址公園に来るのは約一ヶ月ぶりだ。柵越しに広がる街並みは当時と変わったようには見えない。ただあの時咲いていた桜の花は全て散り、青い葉が木々を覆っている。
柵に肘を乗せ大きく息を吐き出す。やはりこの景色は落ち着くし、好きなのだと再認識する。
新生活の一ヶ月は慌しく過ぎていった。授業自体はさほどつらくは無いが、やはり生活、特に家事を全て自分がやらなければならないというのは、結構な負担だ。
実家暮らしの頃も母の料理を手伝っていたし、それなりに出来る自信はあったけれども、毎日となると本当に大変な事だとしみじみと思った。
さすがにお弁当を作る余裕はあまりなく、お昼は学食に頼ってしまっている。この辺も含めて何かコツと新たなレシピを母に訊こう。そんな事を思いながらの帰省だった。
ゴールデンウィークの連休を利用しての帰省なので、こちらにいられるのは実質二日ほど。地元に残る友人達にもほとんど帰省の連絡はしていないので、これといって用事も入っていなかった。
ちょっと息抜き。そんなつもりでの帰省だったから、誰にも会うつもりもなかった、はずだった。
この場所を選んでしまったのは何故なのか。もしかしたら、と期待でもしているのか。
執着する自分というものを新たに発見し、同時に驚かされた。連絡も徐々にフェードアウトさせようと思っていたのに、結果的にばっさりと断つ事になってしまった。
未練がましいのだろうか。何かを期待してしまうくせに、自分は結局正面から向かい合わなかったではないか。
「はぁ」
明日葉の口からため息が漏れた。そんな息も風に流され溶けていく。
今更ながら、承諾してしまった事を後悔していた。予定通りに誰にも会わず過ごせばよかったかもしれない、と。
それでもすっぽかす様な真似が自分には出来ない事も、明日葉は分かっていた。
スマホを取り出し時刻を確かめれば、約束の時間まであと七分ほど。スマホをしまう代わりに、ミント味のタブレットを取り出して二粒ほど口の中に放り込む。口の中で転がしつつ目を閉じれば、刺激とともに爽やかな風味が鼻から抜けていく。
さて、いつも通りに迎えましょうか。変わらず良き先輩でいる事が、自分の役目だから。
気持ちを切り替えるように、明日葉は目を開けて空を見上げる。そんな五月晴れの空には、一羽の鳥が悠然と舞っていた。
「明日葉さん!」
耳に届いた声。振り返ればパーカーにデニムというラフな格好の水内みのりが、こちらに手を振りながら小走りに寄ってくるのが見えた。
「久しぶりね」
何だか犬みたい、という雑感を横において声をかける。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
「ええ。あなたも」
「あたしから元気を取ったら、何も残らないですよー」
そう言って笑うみのりが、明日葉にはまぶしく見える。
「どうですか? 大学生活は」
「そうね。思っていたよりも、普通かしら」
何てことの無い普通の会話。それでもみのりの快活さ故か、どことなく空気も軽くなる。
「さて、どこかでゆっくりしましょうか」
明日葉はみのりを促して城址公園から出る。みのりは明日葉の隣で歩く間も、やはり笑顔を見せていた。
「そーそー。聞いてくださいよ。ひどいんですよー、駒木の奴」
不意に出た名前に明日葉は思わず足を止めた。いや、ここが横断歩道の前で、信号が赤だったからだ。そう言い聞かせ、軽く髪に手をやる。
「明日葉さん?」
「ん。それで、駒木君がどうしたのかしら?」
ああ、私はもう何のアドバンテージも持っていないのよね。
黒と白のストライプ上を歩きながら、明日葉はその事実を噛み締めていた。