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めんこひ  作者: 舞島 慎
終章
20/20

春告草

 時間はあっという間に過ぎて行く。

 センター試験まではその対策に追われ、それが終わったと思えば、今度は二次試験の小論文対策に原稿用紙と向かい合う日々が続いた。

 お題に対して小論文を書き続ける方が、普通の勉強より大変かもしれない。知識と意見を合わせて文章化しなければならず、一日そんな事をしていると正直頭が痛くなった。

 二次試験は二月後半というのもあり、センター試験終了後の学内には同様に二次試験対策に励む同期の姿も多かった。水内や椎名の姿も時折見かけて、話をする事もあった。

 ちなみに直紀はセンター試験のみでの受験なので、悠々と休みを満喫しているらしい。なんと羨ましい事か。

「あいつ、絶対遊んでるよね」

「まぁ別に成山くんだけじゃないけどね」

「正直早く試験になって欲しいわ。こうメッセージ届くと、殺意が湧くな」

 直紀に悪気は無いとわかっていても、棒読み調の応援メッセージを送ってくるのは逆効果だと思うのだ。

「よし、終わったら直紀におごらせよう」

「そだね」

 そんな不毛なモチベーションの上げ方もしつつ、それぞれの対策に追われていく。

 課題が重ならないと協力は出来ないが、同じような仲間がいる事は本当にありがたかった。


 そして二次試験を迎える。

 出来に関しては、精一杯やったと言うより他は無い。人事は尽くしたので、後は天命を待つばかりだ。


 二次試験が終わってほっとしたところでカレンダーを見れば、もう卒業式まで数日しか無い。

 本当に怒涛の様な時間だった。これほどまでに勉強漬けになる事が将来あるのだろうか。とりあえず、もうしばらくは参考書など見たくも無いというのが本音だ。


 卒業式前日は予行練習という扱いで、登校日に設定されていた。かといって全員来るわけでもなく、教室内にはいくつかの空席も見える。

 それでも久しぶりに友人達に会えるのは嬉しいものだ。まぁ国公立組を中心にまだ結果が出ていない人も多いので、明るい顔ばかりが見られるわけではない。

 それでも試験から解放されて久しぶりに集まるのだから、多少羽目を外してしまうのは仕方ない事だと思う。

 午前中に予定は消化され、一日早く卒業アルバムが配布された。もしかしてこれは緑翠だけの事なのだろうか。

 そんなわけで担任の解散コールの後は、女子を中心に寄せ書きが始まった。卒業アルバムだったり、明日担任に渡す色紙なんかがペンと一緒に回されていた。

 男子と駄弁っていた俺のところにも色紙が回ってきたので、とりあえず一筆入れる。しかしこの色紙を準備したのは誰だろう。

 その場にいた男子に色紙を回し終わると、ちょうど椎名が取りに来たので訊いてみる。

「コレ、誰が用意したんだ?」

「委員長だよ」

 女子の輪の中でアルバムに書き込んでいる一人を指す。なるほど、委員長なら皆納得だ。

 その後、何人かの女子からアルバムを寄せられて仕方なく書き入れる。こういう物の嬉しさが俺にはよく分からんのだが、言っても野暮なので心の内に秘めておくべきだろう。


 そのままなし崩し的に十人ほどの大所帯でファミレスに行くという暴挙をなし、北口に隣接するビルに入っているゲームセンターまで来た。以前水内と通い詰めたのは、紛れも無くここである。

「久しぶりだなぁ。ここ来るの」

「そうだな。すっかりご無沙汰だ」

 クラスメイトは店内に散っていた。景品に張り付く者あり、プリクラを撮りに行く者ありと、それぞれ思い思いに動いているようだ。直紀もさっさと音ゲーマシンの元へ向かって行ったし。

「久々に踏もうか?」

 水内が手振りで指すマシン。以前よくやったDDLだ。

「しばらくやってないけどな。やってみるか」

 モニター前のカゴに荷物を置いてクレジットを投入。軽快なサウンドが懐かしく感じる。

「お。久しぶりに見るね。この組み合わせ」

 水内に選曲を任せていると、椎名に後ろから声をかけられた。

「実際久しぶりだよ。全然やってなかったからな」

 返事をしたところで選曲が終わったようだ。暗転の間に水内もステージに上がる。

 選曲は「Star link」から始まり「Reflecter」、そして「somebody's love」の三曲だった。

 前二曲は比較的テンポの速い曲だった。ラストをこれにしたのは、お気に入りだからなのか。それとも水内自身も息が上がっていたからかもしれない。

 久しぶりのわりには良く動けたと思う。さすがに息は切れたが。

「お疲れ様ー」

 いつも通りに水内と片手を打ち鳴らしてステージから降りれば、椎名が笑顔で迎えてくれた。

「やっぱり鈍ってるなぁ」

「仕方ないだろ。ゲームどころじゃ無かったんだからな」

 近くに設置されている休憩用の椅子に腰を下ろす。水内は鞄からペットボトルを取り出して喉に流し込み、それから俺の方にボトルを差し出した。中身はさほど入っていない。

「飲んじゃっていいよ」

「サンキュ」

 遠慮なく頂く事にする。体を動かした後なので非情にありがたい。

「こうやって一緒に踏むのも最後かな」

「どうだろうな。まだ結果が出たわけじゃないし」

 後期試験も視野にはある。だが出来れば前期で決まって欲しいと切に思う。

 水内は地元I大を受けている。無事合格しても実家暮らしに変わりない。

 だからまたこんな機会があるかどうかは、俺の結果次第なのだろう。

「ま、また機会はあるさ」

 それだけ言って立ち上がり、ペットボトルをゴミ箱に捨てる。

 曖昧に濁した言葉。まだ決まっていないのだから、仕方ない事だ。それは水内も分かっていると思う。


 それからひとしきり遊んで、解散の運びになった。もっとも途中抜けていった者もいるので、最後までいたのは五人だけだった。

 内三人が同じ電車、俺と逆方向だというのはたまたまだろう。

 そんな三人を見送ったところで、俺の電車までは少し時間が空いていた。少し前なら単語の復習とか思っていたが、とりあえずその必要は無くなった。

 以前はよくあった待ち時間。まさか今日こうなるとは思っていなかったが。

「水内」

「ん?」

 いつものようにコンコースの端に寄り、水内に話しかける。

「ありがとな。色々気を使ってくれてさ」

「な、何よ? 突然」

「色々世話になったからな。正月の件も含めて。いちおう言っておこうと思ってな」

「あれは、あたしが勝手にやっただけだし」

 横を向く水内。らしくもなく照れているのか。

「それでもだ。あのままだったら、ずっと向き合う事がなかったかもしれないからな」

「まさか。あんたはそんな中途半端な事しないでしょ?」

「そのつもりでも、先輩が逃げたかもしれないからな。先輩が俺と連絡を取っていなかった事は知ってたんだろ?」

「そりゃ、まぁ」

 水内のトーンが落ちる。思うところがあるんだろう。

「ああ見えて、結構弱腰なところもあるからな、あの人は」

「それは……先輩も女の子だって事よ」

 今度は呆れたように言われてしまう。

「例えばさ、駒木」

「ん?」

 一度視線を伏せた水内が、ゆっくりと顔を上げる。

「あたしがあんたの事を好き、って言ったら、どうする?」

「……え?」

 上目遣いで問われ、小首を傾げるしぐさ。はっきり言って水内らしくはない。まるで別人の様な顔つきだ。

 が、すぐににやっと相好が崩れた。

「どう? 少しはドキっとした?」

「な……お前なぁ」

 嵌められたと気付き、思わず大きく息を吐く。

「女の子は色々な顔を持ってるものよ。もちろん先輩も。強く出たり弱く引いたりも駆け引きのうち。少しは勉強しなさい」

 水内はそう言いながら手で顔を扇いでいる。心なしかその顔も赤い気がする。

「ったく、まさかそんな事をするとは思わなかったわ」

「相手があんたじゃなきゃ、こんな事しないわよ」

 さらりと言われて、逆にこちらが返答に窮してしまう。

「ん? どした?」

「いや、何でもない」

「そう。ならいいけどさ」

 水内は扇いでいた手を握り、軽くこちらに突き出した。

「明日葉さんの事、きちんと捕まえておいてね。よろしく」

「ああ。分かった」

 俺も右手を握り、いつかそうしたように軽くぶつけあう。

「そろそろ時間だね。それじゃ、また明日!」

「ああ。またな」

 水内と別れて改札を抜け、車両へと乗り込む。

「また明日、か」

 その言葉も、もうしばらく聞けなくなるのかもしれない。明日別れる時は、またいつか、という事になるんだろう。

 流れる景色を見つつ、三年間早かったとしみじみと思う。

 スマホを持つ右手が目に入る。

 さっきの水内の表情にはドキリとさせられた。普段快活なあいつだから、尚更そのギャップが大きかった。

 三年間、なんだかんだと過ごしてきたが、あんな表情を見た事は無かった。それもあいつが持つ女の子としての一面なのか。

 結局、空に浮かぶ月の様に、その学校での一面しか知らないのかもしれない。

 それでも、あいつには感謝の思いが大きい。

 そしてまた、一緒に踊れたら。

 その機会だけは、絶対に作りたい。そう強く思った。


 翌日卒業式も快晴に恵まれた。本当にありがたい事だと思う。

 小中高と三度目の卒業式だが、やはり感慨深いものだ。さすがに泣きはしないが、その気持ちは昔より分かる気がする。

 式はつつがなく進行し、予定通りに閉会した。その後教室で証書を受け取り、担任の訓示を経て、やっと実感が湧いてきた。

 卒業宣言と同時に教室が喧騒に包まれる。この教室ともお別れという事か。そう思えば寂しくもなる。

「駒木ー」

 呼ばれて振り返れば、水内が手招きをしていた。証書の入った丸筒を手にそちらに向かえば、水内のそばでは椎名が泣いていた。

「今月中に皆でご飯行こうよ。結果出てからさ。まぁ色々忙しくはなっちゃうと思うけど」

 いきなりの提案に少々面食らう。その感傷をぶち壊す提案はどこから出てきたんだか。

「だから詩織。これっきりじゃないってば」

 水内が椎名を諭すというレアな場面を見て、やっと合点がいった。

「いいぜ! せっかくだ。派手にいこうじゃないか!」

 勢いをつけて、隣にいた直紀の背中を叩く。水内はそんな俺を見て笑い、椎名の方へ向き直った。

「ほら、駒木も来るってさ」

 椎名が涙声でありがとうと言っているのが分かった。学年屈指の実力者たる椎名のそんな姿に、こちらも思わず涙ぐみそうになってしまう。

 それを周りで慰める水内をはじめ女子の皆。ほんと、このクラスで良かったと思う。


 その後椎名は落ち着きを取り戻し、クラスメイトは三々五々と教室を後にしていく。俺もスマホにメッセージが届いたのを確認して、教室を後にする事にした。

「それじゃ、またな!」

「おう!」

「またね!」

「連絡するわー!」

 残っていたメンバーからの声を背中に受け、校舎を後にする。校門まで来ると、姉貴が校舎を見上げて立っていた。

「お疲れさん」

「ああ。サンキュ」

 姉貴は俺の卒業式にかこつけて、久々に緑翠に来ていた。式が終わった後、校内を見て回っており、俺はそれが終わるのを待っていたのだ。

「んじゃ帰るよ」

「ああ」

 返事をしてもう一度だけ校舎を見上げる

 さよなら。そして、ありがとう。

 自分だけに聞こえるよう小さくつぶやいて、俺は姉貴の後を追った。


***


 月をまたげば、環境も変わる。

 四月の暖かな陽気に包まれた日中に、俺は大学の門をくぐった。

 前情報通り特に咎められる事も無くすんなり入れた事に、ひとまず胸をなでおろす。

 ポケットからスマホを取り出し、あらかじめ調べておいた学内の地図を見る。まだ全く地理情報が頭に無いのだから仕方ない。

 スマホを見つつ足を進める。が、すぐに学内の案内板を見つけてそれをチェック。目的地を確認して再び足を動かした。

 これからここで過ごす事になるのだから、場所も覚えないとならないな。

 その辺を見つつ歩くうちに、目的地へとたどり着いた。大学図書館。建物上部に英語名があるので間違いないだろう。

 その入り口から左方向。駐輪場の向こう側。

 その方向に足を進める。少し木陰になったそこにベンチが――。

「待ってたわ」

 そのベンチからゆっくりと立ち上がる女性。ミディアムのワンレングスに、今日はパーカーとデニムというラフなスタイルだ。

「お待たせしました。先輩」

「ええ。待ちくたびれたわ」

 そう言いながら麻倉先輩は手元のトートバッグに文庫本をしまい、バッグをベンチに置いた。

 その凛とした立ち姿は、一年前よりも大人びて見える。

「本当に、追いついたのね」

「そう言ったはずです」

「だって、全然連絡くれなかったじゃない」

 少しすねた様な表情。この人はこんな表情もするのか。

「すいません。色々忙しかったんです」

「色々、ね」

 何とかN大の合格を掴めた事は、まさに僥倖と言っていい。センター試験の自己採点は、決して余裕のある数字では無かったのだ。だからこそ二次の小論文が大事で、一日中作文漬けのような時間も過ごしてきた。

 合格が決まった後は、入学手続きや一人暮らしの住まい等、諸々の作業に忙殺され、またその合間を縫ってクラス有志の食事会なんかもやっていたので、春休みなのに休みという気があまりしなかった。

 ちなみに水内も椎名も、直紀も無事に第一志望に合格していた。 そして食事会にて、クラスメイトに先輩との関係を暴露されるという目に遭わされた。主犯はもちろん水内なのだが、これについてはいつかリベンジをしたい。

 まぁおかげで食事会が盛り上がったのも事実なので、そういう意味ではグッジョブだと言えたが、さすがに内心は複雑だった。

 先輩への合格メッセージが遅くなったり、引っ越しの日程などの連絡がギリギリになってしまったのは、そんな事情があっての出来心だった。本人には言えないが。

「でも、本当なのね。あなたの二年の時の偏差値から考えたら、相当厳しかったと思うのに」

「いや、現実厳しかったですよ。ほんとギリギリです」

 薄氷を踏む思い、と言うのだろうか。結果発表の時は本当に不安で仕方なかった。

「でも、やっと届きました」

 間を一歩詰める。

「なんだか、ずいぶんと大回りをしてきたような気分ね」

「大回りと言いますか、迷走と言いますか」

 思わず苦笑いが漏れてしまう。

「環境が変わる時ですから、仕方ないと思いましょう」

「また三年後があるわよ」

 それはまた先の話だ。まだ始まってもいないというのに。

「んじゃ三年後に備えて、これから動けばいい」

 また一歩。

「あら、私を捕まえるつもり?」

「その通り。水内からも頼まれてるんでね」

 半歩。これであの城址公園の時と同じ、ともすればすぐに引き寄せられる距離。

「そう。みのりが……。あの子にも悪い事をしたわね」

 先輩の視線が下に落ちる。先輩は先輩なりに、あいつに対して思うことがあるに違いない。俺よりも長く深い付き合いなのだから当然だろう。

「明日葉さん」

 俺の声に先輩の、明日葉さんの視線が上がる。名前で呼んだのは初めてのはずだ。

「俺は、あなたの事が好きです」

 ただ真っ直ぐに。シンプルに。飾った言葉など、今は要らない。

「駒木君……」

「俺の隣に、いてくれますか?」

 喉が張りつく。その視線を外さずに保つだけで精一杯だ。

「まさかそんな直球でくるなんてね」

 先輩はやわらかく微笑み、その場で反転し背中をこちらに向けた。

「おっと」

 そしてそのまま背中を俺に預けてくる。支えたその肩は思った以上に小さく、やわらかい。

「こんな風に重いけど、大丈夫?」

 首を捻り、横目にこちらを見てくる。こすれた髪がちょっとくすぐったい。

「いや、全然軽いよ?」

 今度は胸に後頭部が当てられる。肩で支える事が出来ず、後ろから抱きしめる形になってしまった。

「悪くないわね」

 そんな事を言われても。ここは図書館のすぐそばだ。木陰だから遠目からは分かりにくいが、近くを歩けばすぐに気付かれてしまう。

「ちょっと、この場所ではマズイんじゃないですか?」

「あら、他の場所ならいいわけ?」

 そういう意味では。ん、他って何処を指しているのか。

 戸惑っているうちに、明日葉さんは体を離してバッグを肩にかけていた。

「冗談はこれくらいにしましょうか。それじゃ、行きましょう?」

 相変わらずのペースである。ほんとこの人らしい。

「何処へです?」

「あなたの家。それよりも私の部屋の方がいいかしら?」

「はい?」

 いきなりの展開に頭が付いていかない。

「え、いきなり何で」

「合格と引っ越し祝いに、ご馳走してあげようかと思ったのだけど?」

 してやったりの笑顔である。思わずため息までこぼれてしまう。

「どちらでもいいですよ。きちんとデザートまで付けてくれれば」

「あら。それは頑張らなくちゃならないわね」

 何を頑張るのか、などとは怖くて訊けない。

「大丈夫よ。ここ一年きちんとやってきてるから。さすがに母親みたいに、とはいかないと思うけれど」

「いや、そこは心配していませんが」

 本当にどこまで本気なんだろう。まぁそれを探るのも楽しいのだが。

「そういえば、あなたの家はどっちになるの?」

「地図で言えば西側ですね。スーパーが少し行った所にあるんですが」

「ああ。分かったわ。スーパーを挟めば、ちょうど反対側くらいかしら」

 明日葉さんは遠い目をして距離を考えている。まだこちらの地理を把握していない自分にはさっぱり分からないのだが。

「じゃあそのスーパーに行きましょう。どちらにするかはそれからで。どのみち、道筋を覚えておいて損はないわ」

「ま、それもそうですね」

 同意をし、二人並んで歩き出す。見える景色全てが新鮮なのは当然の事だ。

「きちんと道具や調味料は揃っているのかしら?」

「最低限はあるはずですが。何があるかは覚えているので、訊いてくれれば教えますよ」

 まだ越してきたばかりなのだ。何があるかくらいは覚えている。

 しかしなんだ。こんな展開は想像もしていなかったのだが。

 大学の敷地を出ても所々に桜の木が目に入る。鮮やかなピンク色はそれだけで目立つ。

「桜、去年は城址公園で見ましたね」

「私は今年も向こうで見たわよ」

 どうやら俺が連絡しない間に行っていたらしい。いや別にそれは自由だろうけども。

「でも本当は、桜より梅の花の方が好きなのよね」

「そうなんですか?」

「ええ。城址公園にも梅の木があるわ。梅の花は散らない、でしょう?」

 なるほど。それはそれで面白い考え方かもしれない。

 形は残ったまま、落ちていく。

「まだまだ知らない事がいっぱいありそうだなぁ」

「そんなの当然でしょう? 知りたいと思うから、一緒にいたい。私はそう思っているわ」

 その通りだ。今までの相手だけじゃなく、これから知っていくのも、またその人なのだから。

「好きよ。駒木君。だから、もっと色々なあなたを見せて欲しい。それが私の気持ちよ」

 歩きながらさらりと言ってのけるのだから、こっちは驚くしかない。だがそれでも、その横顔が赤くなっている事は見逃せない。

「引かないでくださいよ?」

「さぁ、それは分からないわ」

 素直になって照れてみたり、人をいじってみたり、この人は何処まであるのだろう。

 そしてお互いに新しい面を見るたびに、より強く興味を引かれ、惹かれていく。

「さ、行きましょう」

 明日葉さんはそっと俺の手を握り引き寄せる。ふわりと微笑んでみせるその頬は、綺麗な薄紅色に染まっていた。

 その顔もまた初めて見るもので、多分俺も同じようなものだろう。

 でもそれでいい。

 そうやって知るたびに、また新たに湧く思いがあるから。

 そう俺達は、お互いの新しい面を見つけるたびに、また恋が出来るから。

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