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めんこひ  作者: 舞島 慎
四章
17/20

月読(2)

 休みに入っても、時間はあっという間に過ぎて行く。焦りを抑えて問題と向かい合ったり、メッセージで愚痴を言い合って一時的な安心感に浸かってみたりと、やっている事は変わらない。

 スマホの画面上では、色々なメッセージログが流れて行った。

 問題のヒントの聞く声。もう嫌だ、という嘆き節。クリスマスを祝う言葉。クリスマスって何、という現実逃避。新年へのカウントダウン。年末特番の感想。等々上げればキリが無い。

 たまには直接電話で話したりもする。ほぼ気分転換がメインで、中身なんかほとんど無い。だがそんな空っぽの会話がありがたかったりする。追い込みのこの時期に、一人で意図的に頭を空っぽにするのは、案外難しいものだった。

 持ちつ持たれつなところもあるが、付き合ってくれる友人には感謝しきりだ。出来る事は、あいつ等に良い結果が出る事を願う事だけだが。

 まぁ追い込みに励んでいても、大晦日くらいは家の手伝いをしなくてはならない。世間一般で言う大掃除だ。

 といっても大して広くも無く、障子も無い現代住宅では大掛かりにはならない。窓の桟など普段あまり時間をかけていない所を重点的に掃除するだけだったりするのだ。

 今年は昨日のうちに姉貴が帰ってきていて、今は台所で母さんとおせち料理を作っている。家の味が、とかいう話を聞くとなんだか複雑だ。

 窓の桟に続いて、ついでとばかりに自分の部屋も軽く掃除をする。机の周辺は参考書が山積みになっているのだが、どれもこれもと全部使う時期では無いので、整理をしておきたかった。

 息抜きに読んだ文庫本も、その辺に散らばっていた。忙しいとすぐ物を散らかしてしまのは、自分の悪い癖だと分かっている。

 気をつけているつもりなのだが、なかなか直らない。まぁ直らないからこそ癖なのだろう。

「うん?」

 そんな事を考えながら整理していると、机の上でスマホが着信を告げた。英語の参考書を置いてスマホを手に取れば、ディスプレイには水内みのりの名前が出ていた。

「もしもし?」

『あ、駒木、元気ー?』

 端末からは相変わらず元気な声が響いてくる。

「ぼちぼちだな。そっちは元気そうだな」

『えー、あたしが寒いの得意じゃないって知ってるでしょ?』

「そういやそうだったな」

 いや、すっかり忘れていたのだが。

『まぁいいけど。勉強の調子はどう?』

「可も無く不可も無く、てところかな。今日はやってないけど」

 と答えつつ片手で参考書をめくってしまう。

『今は何してたの?』

「部屋の掃除。大晦日だしな」

 正直に答えると端末越しにため息が聞こえた。

『あんたはまた……もしかして、テスト前に掃除がしたくなる、アレ?』

「いや、そんな現実逃避じゃねえよ」

 まだ直前と言うには早いと思う。と言ってもセンターまで残りは二週間ほどだ。正月三が日が過ぎたら体調面も考慮しておいた方がいい時期になる。

「年末年始くらい、息抜きしないとな。正月に自分の部屋だけ修羅場、っていうのも落ち着かないだろ」

『ま、それもそうか。んじゃ駒木は、お正月はのんびり過ごすつもりなんだ?』

「そんなとこかな。もちろん勉強しないわけじゃないが、そんなにがっついてやるつもりは無いな」

 休める時はきっちり休む事。姉貴からもそう言われている。

『んじゃさ、二日にちょっと出てこない? 初詣行こうよ』

「初詣か」

 例年通りなら、地元の神社に二年参りをするだろう。それとは別にお参りに行くかはその年によりけりだ。

 センター試験はI大で受ける事になっている。そう考えればI大があるそっちの神社にお参りをするのは、験担ぎとして悪くないか。

「それもいいな。二日にそっちに行けばいいんだな?」

『そそ。時間は後でメッセージ送るね』

「了解」

『そいじゃ、邪魔してごめんね?』

「気にすんな。んじゃまたな」

『バイバイ』

 通話が切れたスマホを見る。相変わらず元気な奴だ。まぁそれでこそ水内らしい。

 初詣に誘われたのは、三年間で初の事だ、まぁ入試を思えば、神頼みも可能な限りしておきたいところなのは、大半の受験生が思う事じゃなかろうか。

 それに冬休みに入って以来、一度も向こうに行っていない。夏休みでもこんなに間を空けたことは無かった。

 そういう意味でも、久しぶりに出かけるのは楽しみかもしれないな。

 スマホを机の上に戻して本の山に向き直る。何とか綺麗にして年越しを迎えたい。

「やっぱこれかな」

 コンポのスイッチを入れて再生ボタンを押せば、聴きなれたサウンドが流れ始める。いつもの音楽ゲーム曲集、それも歌詞の無いインスト曲ばかりを集めたものだ。

「さてと」

 疾走感あふれるユーロビートを背中に、俺は本の整理を再開させた。


 新たな年は快晴で幕を開けた。願わくば良い一年であって欲しいと思う。

 そんな元日から、俺は姉貴の酒に付き合わされた。結果的に参考書のページをめくる事が出来なかったのだが、そんな日は果たしていつ以来だったろうか。

 明くる二日。時計の針が十二時を回ってから俺は家を出た。ダウンジャケットにマフラーというスタンダード冬装備に身を包み、通い慣れた通学路を通り駅へと向かう。

 街を歩く人の数は予想よりも多く、それは駅も電車も同様だった。それでもラッシュに比べれば大した事は無く、アプリを開いて英単語を確認する余裕は十分にあった。

 だが久しぶりに降り立った高校最寄の駅の混雑振りは、予想を越えていた。コンコースでの待ち合わせという事になっているが、場所を変えた方がいいかもしれない。

 電話をしようと手が動いたが、もしバスの中ならば迷惑になると思い、代わりにメッセージ作成画面を開いた。

 さして説明もいらず、時間も潰せる場所。やはりあそこだろう。

 シンプルなメッセージを作成し迷わず送信をタップ。完了の表示を確認してスマホをポケットにしまい、混雑するコンコースに足を踏み入れた。


「あ、いたいた」

 背中から声をかけられて振り向けば、ニット帽にダッフルコートをまとった水内が立っていた。足元のブーツが少し意外か。

 水内の私服姿を見るのは久しぶりな気がする。前に見たのは、いつだったか。夏休み、いや、秋の連休だったか。

「もしかして、結構待ってた?」

「いや、それほどでもないな」

 返事をしつつ読んでいた本を戻す。やはり時間を潰すのは本屋に限る。続きを読みたくなるのだけが問題か。

「とりあえず、明けましておめでとう、かな」

「ああ、おめでとう。今年もよろしくな」

 本屋で新年の挨拶というのは初めての経験かもしれない。

「そういや、他誰か来るのか?」

「いんや。詩織に声かけたんだけどね。無理だって言われちゃった」

 まだ新年も二日だ。親戚付き合いとか予定もあるのだろう。

「別に今日じゃなくてもよかったんじゃないか?」

「明日はあたしがダメなのよ。どうせなら三が日に行きたかったし」

 そんなもんか。まぁ別に構わないが。

「んじゃ行きますか。で、どこの神社?」

「もちろん八幡様に決まってんじゃん」

 断言をされた。この街に住む人にとってはそれがデフォルトなのだろうか。

「俺は場所分からんから、案内は任せた」

「ん」

 水内に促されて本屋を出る。商業ビルのテナントだけあって、一書店でも初売りに合わせて店を開けていた。時間を潰すのにはありがたいが、初売りの恩恵があるのだろうか。

 それでもキャラクター文房具を詰めた袋をお年玉袋と称して売っているあたりに商魂を感じたが。

 ビルを後にして街へと歩みだす。いちょう通りとは反対方向に進み、一本川を越えれば、地元民言うところの旧市街になる。

「元々こっちが街の中心だったんだって。国道、昔の街道の宿場町だったみたい」

「だから古い建物も多いのか」

「保存運動とかしてるみたいよ。あたしはこっち側に住んでないから、よくは知らないけどさ」

 曲がり角から先を覗き見れば、土蔵の様な建造物も見受けられる。

 三年通っていても旧市街に来た事はほとんど無い。用事の大半はいちょう通り沿いや駅周辺で済んでしまうのだから、当然と言えば当然だ。

 雑談を交わしながら足を進める。他愛無い話をするのも久しぶりだ。

 そうやって歩いて行くにつれて、人の数も増えていく。参拝客というのなら、境内で並ぶ必要もあるかもしれない。

 立っているだけ、というのは寒いので、出来れば勘弁して欲しいのだが。

 そんな俺の予想に違わず、鳥居をくぐり玉砂利を踏みしめたところで行列の最後尾に付く事になった。

「三十分くらい、かな」

 慣れているのか、水内の口から予想時間が聞こえた。

「コーヒーでも買ってくればよかったかな」

 境内は木々に覆われているために日差しが弱い。歩いている時はそれほど寒いとは思わなかったが、日陰で立ち止まっている状況では足元から寒さが上ってくる。

「ま、ゆっくり待つしかないね。焦ったからって、大吉は出ないでしょ」

「いや、売り切れる可能性も」

「無いでしょ」

 バッサリである。いや本当にあるとは思ってないが。


 寒さに耐えながら待つ事二十分強。やっと拝殿前までたどり着いた。

 財布から小銭を出して賽銭箱に投下する。二礼、二拍手。

 そして一礼。ゆっくりと頭を上げて拝殿前を後にする。

「よし、次はおみくじかな」

 先を歩く水内について行けば、あったのは自動頒布の機械ではなく、みくじ棒が入った筒だった。棒に書かれている番号のおみくじを巫女さんが棚から取ってくれるという、昔ながらのスタイルがこの神社では取られていた。

「さてさて、どうかな?」

 そんなみくじ棒を引き、おみくじを頂く。少し離れて開けば、中に書かれていたのは「中吉」の二文字。ふむ。悪くは無いのではなかろうか。

「駒木は何だった?」

「中吉。そっちは?」

 広げた用紙を見せながら答えれば、水内も自分のを広げて見せる。

「吉だった。なんか中吉の方が良さそうに聞こえるよね?」

「そう言われればそうかも。でも吉の方が良いんだろ?」

「ここのはそうだったと思うけど」

 それよりも中身だ。特に学業については良くあって欲しいが。

 しばし黙読。

 うん。まぁ下を向いても仕方ない。前向きに行こうじゃないか。

「どうする? 結んでく?」

「そうだな。持ってても仕方ないし、結んでいこう」

 おみくじの本文にはコメントせず、すでに多くのおみくじが結ばれた縄に自分のを結びつける。

 願わくば良い縁と結ばれん事を。

「よし。出来た」

 水内も結び終わった模様。今日のメインは済んだという事だ。

「さすがに寒いね。ね、甘酒飲まない?」

 水内が指差したのは、境内の隅にあるテントだ。的屋の露店と並んでいて、半纏を着ている人たちが甘酒を売っていた。

「地元の酒屋さんなの。あのテント」

「だから酒瓶も並んでいるのか」

 もしかしたら神社にお神酒を奉納しているお店なのかもしれない。地元付き合いの一環というところか。

「行ってくるから、ちょっと待ってて」

 そう言って水内は歩いていく。テントにはそこそこの行列が出来ていた。そしてその行列は日陰だ。

 もしかして俺に気を使ったのかもしれない。寒いのは同じだろうに。

 その気遣いは素直に受け取っておくか。後で甘酒代分、何かおごってやろう。

 スマホを取り出してメッセージをチェックするも、一日遅れのおめでとうメッセージが来ていた程度で、特筆すべきものは無かった。

 スマホをポケットにしまい視線を上げれば、参拝を待つ人の列は相変わらず続いている。

 さっきまで自分が並んでいて何だが、こういうのも日本人の律儀さを表しているのかもしれないな。いや、他の国での参拝風景を見た事があるわけでは無いが。

「お待たせー」

「サンキュ」

 水内が両手に紙コップを持って戻ってきたので、その片方を受け取る。湯気が立ちのぼる中身は熱そうだが、紙コップは熱くない。耐熱仕様なのだろう。

 慎重に口を付けてゆっくりとすすれば、温かく甘い味が口の中に広がっていく。

「麹の甘酒なんだな」

 酒粕のを想像していたのだが、紙コップにはお米の粒が浮いていた。

「あたしはこっちの方が好きだけどね」

「甘酒自体めったに飲まないからなぁ」

 ゆっくりと飲み進めていけば、徐々にお腹の中から温かくなってくる。

 舌に張りつく甘さ。また別な飲み物が欲しくなるのだが、それよりも空腹感が出てきた。

 日頃より遅い朝食に食べた雑煮が胃に重かったので、お昼を食べずに家を出たのだが、甘酒によって胃が刺激されたようだ。

 だが露店という気分でも無かった。駅まで戻ってから考えるとしよう。

「ごちそうさまでした」

 俺よりも慎重に飲んでいた水内から紙コップを回収し、自分のと合わせてゴミ箱へと捨てる。それから行列に逆らう様に境内を後にした。


 来た道を戻り駅へと向かう。歩き始めれば寒さも幾分かやわらかい気がする。

「駒木はさ」

「ん?」

「やっぱり、地元から出たいと思うの?」

 前を向いたままの視線。その声色はいつもより低く感じた。

「一人暮らしをしてみたい、というのはあるな。かと言って自分に生活力があるかと言うと、自信は無いけどな」

「料理出来たっけ?」

「調理実習で包丁の扱いが怖い、と言われた事はある」

「いや、それダメでしょ」

 間髪を入れずに突っ込まれた。

「中学の頃の話だ。今はマシになってる、と思う」

「うーん。見たいような見たくないような」

 決して人に見せられるレベルじゃないと自覚してます。

「ま、それはそれとして、出て、見てみたいと思うぞ。ここではない所をさ」

 行動範囲は年齢が上がるにつれて広がってきた。小学校の頃は住む町の一区画だけが世界だった。中学に上がると、それは町全体に広がり、高校では町をまたいでその範囲を広げてきた。

 大学に入れば、それは一気に広がる。様々な制限や垣根が低くなり、望むなら国内だけでなく国外すらも視野に入れられる様になる。

 その広大な世界の中に、自分が興味を示すものがどれだけあるのか。

 新しい本のページをめくる様な高揚と緊張。それに憧れないなんて、言えない。

「そっか」

 水内は軽くうなづいて、コートのポケットからスマホを取り出した。

「ごめん。ちょっと返信するね」

 歩道の端により、ついでに自分のスマホもチェックする。これといってメッセージは無し。

「ごめんね。行こうか」

「おう」

 スマホをしまい歩き出す。一つ角を曲がれば、旧市街との境でもある橋がすぐそこに見えた。

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