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めんこひ  作者: 舞島 慎
三章
14/20

風紋(4)

 予想通り夕飯は賑やかだった。姉貴が食卓を共にするのは、八月以来か。

 両親にしても、姉貴が帰省すると聞いたのは一昨日の事だそうだ。突発だったようだが、それでも両親は嬉しそうだった。

 テレビを見ながらのだらだらとした会話。決して嫌ではないが、俺は早々に切り上げて風呂に入り、部屋へと引き上げた。

 そのままベッドへダイブすれば、心地良い眠気が襲ってくる。でもさすがに寝るわけにはいかない。最低限、学校で切り上げた英語の問題くらいは終わらせなければ。

 何とか上体を起こして大きく伸びをする。いくら週末とはいえ、寝るにはまだ早すぎるだろう。

 ベッドから降りて、床に投げ出したままの鞄を拾ってから机に向かう。改めて英語の課題を取り出して机に広げてから、手元のリモコンを操作してコンポの電源を入れた。

 このコンポも元々は姉貴の物だ。姉貴が進学で家を出る時に邪魔だからと押し付けられたのだが、何だかんだと使わせてもらっている。

 いちおう部屋には少し古めのノートパソコンがあるのだが、ネット閲覧と音楽や写真データの整理程度にしか使っていない。

 起動するとついついネットを見てしまうので、勉強する時はコンポの方から音楽を流すのが常だ。

 今コンポから流しているのは音楽ゲームのサントラだ。勉強が主なので音量は抑えているが。

 電子辞書を使い問題を再考する。片方は活用のミスだとすぐに分かったが、もう一つが収まらない。同じ様な意味の連語があるのだろうか。

「ふむ」

 一度電子辞書を閉じ、やはり姉貴から押し付けられた構文集を開く。こういう場合はこちらの方が有用だろう。


 構文集をめくること十数分、やっとそれらしい連語を見つける事が出来た。後ろでは曲が七曲ほど過ぎていった気がする。

「よし」

 これで課題も完了。全く椎名様々である。ジュース一本以上の対価を貰ってしまった気がしてならないが。

 さて、次どうしようか。ここで止めるのも何だかもったいないと思う程度には気分が乗っていた。

「生物、か」

 先日の模試の結果を眺めて確認すべきところを絞り込む。ランゲルハンス島のα細胞、β細胞とか忘れていたし、細胞小器官なんかもあやふやだ。ゴルジ体って何だっけ。

 生物の教科書を引っ張り出して取りあえず流し読みしてみる。暗記科目は語句の確認だけでも違いが出るのだ。分かっていたとしても、もう一度読む事で定着も図れる。

 さっと該当部分を読み直してから問題集に取り掛かる。ルーズリーフに番号と解答を順番に書き込んでいく。

 思いのほかペンが進むのは、後ろで流れているのがユーロビートだから、では無いと思いたい。


「コウ、ちょっといい?」

 軽いノックの音がして扉が開かれた。まだ俺は返事をしていないというのに。

「何か用?」

 ちょうどページの切れ目だった事もあり、俺はペンを置いて姉貴の方を見る。

「邪魔しちゃった?」

「いや、大丈夫」

 そう答えると姉貴は部屋の中に入ってくる。その片手には缶ビールを持っていた。

「相変わらずねぇ」

 大して広くも無い部屋を見渡し、姉貴はベッドに腰を下ろす。そしておもむろに缶ビールのプルタブを開けた。

「わざわざここで飲まなくてもいいだろ」

 そんな行動に思わず突っ込んでしまう。普段この家にはビールは置いていないので、姉貴が買ってきたんだろう。

「母さんがいい顔しないんだもの。別にいいじゃない」

 なら自分の部屋でいいだろうに。と喉まで出かけたが、今更何を言っても無駄だろう。

 俺はため息を吐いて赤ペンを握る。とりあえず採点をしてしまおう。

「アンタも受験なんだね。早いもんだ」

「早いって言われてもなぁ」

 顔を上げず指を滑らせ採点を続ける。うん。正答率は悪くない。

 赤く染まったルーズリーフの上にペンを置き、もう一度肺の空気を押し出す。まぁ今日はこれくらいでいいだろう。

「終わったみたいね」

「ま、取りあえず今日は」

 回転椅子を回して姉貴の方を見れば、変わらずベッドに腰掛けたまま、ゆっくりと缶ビールを飲んでいた。

「飲む?」

 そんな俺の視線に気付いてか、姉貴は軽く缶を揺らしてみせる。

「未成年だぞ」

「家庭内だもの。そう硬く考えなくてもいいじゃない」

「そうかもしれないけどさ。いや、遠慮しとくよ」

「そう」

 再び缶をあおる姉貴。俺も飲んだ事が無いとは言わないが、正直美味しいとは思わなかった。

「それで、何か用があるんじゃ?」

「そうそう。直近の模試の結果、見せなさい」

 何を言い出すかと思えば。まぁ隠したところで意味は無いのだろうが。

「ほらよ」

 手元からファイルを抜き出して姉貴に渡す。どうあがいても現役時代の姉貴には届かない事は自覚しているし、姉貴も分かっている事だ。

「……なるほどね」

 結果を眺めていた姉貴がゆっくりとその視線を上げた。

「N大を受けるつもりなの?」

「選択肢の一つだよ。センターの結果次第だし。I大の可能性の方が高いだろうけど」

「ま、現状ならそうなるか」

 金銭の負担的にもI大が現実的だというのもある。さすがにそれを口に出しては言わないが。

「アンタ次第だけど、まだ十分N大は狙えるわよ。重点的にやっておいた方がいいのはー、そうねぇ」

 挙げられたのは英語の読解と数学だ。もちろんそんな事は自分でも分かっている。

「特に数学はパターンだけ覚えておけば対応できる問題が多いわ。アタシの使っていた本、まだ取ってある?」

「あるぞ。俺はあまり使ってないけど」

 やはり参考にしろと押し付けられた本が何冊も積んである。生憎姉貴ほど要領が良くないので、俺にはさばき切れそうにも無く、そのままになっている本も多い。

 そんな押し付けられて以来開けた事無い数学の参考書を引き抜いて姉貴に渡せば、姉貴はそれをめくって付箋の付いたページを開けた。

「この手の問題は、大体このパターンで行けるのよ。センターならその解法だけで取れるはずよ。他にもあるわ」

 そう言ってまたページをめくれば、やはり所々に付箋が貼ってあった。

「この付箋は、そういうパターンのページにだけ付けてあるわ。後で確認しておきなさい。ああ、場所によってはメモ用紙も挟んであるから、それも参考にしなさい」

 そんな仕掛けがあったとは。姉貴なりの勉強の跡、ポイントの付け方だったのだろう。

「もう少し早く言ってくれればよかったのに」

「いや、まさか開けてないとは思わなかったわよ。見ればすぐ分かるはずなのに」

 言われて口をつぐむ。確かにページをめくってもみなかった俺も悪いか。

「数学はそれで拾えるはずよ。英語はー……まとめたノートがあったんだけど、何処やったかなぁ」

「いや、数学だけでも十分助かる」

 姉貴の真似は出来ないだろうが、使える部分は使いたい。色々思うところはあれど、その優秀さは事実なのだから。

「あと、それとさ」

 俺に参考書と模試のファイルを差し出しながら姉貴が声を重ねる。

「本気でN大行きたいなら、母さん達にアタシからも言っておくけど?」

「姉貴?」

 意外な申し出だった。勉強に関して助言をくれるだけでも珍しいと思っていたのに。

「酔ってるのか?」

「一本で酔いやしないわよ」

 半目で睨まれた。その視線は正直勘弁して頂きたい。

「ま、アンタには迷惑もかけたからね。たまには姉らしい事もさせなさいよ」

「姉らしい、って」

「アンタが窮屈な思いしてたの、知らないわけじゃないのよ」

 姉貴の言葉に、俺は思わず息を飲む。

「それでもアンタはアタシに文句一つ言わなかった」

「……いや、言ってたと思うが」

「それはアタシが押し付けた片付けとかでしょ?」

 そういえばそうかもしれない。

「アンタは小さい頃から物分かりが良いって言われてたしね」

「姉貴は神童扱いだっただろうに」

「今はアンタの話よ」

 ピシャリと封される。その辺りは相変わらずだ。

「家族の事だからさ。無関心、無関係ってワケにもいかないじゃない」

「余計なお世話だ」

 綺麗事。姉貴の外面。

「そんな事分かってるわ。ただアタシが言いたいのは、アタシのせいでアンタの選択肢を狭めたくない、って事よ」

 姉貴はまた缶をあおる。三年前まで普段は髪を後ろでまとめていたが、今は下ろしたまま。その容姿は見る人が見れば、垢抜けたと評するかもしれない。

「アンタがアタシを目標にしていた事は知ってるわ。そして弟として色々言われていたのも知ってる」

 そういえば、姉貴と差し向かいで話をしているのは、いつ以来だろうか。

「アタシにはそうなった事について謝る気は無いし、その筋合いも無いわ」

「は?」

「アタシの成績が良かったのも、アンタの点数が残念ながら及ばないのも、結局は自分の才覚でしょ。アタシが何かしてアンタの成績が下がったワケじゃないし、アンタが期待される様な空気を作ったワケでもない」

 正論だ。姉貴が俺にそんな意思を持っていなかったのは事実で、責任は勝手に背負った自分にある。

 理屈としては、理解している。

 だから出来るだけ姉貴にそうした思いを出さない様にしてきた。顔を見なくてもいいこの三年は、ある意味で気が楽だった。

「で、何が言いたいんだ?」

 姉貴を睨め付けるが、それで怯む様な人ではない。

「アタシは出られるなら外に出た方が良いと思うのよ。N大の選択は悪くないと思う」

 相変わらず飄々と告げる姉貴。本当にただの意見だけなのか。

「家の事情を気にしてるんでしょ。アンタはつまんない所に気付いて気にするから。別にそんな事気にしなくてもいいのに」

「そんな事って!」

 思わず椅子から立ち上がる。が、それ以上何も出来ず、俺は再びゆっくりと腰を下ろした。

「何? 何か違うところがあるかしら?」

 変わらない姉貴の表情。声。

「姉貴は自由人だからさ。好き勝手やってていいだろうさ」

 姉貴の力ならば、何処でだってやっていけるだろう。周りが放っておかない。そんな人間だ。

「アタシだって色々気を使っているわよ」

「その結果が外面だろ?」

「昔ほど露骨にやってはいないわよ。それも処世術の内でしょう?」

 ダメだ。口で敵うわけがない。昔からそうだ。勝てる事なんて一つも無かったんだ。

 俺は視線を床に落とし、大きくため息を吐いた。

「言いたい事も言わないで済ませる気?」

 投げつけられた言葉。煽りだと分かっている。それでも顔を上げずにはいられなかった。

「姉貴には俺の気持ちは分かんねぇよ!」

 仕方ない事。そんな事は分かっている。

「何でも出来る姉貴に、分かるかよ」

「そうね。分からないわ」

 姉貴はしれっと言い放つ。そしてまた缶を傾けてビールを喉に流し込んでいた。

「家の事情くらい、分かってんだろ?」

「そうね。何年か前の経済ショック以来良くない事は知ってるわ」

 当時、父さんに単身赴任の選択が提示されていた事を、俺達は後になってから聞いた。結果そういう事態になっていないのだが、それでも諸々影響が出ていた事は簡単に予想出来る。

 今現在がどうか、という話は聞いていないが、報道ではデフレが取りざたされて久しく、劇的に改善したようには思えない。

「俺は姉貴と違う。姉貴みたいに優秀じゃないし、これといって目標があるわけじゃない。そんなんで、負担を強いる様な真似なんて、簡単には出来ねぇよ」

 公立高校ではなく、緑翠を選んだ時点で負担をかけている。それも俺の小さな意地でだ。言い換えればそれは単なるわがままでしかない。

 家を出る選択をすれば、それ以上の負担をかける。姉貴の様に全国レベルでの頭脳を持っているならまだしも、自分はせいぜい平均より多少出来る程度の頭でしかない。

 そんな俺には、もったいないだろう。

「そんな言うならI大でいいじゃない。それに納得出来ないワケが、アンタにはあるんじゃないの?」

「ワケ、ねぇ」

 もちろん外に出てみたいという思いはある。地元に愛着が無いとは言わないが、一人暮らしに憧れる部分も少なくは無い。

 だがそれだけでわがままを通すつもりは無かった。自分のレベルがI大と離れているのであれば、こんな風に考えなくても良かったんだろうが、今更それを言っても意味が無い。

 私大という選択肢はずいぶん前に断っている。だからN大を押し通して、もし落ちた場合は浪人する事になる。その場合負担という意味では本末転倒だ。

 N大が十分に見込めるレベルに達せれば、とこれまで頑張ってきたつもりだ。だが現実はそんなに甘くは無かったという事。

 それも全部、あの人の存在があるからか。

 春の段階では、あまりに不確定で曖昧な未来。夏になり、おぼろげに形が見え始めてきて、今その形を見定めようとしている。

 漠然としていたものに、手が届く可能性がある。もちろんそのために負うべきリスクは存在する。

 その可能性というわがままに、俺は手を伸ばす事が許されるのか。

「……追いかけたい人が、いたんだよ」

 机の上、採点をしたルーズリーフに視線を向け、ただ言葉が滑り落ちた。

「へぇ。アンタがそんな事言うなんてね」

 ゆっくりとルーズリーフを撫でれば、感じるシャーペンとボールペン、消しゴムのカスの感触。ざらつく表面。

「それをわがままだと思ってるワケだ。その学校である理由が、中身じゃなくて人だという事に」

 学びたいものがあるわけじゃない。明確にやりたい事があるわけじゃない。

 当然と思っていた進学という選択。まだ社会に出れるほどの力も覚悟も無いというだけで、消去法かもしれない。

 それでいて、待っているかも分からないただ一人の人物を追いかける。そんな事でいいのか。

「いいじゃない。それで」

 投げかけられた言葉。俺は思わず目を向ける。

「大学を選ぶ事に大した理由なんていらないわよ。アタシだってただ数字で選んだようなものよ。何がしたいなんて三年前は決まっていなかったわ」

 缶をあおる姉貴。どうやら中身が空っぽになったようだ。

「わがままを言えるのは、年少者の特権よ。そしてそれを聞くのが年長者の務め。アタシはそう思う」

 そして姉貴は微笑んでみせる。

「でないと、可能性を潰す事にしかならないから。それに、本当に母さん達が反対するとは、アンタも思ってないでしょう?」

「それは……」

 そうだろう。そんな事は言わないと分かっていた。だからこそ、そう言ってはいけないと思っていた。

「ちょっと話変わるけど、来年アタシは院試を受けようと思ってる」

「インシ?」

「大学院試験。就職を先送りにして、大学院に行く事よ」

 大学院。少なくとも自分にそんな発想は無かった。

「さっき母さん達と話してきた。好きにしろって言われたわ」

「姉貴……」

 姉貴の優秀さは親にとっても自慢だ。それを吹聴するような親ではないが、姉貴の希望なら聞くだろう。

 さきほどの言い分からすれば、これは姉貴のわがまま、という事なのか。

「だからといって、それがアンタの自重する理由にはならないわ。そんな心配で悩むくらいなら、直前まであがく方が現実的じゃないかしら。それにアンタの事だから、奨学金だ何だと調べてはいるんでしょう?」

 お見通しという事か。それはそれで保険の様なものだ。前提となる学力が追いついていれば、交渉の材料になると考えていたのだ。

「やってみなさい。落ちたら落ちたで、それは一つの経験よ。アンタまでアタシの様に良い子ぶる必要はないわ」

「ほんと、言いたい放題だな」

「いつまでもアタシの影を追ってられてもね。コピーじゃあるまいし。それに」

 姉貴は口角を上げて続ける。

「アンタが執着する人がどんな人か、気になるわね」

 その表情と言葉に、俺は思わずため息を吐く。そんなところが似ているというに。

「誰だっていいだろうに」

 姉貴にとっては図書委員の後輩にあたる人物なわけで、名前を挙げれば思い出すかもしれない。まぁそこまでする必要も無いか。

「それもそうね。何かあればきちんと教えてくれるだろうし。アンタは妙なとこで律儀だからね」

 何かあったら教えるだろうか。真っ先に姉貴に報告した事なんて……ああ、小さい頃にはあったか。

「人の付き合いは大事ね。だからただの就職先送り進学より立派な理由だと思う。もちろん、その先の道はアンタが見つける事だけど」

 姉貴は立ち上がり、俺の髪をぐしゃと混ぜるように撫でた。

「姉として、アンタの事は信用も心配もしてる。だから、背中を押すのも姉としての務めよ。思うようにしなさい。アンタが決めた事を、アタシは応援するわ」

 それが言いたかった事なのか。姉の表情はどこかほっとしているように見えた。

「慣れない事、すんなよ」

 のせられた手を払いつつも、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 そんな俺の反応に、姉貴はらしくもない苦笑いを浮かべて部屋のドアに手をかけた。

「ま、そんなとこよ。後は、そうね。アンタには感謝もしてるからさ」

「姉貴?」

 どういう風の吹き回しだろうか。

「ま、アタシにも思うところがあるの。それだけよ」

 部屋のドアが開く。廊下の冷えた空気が部屋に流れ込んでくる。

「冷えるわね。コウ、ワインがあるんだけど、一緒に飲まない?」

 また誘うのか。ビールを断ったのを忘れたわけじゃあるまいに。

「ワインなんか飲むのか?」

「飲むわよ。安物ばかりだけど。相方が好きでね」

「相方?」

「彼よ。アタシだって恋人の一人くらいいるわ」

「……へ?」

 理解するまでわずかな時間を経て、思わず裏返った声がこぼれた。今日一番の驚きだ。

「そんな意外そうな顔をされると、複雑ね」

 いや、何と言っていいのやら。あの私生活グータラな姉貴に恋人が出来るなんて。いや姉弟間でそんな話をしたこともないし、そんな事を想像した事も無かったのだが。

「その、なんだ。おめでとう、と言えばいいのか?」

「これはこれで、何だかくすぐったいわね」

 そんな事を言われても。リアクションに困ってるのはこっちだと言うのに。

「ま、だからこそアタシは人との付き合いが大事だと思ったワケよ。それでどうする? 飲む?」

 姉貴の隣に立てる人物。そこに興味が湧かないわけが無い。

「少しだけ付き合うよ。つっても、そんなに飲めんぞ」

「オッケー。リビングに用意するわ。片付けたら来なさい」

 姉貴はそう言い残し、部屋を出てドアを閉めた。

 回転椅子を回し、机の上を片付ける。今夜中に開く事は無いだろう。

「姉貴に彼氏、ね」

 姉貴の雰囲気が変わったように感じたのは、らしくない言動だけじゃなかった、という事か。

 しっかし、今日はなんて日だ。椎名にせよ姉貴にせよ、まるで嵐みたいに俺をえぐってくれるもんなぁ。

 それでも不思議と悪い気はしない。申し訳ない気持ちはあるが。

「俺は恵まれてるな」

 つぶやきながらスマホに手を伸ばしてみれば、いつのまにか水内からのメッセージを受信していた。

 他愛無い普段通りのメッセージ。さくっと返信をして机に伏せる。コンポの電源を切ろうとリモコンを手に取れば、ちょうど次の曲が始まったところだ。

「Affecter、か」

 トランスと言われるジャンルの曲でDDLにも収録されている。そういえば最近はご無沙汰だ。

 この曲が終わったら行こう。そう思いリモコンを手にしたまま目を閉じた。

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