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めんこひ  作者: 舞島 慎
幕間(2)
10/20

conflict

 今年も夏の暑さは厳しかった。ゼミのためとはいえ、夏休みに学校に通うのはかなりの労力を必要とした。

 それも受験のためだと分かっている。やれる事をやるしかないという事も重々理解している。

 それでもやっぱりツライものはツライ。合格の二文字だけで頑張れるほど、まだ意識も覚悟も出来上がっていないのだ。

 それでも時間は過ぎていく。なんだかんだと文句を言っているうちに夏休みは終わりを告げ、二学期の幕が上がってしまった。センター試験まで、あと半年を切ってしまっているわけだ。

 改めて言われなくても分かってる。ただ現実感が無いだけ。

 目に見える範囲に無いものは意識しづらい。それは具体的な物もそうだし、近くにいない人もそう。

 それは誰でも同じだと、思っていた。


 手を伸ばし目覚まし時計の電子音を止める。スヌーズ機能付きの時計だが、それに何度助けられたか、もはや数えるのも面倒くさい。

 上体を起こして軽く伸びをする。カーテン越しの朝日からして、今日も朝から晴れているのだろう。

 暑さ寒さは彼岸まで、と言う。週末の連休が明ける頃には涼しくなっているといいけれど。

 着替えて朝食というルーティーンをこなし、鏡の前での最終チェック。ピンで留めた前髪もいつも通りだ。

 髪を伸ばせば、その分お手入れも準備も大変になる。そしてなにより自分に長い髪は似合わない。みのりは鏡を見るたびにそう思っていた。

 もちろん長い髪に憧れが無いとは言わない。明日葉さんの様な髪は憧れでもある。

 でも伸ばしたりするのは来年からにしよう。受験が終わるまでは、髪のお手入れの時間すらもったいない状況になるかもしれない。

「よし」

 チェックを終え、鞄を手に家を出る。最寄りのバス停までは歩いて十分とかからない。

 でも汗はかくんだろうな。気をつけないと。

 みのりは軽く空を見上げて歩きながら、そんな事を思っていた。


「おはよー」

 教室に入ってクラスメイトと挨拶を交わす。いつも通りのやり取り。

「詩織、おはー」

「おはよう、みのり」

 いつもの空気。このクラスもだけど、緑翠に来てからクラスでもめる事もほとんど無く、平穏に過ごせている。中学時代の様にならなくて本当に良かったと思う。

 机の中に今日の用意をしまい鞄を机の脇に引っ掛けると、詩織が声をかけてきた。

「みのり。数学の課題ちゃんとやってきた?」

「ちゃんとやったよー。いちいちメッセくれなくても大丈夫だって」

「いや、前科があるでしょうに」

 詩織に突っ込まれて、みのりはぐっと言葉を詰まらせる。以前課題を忘れて詩織に泣きついたのは事実なので、それを突かれると反論は出来ない。

 いや、だからといっていちいち確認のメッセージを送ってくる必要性があるのか、と問いたいけれど、多分無駄に終わる気がする。

 詩織に軽く手を振って席を立つ。授業が始まる前に行っておきたいところもある。

 そのまま教室の出口に向かうと、ちょうど入ってくる駒木の姿が見えた。

「駒木、おはー」

「うぃっす」

 返ってきたのはなんとも雑な挨拶。でもこれもいつも通りだったりする。

「数学の課題、やってきた?」

「あ? ああ。忘れてないぞ」

 どうやらきちんとやってきたらしい。忘れたのなら盛大に突っ込んであげたのに。

「忘れたのか?」

「やってきたわよ!」

 こっちもか。そんなに信用無いのだろうか、自分。

 とりあえず駒木の二の腕をひっぱたいて廊下へと出る。全く、こちらの気も知らないで。

 用を済ませ、廊下の窓を背にポケットからスマホを取り出す。アプリを起動して指先をスライドさせれば、これまでのメッセージが次々と流れていく。

 目的のメッセージを見つけ指を止める。それは先月明日葉さんから届いた物だ。

 夏休み中に明日葉さんと会う機会があるとは思っていなかった。会ったのはゴールデンウィーク以来だけど、制服から解き放たれた明日葉さんはより大人っぽく見えた。自分なんかとは比ぶべくもない。

「いなければ勝てると思ったけど、甘いか」

 もう九月も後半になる。残された時間は長くないし、その後がどうなるかなんて分からない。

 だから、このままでいい。そう思っていたはずなのに。

 近づく人の気配を感じ、スマホをポケットにしまう。

「いる?」

「ん」

 みのりが差し出した手のひらに、三粒のタブレットが転がされた。ちらりと相手の顔を見てから、それを口に放り込む。

「そろそろチャイム鳴るよ」

「分かってるわ」

 二人同時に教室へと足を踏み出す。

「詩織、ありがと」

 何も言わずにいてくれる友人が、みのりにはただただありがたかった。

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