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戦争の予感

二日後のことである。

 秋宮の負傷のこともあり、第一機動空挺課の隊員たちのたまりにたまった休暇の消費をかねて休暇を二日間とらされその休暇開けの話だ。

 休暇開けの寝ぼけた頭のまま秋宮が出勤すると、事務室では課長の冴島と警察の制服をきた者がいた。

 その二人は事務室内のガラスで仕切られた課長室にいた。

 冴島とわきあいあいと話すその警官の顔に秋宮は見覚えがあった。横浜市警の市警総監の御手洗 将星である。

 秋宮が事務室に入ってきたことに気づいた総監は陽気に片手を上げてこちらを見ると課長室から出てきて秋宮の肩をポンと叩いていった。

「おはよう。やっときたねぇ。待ってたんだよ。ところで他の隊員たちは?」

 秋宮はそのテンションについていけないまま返事をした。

「いえ、僕たちは小学生みたいに集団登校はしないんで。まぁ、時間的にそろそろ来ますよ」

「そうかそうか。ハハハハッ。じゃあ集まってからお話をしような!ハハハハッ」

 相変わらず陽気にそういう彼を横目に自分のデスクに座りいつもどおりに少しの事務仕事を片付ける。

 そうしているうちに二十分ほどが経ち徐々に隊員たちが出勤してくる。

 最後の一人であった伊達が出勤してきて全員がそろうと御手洗は全員のデスクから見えるブリーフィングモニターの前に立っていった。

「はい。今日は皆さんに仕事を頼みにきました。このブリーフィングモニター使わせてもらいますね」

 そういってブリーフィングモニターの横のメモリーチップ差込口にひとつのメモリーチップを差し込むとブリーフィングモニターにある場所の写真が出てくる。

 その写真はリニアトレインの実装に伴い廃線となった地下鉄の入り口の写真であった。

 廃線から十年経つため地下鉄の入り口はほとんどが潰され上からコンクリートなどを流し込まれて道などになっているが、まだわずかに潰されないままシャッターだけが閉められて残っている入り口が横浜市内にもいくつか存在する。地下鉄自体は入り口付近にコンクリートを流し込まれただけで地下鉄自体はほとんど形を変えずに残されている。その地下鉄はホームレスをはじめ、非合法組織や非合法の店などがはびこっている。その理由はすでに廃線となっているために鉄道会社の所有する場所でもなく、警察も賄賂などによってその地域のことについて目を瞑っているという実態などが大きい。そこを知るものの間ではその場所のことを通称シェルターと呼ばれている。

 そして、そのシェルターの実態は第一機動空挺課の面々も知っていたし、第一機動空挺課の全員がそこにプライベートでよく出入りしているということもある。

「で、その非合法組織の温床に市警総監様がなんの用で?」

 伊達がそう聞くと御手洗が答えた。

「いやぁ。別に非合法組織の温床を完全に潰したいとは思っていないんだよ。だがどうしても潰したい麻薬組織がひとつあってねぇ」

 義体化が進む世の中で麻薬というのもおかしな話である。その理由は麻薬や覚せい剤などはアルコールと同様にナノマシンが高速分解されるからである。仮に麻薬などを吸ったとしても脳に影響を及ぼすまもなくナノマシンに分解されるためである。

 だが、近年混合型合成麻薬と呼ばれるものが出回っていることを隊員たちは知っていた。

 混合型合成麻薬というものは主成分は従来の麻薬などと変わらずマリファナや覚せい剤を主成分としているがそれとともにナノマシンの分解を一時的に停止させるアンチナノマシン薬が混合された麻薬が混合型合成麻薬で、通常の麻薬の値段の倍の値段はするものの、ナノマシンを体に入れていても麻薬ができるということで一部の人間には非常に人気のある麻薬である。

「その組織は大本をシェルターに持っているんだけど、最近シェルターだけじゃ飽き足らずに地上で活動する暴力団とかにも売買するもんだからもう流行っちゃって流行っちゃって。部下たちが売人のチンピラしょっ引いてきたりするんだけど大元潰さないともう話にならんのよ。シェルターで好き勝手やってくれる分には規模が知れてるから僕も目をつぶるけどあそこまで大々的にやられるとさすがに見逃すわけにはいかんのよ」

 そういう御手洗に対して佐伯が口を開いた。

「そんなんあたしたちに頼まなくたって、そっちの警官使えばいいじゃん。私たちは別に仕事だから喜んで受けるけど、そっちはお金かかるでしょ?しかもそこそこ高いでしょ。うちの報酬」

 そういわれ少し困った表情で返す。

「いや、たぶんああいうところを利用してるだろう君たちは知ってると思うけど、警官は買収されてたりするからあんまり使えないんだよ。僕がやろうよって会議で言ってもこぞって買収された幹部がそりゃだめですよぉなんて言って検挙に反対されちゃうのよ。困ったもんでね。権限あっても幹部が首を縦に振らんもんだからさぁ。で、君たちに依頼したのよ」

 秋宮は警察内部の腐敗にあきれながら総監ともあろう彼がまだ腐っていなくてよかったと胸をなでおろした。

「まぁ、そういうことだ。御手洗とは関係あるから無下にもできん。警察用の強化外骨格パーツとかまわしてもらうときは御手洗経由だからね。どうか課長の私からも頼むよ」

 冴島がそういって頭をペコリと下げ、続いて御手洗も頭を下げた。

「別に頭を下げてもらわなくても、請けますよ。とりあえず、御手洗さんは組織の資料とかを僕たちにくださいね。早ければ今日にでも取り掛かり始めますからね」

 そういうと御手洗は言った。

「うん。資料はこの今挿されているメモリーチップに入っているからみんなで勝手に閲覧してね。僕はしばらくは毎日ここに来るから」

「わかりました。じゃあ、困ったことがあればいいますね」

 御手洗が何も言っていないが頼みごとをすること前提に秋宮は言った。

 その後、御手洗は冴島と少しばかり用事があるからといって事務室を出て行こうと扉へと向かい、扉を出る際に言い忘れたとばかりに言った。

「ああ、そうそう。捜査権限は警察の捜査本部レベルで与えてあるから。あと、取調べとか必要ならそちらで拘置してもらって構わんからね」

 御手洗がそう言い残して出て行くと、秋宮はブリーフィングモニターに挿されているチップのデータを自分のパソコンから閲覧する。他の隊員も同様に閲覧していた。

 その資料すべてに目を通すのは一時間ほどの時間を要し、それを読み込んだ後、秋宮はブリーフィングモニターの前に立った。

「よし、今回の仕事はちょっと長いぞ。まずは簡単に組織の全貌と受け渡し方法などを探る。それがわかり次第対策を練ることにする。とりあえず、今日と明日はそれを探るぞ。探るときにはEMS社のことは隠せ。あからさまに隠す必要はないがあまり知られたくはない。全員拳銃とナイフを持っていけ。必ずツーマンで探る必要はない。効率よくいこう。シェルターは広いから各自の勘でいくぞ」

 そういうと隊員たちはいつもどおり身抜けた返事をして席を立った。

 更衣室に向かうと、秋宮はジャケットを着てショルダーホルスターに大きさが隠すにはちょうどよい富岡工業の最新型の拳銃であるR3を装備する。R3は150年以上前に作られているコルトガバメントM1911をモデルにしており、パーツも共通のものが多い。モデルにしているとはいえど最新型の拳銃でモノ自体は最新技術の結晶といえる。R3とポケットに折りたたみ式のナイフを入れて更衣室を出た。普段であれば他の隊員を待つのだが今回の仕事は単独であるほうが情報収集の効率がよい。

 秋宮は駐車場に向かうと自分のバイクに乗り近くのシェルターの入り口がある場所へと向かった。

 EMS本社から一番近い場所の入り口は新横浜にある。街であるため一番早く潰されそうなものであるがそういった場所が案外残っていたりするものである。

 秋宮は新横浜につくと有料駐車場にバイクを止めてシェルターの入り口へと向かう。

 シェルターの入り口には二人ほどのチンピラが立っている。

 秋宮はその二人に話しかけると、チンピラは秋宮のことを品定めするように見ると入り口のシャッターを持ち上げて秋宮を中へと入れる。

 入り口を通るとエスカレーターがあるのだがいかんせん電力供給が止められているためにエスカレーターは動いていないが、天井に設置されているネオンは点いている。

 それはシェルターで商いをする上で電力などは必要となるために、シェルターの住人は自らで発電機をいくつも持ち込みある意味で自給自足の生活をしている。

 そのほかにも水やガスなども配管などをいじって供給できるようにされている。

 シェルター内は地下であるため空気がこもっていて少し空気が薄いが義体である秋宮にはあまり関係はない。生身の人間がくれば酸素が薄いために二時間ほどで酸素が足りないために気持ち悪くなるほどの空気の薄さであるためシェルターで働く人間は義体化またはナノマシンを体に入れている。

 薄暗いそのシェルターの明るさは地上で言う夕暮れほどの明るさである。

 シェルターは駅のホームとなる場所ではもちろん線路の上でも商いをしている。

 そこには拳銃やナイフなどのパーツのほかにも簡単な食べ物などを販売している。

 銃については拳銃を組み立て状態で販売しているがそれは非合法なもので、表向きには実銃のパーツを販売している店という建前である。

 秋宮はなじみの拳銃販売店に向かった。その拳銃販売店は線路の回避所を二つほどつなげて作られている。

 コンクリートを破砕して回避所をつなげた販売店は大きな店で慎重のことなども考えられており、地面も掘られて居住がしやすいようになっている。

 秋宮がその店に入ると、壁には一面さまざまなパーツが置かれている。組み立てられた拳銃やライフルは隠されておかれている。

 秋宮はそのようなパーツには目もくれず、ただ一人の店員のおやじの元へと向かった。

 その親父はカウンターで拳銃のパーツを磨いていたが秋宮の気配に気づくと、拳銃のパーツと整備用品をカウンターに置いて席を立った。

「おう。おやじ、ご無沙汰してたな」

「恵一じゃねぇか。どうした。また整備か?」

 そういって拳銃をよこせというように手を差し出した。秋宮は拳銃の整備に来たわけではないのだがこの際と思いホルスターからR3を取り出して彼に渡した。おやじはR3を受け取るとすばやくR3のスライドをはずし銃身や撃鉄をはずしてそのパーツをさまざまな角度から見てゆがみがないかなどを見ている。秋宮はそれを見ながら本題に入った。

「今日は違うんだよ。実は最近、混合合成麻薬がシェルターだけじゃなくて地上でも流行ってるらしくてな。おやじはなにか知ってるか?」

 するとおやじは手をとめて少し考えると思い出したようにいった。

「地上の話は関係あるか知らんが、最近そういうのが流行ってるって話はよく聞くよ。価格が妙に安いらしくてなぁ。その辺のチンピラでも買えるもんだから飛ぶように売れてるって話は聞くなぁ」

「そうすっか。ありがとうなおやじ」

 そういうと、おやじは拳銃に視線を戻し、パーツを見て組みなおしていき、異常がないことを確認すると彼に拳銃を返した。

「じゃあ、また今度来るから。あと、今俺が聞いた話は誰にも言わないでおいてくれな」

「おう、またこいや」

 そういわれ秋宮は片手を上げて別れの挨拶をすると、店を出た。

 店を出ると、情報を持っていそうな人物の元へと向かう。

 その人物は料金次第でどのようなものでも運ぶ運び屋をしている人物であった。

 運び屋としては非常に優秀な人物で、秋宮も彼に表には出せないものを運ぶ仕事を頼んでいたり、彼の運び屋としての仕事を手伝ったりしている仲で、ビジネスパートナーともいえる人物であるとともに友人でもある。

 その人物はたいていいる場所は決まっている。その場所へと十五分ほど歩く間に、喉が渇きそれを潤すために水を購入しそれを飲みながらその人物の元へと歩いた。その人物の名前は筑波 師鴎という。

 秋宮は彼がよくいる線路の上にトタン屋根や木板を組み立てて作ったバーへとつくと、簡単な扉に入り彼を探した。

 広くはない店内を見渡すが、筑波の姿はない。仕事に行ったかとも思ったが一応店員に聞いておこうと秋宮は思いカウンターへといってその小汚い周りの雰囲気に合わないしっかりとした服装のバーテンダーに聞いた。

「なぁ、筑波 師鴎ってやついないか?関西弁の二十歳ぐらいのやつなんだけど」

 そういうと、バーテンダーの男はグラスを拭く手を止めて店の奥のほうにあるソファーを指差した。そこにはソファーがあるが一見するとカバーがかかっているように見える。

 秋宮は怪しいと思いつつもそこへと向かい、ソファーにかかるカバーを引っぺがすとパーカーを着てズボンはジーパンの男が寝ていた。

 布団代わりにしていたであろうカバーをはがしても起きないその男の頬を二、三度ぺしぺしと叩くと男はしぶしぶと目を覚ました。

 紛れもなくその男こそが筑波 師鴎その人物であった。

「何やねんなぁ。わいは気もちよぉねとったちゅーに」

 達者な関西弁をしゃべりながら目をこすってソファーから起きた筑波は秋宮の姿を見ると幾分か目が覚めたようであった。

「なんや秋宮やんか。なんのようやで?」

「寝てるとこ悪いな。お前に話があってな。一杯おごるから付き合ってくれ」

 すると、筑波はしぶしぶとカウンターに向かって席に座った。秋宮も筑波の隣に座りバーテンダーにお勧めをひとつと言って本題に入る。

「筑波、実はちょっと知りたいことがあってな。実は今混合合成麻薬を追っているんだが、なにか知らないか?」

 筑波は寝癖の着いた頭を搔きながら答えた。

「いんや知らへん。わいが最近した仕事ゆうたら強盗してきた金をそいつらの親玉のところに運んでいくだけの仕事しかしとらん。ヤクなんてワイはしらへんわ」

「そうか、忙しいところわりぃな。またなんかそういう話聞いたら教えてくれ」

 秋宮はそういって酒の金をカウンターに置くと店を出て行った。

 一通りの心当たりはすでに聞いたため、いく当てもなくとりあえず線路と線路の間の分離帯に腰をかけた。

「他にこころあたりもないしなぁ」

 そうつぶやき、ポケットからタバコを取り出して日をつけて一服した。

 シェルター内に知り合いは何人もいるが、麻薬について知っていそうなのは今までに聞いた二人程度だ。他にも知っていそうなものはいるが、銃器パーツ屋のおやじが出回っているということ程度しか知らないのだ。ほかの心当たりに聞いてもおそらくはその程度の答えしか返ってこないだろう。

 後は伊達や佐伯、ソフィアの持ってくる情報に頼るしかないだろう。

(うろうろしてもしょうがないし、帰るか)

 そう一人心の中でつぶやきタバコを足元に捨てて火を消すために踏むと新横浜入り口のほうへと向かった。

 入り口まで二十分ほど歩き、新横浜入り口の階段を上る。階段は狭くコンクリートで囲まれているために足音が響く。

 入り口まで来ると、シャッターを開けてもらうために三回シャッターを叩くと、外で見張りをしているチンピラがシャッターを開ける。

 ガラガラガラと音を立ててシャッターが開き、秋宮はシャッターをくぐって外に出る。

 外に出ると、新鮮な空気のなかで深呼吸をして、バイクを停めている有料駐車場に向かう。

 有料駐車場で経費で支払う際のクレジットカードを使用して駐車料金を支払いバイクでEMS本社への岐路へと着く。

 本社へと到着すると駐車場にバイクを停めて事務室へと戻る。

 事務室に戻るとすでにソフィアが戻ってきていた。

「おう、ソフィア。なにか手がかりはあったか?」

「ええ、一応はありましたよ」

「お、どんな手がかりだ?」

 そう秋宮が聞くと、ソフィアはすでにまとめていたファイルをブリーフィングモニターに送信した。モニターにはいくつかのデータが表示される。

「私が入手した情報はIBTという組織がクスリの主な運用をしているらしいです。後ろ盾にはやはりヤクザがついているらしいですが、どうもそれだけじゃないようで」

「それだけじゃない?」

「ええ、私がもらった情報ではそれぐらいしか入ってこなかったんでその違う組織がどこの組織かまではわからないんです。まぁ、海外の組織であるとは聞いたんですけどね」

「ところで、そんな情報どっから引き出したんだ?」

 するとソフィアは少し話すか悩んだ後、仕方がないというように話を始めた。

「いや、友人に売人の知人がいたようでして。その友人にその売人を紹介してもらいまして。まぁ、最初はやさしく聞いたんですけど、私が体を売るならなんとかって言い始めたのでもっと優しく体に聞いたら教えてくれましたよ」

 秋宮はそれを聞いて状況を理解した。ソフィアは外見こそ小柄で優しそうであるが内面は恐ろしいことこの上ない部分がある。普通女性が「体に優しく聞く」といったらアダルティックな色仕掛けなどで聞くものであるがおそらくソフィアが言った体に優しく聞くというのは色仕掛けではない。この場合の「体に優しく聞く」というのは頭に銃を突きつけて脅して聞いたということだ。

「ソフィアもよくやるねぇ」

「ところで、秋宮さんはなにか情報拾えましたか?」

 秋宮は少しの引け目を感じた。さすがにソフィアの持っていた情報とは情報的価値が違いすぎるためである。

「あーいや。ソフィアに比べたらたいしたことは」

「でも、一応聞かせてくださいよ」

 秋宮は先に話を聞いておいて自分だけ話さないということはできず、しぶしぶ話すことにした。

「俺が聞いた情報はその麻薬はチンピラでも買えるぐらい価格が安く取引されてて、飛ぶように売れてるんだってよ。それが原因で地上にも流れてるんじゃないかっていう話は聞いたよ」

 するとソフィアはなんとなく話がつながったような顔をして手に持っていたボールペンを回して言った。

「海外の組織と麻薬の製作金を折半し、材料をそれぞれで担当をわけることで質はいいけど安価に手に入れられる原材料にアンチナノマシン薬を混ぜるために安く売れるんでしょうかね?」

「まぁ、なんでもいいけど、組織の実態はまだつかめないな。佐伯と伊達がいい情報を持ってきてくれれば助かるんだけどなぁ」

 そういって秋宮は調査報告書を作成を始める。

 それから調査報告書の作成が終わり、弾薬の整備などが終わり暇をもてあまして4時間経っても伊達と佐伯は帰ってこない。

「ソフィア、佐伯か伊達からなにか聞いてないか?」

「いえ、何も聞いてないですよ?」

 ソフィアはきょとんとしてそう答えた。

「あいつらやけに遅くないか?どう考えても軽い聞き込みどころじゃないだろ」

「伊達さんはそのへんでふらついていても、佐伯さんなら事務所のひとつぐらい潰してそうですよね」

 秋宮はソフィアにそういわれて佐伯ならやりかねんと思っていた。

 そうしていたとき、事務室の扉が開いた。

 扉から入ってきたのは伊達であった。

「いやーなかなかいい情報はないなぁ・・・」

 秋宮はそういう伊達に対してすかさず言い放つ。

「そりゃお前がシェルターで主に行くところは大体が風俗だもんなぁ。そりゃおまえクスリの出所にはたどり着かないだろ」

 そういった秋宮に対して伊達は擦り寄って反論した。

「いや、でもな。俺の行きつけの店に聞いたらさ。なんとなクスリをおいてもらえないかって来たやつがいたんだとよ。まぁ、店長がそういうのは全部断る人だから断ったらしいけど、風俗にもクスリが回ってる場所があるとは聞いたよ」

「そうか。まぁ、情報としては新しい情報だな。んで、聞いたついでに女の子と遊んできたのか?」

 秋宮は伊達の首につく甘噛みのあとをみつけてそういった。

「あ、いや、これはその、店長がちょっとって言うから、ほらな?」

 秋宮にはなにが「ほらな?」なのかまったく想像がつかなかったがとりあえず頭を縦に振っておいた。

 そういっているうちに、事務室の廊下付近が多数の足音とがやがやとした喧騒に包まれた。何が起こっているのかと第一機動空挺課の三人が扉に近づいたとき唐突に扉が開いた。

 廊下から事務室に入ってきた人物はいまだ帰ってきていなかった佐伯その人であった。

 その腕は手錠でアタッシュケースとつながれていた。

「おい、佐伯。何事だ?」

 秋宮が心底不思議そうにそういうと他の二人もうなずいた。それに対して佐伯は何事もないような顔で答えた。

「ん?聞き込みしてたら在日中華系マフィアの組織が浮かび上がってね。本活動地まで判明したし偵察してみたら案外ちょろいから一人でやっちゃったわよ」

 秋宮、ソフィアの二人はまさかさきほど話していたことが本当であったなどとは思っていなかったために度肝を抜かれ驚きの表情すらも浮かべる余裕はなかった。

 外では彼女が連行したであろうマフィアが拘置室に連れて行かれるところであった。

「佐伯、お前一言ぐらい連絡してくれたっていいだろうに」

 伊達がそういったが、秋宮とソフィアは佐伯がまじめに仕事を(少し行き過ぎてはいるものの)しているなか風俗に入り浸っていた伊達がそんなことを言うかという顔をしていた。

「一人で十分だったから。下手に応援を呼ぶ手間もめんどくさいし」

 佐伯の意見は的を得ていた。彼ら民間軍事会社社員が犯人を逮捕するには現行犯で捕まえるしかない。応援を呼んでいるうちに現行犯で逮捕できる機を逃せばまた出直さなければならないし、綿密な計画を練らなければならなかったりするものだ。そういったことを考えれば現行犯で逮捕するために一人で乗り込んだことは正しい判断であったといえるだろう。そして結論としては佐伯は怪我も無く麻薬の出所である恐れのある組織を潰したということを考えれば彼女の行動は正しく責めることはできない。

「佐伯、よくやってくれた。とりあえず、彼らを絞るのが一番情報収集としては早いだろう。手間が省けたな。明日はあいつらしごくぞ。今日はもう帰ろう」

 そういうと、秋宮は自分のリュックサックにタブレットとドリンクボトルを入れて帰宅の準備を始めた。

 他の面々も帰り支度を始め、秋宮はそのまま事務室を出て行った。そして、つぎに佐伯が事務室を出ると、最後にソフィアと伊達が事務室を出て行った。

                ※

 翌日。第一機動空挺課の隊員たちはその日、ほとんど同じ時間で通勤してきた。

 全員が通勤し、十分ほど経つと冴島と御手洗が一緒に事務室に入ってくる。

「おはよう。昨日のことはいろいろ聞いているよ。仕事をはじめて一日でよくやるもんだ。うちの若いのより行動力もある。どうせならうちに来てほしいぐらいだ」

 御手洗が朝とはおもえないテンションでそういった。

「ハハハ、やめてくれよ。うちのとられたら俺の仕事がなくなっちまうじゃないか」

 冴島も明るい声でそういう。秋宮たちはこれぐらいの年の男性の話す話にはついていけないと心底思った。

 笑い話をしながら二人は課長室へと入り、しばし歓談にふけった。

「佐伯、そういえば詳しく聞いてなかったが、何人いるんだ?」

 秋宮がそう聞くと佐伯はタブレッドにある調査書類を見て答えた。あいにくその調査書類はまだ提出していないようだ。

「えーと、十三人ですね。ただ拘置した中で取引関係を知っていそうなのは三人だけよ。組織幹部以外は全員おそらくチンピラかやとわれのボディーガード、運び屋だけよ。まぁ、一応全員聴取するけどね」

「じゃあ、チンピラの聴取は伊達とソフィアでやってくれ。俺と佐伯で幹部の聴取をするから」

「了解です。聴取開始は早いほうがいいですよね?」

 秋宮の指示に了解を出したソフィアは確認を取る。

「ああ、お前らのほうは聞くこときいたら終わっていいから全部終わったら聞いたことの事実確認とか頼む」

「了解です」 

 そういって伊達とソフィアは別塔の拘置棟に向かう。事務室には秋宮と佐伯だけが残された。

「佐伯、幹部三人はどういうやつらだ?」

「そうねぇ。一人は薬物取引の幹部でもう一人は資金管理系の役職。それでもう一人が一番大物で、幹部というかボスね。私は資金幹部と取引幹部をやるから恵一がボスの取調べしなさいよ」

 秋宮はその佐伯らしからぬ言動に少し驚いた。

「あ?お前らしくなくないか?捕まえたのお前なんだからお前が取り調べろよ・・・」

「いいの。とにかくあんたに頼んだからへましないでよ」

 そういって秋宮に書類を渡すとデスクに出していたファイルとペンを持って佐伯も拘置塔棟に向かう。

 椅子に深く腰をかけて書類を見るとそこには写真と簡単なプロフィールが書かれている。氏名は土御門 土門というらしく、年齢は三十八歳だと書かれていた。

「はぁ。俺も行くか・・・」

 そうつぶやいて椅子から立ち上がると事務室を出た。

拘置棟は三号棟のすぐ隣に隣接している。

 三号棟を出ると、拘置棟の扉へと向かった。拘置棟はEMS社内でもトップクラスの厳重警備体制である。拘置棟内への扉は正面口の一つしかない。その扉は厚さ7cmの特殊装甲板で作られており、通常兵器ではびくともしないほどである。扉を開けるには警備兵の持つ鍵と暗証番号が二つ必要である。

 秋宮がIDを提示しそれを確認すると警備兵は扉の両脇にあるコンソールに扉を開けるためのキーを差込み同時に回した。

 するとコンソールの赤いランプのうちひとつが緑色に変わりそれと同時にコンソールパネルのふたが開き暗所番号の入力キーが現れる。その暗証番号は7桁あり、毎日4回警備兵の交代の際に毎回ランダムで違う番号に変わる。警備兵が暗証番号を入力するともう一つの赤いランプが緑色に変わり、その重い扉が開く。

 中には数人の警備兵が常に警備をしている。

 受付に取り調べ申請書類を提出すると、受付の兵士はそれをコンピューターに通し、データを確認すると壁にある受話器をとった。

「二十四番房の拘置人を五番取調室へ」

 そういうと、コンピューターから出てきていた書類に「許可」と書かれた赤い判子を押し、それを秋宮に差し出し言った。

「五番取調室へどうぞ。それと厳重拘置人なので聴取内容には触れませんが、出入り口に警備兵を三名配置させます」

「了解です」

 そういうと、秋宮は書類を受け取って五番取調室へと向かう。

 階段を使い、第五取調室のある二階へと向かう。二階に着くと、廊下の一番奥に向かいそこにある第五取調室の金属の扉を開けた。

 第五取調室の中には土御門が手錠につながれて椅子に座っていた。そして部屋の隅には二人の重装備の警備兵が立っており、秋宮が来ることを待っていた。

 取調室はコンクリートのみで不要な飾りはまったくない。窓はなく主に蛍光灯の光だけである。換気のために小さな格子窓はあるがそこから人が出ることは不可能である。

「どうも。外で待っててくれ」

 秋宮は警備兵にそういうと、警備兵は姿勢を正して秋宮に敬礼すると部屋を出て行った。

 民間軍事会社であるため明確な階級などはないが、秋宮の職歴である日本國軍時代の階級が中尉であったと知るものは少なくはないし、社内の上下関係は少なからずある。

 秋宮は部屋の隅にあるテーブルに資料を置くとテーブルの前にある椅子を土御門の前に持っていきそこに座った。

「聞きたいことがあるからおとなしく話してくれよ。一応言っておくがお前は捕虜扱いじゃないために条約には縛られないぞ?いってしまえ名拷問もありだ。許可はとってるからな」

 そういうが土御門の顔色は変わらず、口も動かない。

「そうか、じゃあ聞きたいことを聞くぞ。麻薬の大本はどこだ」

 秋宮は厳格な声でそう聞くが土御門はなにも話さない。

 予測をしていたことではあったし、恐らく長々と聞いても意味を持たないだろう。

 秋宮は椅子を立つと椅子の足の側面を蹴り飛ばし転倒させる。もちろん椅子に座っている土御門は床に叩きつけられる。秋宮は間髪いれずに頭をブーツで踏みつけ相手の動きを抑制する。

「もう一回聞いておくぞ。大本はどこだ」

 土御門は屈辱に顔をゆがめるが答えようとはしない。

 秋宮は足に入れる力をさらに強めて踏みつける。さすがにただ足を乗せているだけではなくなっているため痛みが伴い痛みをこらえるような表情になる。

「このままだと頭蓋骨が割れるぞ?お前は義体じゃないもんなぁ。俺は全身義体だからお前の頭ぐらい割ろうと思えばいつでも割れるぞ」

 そうは脅すものの、その程度ではまだ吐くわけもない。

 秋宮は足を頭からはずしその足で土御門の胸部を蹴り飛ばす。

「ゲハッ・・ゴフッ」

 肺に強い衝撃をくわえられ、呼吸が少々困難になりそういった声を上げた。秋宮は土御門の前にしゃがんで言った。

「俺は別に暴力を振るいたいわけじゃない。情報が知りたいんだ。これだけ蹴り飛ばしておいていうのも遅いかもしれないが、こっちは警察にコネがある。情報を教えてくれれば銃刀法違反や取締り妨害の罪は減刑させるように言ってやれる。つまり、俺の知りたい情報を言えばお前が裁判で裁かれる罪状は麻薬の所持だけになるわけだ。悪い条件じゃないよな」

 そういうと、土御門はその固い口を開いた。

「取り引きに応じよう。何が知りたい」

 秋宮はそれを聞くと、案外楽であったと感じるのであった。

 蹴り飛ばした椅子を元に戻し、土御門をそこに座らせると、再度尋問を開始した。

「じゃあ、まずは大本はどこからだ。麻薬の大本だ」

「大本かはわからないが、私たちが買っていたのはキムとかいう韓国人の組織からだ。そこの組織のことは詳しくは聞いたことがないが流れてきたシャブの量からして相当な組織だろうな」

 秋宮は今までの事件のこともあり、韓国と聞くとうまくつながっているように思うが、考えて見れば、韓国人による麻薬密売というのは前から行われていたことで、別段珍しいことでもない。

「その韓国人がどこにいるかわかるか?」

 そういうと、土御門は少し考えていった。

「わからんが、組織の名前ならわかるぞ」

「なんて組織だ?」

「AKASっていう組織だ。拠点がどこにあるかはわからないが、シェルター内にあることは間違いないな」

 それは麻薬組織を検挙するための大きな一歩を踏み出すための情報であった。大きな麻薬取り引き組織の名前まで発覚したのだ。あとは公安警察にでも依頼すればすぐに所在が割れるだろう。

「ありがとな。じゃあ、後はこっちで司法取引の件はやっておくから」

 そういって尋問室の金属の扉を内側から叩いた。

 ドンドンドン、という音が尋問室に響き、外から尋問室の鍵が開けられる。秋宮が尋問室から出ると入れ違いに兵士が尋問室に入る。

 階段で一階に下りて来た道を戻り拘置棟から出る。

 第一機動空挺課の事務室へと戻るとすでに尋問に行っていたほかの三人は戻ってきていた。

「佐伯はまだしも、伊達とソフィアは早くないか?」

 そういうと、ソフィアがため息をついて答えた。

「いや、あいつらもう。尋問室に入れられたときからブルってて。聞いたことにはすぐに答えてくれて早く終わりましたし、たいした情報知らなかったんですよ」

 秋宮もそれを聞く前から伊達とソフィアの尋問していたチンピラ程度では情報は知らないと思ってはいた。

「こっちはなかなかいい情報取れたわよ」

 佐伯がそういい、それに続けていった。

「資金幹部からは最近この組織の資金が圧迫されていて一発当てたいと急いでいたということ。そして取り引き幹部からは取り引きされたクスリは約15kgほどであったということね。組織の名前はどちらもしらなかったわ。秋宮は?」

 そう聞かれ、秋宮は自分のデスクの椅子に座って報告を始めた。

「こっちは一つだけだが大きいことを聞いたぜ。組織の名前だよ。AKASっていう韓国系の組織らしい」

「また韓国かよ・・・・・勘弁してくれ」

 伊達がつぶやくようにそうもらしたが、それは隊員全員が思っていることであった。

 面々がコーヒーやお茶を飲んだり秋宮に至ってはタバコを吸い始めたりと一息ついたときに事務室の緊急サイレンが鳴った。

 全員がBIを使用して状況を把握する。

 緊急共通通信を聞く限り、横浜駅西口にて自由日本共産党と見られる人物が自爆テロを起こしたらしい。緊急サイレンが鳴ったものの、現場の映像などを見るとすでに警察が駆けつけており、秋宮たちは出動することもないと判断した。

「総員、予備待機。現状での出動の必要はなし」

 秋宮が隊員たちにそう告げると、三人は鍵のかかった棚に入れていた拳銃をホルスターにいれるなどして予備待機の態勢を整えて各人の仕事へと戻った。

「あ、伊達。公安警察に協力を要請しておいてくれ。AKASの実態を探ってくれってな」

 秋宮がそういうと、伊達は片手を挙げて適当に返事をすると、デスクにある受話器を取って電話を始めた。話の内容を聞くに恐らくさっそく公安警察に電話しているのだろう。

 公安警察は警察組織に属するが実態はアメリカで言う中央情報局にあたる組織である。第一機動空挺課は人員が少ないためにたびたび協力を要請することが多い。

 そして、それから一時間ほど事務仕事をしていたとき定時のチャイムが鳴った。そのチャイムは市街地への巡回警備の時間の十分前ということをさしていた。その日の市街地巡回警備の当番は秋宮とソフィアの二名であった。

「ちょっと巡回警備行ってくるな」

 そういいながら秋宮が椅子から立ち上がるとソフィアも仕事を切り上げ、書類をまとめると棚の中に入れて椅子を立った。二人はそのまま更衣室に向かいそれぞれが警備用の服に着替える。常にきている戦闘服の上から防弾チョッキを着て腕章を付ける。右腕にはEMSのロゴの入った腕章をつけ左腕には警備と書かれた腕章をつける。

 着替えが終わると、事務室を出て駐車場に向かい第一機動空挺課の警備巡回用車両のSUVのトランクから21式自動小銃を取り出し秋宮が運転席にソフィアが助手席に乗り込む。21式自動小銃はAK‐12をベースとして作られ弾薬をM4などと同一化した89式自動小銃の後継機で日本國軍をはじめとする政府機関や日本の民間軍事会社などに配備が進められている。

 民間軍事会社にはあまり普及していないが、秋宮が元日本國陸軍ということもあり第一機動空挺課には配備されている。

 二人は運転席と助手席の間にあり、ギアやサイドブレーキに重ならないように設置されているライフルスタンドに21式自動小銃を置くと秋宮は車を走らせた。

 街に出ると、警備区域を適当に車を走らせて怪しい車両などがいないかなどを見回り警備し始めた。

 近年、テロが続発するため警察官だけの見回りでは足りず、警察組織は公認がとられている民間軍事会社に警備を委託している。

 車を走らせているうちに、ソフィアは路上駐車されている黒色のセダンを見つける。

「秋宮さん。あの車。ちょっとおかしいですよ」

 そういわれ、秋宮はそこまで怪しいと思わなかったもののソフィアの勘を信じてその車の後方にSUVを止めてライフルを持って車に近づくと、中には一人の男がいた。その男はタブレットを操作しており秋宮たちに気づいていない。

 秋宮は運転席側の窓を二度叩き、自分の存在を知らせると運転手はいきなりのノックの音に一瞬驚いたような反応を示した後、窓を開けた。

「こういうものだが」

 そういって、警察手帳の代わりとなるIDカードを見せると運転手は少し冷や汗をかいたような表情でうなずいた。

 秋宮はソフィアの言ったとおり、なにかあるとその時点で感づいた。

「身分証明書を見せてもらってもよろしいですか」

 そういうと男はあたふたと社内を探すが、身分証などなかったのかそれともあるものの隠しているのかはわからないが、青ざめた顔で答えた。

「あー、えっと身分証明書はないです・・・・」

「じゃあ、車の車検証などは?」

「いえ、家にあるので」

 明かに怪しい。これだけ身分を証明するものがそろっていないというのは普通では考えられない。

「悪いんだが、車から降りてきてもらえるかな?」

 そういうと男は抵抗もせずに車から降りてくる。秋宮は、車から降りてきた男に言った。

「車の中を調べてもいいか?」

「え、あ、はい」

 秋宮は男を警戒し、男の真横に立ちそれを聞いたソフィアが車内を探索する。

 そして数分経ったときソフィアが数枚のファイルと財布を手に持って秋宮のもとに来た。

「身分証と車検証ありましたよ」

 秋宮がそれを受け取り見ると、車検証は問題のないものであったが、財布の中にある身分証を出すと秋宮も少しばかり驚いた。

 その身分証明書は保険証などではなく、在留カードであったのだ。在留カードの名前は中国人名であった。

 そして念のためにもう一度車検証をみるがそこにある名前は明らかに日本人のものだ。秋宮は男を鋭い目で見ると言った。

「手を上げて。足を肩幅に開いて」

 男は困惑しつつも指示に従った。秋宮は男の両腕を軽く叩いて調べ、そこから脇へと移り、腹部、股間部、脚部とボディチェックをする。

 足首に手を当てたとき、ごつごつとした感覚を感じスラックスのすそを上げると中には小型の拳銃とナイフが入っていた。

 それを取り出すと、ソフィアにそれを渡して男の両腕を手で拘束してSUVの前までつれてくるとボンネットに上半身を寝かせるように押し付けて腕を後ろで拘束する。そうしている間もソフィアは警戒して21式自動小銃を男に突きつけている。

「はい。銃刀法違反、窃盗、身分詐称の容疑で現行犯逮捕。えーと現在時刻は3時21分ね。これから横浜警察署に連行するからね」

 そういうと、男を後部座席に乗せその隣にソフィアが乗り込み秋宮は運転席に乗る。乗り込む直前にソフィアは21式自動小銃を秋宮に渡した。

 秋宮はライフルスタンドに21式自動小銃を二丁立ててから車を発車させる。

 そこから横浜警察本庁へと向かった、20分ほどで本庁に到着し、駐車場に駐車すると男を車から降ろして本庁表口へと向かい、表口から入ると受付で刑事に事情を話す。

 刑事は部下である警察官を数人呼ぶと、男を秋宮たちから引き取った。刑事は引き受け完了書類を書くと秋宮にそれを渡した。

 秋宮はそれを受け取ると、軽く礼を言って車へと戻る。すでに4時を回っていた。本社に戻って事務仕事をしているうちにすぐに退社時刻になるだろう。

「じゃあ、そろそろ時間も近いし本社に戻るか」

「ええ、戻りましょう」

 そう言葉を交わすと二人は車に乗り本社へと戻っていった。

 本社に戻ると、定時退社時刻まであと20分ほどであった。

 ソフィアは更衣室ですぐに着替えを始めたが、秋宮は装備をつけたまま引き受け完了書類をファイルにしまい現場指揮官備考欄などを記入しているときであった。秋宮のBIに通信が入る。その相手は昨日尋ねた筑波からであった。

『秋宮、気になる情報入ったんや。とりあえず教えておきたいんや』

『ああ、なんだ?』

 そういうと、少し渋い声で筑波は言った。

『傍受とかも怖いし、直接会いたいんやがこれから会えんか?』

『大丈夫だ。こっちも退社時間だからな。車で行ったほうがいいよな?』

『そうやな。人には聞かれたくないから車で来てくれや。とりあえず横浜駅の周辺で待つから近くについたら連絡してくれな』

『了解。四十分ぐらいで着くよ』

 そういうと、BIの通信を切った。

 秋宮は更衣室に向かい装備品をはずしTシャツを着替えるといつものようにその上からショルダーホルスターを付け、R3を入れるとジャケットを着て更衣室を出る。

 秋宮は自分のデスクの奥から一つの鍵を取り出した。

 それは秋宮が会社の駐車場に置きっぱなしにしている車のキーである。

「じゃあ、先に失礼するな。お疲れ」

「お疲れ様~」

 佐伯が腑抜けた声でそういいながらめんどくさげに片手で手を振った。

 秋宮は事務室を出ると駐車場に向かい、置きっぱなしの車の鍵を開けて乗り込む。

 車に乗り込むと、BIのカーナビシステムで横浜駅を設定しエンジンをかけた。

 視界の右下にARでナビが表示される。

 秋宮は基地を出るとナビにしたがって車を走らせる。だが、高速道路に乗ってから五分ほどしたとき、彼は渋滞にはまってしまった。

 BIの表示情報もそれにあわせて目的地までの時間が更新されるがその時間はすでに筑波との待ち合わせ時間を大幅に過ぎていた。

 秋宮はArの地図を拡大したりスライドしたりして最短ルートを探る。少しずつ進む渋滞の中、無理やりにインターチェンジのほうへと車線を変更していき、インターチェンジを降りた。

 インターチェンジを降りると、少し急ぎ気味にアクセルを踏み横浜駅のほうへと向かう。

 横浜駅に到着したのは待ち合わせ時間よりも15分過ぎてしまっていた。

 秋宮は路上駐車スペースに駐車すると急いで筑波に連絡をする。

『筑波。遅れてすまない。駅前の路上駐車スペースに車を停めている』

『ほな。数分で着くわ』

 そういうと筑波はBIの通信を切った。

 言葉通り、数分後に筑波は秋宮の車の扉を叩いた。秋宮は助手席の鍵を開けると筑波は助手席に乗り込んだ。

「わりぃな。高速が渋滞で。下道できたらこの時間になっちまったよ」

「大丈夫やって。安全運転せなあかんで?」

 そういうと、筑波は鞄から茶封筒を取り出して秋宮に渡した。

「これは?」

 秋宮がそれを受け取り聞くと、筑波は誇らしげに答えた。

「そりゃ、自由日本共産党の取り引き記録の証拠や。シェルターのヤクの大本は自由日本共産党や。あいつら武器を買ったりするんに金が足りんゆうてヤクを代わりに払うことが多いんや。ただし、秋宮が潰したい思うとるんはたぶんそっちやないわ。シェルターではやっとる理由は自由日本共産党に武器を売った外人の連中がそこで売りさばいて金に変えとるからじゃ。その辺の売人に売りさばいとるんじゃ」

 秋宮は筑波の話を聞きながら書類を読み、彼の話がでたらめではないということを理解した。

「その組織がどこかわかるか?」

「そこまではさすがにわからんへんけど、韓国人か中国人や。その写真にうつっとるじゃろ?そいつが組織のリーダー格や」

 そういって封筒に入っていた数枚の写真のうち一枚を指差した。

 その写真は、一人の男の周りに数人の男がおり、大き目のスーツケースを受け渡しているところであった。写真をBIに保存して、ARで拡大して見るとその男がアジア系の民族であるが、日本人ではないということがわかる。

「そうか。ありがとな。助かったよ」

 秋宮は筑波にそういった。それに対し筑波は「気にすんなや」というと、助手席の扉を開けて車から降りた。彼は車から離れるときに一言言い残して行った。

「またなんかあるんやったら遠慮のうゆうてな。力になれるかもわからへんからな」

 秋宮は筑波に礼を言うと、筑波がバックミラーから消えるまでバックミラーを見続け、筑波が消えたと同時に書類に目線を落とす。

 その書類はすべて麻薬取り引きの記録が書かれているものであった。それは今回の捜査が一気に進展したことを示すものでもあった。

 秋宮は書類を後部座席に書類を置いて、会社に停めているバイクを取りに車を会社に向けて走らせた。

                ※

翌日、秋宮が出勤するとすでに隊員三名と御手洗がすでに出勤していた。

 秋宮はデスクに鞄を置くと、佐伯に対して聞いた。

「ASAKの件、公安から調べの詳細は来たか?」

「まだ来てないわ。さすがに公安でも一日じゃ難しいでしょ」

「そりゃそうだな」

 そういうと更衣室に行き、普段どおり戦闘服に着替えると、デスクに付き事務仕事を始める。いつも通り一時間ほど仕事をしていたときである。第一機動空挺課の通信回線に一通のメールが送られてきた。

 そのメールの送り主は調査を頼んでいた公安警察からであった。

「公安警察は仕事が早いですね・・・」

 ソフィアがそう簡単をもらし、それに対して伊達が答える。

「ソフィア、仕事が早いことは早いがここにある情報の9割はもともと公安が知っていた情報だから実際必要なのはそれを集める時間だけなんだよ」

「伊達さんはなんでそんなこと知ってるんですか?」

 ソフィアが疑問を伊達に投げかけるが答えたのは秋宮であった。

「伊達は空軍に入る前は軍の諜報機関にいたからな。公安のことはよく知ってるはずだよ」

 伊達はうなずき、ソフィアは謎が解けたというような顔をした。

 そのメールの中身はファイルが一つ添付されているだけのもので、そのファイルをBIで閲覧する。

 ファイルにはAKASの主要構成員10名の名簿と写真、前科などが書かれた資料がつけられていた。

 その主要構成員の一番リーダー格の男の顔写真を見たとき、秋宮はふと筑波から受け取った資料の写真の男と似ていると直感した。

 BIからその写真データを呼び出し、公安警察からの資料と比べる。BIが自動的に二つの写真の顔を照合する。そして数秒すると、秋宮が思ったとおり公安警察の資料の写真と筑波から受け取った資料の写真の男の顔が完全に一致した。

 秋宮はBIの自動人物照合システムなどの表示を閉じて公安警察の資料に表示を戻すと資料に書かれている男の名前をつぶやいた。

「チャン・ジュンチク・・・・」

 その独り言のようにつぶやいた言葉を伊達が聞いており秋宮に問いかけた。

「知り合いか?」

「いや、違うよ。こいつを知ったのは昨日だよ」

 そういってジュンチクの資料の写真の部分を手で叩いた。

 秋宮はデスクの足元にあるリュックを取り出すと、書類を茶封筒に入れてリュックに入れた。リュックを持って更衣室に行き、戦闘服のジャケットを脱いで私服のジャケットに着替えるとリュックを背負い事務室の扉の前で言った。

「ちょっと外に出てくるよ。なにか連絡があればBIのほうに頼むよ」

 そういって自動で開いた事務室の扉をくぐると、BIを使用して筑波に連絡を取る。

 しばらくすると、筑波が通信に出ると、秋宮は駐車場へ歩きながら話した。

『どないした?』

『ああ、昨日の男のことで話したいことがある。できるだけシェルターから離れた場所で話したい。新横浜駅の北口で待ち合わせよう』

 そういうと筑波は少し考え返事をした。

『待ち合わせできるんわ三十分後やな。三十分後に北口でまっとるわ』

 通信を切るとちょうどビルから駐車場へと出る扉まで来ており、秋宮はセキリュティロックを解除して駐車場へと出た。

 駐車場にある自分のバイクにまたがり、新横浜へとバイクを走らせる。

 新横浜までは二十分ほどかかり、待ち合わせ場所の新横浜北口の付近のコンビニ前にバイクを路駐すると北口へと向かった。

 階段を上り、改札のほうへと歩く。改札の前には広場があり、そこにはいくつかのベンチがあり、秋宮はそこに腰掛けたしばらく待つと筑波が改札のほうから現れた。

 きょろきょろと周りを見渡す筑波に対して、秋宮は手を振って位置を知らせると、筑波は秋宮のほうへとゆっくりと歩いてくると、秋宮の隣に腰をかけた。

「で、今日はどうしたんや??」

「あぁ、ここじゃあなんだし、場所変えよう」

 そういって二人は駅の屋上へと向かった。

 駅の屋上は基本的に換気扇などが置いてあるだけで、人はほとんどいないし、もとよりそこは基本的に立ち入り禁止区域であるが、全自動での稼動のため駅員もほとんど来ないため入ってもばれることはない。

 二人は駅の裏側にあたる場所の手すりに向かい、筑波は手すりに寄りかかり、それに向かい合うように秋宮は立った。

 秋宮は、ポケットから煙草を取り出し、一本咥えると筑波のほうにも差し出した。筑波は煙草を一本取るとそれを咥えた。

 秋宮がライターで筑波の煙草に火をつけ、そのまま自分の煙草にも火をつけ二回ほどふかすと話を始めた。

「昨日お前からもらった写真の素性が割れたよ。公安警察から貰った資料におんなじやつの書類があったんだ。で、そいつの直近とかにお前の知り合いとかいないかなと思ってな。あんまし知られたくないから呼び出させてもらったんだ」

 そういってリュックから資料を取り出すと、茶封筒を筑波に渡した。

 筑波は煙草を口に咥え、茶封筒を受け取ると資料を取り出してその書類を少し見ながら言った。

「知り合いはおらへんが、見たことのある奴やったら数人おる」

「どいつだ?」

 そう秋宮が聞くと、筑波は資料に載っている人物を二人指差し言った。

「よければ、こっちでできるだけ調べたろうか?わいのほうがシェルターでは動きやすいやろうし」

 秋宮は筑波の提案に対して少しばかり考えて答えた。

「ああ、こっちも通常業務があるからな。そっちはお前に頼むよ。報酬は情報の量に応じて支払うよ」

「ええで、任せとき。情報入ったら連絡するわ。BIでええか?」

 秋宮はそれを聞きながら、煙草を地面に落とし靴で踏み火を消すと屋上の出入り口に向かってあるきながら手を振って「それで大丈夫」であるということを伝える。

 筑波はまだ少し残っていた煙草をすべて吸うまで屋上で煙草を吸ってから帰った。

 秋宮はバイクを駐車していたコンビニに戻り、コンビニで義体用の栄養剤を買うとそれを飲んでからバイクにまたがった。

 そして、バイクのエンジンをかけてEMS本社へと戻る。本社の駐車場に停めると、事務室に戻る。

 事務室に戻ると、御手洗と冴島だけがいた。

「課長、みんなは?」

「あー、見回りにいったよ」

 秋宮は自分のデスクに向かい、リュックを下ろすと冴島が秋宮のことを呼んだ。

「なんですか?」

 そういいながら冴島と御手洗のほうに向かう。

「ああ、まだ一部にしか伝えられていないんだがな。お前には伝えておくべきだと思ってな。最近、日本と韓国が関係悪いのは知ってるよな?」

「そんなの、今に始まった話じゃないでしょう。そんなの10年代から続いてますよ。俺も日本國軍時代に竹島でやりあったことがありますし」

 秋宮はそういいながら、少し懐かしい気分になる。

「それでな。行き過ぎた領空侵犯や巡視船や駆逐艦への度重なる挑発行為とかが最近は多くなっていたんだが、政府のほうから話があってな」

 それまで表情の緩かった冴島の顔が真剣になり、秋宮も冗談の話ではないと感じた。

「韓国が日本に侵攻するっていう話があるんだ。情報筋は公安警察の朝鮮担当からやCIAからも情報が来ている。間違いであってほしいが実際に戦争になれば我々も駆り出されるだろう。一応、頭に入れておいてくれ」

「了解です」

 そういって秋宮はデスクについて事務仕事を始めるがその頭の中では2040年の竹島での戦闘を思い出していた。

 秋宮はその作戦が実行されたとき、日本國軍第一空挺団に所属していた。階級は少尉でその作戦の隊長を務めていた。その作戦は竹島を占拠していた韓国軍の野戦基地に潜入する作戦であった。その作戦は極秘裏に行われたもので、おそらく軍のデータベースを普通に調べたとしても出てくることはない。ブラックログと呼ばれる日本國軍の機密が詰まったデータベースに保管されている類の作戦だ。

 秋宮と同僚の隊員3名で竹島に潜入し竹島の野戦基地を爆破する作戦であった。

 そのころの竹島は韓国軍により、岩山が掘削されており、平坦な土地もできていた。残った岩山には砲台が設置され、周りには駆逐艦や揚陸艦が停泊していた。

 作戦当日は土砂降りの雨であり、潜入作戦にはうってつけの日であった。

 秋宮たちはゴムボートで竹島の崖に接触し、命綱もせず7kgにも及ぶ装備を背負って40mの崖を上った。そのころの秋宮はまだ義体化はしておらず、簡易パワードスーツを装着している竹であった。

 崖を上りきると、潜入の妨げになる駆動音がする簡易パワードスーツをはずし、野戦基地に潜入した。

 潜入後、通信施設と弾薬庫に無線起爆爆薬を設置したが、ちょうど設置し終わったときに韓国軍兵士に発見された。

 彼らは韓国軍兵士に応戦し、爆薬を起爆した。野戦基地はことごとく爆破され、機能は失われたが、彼らはその時点で一名の負傷者と一名の死者を出していた。

 だが、彼らは近くに設置されていた12.7mm砲台を使用して、停泊していた駆逐艦を大破させ、揚陸艦を轟沈させた。だが、砲台を使用している間に追って来ていた兵士に負傷していた一名が射殺され、残りは秋宮と同僚一人になった。

 彼らはあらかじめ確保されていた小型艇のある脱出ポイントへと向かった。

 脱出ポイントに到着すると、工作員が用意していた小型艇に乗り込んで、脱出を図ったが韓国軍兵の攻撃によって秋宮は数発の弾丸を食らった。

 日本海のほうへと逃げた秋宮たちであったが、韓国軍の小型艇などに追跡され、日本國軍の基地まで帰ることは難しかった。同僚の通信によって巡視船が迎えに来るという話になったが、合流地点までも帰ることはできなかった。

 韓国軍の小型艇が近づき、秋宮たちの乗っている船を射撃し続けた。タンクが撃たれ燃料に着火するのは時間の問題となったとき、秋宮はほとんど意識がなかった。

 同僚は秋宮の装備をすべて取ると、血が止まるほど強い止血をし、ライフジャケットを着せ、そのほかにも足にも浮遊具をつけて体を浮くようにすると、ライフジャケットに数本の水の入った水筒をつけて、船に乗っていた廃材などを彼をかくすように一緒に海に投げた。

その数分後、同僚の乗った船は韓国軍兵の売った弾が燃料タンクに命中し、発火。詰まれていた燃料が爆発した。

 それまでに近くに寄ってきていた小型艇に手榴弾を投げ三隻の小型艇を中破させた。

 その後、海流の流れに沿って秋宮は日本海へと流れ着き、地元の漁師に救助され日本へと帰還した。

 生還した秋宮であったが怪我は非常に大きなもので、右足切断、左湾部肘から先を切断。右腕は無事であったが指はほとんど動かせないという状況で、顔も船が爆発した際の爆風の熱で焼け爛れていた。

 秋宮を治療した医者は生きているのが不思議な状態だといったほどであった。

 秋宮は病室の天井を眺め、自分のそれからの人生に絶望を感じていた。無理もないだろう秋宮は現在で25歳。まだ十分に若いがそのころはもっと若かったのだ。

 だがそんな秋宮の元に、軍の技術大佐が訪ねてきたのであった。

 技術大佐は秋宮のベットの隣に座ると、彼に言った。

「君の体を元に戻すことはできないが、代用の体でよければ我々が用意できる。その体は普通の人間の体よりも丈夫だが、人間と同じ概観だ。生活は保障する。どうだ?」

 それは秋宮が生身から義体へと変えるきっかけであった。

 秋宮はどんな体でも今の体よりはマシだと思っていた。

 それからいろいろとあり、軍をやめてEMS社へ入社。今の秋宮があるということだ。

 韓国軍と戦闘ということを聞いてそういったことを思い出し、感傷にふけっていた。

 ボーっとしていた秋宮であるが、ちょうど見回りから帰ってきた3人の足音を聞いてわれに返り、軽く咳をすると、事務仕事に戻った。

 事務仕事はそれから二時間ほど続いた。

 終業時間まであと一時間ほどで、仕事をしないわけにもいかないが、やることはない。

 秋宮はデスクの引き出しからR3を取り出して、それを腰のベルトに挿すと事務室を出ようとすると、佐伯が部屋を出ようとする秋宮に声をかけた。

「どこ行くの?」

 部屋から一歩廊下に出ていた秋宮は部屋に戻り、佐伯のほうを振り返ると佐伯の問いに答えた。

「あぁ、変に時間も残ったし射撃演習にでも行こうかなって」

 それを聞いた佐伯は少し考えると「ちょっと待ってて」と言って銃器保管室に入るとH&K USPをヒップホルスターに入れて出てきた。

「一緒に行くわよ」

 そういうと、佐伯は扉の前で待っていた秋宮より早く廊下に出て言った。

 秋宮はため息をつくと、佐伯についていく形で射撃場へと向かった。

 地下射撃場はビジネスビルの地下をはじめ、いくつもの射撃場がある。

 ビジネスビルの地下に行くには、階段を使用する方法と、エレベーターで向かう方法がある。秋宮たちはエレベーターで射撃場に向かう。B1階のボタンを押した。

 エレベーターの扉がしまってから十秒ほどで、B1階に到着する。

 エレベーターから降りると、すぐ目の前に射撃レーンがある。

 射撃レーンは25mレーン全部で三つある。この時間ということもあり、射撃レーンには誰もいない。秋宮は三番レーンにつき、佐伯は一番レーンについた。

 秋宮はR3を腰から抜くと、セーフティーを解除しスライドを引いて初弾を装填すると演習開始のボタンを押す。

 レーンの上にあるカウントダウンランプが赤・赤・青と点灯し、青色のランプが付いたとき、標的の的が地面から上がる。

 秋宮はR3を構えると、標的板に書かれている人型の絵の頭部、右肩、左肩、右足、左足という順番で標的板を撃ち抜くといたが床に倒れレーンの奥にある電光掲示板に点数が表示される。『総合点数 197点』

 この点数は大変よい点数でEMS社でもこの点数を出せるものは少ない。(200満点)

 佐伯は一番レーンからその様子をニヤニヤしながら見てから、演習開始ボタンを押す。今度は佐伯と同じく秋宮が佐伯の演習をニヤニヤしながら見ている。

 佐伯は標的板が上がるとH&K USPを構えると照準を定めて秋宮と同じ場所を撃ち抜く。それからは秋宮のときと同じく電光掲示板に点数が表示される。『総合点数 196点』

佐伯はその点数に軽く舌打ちをして秋宮にわずか一点及ばなかったことを悔やむ。

 秋宮は内心ほっとした気持ちであった。格闘戦ではいつも佐伯に負け続けるため、せめて射撃では佐伯に活用にしている秋宮であるからだ。

 それから射撃演習を五回ほどする。

 彼らの足元には大量の薬莢が落ちていた。フルオートでの自動小銃射撃演習ほどでないとそれほどの薬莢は足元に落ちない。

 それは佐伯と秋宮が取り付かれたように拳銃を撃ち続けたということだ。

 彼らが時計を見ると、すでに四時四十分ほどで事務室に戻ってから帰宅の準備をすればちょうど終業時間になるぐらいの時間である。

 エレベーターを使用して1階に戻ると、事務室に向かい事務室に到着すると、パソコンの電源を落としてから着替えなどの帰り支度を済ませ、終業時間になると、第一機動空挺課の面々は帰宅した。

 秋宮は家に帰ると、バイクをガレージに入れてガレージから家内に入る。

 机にバイクの鍵を置くと、腰にある拳銃などをはずすこともなく、ソファーに腰をかけた。ソファーに腰をかけるとソファーの隣にある小物置きからリモコンを取ると、テレビをつけた。テレビをつけると、そこではニュースキャスターがいろいろなニュースを報道しているが、秋宮が特に気になったのは韓国がらみのニュースが多いことである。

「課長の言うとおり、結構まずいかもなぁ」

 情報統制がしかれているにもかかわらず、ニュースでは韓国の小型船に乗っている人が、日本の巡視船にいろいろなものを投げる映像や、韓国軍の小型船が日本の巡視船や駆逐艦に対して牽制発砲をする映像が流れている。情報統制がしかれていてこれだけの映像が流れるということは、実際は小型船の一隻や二隻沈められていてもおかしくはないのだろう。

 秋宮は、腰に下げているR3を抜くとそれの銃身をなぞるように触る。

「開戦したらそれどころじゃないだろうし、この事件はさっさと片付けたいもんだ」

 そういうと、ソファーから立ち上がり、BIを使用してネット経由でテレビの電源を切ると拳銃を持って寝室へと向かい、拳銃をベッドテーブルに置くと着替えとタオルをもってバスルームに向かいシャワーを浴びると食事を取り、再び適当にテレビを見ながら読書などをして、夜の十時ほどになると、寝室に戻って眠りについた。

 そして、彼が目覚めたのは夜中の三時ごろであった。彼がいつも起きる時間は六時である。そして、それはいつも使用している目覚ましで目覚めたわけではない。

 BIの通信によって目覚めたのだ。その通信の相手は筑波であった。

『どうしたんだよ。筑波・・・・こんな時間に・・・・』

 寝起きのくぐもったような不機嫌そうな声でそういうが、筑波からの返答がしばらくない。少しおかしいと思った秋宮は呼びかける。

『おい、筑波?』

『おう、秋宮か?いやぁ、やってもうたわ』

 筑波の声はいつものような明るい声ではなく、少しつらそうな声であった。

『どうしたんだよ。寝起きに連絡してくることないだろ』

 自分のいやな予感を払拭するように、寝起きなのではないかと無理やりに思った。

『チャンのやつのことなぁ。調べとったんやわ。やつらがどこにいるかはわかったんわええけどなぁ。ヘマしてもうたわ』

 秋宮は、その言葉を聞いたとき、すでに完全に目が覚めていた。その言いようは遠回りであるが、声などからして彼がチャンのグループに襲撃されたことを示していた。

 BIの通信でそれほどの声であるのだから実際は話せないほどの怪我なのだろう。義体であれば銃弾の数発はなんともないが、筑波は全身が生身である。

『お前、どこにいんだ?いまからそっちいくから位置データ送信しろ』

 そういいながら、クローゼットを開き中からいつも着ている戦闘服を取り出しそれを着る。戦闘服の上から防弾ベストを着て腰にホルスターを付けR3をいれ、それのすぐ横に警棒を入れる。

その間に、筑波からは情報が送られてくる。その中には彼の位置データもあったが、それだけではなくさまざまな画像データや位置データが送られてくる。それらはすべてAKASのアジトの写真で中には大量の麻薬の画像などもある。

『今から行くからな!待ってろ』

 そういうと彼の通信を一度切り、秋宮は机の上のバイクの鍵をひったくるように取ってバイクにまたがりながらBIでEMS社の非常回線に通信をする。

 EMS社非常回線の深夜番のオペレーターがすぐに応答する。

『どうしましたか?秋宮さん』

 相手は秋宮の情報を通信を受けると同時に見ているため、名前や認識番号などの情報は理解している。

『今から送信する位置データの場所に救急隊を送れ。詳しいことはわからないがおそらく重傷者がそこにいる。』

 そういうと、BIで位置データを送信する。送信してから一秒もしないうちにオペレーターが応答する。

『了解です。地点に救急隊を派遣します』

 そういうと、通信が切れ秋宮はバイクのアクセルを捻り自身もその地点に向かう。

 その地点は幸いにも地上であったが、横浜でも治安の悪いスラムのような場所である。

 深夜であるため、交通量は少なく信号など気にもせずバイクを走らせる。速度は常に100km/hなどとうに越している。

 通常なら三十分ほど要する場所に十五分ほどで到着するとバイクを適当な場所に停め、その地点まで走って向かう。

 救急隊はすでに到着しているらしく、あたりの壁が赤い光で照らされている。

 秋宮は我を忘れて救急車の中に運び込まれる筑波に飛び掛るのではないかという勢いで近づく。

 救急隊員に止められるが、EMS社のIDを提示して、事情も説明せずに救急隊員を振り切って近づく。

 筑波の腹部の辺りにあるガーゼは真っ赤になって口には呼吸器がつけられている。彼の横に立ち彼に声をかける。

「筑波!無理しやがって」

 そういうと、筑波は真っ青な顔で最後の力を振り絞るように血だらけの手で彼の手をつかんで状態を半分上げると声を振り絞っていった。

「早く、やつらを捕まえんか。明日には・・・・いないで。ワイの・・・努力無駄にすんなや」

 そういうと、筑波はまるで糸の切れた人形のように担架に倒れた。

 彼の心拍を示す心電図はピーッという音だけを放っている。さすがの秋宮も血だらけの手も動かさず、ただ呆然とそこに立ち尽くした。

 そこに救急隊員が来て秋宮を押しのけ、そこで彼の意識は正気に戻った。

「くそったれが」

 そうつぶやくと、Biで第一機動空挺課の隊員全員に緊急通信をする。

 コール二回ほどで、全員が応答する。

『AKASの場所を見つけた。大量の麻薬もある。確証がある。全員今から送る地点に十五分後に集合しろ。A装備だ』

 そういうと、全員が『了解』と一言応答して通信が切れる。

 その地点は筑波が見つけたAKASのアジトから少し離れた場所であった。

 秋宮はバイクを走らせると、一番速く到着する。

 そして、次に伊達がバイクで到着し、ソフィアと佐伯が佐伯の車で同時に到着する。

 伊達は集合地点に家が近いためで、ソフィアは佐伯の家から集合地点まで来る途中に家があったために一緒に来たのだろう。そして佐伯が目立たない場所に車を停める。

 全員がそろったところで、秋宮は説明を始める。

「よし、ブリーフィングを始める。AKASのアジトが俺の情報筋からわかった。すぐにでも逃げ出してもおかしくない状況だ。一刻も早く踏み込むぞ。許可は後から取ればいい」

 そういうと、秋宮はBIで画像を隊員に見せる。その画像は古びたビルが写されている。

「このビルにやつらはいる。麻薬は二階にある。チャンも必ずここにいる」

 隊員は全員うなずき、何の疑問も抱いていないようである。

「状況開始だ。各自、適応していくぞ」

 そういうとまだ暗い中、全員が現場のビルに走る。

 全員、手は腰か足のホルスターに納められている拳銃に添えられている。

 その、闇の静かな空間で足音しかせず、言葉は何もない。

 ビルの前に着くと、錆びた金属のドアを伊達が蹴り飛ばし開け、秋宮がホルスターから拳銃を抜きながら踏み入る。

 そこにはダンボールに何かをつめているTシャツにジーパンの男が二人いる。そして、その男の一人が腰の後ろから拳銃を取り出した。

 秋宮はその男が拳銃を秋宮に向けるより早く、R3の銃口を銃を持つ男に向け男の頭部を撃ち抜く。男は義体化していないようで、鮮血を後頭部から拭きながら倒れた。

 もう一人は、一瞬送れて拳銃を抜こうとしたが抜くよりも早く射殺される。

 二発の銃声に反応したのかその奥にある階段の奥がざわつく。

 それは絶対的にまだ人がいるという証拠であった。

 秋宮はなにも言わずに死体を飛び越えて階段のほうへと向かい、伊達は一階を捜索し、佐伯とソフィアは秋宮を追って二階に向かう。

 二階は薄暗いぐらいに電気がついている。

 そこには七人ほどの男がおり、男たちは一階の男と同じくなにかの作業をしているが秋宮たちを見ると、作業をとっさに中断して秋宮たちに飛び掛った。

 秋宮は一番最初に向かってきた一人を適当に撃ち、その男は放置して次の敵に攻撃対象を移す。狭い室内ということもあり拳銃をしまうと、代わりにホルスターの隣の警棒を抜き放つとともに、接近してきた敵の顔を殴りつける。

 敵の顔は歪み、歯が数本折れたのか口から歯が飛び出してくる。そして、その隣にいた敵の首に警棒を回すと、首に警棒を押し付けて顎を右に捻って脱臼させる。

 少し息が上がった状態で次の敵を探すが、秋宮が格闘戦を繰り広げる間に佐伯とソフィアが他の敵を倒していた。

 床にはかろうじて息のあるものからすでに事切れているものまでいる。

「ソフィア、この階を捜索してくれ」

「了解です」

 秋宮と佐伯は最後の階である三階に向かう。秋宮は階段を上りながら警棒をしまい再びR3を抜く。階段を上がり、三階につくと、そこはしっかりと電気がついており、階段にまで韓国語の怒声が聞こえてくる。

 階段を上がると、三階フロアは目の前に広がる一室と化粧室しかなかった。

 その部屋の一番窓際にある大きめの机で、男は受話器を耳に当て怒鳴っていた。

 秋宮の視界にその男が移り瞬時に顔が自動認証され視界の右下に名前とその人物の写真がARで表示される。

 チャン・ジュンチクと表示され、秋宮の体のアドレナリンは一気に放出され、その男に向かってR3を向けながら怒鳴った。

 それと同時に佐伯も銃口をチャンに向ける。

「チャンッ」

 そういうと、チャンは冷や汗をかきながら秋宮のほうをみて、受話器を机の電話機の上に置いた。

 秋宮はゆっくりとチャンに近づくと、チャンの頭にR3の銃口を突きつける。

 撃ってはいけないが、筑波という友人を殺された復讐心から筑波を射殺してやりたいと思う気持ちの狭間でチャンに銃口を向けているため、腕が怒りで震え、カタカタと音を立てる。

 チャンはそれを緊張だと思ったのか上ずった声で彼に言った。

「兄ちゃん。銃口がふるえてるぜぇ?向こうの姉ぇちゃんのほうがしっかりと構えられてんじゃねぇかよ。てめぇにおれが撃てるわけねぇだろうがよぉ」

 秋宮はさらに強くチャンの頭にR3を押し付ける。

「俺がお前を撃たない理由はお前を逮捕しなきゃならねぇからだ。お前がその辺のチンピラならもう撃ち殺してるよ。死にたくないならさっさと手を頭の上に上げやがれ。もう指が限界なんだよ。撃っちまいそうだよ」

 そういうと、チャンの顔色はさらに青ざめ、言葉など出なくなり、ゆっくりと震えながら手を頭の上に上げた。

 佐伯が銃を構え続け、秋宮はR3をホルスターにしまい、その隣に収められている手錠を取り、チャンの腕を背中に下ろさせると手錠をして拘束しながら言う。

「佐伯、警察に連絡してくれ」

「もうソフィアが呼んでるわ。そろそろくるはずよ?」

 秋宮は、チャンをつれて階段を下りてビルの前まで連れて行く。

 数分すると、パトカーが三台と救急車三台が到着し、秋宮はチャンを警察官に引渡す。

 チャンは警察官二人に囲まれてパトカーに押し込まれそのパトカーは横浜市警本丁へと向かった。

 他の警察官七人ほどがビルに駆け足で入っていき、ビル内の生きている組織員の連行や証拠品の押収などを始める。

 そうしているとき、第一機動空挺課の隊員たちのBIに通信がくる。その通信の相手は横浜市警総監の御手洗からであった。

『いや参ったよ。寝てたら君たちがいきなり動いて警察に通報がくるんだもん。僕も飛び起きて出勤だし、この朝早くから横浜市警は蜂の巣をつついたような忙しさだよ』

 秋宮は苦笑いしながら答えた。

『いやぁ、すみません。いろいろあって』

『いいんだけどね。明日でいいから報告書提出してね』

 そういって通信が切られる。

「俺、もう帰っていいか?眠くてしょうがないんだよ」

 伊達がそういいながら背伸びをしながらあくびをした。

「え?あぁ、帰っていいぞ。明日の出勤は十一時からでいいからな」 

 ぼんやりと考え事をしていた秋宮は少し焦って答える。それは伊達だけではなく、隊員全員に向けて言う。

「お疲れ様~」

 伊達はそういながら自分のバイクを停めたほうへと向かい、佐伯とソフィアも秋宮に軽く挨拶をして車へと向かう。

 秋宮は、パトカーの群がるビルの前で一人残された秋宮はBIを使用してEMS医療施設へと問い合わせた。

『第一機動空挺課の秋宮です。一時間ほど前に救急隊に友人を引き渡したんですが』

 そういうと、相手の救急施設員は「少々お待ちください」といって、記録を検索し始め一分ほどすると、救急施設員が応答する。

『えーと、患者名は筑波 師鴎さんでよろしいですか?』

 秋宮は彼が必ず生きていると思いながら返事をする。

『ええ、そうです』

 だが。

 救急施設員の応答はすぐには来ない。

 秋宮は嫌な予感に背筋を凍らせる。

『非常に残念なのですが。つい数分前にお亡くなりになられました』

 秋宮は自分の聴覚から入ってきたその声に彼は声を失う。

 救急施設員が何かを言っているが、その言葉は何一つ秋宮の聴覚に入ってこない。

 秋宮は救急施設員になにも言わずにただ無言でBIの通信を切断する。

 自分の知人の死というものは幾度も対面しているが、今回のようなケースは始めてである。筑波が死亡した主な理由は秋宮が彼に依頼したことが原因である。

 秋宮が筑波にそのようなことを依頼しなければ筑波が死亡することはなかった。そう考えた秋宮の頭は真っ白になっていた。その状態でとぼとぼと歩いてバイクのほうへと向かい、ヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかける。

 彼は、それまでの虚ろな目から一気に鋭い目に変わる。

 アクセルを捻り数回エンジンをふかすとバイクを走らせる。

 バイクを走らせる先はEMS社でも家でもなくチャンの一時的な拘束先である横浜市警本庁であった。いち早く彼を聴取すべきだと思いその行動に出たのだ。

 市警本庁まではそれほど遠くなかった。

 十分ほどで市警本庁に到着すると、バイクを適当に駐車し表口から入る。

 受け付けに向かいながらヘルメットを脱ぎそこに到着すると受け付けにいる警官にIDカードを見せながら怒鳴るようにいった。

「EMS社の秋宮だ。さっき連行されてきたチャン・ジュンチクはどこにいる?こちらの案件についての聴取をしたい」

 警察官はすこし驚きつつも受話器をとって誰かと話し始める。おそらく上司と話をしているのだろう。

 しばらくすると、警察官は受話器を置き一枚の用紙とボールペンを受け付けに置いた。

「取調べ自体は大丈夫だそうです。一応こちらの書類だけお書きください」

 その書類は法律にのっとり取調べをするという誓約書のようなものである。

 それの二つある署名欄に署名をすると、警察官にそれを提出する。

 警察官はそれに判子を押すと、受け付け内から出てきて彼を上の取調室のほうへと案内した。

 エレベーターで三階に上がると、秋宮は取調室の隣にある待合室へと案内された。

「ではチャン・ジュンチクを連行しますので少々お待ちください」

 彼は待合室にあるベンチに座るとポケットから煙草を取り出し、それに火をつけて一服しながら待機する。

 煙を吐き出して、ベンチの後ろの壁に体を寄りかからせると、筑波の顔が頭に浮かぶ。

 筑波は秋宮にとって数少ない信用できる友人であり、仕事仲間であった。

 そして、ちょうど煙草を吸い終える頃に警察官が待合室に入ってきた。

 その手には半透明のプラスチックの箱を持っていた。

「あの、一応規則ですので拳銃と、刀剣類などの危険物をお預かりさせていただきます」

 秋宮は、ホルスターから拳銃を取り出し、それと一緒に隣に収められている警棒も取り出して箱に入れる。そして、ポケットから折りたたみナイフを取り出し、箱に入れた。

「これだけですか?」

「ああ、それだけだ」

 そういうと、警察官はその箱を待合室の隅にある小さめの机の上に置き、秋宮を取調室に案内した。

 取調室の扉の前に来ると警察官は秋宮に言った。

「一応、私は隣の監視室にいますが、室内の録画などはしないので基本的に何をなさっても口出しはしませんが、備品の破損と容疑者の怪我は困りますのでおやめくださいね」

 そういうと取調室の扉を開け、秋宮を取調室の中に誘導した。

 秋宮は中に入ると、机を挟んでチャンの前に座った。

「お前、さっきの」

 チャンがそういい、秋宮はそれに答えず質問をした。

「お前に聞きたいことがある。お前は出回っていた麻薬はどこから仕入れていた」

「クスリは自由日本共産党から仕入れていたよ。武器と引き換えにな」

「武器と引き換えに?お前は武器商人だったのか?」

 そう聞くと、彼は手錠でつながれた手を上に上げておどけながら言った。

「まさか。俺は仕事でやっただけだよ。俺の組織はそういうブラックな仕事を手広く請けてる組織だからな」

「じゃあ、お前に仕事を依頼したやつは誰なんだ?」

 そう聞くと彼は机の上に手を置いて静かに答えた。

「大韓民国軍事警備会社の社長のチョンヒだよ。彼に依頼されたんだ」

 秋宮は、その会社の名前に耳を疑った。

「それは確かか?」

 そういうと、チャンは手錠でつながれた手を頭の後ろに回して続けた。

「だが、お前がやつの尻尾をつかもうとしても無駄だ。俺の証言以外の証拠はないし、俺はやつに見限られたからな。だから俺は今ここにいるんだよ」

 それを聞いた秋宮は少し興奮気味な自分を抑えた。

「本当につながりの証拠はないんだな?」

「そんな証拠があるならさっさと出してやるよ。だって俺はやつに見事に切り捨てられたからな。だが、残念だが証拠なんて一個もないよ」

 秋宮は、がっくりと肩を落とし深く落ち込、椅子から立ち上がると、扉を開けて外へと出た。監視室から見ていた警察官は秋宮が外に出ようとしているのをみていたため、秋宮が取調室から出るころには警察官は部屋の前で待機していた。

 警察官に軽く礼を言うとエレベーターに乗り一階へと向かい、警察署を出る。

 駐車場所も考えずに適当に駐車したバイクにまたがり、ヘルメットをかぶりバイクのエンジンをかけようとしたときであった。

 BIの緊急回線にEMS社からの緊急通信が流れてくる。

 それは第一機動空挺課に向けて発せられたものではなく、EMS社の全社員に向けてのものであった。

 そして、その通信の配信者は社長である(ニノマエ) 維新(イシン)からのものであった。

 音声通信ではなく、ビデオ通信であるためARで一が机に座って話しているところが映る。

『EMS社全社員の皆。日々の業務ご苦労。今日のこの通信は非常に大切なものだ。

 まだ、ニュースなどには流れていないし、一般市民には流れていない情報であるが、わが国日本は韓国と戦争状態に入ることになった。 一時間前に韓国から宣戦布告があった。

 理由は諸君も知ってのとおり、2010年代より続いていた領土問題や賠償金問題などが関連する。日本政府はできる限りのことをしたが、結局のところ戦争状態となった。

 非常に残念ではあるが、わが社は日本國軍と有事同盟契約を結んでいるため、これからは我々も戦争にかかわることになる。表向きは韓国と日本の戦争であるが、実際のところは各国民間軍事会社の代理戦争となるだろう。

 それに、日本にはアメリカが手を貸し韓国は中国に手を借りるような状況になっている。

 とにかく、どうなるかはまだわからないが、これより社内非常事態宣言B2を発令する。

 諸君はこれから各部隊で集合しこれからのことについてブリーフィングをしてくれたまえ。幸運を祈る』

 そう言うと、通信は切られた。

 秋宮は前にも、冴島からそのような話は聞いていたが、実際に戦争状態になるとは思ってもいなかったために驚きを隠せずにはいた。

 秋宮はバイクをEMS社に走らせ、第一機動空挺課の事務室へと急いだ。

                 ※

同時刻。EMS本社 本部司令ビル 最上階 社長室にて

 社長である一は戦争状態への突入ということを社員に伝える緊急通信放送を終えると深々とため息をつきながら大きな椅子から立ち上がった。

 立ち上がると無言で窓へと近づき横浜の港町を見渡した。

 まだ、商船が行きかい観光船なども浮いている横浜の海であるが今日にでも国民に宣戦布告があったということは知らされ、それから二日もすればその横浜湾の海はEMSの軍艦と日本國海軍の軍艦であふれることだろう。

 一は窓の外を見ながら机の横にいる秘書に言った。

「これからは大変だな。」 

 一の声は重々しい感じであった。それに対して秘書は少し間を置いていった。

「きっと大丈夫です。わが社をはじめ我が国の民間軍事会社や軍は世界レベルでも圧倒的な強さを誇りますから」

 一はそれに対して、首を縦に振りはしなかった。

 それは自社の社員の能力や軍備に自信がないわけでも軍を過小評価しているわけでもなかった。

 経営者として、最高指揮官として行動するにあたり敵を過小評価しないという彼のポリシーに従って首を縦に振らなかったのだ。


三章 完

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