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失われた世界で  作者: 笑わない猫
届かない訴えの代償
7/11

地獄絵図














 変化というのは突然起こるものだ。


 予想に出来ないからこそ予想外であり、想定できないからこそ想定外。

 そういった変化が突然起こってしまうのはままあることだ。

 とはいえ、それは実際の話その変化の影響を受けたものが感じる一方的な感覚であり、偏見だ。

 前もって知っていたのなら予想できることだし、その変化に対応できるのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど。


 だが、その変化というのは大抵のものは、というかほぼ全てが時間をかけて、もしくはそれなりの過程を経て変化するものなのだ。

 気づこうと思えば気づけるほどの早さで変化は起こり、そしていつかそれが開花するのだ。


 つまりなにが言いたいかと言えば、今晩エリスに降りかかる不幸はエリスにとって突然偶発的に起きた予想外の事件なのだけれど。

 その事件の前兆はいくらでもあったし、気付こうと思えば気付けるものであったのも確かなのだ。


 それはエリスだけでなくリュヒナも。

 いくらでもそれを回避する方法はあったに違いない。

 けれど当人たちにそれを求めるにはあまりにも酷であった。


 これから「家族」というものと一緒に暮らしていく自覚を持てたエリスにとっては、この最悪のケースを想像するにはあまりにも浮ついていた。

 柄にもなく、張り詰めた気を緩めていた。

 警戒を浅くしてしまった。


 幸せに浮つく。

 何年も張り詰めた緊張を少しでも緩めることが出来たこの数日、このリュヒナとの出会いはエリスにとっては救いになるべきものだった。

 エリスは救われていく、そのはずだったのだ。


 そんな一人の少女として、一人の人間として、幸せに少しでも浸ることも許されない。

 それもまた「失われた未来ロスト・チルドレン」の運命なのかもしれない。



 世界が終わって二十年が経った八月の夏の日。

 蝉が鳴かなくなった世界での少女の命の物語は、こうして急展開を迎えるのだ。







 いつの間にか仲良くなってしまっていたリュヒナとカズヤ達に多少戸惑ったエリスだったけれど、よくよく考えれば自分もこんな風にペースを掴まれていつの間にか「友達」になってしまっているんだな。と思うと結構どうでもよくなってしまった。

 エリスが買ってきた肉まんはとりあえず食べることになったけれど、やはり同じ肉まんを連続で全員が全員食べれるわけではなかったので、三個ほど袋の中に納まったままだ。

 すっかり日も暮れ、朝に買ってきた肉まんはすっかり冷え切っていた。


「はいー、カズヤくんアウトー!」

「待って待って! 僕動いてない!」

「アウトなの!」

「アウトなのー!!」


 きゃっきゃっと騒ぐリュヒナ達はそこそこに広い平屋の中を存分に使いながら「だるまさんが転んだ」をしていた。

 正確にはエリスを除いた五人の子供とリュヒナだ。

 鬼として柱のそばでだるまを見る役としてリュヒナが、他五人はだるまとして参加していたのだけれど、どうやらその最中カズヤが動いてしまったようなのだった。


 すっかり打ち解けているリュヒナに他の子たちもすっかり盛り上がっている。


「往生際が悪いわよカズヤ」

「えー、エリスまでー?」


 壁にもたれるようにしながら座ってその様子を見ていたエリスが笑いながら言う。

 がっくりと肩を下ろしたカズヤはとぼとぼとリュヒナのいる柱に向かった。


「交代だねー」

「どうせすぐリュヒナ動くし」

「動かないからね!?」


 そういって鬼とだるま役を二人は交代する。


「ってか、リュヒナ時間大丈夫なの? すっかり夜だけど」

「ん? あー。そっかぁ。流石に今日はキリアと会わないとキリアも心配するだろうしなぁ」


 窓から外の暗さを見たリュヒナは、むぅと頬を膨らませた。


「じゃあ帰ることにするよー。きっとキリア宿にいるだろうし」

「えー。リュヒナおねえちゃん帰っちゃうのー?」


 リュヒナの言葉に下から二番目の女の子が声を上げた。

 その不満げな言葉に同意するように周りも暗い顔をする。

 なんだかんだで朝からずっとここにいたリュヒナだったわけだけれど、それでもこの反応されるのはリュヒナの信頼度が高いことが証明される瞬間でもあった。


「ごめんねー? また明日遊びに来るからね」

「ほんと!?」

「うんうん」


 女の子の目線にあわせるようにしゃがみ込んでその乱れた髪をわしゃわしゃと撫でてやる。

 それだけで目を細めて嬉しそうにする様子にリュヒナもやわらかい笑顔を浮かべた。





 そう例えばここで帰らず、もう少しでもこの平屋に残っていたらまた変わったのかもしれない。

 「あー、キリアだし大丈夫だよー」みたいなセリフを吐いて、その場に残っていればこの事件はまだなんとかなったのかもしれない。

 ……あるいはただの先延ばしに済まないのかも知れないけれど。

 それでも、今この瞬間に帰ってしまったことをリュヒナは後悔することになる。


 その事件はすでに動き出していて、その変化は明らかにエリスたちに繋がっていたんだから。


「またねー」


 手を振って平屋を出て行くリュヒナを六人一同揃って見送ってから、エリスはパンパンと手を叩いた。


「はい。楽しかった? 寝る準備するからいつもみたいに用意しなさい」

「はーい」


 ぱたぱたと慣れた感じで就寝の準備をする子供たちの様子を見ながらエリスは、リュヒナのことを思い浮かべていた。

 思い浮かべて、感謝していた。

 こうしてこの子達が笑い、自分も本当に久しぶりに笑った。


 この日々のエリスたちはリュヒナのおかげでかなり大きく変わったといえた。

 幸せと、思えたのも確かなのだ。


「……ん?」


 不意なことだった。

 エリスは誰かがこの平屋に近づいてること気が付いた。

 いつもそういった風に気を張っていたためなんとなくだが気配というものにかなり敏感になっている節があった。

 だが、ここで失態だ。

 今までのリュヒナならその気配に対し、警戒心をかなり強め、後ろにいる五人の子供たちに隠れる様に伝えて、大人たちの襲撃に備えて玄関から距離をとり「誘導声テクノボイス」をいつでも発動できるようにしていただろう。

 むしろ、そうするべきであって、「失われた未来」としてはその対処が当然なのだ。


 そう、油断していた。

 油断というか、緩んでいた。


 「その気配が大人達かもしれない」という懸念はすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。

 「リュヒナが帰ってきた」そんなことを思ってしまっていた。思い込んでしまっていた。


「リュヒナ? どうしたのかしら」


 玄関に近づき、そしてその気配がかなり玄関に近づいたときについに気が付いた。

 足音が数人重なっている。


「みんな! 『下がりなさい!』」


 もうなりふり構ってられないエリスは叫んだ。

 その声に五人はびくっと身体を震わせるとすぐに指示に従った。

 だが、エリスがその声をみんなに届けるために振り返った時には、すでに玄関は乱暴に開け放たれていた。


「いやがったぞ!!!」

「糞がきがぁ!!」


 怒号と共に外から三人の男たちが入ってくる。

 すぐ振り返ったエリスだったが玄関に近づきすぎていたこともあって一人の男に「誘導声テクノボイス」を使う前に腕を掴まれ、片方の手で口を塞がれた。

 後ろ手に腕を捻り上げられて抵抗むなしく無力化されたエリスの視界には他の二人がカズヤ達を取り押さえているところが写っていた。


「んんっ!!」

「はっ! てめぇは口さえ塞げば何も怖くないんだよ!」


 エリスの呻きにエリスを取り押さえている男が愉快そうに答える。

 その声はエリスにとって聞き覚えのある声だった。別に親しい間柄なわけないし、かといって有名人でもないのだが、なぜそれを覚えていたか、それは。


 こいつは、肉まんのところの店主か……!


 特徴的な太い声は今朝聞いたばかりの声だった。


「肉まんとられたときに袋に発信機つけてたんだよ。最新の魔道具でよ、取り寄せるのに苦労したんだが、てめぇをこうして捕らえる事が出来たんだからまぁ、元は取れたって事かな!」


 男の声に余計に顔をしかめる。

 肉まんを「誘導声テクノボイス」で渡させた時にすでに仕込まれていたということだ。

 前以って計画され、機を狙われていた。

 それにエリスは塞がれた口の中で舌打ちをする。


「さぁて、どうするかな。別にお前ら指名手配されてるわけじゃねぇから警備兵ディリングに突き出してもなんの金にもならねぇからなぁ」

「奴隷にして売っちまえばそこそこの金になんだろ」

「男も三人いるし、その一番大きい銀髪の娘とかなかなか上玉じゃん。合計で金貨一五〇枚は余裕だろ」


 三人の男が勝手に話を進めていく中でなんとか肉まんの店主の手から離れようともがくエリスだが、うまく外れない。

 能力を覚醒したことで身体能力をあげているとはいえ、小さな少女が大の大人にまともに抵抗できるほどの身体能力の向上は精神干渉の能力者では見込めない。

 他の五人の子供たちも完全にすくみあがって動けずにいた。


 だが、それに限ってはエリスにとって唯一の救いだった。

 変に行動して大人たちの気に触れて怪我をさせられる心配が少なくとも無くなるのだから。


「とりあえず、俺たちしかここのこと知らないわけだよな?」

「あぁ。今はな」


 大人たちの会話を抵抗しながらエリスはしっかりと聞く。

 「俺たちしか知らない」。つまりこの三人を黙らせることが出来れば五人の身を守れるということだ。


 応援が来ないということは、そういうことだ。


「じゃあよ、今俺らがどれだけこいつらにひどい仕打ちをしようと警備兵にばれることはないってことだよな?」

「あ?」

「つまり今個人的な仕返しができるってことだよな」

「んん? ……あぁ! そういうことか!」


 五人を取り押さえている二人のうちの一人が言い出した言葉に肉まんの店主がやっとその言葉の意味を理解したようで声を上げた。


 誰もこないということは、そういうことでもある。


 エリスの中で最悪の展開が頭に過ぎる。


「とりあえずその女に仕返ししようぜ」

「そうだな、散々うちの商品とりやがって」

「お前のところが一番ひどかったらしいもんな」


 肉まんの店主の怒りの篭った声に周りの二人は笑って答える。


 その状況でもエリスは静かに安堵していた。

 とりあえず、エリス以外の子供たちに何かをする、という最悪のケースだけは回避できているようだったからだ。

 自分が何をされようと構わない。もうそんなものは慣れてしまった。

 開き直ったエリスの表情に一人の男が気付く。


「何だお前、その目は」


 侮蔑の目線を投げかけてくるエリスに男が苛立たしい声を上げた。

 ここでいつも強気で何事にも堂々と振舞い、「誘導声テクノボイス」を使って自分たちを跪かせてきたエリスが弱弱しくおびえる姿を男は期待していた。

 その顔を思いっきりぶん殴ってやる。そんな気概でここに来たのに今自分に向けられている目線は弱弱しい少女の目線ではない。


 はっきりとした拒絶と侮蔑。


「いらつくなほんと!」


 カズヤ達を抑えていたその男は立ち上がって肉まんの店主に抑えられているエリスに近づき、抑えられている小さく華奢な腹にその大きな足を勢いよく蹴りだした。


「んんっぶぁ!?」

「おおぃ! びっくりすんじゃねぇか」


 一気に肺から空気を吐き出されてしまったエリスが、腹の激痛を片手で押さえ、抑えられた口から一気に空気を吸い込みたかったが男の手が邪魔で酸素が足りない。

 苦しさからもがくが、腹の痛みと捻りあげられた体勢ではロクな抵抗は出来ない。


「こいつの口から手を離したら一気に化け物の力でやられちまうんだぜ。やるなら一言くれよ」

「あぁ、悪いな」

「さっさと布咥えさせるか」


 そういうと、エリスを蹴った男が腰に巻いていた白い布を解き、エリスに近づける。

 それを口に巻いて猿轡のようにして「誘導声テクノボイス」を抑える算段だ。

 確かにそれがエリスにとって一番の有効打であり、事実過去にエリスは猿轡を咥えさせられ苦痛の日々を過ごした事もある。


 今、ここでもしその猿轡を咥えさせられたら、もう本当に子供たちも守れなくなる。

 口から手を離され、布を咥えさせる間に「動くな!」としっかり紡げるか。いや、今のエリスには厳しいだろう。

 酸素が足りず、息苦しく酸素を求める今の状況ではどうあがいても間に合わない。


 ――もう、駄目なのかしら。


「エリス!!」


 声が上がった。

 全員が声の主に目線をよこす。そこにいたのはさきほどまで震えていた一人の少年。


 ――カズヤ……!?


 いつも気弱な目を目いっぱい吊り上げながら、ぐっと堪えるように立ち上がると、カズヤは男たちが反応する前に一気に駆け出した。

 エリスに布を近づけている男に向かって。


「うわぁあああ!!!」


 大声を上げながら体当たり。

 小さな少年でも全速力の全体重を乗せた体当たりを受けて、男は足を絡ませてカズヤもろとも倒れこんだ。


「このガキっ!!」


 自分にのしかかるように乗るカズヤを押し出すと拳を振り上げる。


「カズヤアァア!」


 その拳がカズヤの顔に打ち付けられると同時にカイヤが叫んだ。


「うっせんだよ!」


 もう一人、子供たちのそばにいた男が叫ぶと立ち上がり、カイヤの薄汚れたTシャツの胸倉を掴み持ち上げる。

 苦しそうにもがくカイヤの顔にその男の拳が放たれる。


 エリスの視界に映るその様子はまさに地獄絵図だった。

 自分の守ってきた子達の顔に、笑顔にするために今まで生きてきたエリスにとって、その顔に拳がぶたれ苦痛に歪む様子は本当に地獄絵図そのものだった。

 

 カイヤは一度殴られると泣き出し、それを止めるためにもう一発その泣きじゃくる顔に拳が落とされた。

 だが、カズヤに至ってはさきほどの体当たりがよっぽど気に触れた男がこれでもかとばかりにカズヤにのしかかり何度も何度も殴りつけていた。


 その様子をエリスを抑える男はげらげらと笑ってみている。


 エリスは必死にもがいた。身体を捻って自由な足と片腕で精一杯暴れた。どうしても男の手から逃れられない。腹部の鈍痛が響く。


 他の子たちもカズヤとカイヤの惨状を見て、余計に縮こまる。涙を流しながら必死にその声を抑えていた。


 この様子は一体なんだ。

 どうしてこうなった。

 必死に生きてきた。

 守ってきた。

 この子達を守り、自分自身を守り、

 この世界の理不尽さに耐えてきた。


 これも、耐えろというのか。

 この全てが汚され潰れていく様子を、耐え続けろというのか。


 あふれ出る涙とあまりの悔しさにエリスの頭がパンクしそうになる。

 どうして私たちが、この子達がこれほどにまで苦しまなければならない。


 ただ私たちは、「生きたかった」だけなのに。


 涙でぼやけていく視界がノイズ交じりのテレビのように煤汚れていく。砂嵐の起こったテレビの画面のように、その視界は一旦、完全に脳とのリンクを切った。







 その何も映らない荒れた視界の中で昔聞いたことのある声が頭に響いた。



『私は生きたかっただけなのにぃぃ!!!!』


 これは誰の叫びだっただろうか。


『どうしてこんな目にわないといけないの!?』


 誰に対しての叫びだっただろうか。


『私を裏切ったお前たちは皆殺しだぁああああ!!』



 ――あぁ――


 ――私か――




 再びエリスの意識が元に戻った時、


 部屋には三人の大人の死体が転がっていた。


 呆然と立ち尽くすエリスの右手にはいつも太ももに携帯している小型のナイフ。

 そのナイフの刀身が赤く染まってるのをぼやけた思考で理解すると、ぼやけた意識がゆっくりと現状を理解した。



 エリスは、「生き延びるために」


 大人を、殺したのだった。













最近忙しくて更新遅いっす。

ごめんなさい。

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