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失われた世界で  作者: 笑わない猫
届かない訴えの代償
6/11

早朝にて

忙しくて遅くなりました


あぁ、言い訳ですよね。

ごめんなさいぃぃぃ。







「あー、寝れないなぁ」


 朝方、宿のベッドで目を覚ましたリュヒナはもぞもぞと体を起こした。

 昨日エリスの家から宿に帰ってきたリュヒナを迎えたのは無人の部屋だった。いつもいるはずのキリアがいないことにリュヒナもびっくりしていたが、よくよく考えればギルドで仕事をしていてもおかしくないな、ということでその不安も治まった。


 結局、エリスたちと夜まで話し込んでしまった。

 キリアと一緒にいることにリュヒナは不満を感じているわけではないが、キリアとはあくまで家族であって兄妹であるリュヒナにとって「友達」とはまた別の感覚であるのは確かだ。

 バカ騒ぎ出来る友達、なんていうのは今思えばリュヒナにとって初めての関係だった。

 バカ騒ぎというほどの事もしていないわけだけれど。


「あー、なんだろ。すっごくドキドキしてるなぁ」


 隣にキリアの姿がないことは承知のため、やや大きめな独り言だ。


「この感じ、クレアちゃんとキリアと遊びまくってた頃に似てるなぁ」


 幼い頃の冒険感というべきか、あの頃のリュヒナは好奇心に煽られ、先を進むクレアとキリアについていくだけで楽しい時期ではあったが、その時に感じていた感覚と、今がかなり類似してることに多少驚きがあった。

 あの頃のあんな気持ちは三人でないと味わえない、そんな風に思っていたリュヒナからしたらかなり大きな発見だった。


「エリスちゃん、年下だけど雰囲気クレアちゃんに似てるよねぇ」


 エリスが泣き止んで落ち着いてからリュヒナ達はみんなそれぞれ自己紹介をしたわけだけれど、そのときにリュヒナはエリスの年齢を聞いてびっくりしたのを今でもリュヒナは思い出せた。

 「えぇ!? 歳は近いとは思ってたけど年下だとは思わなかったよ!」というのがまぁ、まさにリュヒナの本心そのものだったんだけれど。

 エリスの強気な目やはっきりとした口調から自分と同い年かそれ以上と思ってたリュヒナにとっては親近感よりも劣等感が強かった。

 「私って……もっとしっかりしないと駄目だよね」そういう風に自分を戒めたのも忘れない。


「今日も、会いに行こうっと」


 少なくともこの関係がリュヒナにとって幸せであることに変わりはなかった。




 ともあれ、リュヒナはそれから一睡も出来なかったわけで。

 遠足に行くことが楽しみで眠れない小学生よろしくリュヒナも同じ状況だった。昨日の目の隈が消えていないのがいい証拠だ。

 朝の七時。まだ大通りが賑わいだす少々手前の時間だ。

 といっても大通りの道はもう準備を終えているところがほとんどで、大抵は開店している。


 そんな人通りの少ない大通りをリュヒナが闊歩していると、やけにいい匂いがその鼻をくすぐった。

 いつもおいしそうな匂いがするのは案外大通りでは当たり前のことなのだが、人が少ないのと、早朝であることから出来立てということもあるのだろう、リュヒナの視線はその匂いにつられた。


 小さな店のようだが、窓からホクホクと湯気が上がっている。匂いから察するにそれは。


「肉まん……だよね」


 じゅるっと涎をすする。

 別に特段お腹が空いてるわけでもないリュヒナだったが、その匂いは殺人的なまでのリュヒナの食欲を煽った。


「えっと、確かみんな合わせたら八個だっけ」


 今から向かうエリス達の分も指を折りながら考える。店先の看板に「肉まんひとつ銅貨一〇枚!」と書かれているのを見て皮製の財布を取り出す。


 大災害以降、世界は大きく衰退したのは言うまでもなく、それに伴い金の相場も為替も大きく変わった。

 金銭の大量生産が出来なくなったのと、魔獣によって行動を著しく制限された人間たちにその金銭の流通はひどく困難であった。

 その現状で銅貨、銀貨、金貨の価値は大きく跳ね上がった。


 その流通を一番中核は「ギルド」である。

 依頼、によって金銭を受け取り、報酬、によって金銭を渡す。

 それによって需要と供給の関係性が確立された。

 それはさておき。


 その価値の上がった金銭、銅貨八〇枚が高いか安いかといわれたら無論。


 高いに決まっている。


「うわぁ……あと銀貨一枚と銅貨八枚しかないじゃんかぁ」


 銅貨一〇〇枚が銀貨一枚に相当するわけだけれど。

 ここで分かりやすい例を挙げるとするならば、基本的な一日の食費は銅貨三〇枚だったりするのが現状だ。

 要するに今回の出費は三日弱分の食費だ。


「これ使ったらキリア怒るだろうな」


 間違いなく怒るだろう。そのことはリュヒナ自身が一番分かってる。

 ギルドで自分自身が稼いだものとはいえエリスたちと会っていることを黙っているリュヒナにちょうどいい言い訳が思いつくわけもない。

 流石に財布の四分の三を一気に使えるほどリュヒナ自身精神が図太いわけではない――

 

「ま、いっか」


 ――ことはなかった。


「みんなで仲良く食事するのにそんな事考えてられないよねぇ」


 ある意味では、こういう風に考えられるリュヒナの精神は図太いといえるかもしれない。

 かなり太いだろう。

 そんなわけでリュヒナは革の財布を片手に握り締めてスキップ気味にその肉まんの匂い漂う店に足を踏み入れた。


 中はカウンター席が十席ほど並び、そのカウンターの先には一人の強面の三十代後半の店主とホクホクと湯気を上げる蒸し器が並んできた。

 その店主が入ってきたリュヒナに気づく。


「はいよ! いらっしゃい、ませ……」


 その声は最後に行くにつれて小さくなっていく。顔も接客に向いているとは思えないほど渋くしかめた顔になっていた。

 そんな理由は当たり前だ。「失われた未来」が来店する、それが店主にとって、というか大人にとって嬉しいことであるはずがないのだから。

 そんな様子に動じることもなくリュヒナは笑顔で淡々と言う。


「肉まん八個くださーい!!」


 そういうものなのだ。「失われた未来」の扱いなど。


「八個……? 譲ちゃん、お金のほうは……」

「ちゃんとあるから安心してくださーい」


 このご時世、肉まんをというか銅貨八〇枚を易々払う人がいないわけだから、その値段を、ましてや「失われた子供」が払うとは思えないのは当たり前といえた。

 それが当たり前、となること事態、まずおかしいことなのかも知れないが。

 世界が、終わっている証拠なのかもしれないが。


 とりあえず信用させるためにリュヒナは財布の中から一枚の銀貨を取り出して、店主に手渡した。

 それを見た店主は目を見開いたが、お金が払われる以上売るのが商売だ。銀貨一枚を受け取り、銅貨二〇枚をリュヒナに返し、蒸し器の中から肉まんを取り出していく。


「すっごくおいしそうな匂いですよね! 朝早くから用意してるんですかー?」


 「失われた未来」であるリュヒナからしたらこの店主の対応は気分を悪くするに値するものだろうが、それでも笑顔でニコニコできるのは流石リュヒナといえた。


「まぁ、下ごしらえは昨日の晩に済ましてるがな」


 リュヒナに目線もくれないまま答える店主。出来る限り話したくない、といった感じだ。

 それでもリュヒナは笑顔を絶やさない。


 もう慣れてしまっているから。






 肉まんを買い終えたリュヒナはすぐに路地に入って「情報処理能力テクノロジャクション」を用いながら進んでいく。

 元々静かな路地は朝ということもあっていつも異常に静かだ。

 リュヒナの持つ肉まんの袋の音が異様に響いた。

 いつもの空き地を超えて、数分歩けば二度目になる古びた廃墟の平屋。


 そこの立て付けの悪い扉にリュヒナは手をかけた。


「やほー! 遊びに来たよー?」


 蝶番を響かせながら平屋に顔をのぞかせる。


「あれ?」


 だが、その中にはリュヒナが想像していた光景はなかった。

 てっきりエリス達が遊んでいるか寝ているかのどちらかと思っていたのに、そこには無人の部屋が広がっているだけだった。

 リュヒナは何度か瞬きしてから、一旦平屋から出る。

 ぐるっと周りを見渡して「もしかしたら他の家だったかもしれない」という懸念を確かめる。


 だがどう考えたところでやはりこの平屋しかありえないという結論に至る。

 もう一度扉を開ける。


「……みんなお出かけー?」


 …………。


 返ってくるのは沈黙である。

 不振に思い「情報処理能力テクノロジャクション」をとりあえず発動させる。


「んー……せっかく張り切って朝から来たのになぁ」


 張り切りすぎた結果がこれだ。肩が落ちてしまうのも仕方がない。


「……肉まん置いていこっか」


 八個いりの肉まんの袋から一個だけ取り出して、残りの七個を玄関に置いておく。

 袋から出された肉まんの匂いはとても甘美なもので、リュヒナは寂しそうに沈んだ顔をさらに沈ませた。

 みんなと食べたかったのに……。

 むすっと拗ねて肉まんに齧り付いて、玄関に腰を下ろす。


「あ、おいし」


 出来立ての肉まんの味に顔をほころばせる。

 外の太陽の光だけで照らされる平屋の玄関は薄暗く、埃っぽい空間ではあるのだから食事するには不向きなのだけれど。リュヒナは気にする様子もなくパクパクと肉まんを食していく。


 そのときだった。


 ギギィ、という木が軋む音がリュヒナの耳に届いた。

 自分の座っている玄関の床からかと一瞬思わなくもなかったリュヒナだったが、音の発生場所がもう少し背後だったことに気づくのはそう時間がかからなかった。


 事実、こういった古びた平屋、廃墟寸前の木材建築ならば木の軋む音が何もなくとも鳴るということがあるのかもしれないけれど、先ほどの音は明らかに「人が動いたときに」鳴る音だった。

 「情報処理能力テクノロジャクション」の情報がそうだと判断したのだ。


「あれ、誰かいるの?」


 普通ならびっくりするようなことだと思わなくもないが、リュヒナは至って冷静に振り返り、何もない薄暗い平屋の中を見渡した。

 しかし、そこには当たり前のように誰の姿もなかった。


 とはいえ。

 この状況で確認に行かないほどリュヒナもめんどくさがりでもない。肉まんを片手に立ち上がり、音が聞こえた部屋の真ん中辺りに足を進める。

 まぁ、この時点で肉まん片手というかなり緊張感なく調べに行く辺り、リュヒナらしいと言えばリュヒナらしいと言えた。


 数本立てられている太い柱。その中で音が聞こえた位置に一番近い柱に近づいたリュヒナが、その後ろを覗き込むと。


「うわぁ!?」

「きゃあぁ!?」


 そこには子供二人がいた。正確には空き地でリュヒナが会った二人、カズヤとカイヤがいた。柱に隠れるようにして座っていた。

 誰かがいると思って覗いたリュヒナまでも声が出てしまったのはカズヤ達の悲鳴を聞いたからだろう。


 数秒、お互い尻餅をついて見つめあう。

 ふふ、とリュヒナは笑うとゆっくり立ち上がってまだびっくりした顔を隠せていない二人を見下ろしながら苦労顔で話しかける。


「もう、びっくりしたじゃん」

「そ、それはこっちのセリフですよ……」


 なぜ隠れていたかは後で聞くとして、そうとりあえず自分の中で前置きしたリュヒナは小走りで玄関に戻り、肉まんの七個入った袋を持ってカズヤ達の所に再び戻る。

 カズヤ達もその匂いに気づいているんだろう。目に期待が篭っている。カイヤに至っては口から涎が垂れてきていた。

 リュヒナはその様子にニコニコしながら肉まんの袋を持ち上げる。


「肉まん食べる?」





 結論から言えば、平屋には誰もいないと思っていたリュヒナだったが平屋には全員いた。いや正確にはエリス以外全員いた。

 全員が数本ある柱に身を潜めていたらしい。というか、そうするようにエリスから子供たちは指示を受けていた。


 このご時世である。ましてやこの「失われた未来」撤廃主義のベルフェリングだ。身を潜めるように言っておくのは当然の事とも言えた。

 エリスはどこに? というリュヒナの質問にカズヤは「買い物行ってます」と答えたわけだけれど。


 エリス達に買い物をする金銭があるとは思えないと思ったリュヒナだったのだが、「乾パンをもらうときに「誘導声テクノボイス」を使った」というエリスの言葉を思い出して、なんとなく察しが付いた。


 そんな感じで状況を確認しつつ、リュヒナ達は廃墟寸前の平屋の真ん中で、円を描くようにして肉まんを食べているわけである。


「へー、じゃあカズヤくんはエリスちゃんと出会ってまだ一年くらいなんだね」

「うん。夏が過ぎたとき位だったから多分そうだと思うよ」


 数十分話した程度ではあったが、すっかりカズヤのリュヒナに対する態度は軟化していた。

 敬語がなくなったのがいい証拠だろう。


「エリスちゃん、すっごくいい子だよね」

「うん。みんなエリスのこと大好きだよ」

「エリスちゃんの事「エリス」って呼び捨てにしてるけど、同い年なの?」

「ううん。僕はエリスより一つ下だよ」

「ってことは私の二つ下か!」

「え!? リュヒナさん僕より二つ上なの!?」

「ええぇ!? そんな驚くことかな!? そんな老けてる!?」

「いやいや、むしろ逆だよ。エリスより年上に見えないって言うか」

「あー、それは自覚してるよー」


 笑いあいながら肉まんを頬張る。といっても、先に食べていたリュヒナの方はもう食べ終わりかけといった感じだけれど。


「カズヤの能力ってなに?」

「……んー、わからないんだよ」

「わからないんだ?」


 それはよくあることである。

 能力暴走化が起こったとしても、それが周りに及ぼす影響というものが目に見えて大きいということがあれば小さいということもある。

 本人が自覚しない状態で発動してしまうというのも理由の一つにある。一体どんな能力なのか、自分自身に干渉する「情報処理能力テクノロジャクション」のリュヒナでさえどんな能力なのか自覚するのには十年の時間を要した。


 カズヤはぽりぽりと後頭部を掻きながら答える。


「とりあえず、ダメージを与えるような危険なものではないと思うんだけど」

「能力暴走化は何度かあったんだね」

「うん。エリスにその度に止めてもらってたけどね」


 「誘導声テクノボイス」の汎用性の高さにリュヒナも少々驚いていた。

 暴走化を止めるには精神干渉の能力が手っ取早いとはいえ、前回の半魔獣化の時のようにすぐに何の抵抗もなく暴走化を止めることが出来るのはやはり稀である。

 貴重である。

 そもそも、言ったことを実行させる能力こそ精神干渉で最も強力な能力なのかもしれない。

 仮定でしかないけれど。


「エリスちゃんはみんなのお母さんみたいな感じだね」

「うーん、そうだね。みんなからしたらそうかもね」

「ん?」


 なんだか煮え切らないカズヤの返事にリュヒナは首をかしげ聞き返す。


「カズヤくんにとっては違うの?」

「え、あ、えっと……な、なんでもないよ」


 少し慌てるように答えて肉まんに噛り付く。

 リュヒナはその慌て方にハテナを浮かべながらカズヤの様子を伺っているとカズヤの頬がやや赤くなっていることに気が付いた。

 そして、なんとなく察してしまった。


「あー! さてはカズヤくん、エリスちゃんのこと……」

「な、なんでもないってば!!」


 カズヤがあらぬ方向に向きながら必死に言い訳する。

 その様子の口をωこんな形にしながらリュヒナは見つめる。


「丸分かりだよぉ」

「う、うるさいな!」


「ちょっと、騒がしいわよ、静かにしてなさいって言ったでしょ」


 そんな二人の会話をさえぎるように鈴が鳴るような綺麗な声が平屋に広がった。

 全員が視線を向ける玄関には片手に袋を持ったエリスが立っていて、その顔はやや怒気に染まっている。

 その様子に気づいているのだろう。いつぞやの「エリス!」といって駆けつける子供は一人もいなかった。


「あ! おかえりエリスちゃん!」


 だが、そんなことお構いなしでリュヒナはいつもの調子でエリスに声をかけた。肉まん片手に振り返って座ったまま手を振る。

 もはやそこにいるのが当たり前だったかのような和み方だった。


「リュヒナ来てたの? 早いわね」


 そこでエリスもリュヒナがいることに気づいて答えた。

 扉を閉めて部屋に上がってくるエリスの持つ袋の中から流れ出る匂いが先ほどから嗅ぎ慣れてしまっている匂いであることにリュヒナは気づいた。

 というかエリス以外の全員が気づいていた。

 とりあえず、念のためとばかりにリュヒナは尋ねた。


「その袋の中身なにー?」


 答えは案の定。


「肉まんよ」


 想定していた通りの答えだった。



 


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