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失われた世界で  作者: 笑わない猫
届かない訴えの代償
4/11

大事なこと

 ごめんなさい。

 ごめんなさい!


 昨日設定の見直しと書き直ししてたら書く時間がなくてその、あのあのあの


 一日遅れてごめんなさい!!!!



 こくん、こくん、とリュヒナの首が上下に揺れる。別にロックバンドのようにぶんぶん振り回してるわけじゃない。

 半分眠りかけている、ただそれだけだ。

 もう夜も深夜を超え、リュヒナにとって旅路でもない時なら温かいベッドでぐっすり眠るような時間だ。ましてや何もない部屋でずっと待機させられているこの現状で起きていろ、と言う方が苦痛だろう。

 元々なにもせずにボーっとしていることが苦手なリュヒナの性分から、椅子に座りっぱなしなんていうのは拷問もいいところだ。二十年前まで存在していた学校というものが今でもあってもしそこに通うようなことがあったならリュヒナは確実に悲鳴を上げていたことだろう。


 何もない。パイプ椅子と簡素な机以外は本当に何もないこの小部屋は警備兵ディリングの駐在所の一室だ。取調室といったほうがいいかもしれない。

 夜も更けるそんなときに路地奥の空き地で「失われた未来ロスト・チルドレン」が二人して騒いでいる、となったらやはり看過できることではないのだろう。

 取調べが行われてもう四時間が過ぎようとしている。二人分けて取調べをする、ということでこうして分けられることになったのだが、どうやらまだキリアの取調べが終わらないらしい。


 リュヒナの取調べはなんだかんだで一時間強で済んだのだが、一体何をしてるのか……、そうぶつくさ言いながら時間を過ごしていれば自ずと眠たくなるのは当たり前だ。

 

 実際この時キリアはリュヒナに言われた「あの子達のことは黙っていて」という言葉を考え、もしリュヒナと言ってることが違って怪しまれるのを抑えるために黙秘しているわけなのだけど。

 それをリュヒナが知ることはない。


「……はっ!!」


 こくん、と大きく首が落ちたときに衝撃で目が覚める。


「……ま、まだなの……」


 周りを見て誰もいないことを確認するとまた大きくため息をついた。

 何度これを繰り返せばいいのか、そんなことをボーっと考えながらまたこくりこくりと顔が落ちる。

 この空間から出ることになるのは明け方になることをリュヒナは知らない。





 


 結局宿に帰って二人が熟睡するころにはすっかり日も上がっていたわけだけれど、そんな二人とは関係なく、ベルフェリングの街は今日も動いていく。

 昼過ぎ、時間にして六時間も寝ていないにもかかわらずリュヒナは目を覚ました。まだ瞼は重たいし、隣のベッドではキリアもまだ眠っている。

 二度寝しようと思えば出来る体調ではあったがリュヒナはもぞもぞとベッドから出た。

 気になることがあったからだ。


 シャワーを浴び、いつもどおりのマントを羽織って髪の毛を結ぶ。

 目の下に若干出来た隈をむすって睨んでから、キリアを起こさないように静かに宿を出た。


 気になること。それは昨日エリスとの別れ際に見たエリスの動揺だった。

 家族という言葉に明らかに大きな動揺を見せた。

 彼女自体意識したことではなかっただろう。目に見えてうろたえた訳でも無いし、微かに瞳が揺らぐ程度のもの。

 「情報処理能力テクノロジャクション」が無ければ到底気づかないような変化だ。


 単に気にしすぎているだけかもしれない。


 というか、気になるのも確かだけれど、実際エリスという人間に興味が湧いているだけなのかもしれない。

 「失われた未来」でリュヒナに近い歳で能力のコントロールが出来る。

 リュヒナにとってそれはクレア以来の出会いでもあった。


 活気付くベルフェリングは今日も変わらず、賑わう大通りからリュヒナは早々離れた。

 近くの路地に入り、能力を解放する。「情報処理能力テクノロジャクション」の能力のひとつである半永久的保存の読み込みを行う。

 警備兵ディリングに連れて行かれたときに取調室にあったベルフェリングの地図を丸暗記しておいたのだ。


 今なら鮮明に地図を思い出せ、一本一本の細い路地も思い出せる。


 リュヒナは少し小走りで最後にエレナと分かれた空き地に向かった。


 空き地は思ったよりも近くにあった。

 地図で見るのと実際とでは感覚に違いが出るのは当たり前のことだが、もう少し遠いと思っていたリュヒナにとって少し心の準備が足りないと言えた。

 というか、心の準備をしてから出ればいいと言う話なのだけど。


「誰も、いないかぁ」


 考えてみれば昨日の今日なわけだから、エリス達が警備兵を警戒してこの辺りには来ない可能性も十分に考えられる。

 少し先走りすぎたかな、とリュヒナははにかんだ。


 ゆっくり周りを見渡しながら広場を歩く。

 能力はすでに解いてある。空き地につけば能力を使い続ける必要もないからだ。

 広場の真ん中には空から差し込む太陽の光が大きな円を描いている。

 その真ん中に立つと暖かな、日向独特の暖かさがリュヒナの体を包む。


「これは、思ったよりも穴場かもしれないなぁ」


 ゆっくり腰を下ろす。マントの裾がふわっと広がる。

 体育座りをしながらぼーとする。本当に特に何か考えているわけではない。眠たいだけかもしれない。

 しかし、何も考えずぼーとしてたところで人間なにか考えてしまうものである。

 リュヒナも例外ではないわけでもある。


「小さい頃、こういう秘密基地みたいなところで遊んだなぁ」


 小さく呟いたリュヒナの声は半分霞がかっていた。






「私の言うことは絶対なの!」


 それが少女の口癖だった。

 わがままかつ傲慢、思い通りにならないことは許さない非合理主義。人としては最低といわれてもおかしくないような少女だった。

 幼い少女だったからこそ許される範囲だったのだろうけど。

 まぁ正確に言うならば。


 許す許さない以前の問題なのかもしれないのだけど。


「私の言葉を全部ぜーんぶ正しい!」


 実際、少女の言う言葉に抗う人間はいなかった。

 少女の言葉にみんなみんな従った。まるで女王に従う群衆のように。


「『みんな私を愛して』!!」


 愛とはなにか、それが分からない少女の叫びは。







「どうして」

「……ふぇっ!?」


 いつの間にか眠ってしまっていたリュヒナは突如聞こえた声に座ったまま飛び上がるように驚いた。

 半目の状態で声の聞こえたほうに振り返ると、灰色のノースリーブに青い短パンを履いた銀髪の少女、そうエリスが立っていた。

 エリス自身、最初は空き地の真ん中で座っている人影にかなり警戒もしたのだけど、その人物がまさか昨日あれだけのことがあったにも拘らずここに来ているリュヒナで、しかもその顔がかなり間抜けで半目状態であったのなら、そりゃ気が抜けてしまうのも無理はない。

 気が抜けて、つい声が漏れてしまったのも仕方ないことだ。


「あ、良かった。会えた会えた」

「……なに考えてんの」


 もう何を考えてるのか、と聞いたがエリス自身聞くだけ無駄だなと思ってきているのも確かだった。

 あれだけのことがあって、暴走化した少年に殺されかけて、「誘導声テクノボイス」の能力を使われて、どうしてこうもニコニコとしてエリスと対峙出来るのか。

 心底、本当に心のそこからエリスはリュヒナのことが理解できなかった。


「えへへ、ちょっとね。君に話があったんだ」

「……私に……?」

「まず、名前教えてよ! いつまでも君って嫌だし!」

「どうして教えないといけないの?」

「私リュヒナ!」

「…………」


 まるで話を聞いてない。

 

「……エリスよ」

「えへ、エリスちゃんはあの子達の家族なの?」

「……そう、ね」


 家族、という言葉にぴくっとエリスの体が動く。

 血が繋がっているわけでもない。ただ身寄りのない子達と一緒に同じ屋根の下で保護して過ごしているだけ。

 それを家族といっていいのか。

 家族と呼んで、いいのだろうか。そんな葛藤がエリスの心に渦巻く。


「えっとね、そんな分かりやすいエリスちゃんに言いたいことがあってねー!」

「わ、分かりやすい!?」


 言いたいことよりも分かりやすいといわれたことについエリスは反応してしまう。

 そんな姿を見てニコニコしながらリュヒナは続けた。


「私と、お友達になりませんか?」


「…は?」


 なにをどうしたらそうなるのか。まったく以って理解できない。今更リュヒナのことを理解できない理解できないと何度も思ったところでなにか変わるわけでもないのだけどエリスは疑問符を浮かべずにはいられなかった。

 友達という概念もよく分からないエリスにとってそのリュヒナの申し出に「YES/NO」で答える以前の問題でもあった。


 友達って……?


「私、同じくらいの歳の「失われた未来」と会うってすごい少ないんだよね。だからさエリスちゃんに会えてちょっとうれしかったんだ。出会い方はそんなロマンチックじゃなかったけどね」


 半分笑いながら言うリュヒナにエリスは警戒以前に「この子は何を言ってるの?」という疑問で頭が埋め尽くされていた。

 同じくらいの「失われた未来」に出会ったからって襲われたにも拘らず仲良くなんて、どうかしている。

 確かにエリス自身、同じ「失われた未来」を五人保護しているが、最初から襲われでもしていたなら近づこうとすら思わない。今でこそ、長い時間、といっても一年弱だが、あの子達と過ごした時間があるからこそ暴走化しても守ろうと思えているんだ。

 それをリュヒナは他人であるエリスに対して、それをやってのけている。


「しばらくはこの街に滞在する予定だしさ。仲良くなれたらこの街にいるのもっと楽しくなるし!」

「……」


 これからの楽しみを語るように両手をぶんぶん振り回すリュヒナ。

 というかすでに仲良くなる前提で話が進みそうな予感がエリスにはしていたのだが。


「もうお互い名前で呼び合ってるしー」


 それはそっちが勝手に……。


「エリスちゃん可愛いしー」


 は? いやいや、ちょっと……。


「みんなのお姉ちゃんって感じの強気なところ好きだしー」


 す、すき? いや、だから。


「ってことでこれ一緒に食べよ?」


 言い返そうとするエリスの言葉も聞かずにほわほわといい続けるリュヒナは、腰に巻くベルトにつけているポーチから小さく包装された袋を取り出した。

 それを自分の顔の横でエリスに見せ付ける。


「サンドイッチ! いらない?」

「…………いらないわよそんなの」


 完全な強がりだ。

 だけれどその強がりを本気で受け取ってしまったリュヒナの顔がさっきまでの笑顔から一気に落下するかのように沈んだ顔に変わった。

 今にも泣き出しそうな、やわらかそうな頬を膨らませたリュヒナがエリスを見る。


「あ、あのね、そんな顔しても……」


 ぐぅー。


「……」

「………………」


 なんの音かはいわずと知れず。

 もちろん、その音に気づかない二人ではない。

 エリスの顔が茹蛸のように真っ赤になっていくに合わせ、リュヒナの顔は綻んでいく。

 「むふふ」と口をωのような形にしながらリュヒナはもう一度サンドイッチの入った袋を見せる。


「いる?」

「……もらえばいいんでしょ」


 そっぽ向きながら答えるエリスににっこり微笑むリュヒナだった。





 エリスはとても優しい子だ。

 リュヒナはエリスと肩を並べてサンドイッチを食べながらそう感じていた。

 普段、というかまず会ってまだ二日目のだけど、リュヒナの第一印象から見てエリスは気が強く融通の利かない子、という印象が強かった。

 自分を強く持ちすぎているプライドの高さが彼女から感じられたんだ。

 その様は、とても昔の家族に似ているなぁ、と感じていたリュヒナには謎の親近感があった。

 しかし実際にこうして近くで普通にしゃべってみるとリュヒナの思っていたより大人で思っていたより子供想いで、なんというか、自分のほうが年下に感じたりしていた。


「じゃあエリスちゃんはその六人の中で一番年上なんだねぇ」

「そうよ、私がいないとあの子達何も出来ないから」


 最初こそ言葉はあまり交わさなかったものの、前にいた少年たちの話を振るとしっかり反応してくれたエリスと完全にリュヒナは意気投合していた。

 意気投合というか、すごいなぁ、と思い褒めるリュヒナに照れながらもそんなことない、と言いつつ少年たちのことを話すエリス。という図が出来上がっているわけだが。


「ふふふ」

「ん? なによ、気持ち悪いわね」

「ううん、エリスちゃんと友達になれて嬉しいなぁ、って」

「……ほんと、ぶれないわね」


 はぁ、とため息を漏らしながらエリスはサンドイッチの最後の一口を放り込む。

 友達、という言葉を肯定しないも否定しなかった自分に多少の戸惑いを感じながら。


「どう? おいしかった?」

「……えぇ、ありがと」


 そういってから早々エリスは立ち上がった。


「あ、まだお話しようよ」

「何早とちってるのよ」


 まだ残ってるサンドイッチを持ちながら不満そうに言うリュヒナに苦笑を浮かべたままエリスは見下ろす。

 帰る気ではいた。だけれど、一人ではない・・・・・・


「着いて来て。連れて行きたい場所があるの」

「……ふぇ?」


 連れて行きたいところ、それは勿論。


「私たちの家よ」





 空き地からまた路地を通って能力を使いながら前を歩くエリスについていく。帰る時に自分のいる位置が分からない、なんてことにならないようにするためだ。

 とはいっても空き地から数分もしないところにその家はあった。


 路地を進むと空き地に比べるとかなり小さいが多少開けた場所に出る。

 リュヒナも能力を使いながら周囲を観察するが「住めるような家」はどこにもなかった。

 廃墟、ばかりなのだ。壁にひびが入ってるはもちろんのこと、窓ガラスは無いし、まず壁が無いところもあった。そんな木造やらレンガやらの廃墟の中、エリスは何の躊躇も無くひとつの家の扉に手をかける。

 たくさんある廃墟の中で一番マシな外見をした木造建築の平屋だった。


「ほら、こっちきなさいよ」

「え、あ、うん!」


 立ち止まって周りを見ていたリュヒナにエリスが声をかける。

 それを聞いてからリュヒナは小走りでエリスの元に駆け寄った。


「じゃ、入るわよ」


 きぃーと蝶番の音が響き、ゆっくりと扉が開く。中は薄暗く、窓から入る太陽の光のみがなんとか部屋全体をほのかに照らしている。

 エリスが中に入るのに続くようにリュヒナも入る。


「わぁ、お邪魔します」

「はいはい、帰ったわよみんな」


 昔の秘密基地を思い出すリュヒナが目をキラキラさせてるのを見ながらエリスが声を上げる。

 すると、誰もいないと思った部屋の中からドタドタドタと走る音が聞こえ、薄暗い部屋から子供たちが飛び出してきた。

 吹き抜けになってる平屋の大きな柱に隠ていたのだ。


「おかえり!」

「おかえりー!」

「はいはい、分かったからどいて、中に入れないでしょ」


 エリスの周りに集まった五人の子供たちの背中を押しながらエリスが入っていく。

 その様子を見ながら、リュヒナは微笑ましい光景に顔綻ばせた。

 ある程度子供たちを中に押し込んだエリスが部屋の真ん中から振り返りリュヒナを呼んだ。


「扉閉めて入ってきて」

「あ、はーい」


 そこで子供たちも誰かが一緒に来ていると初めて分かったようで客人であるリュヒナのことをエリスの背後に隠れるようにし覗き見ている。

 扉を閉めて部屋に上がったリュヒナとエリスの後ろに隠れてる子供たちのうちの一人と目が合う。


「あ、君確か」

「あ、……」


 リュヒナが腰を下げて、その少年のことを覗き込むとぴゅっとエリスの後ろに隠れてしまう。

 その少年は昨日リュヒナに襲い掛かった暴走化の少年だ。その様子に「あはは」と笑いながら自分の心に言うように


「無事でよかった」


 とリュヒナは呟いた。


「もう、隠れてないでほら、言いたいことあるんでしょ?」

「言いたいこと?」


 エリスが少年にかけた言葉に反応したのはリュヒナだった。

 その質問に答えるようにエリスの後ろに隠れていた少年がおずおずと前に出てくる。

 緊張してるのか、目をリュヒナに合わせないまま、ゆっくり口を開いた。


「ご、ごめんなさい」

「……へ?」

「僕、またおかしくなったみたいで、それで、襲っちゃったから、その、ごめんなさい」

「……」


 俯いたまま小さな声でリュヒナに謝る。

 その姿をぽかーんと唖然とした表情でリュヒナは受け取っていた。

 まさか、謝られるとは思っていなかった。むしエリスとやりあったことについて怒るんじゃないかな、ぐらいの感じでいたリュヒナにとって少年の謝罪はあまりにも予想外だった。


「まぁ、そういうことよ、カズヤ、昨日からずっと謝りたいって言っててね。それでいい機会だから連れてきたのよ」


 エリスの言葉の半分もリュヒナの耳に入らない。

 もう今のリュヒナには目の前の少年、カズヤのことで頭がいっぱいだった。

 一生懸命謝ってるその姿は、「失われた未来」など関係なく、人間らしい純粋な心の表れ。

 リュヒナはカズヤが愛しくて愛しくて仕方なかった。


「……えへへ、カズヤ君って言うの?」

「え、あ、うん」

「なら今日から私たちは友達ね、私はリュヒナ! よろしくー」


 そうなのだ。



 「失われた未来」も、人間なんだ。

 ついそんな大事なことも忘れてしまいそうになる世界。

 その世界の小さな小さな家で、



 リュヒナとエリスたちは友達になった。





 

 

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