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入学式当日、朝 (文月 佐助)

 入学式当日。ハレの日に相応(ふさわ)しい晴天に恵まれ、人々の顔は一様に明るい。

 俺は新入生に(まぎ)れて玄関付近にいた。視線の先にあるのは新入生のクラス割だ。

 深い意味はない。亜和野睦月とかいう女を勧誘するにあたって、そいつの在籍するクラスくらい把握しておいた方が楽だろうと思っただけだ。

 だからといって積極的に勧誘するつもりもない。とりあえず勧誘するだけしなければ、あのミズナに何をされるか分かったもんじゃないからだ。まったくもって損な役回りばかりだ。


 ――あぁ、まただ。意識していないと彼女(あいつ)のことを昔のあだ名で呼んでしまう。この癖が抜けないかぎり、あいつにフーミン呼ばわりされても文句は言えない。

 高等部2年。ある種の節目だからこそ、この癖を直す決意を固めていたというのにものの数分ともたなかった。やはりオカルト部に入ってから身体が(なま)りつつあるようだ。肉体と精神、その両方に支障をきたすとは……。やはりあの部は恐ろしい。


「自分のクラスを確認した生徒から教室に向かってくださーい」


 3年の生徒会役員が誘導を始めた。後ろを振りかえらずとも徐々に人が集まってきているのがわかる。さっさと亜和野の名を探さなければいけない。そのために早起きをしたのだから。…………いや、早起きしたのは少し外を走りたいと思ったからだ。よし、ターゲットを探そう。


「って、なんだA組じゃねぇか」


 名字が『あ』だと楽でいい。少し変わった名字でもあるし、間違いないだろう。

 ついでにA組の面子(めんつ)も確認しておく。見知った顔がいれば口実もつくりやすい。それだけ接触するチャンスが増えるというわけだ。

 順にたどっていくと、すぐに『卯月(うづき)(ゆう)』という名を見つける。もしかしてと思い、15人ほど後ろの名前を確認すると『葉月(はづき)(れい)』という名も見つけた。


 なんだ、ユーレイコンビも亜和野と同じクラスじゃないか。

 とっさに双子を説得した方が勧誘が楽ではないかという考えが浮かぶ。しかしすぐに打ち消した。『家庭の事情』という言葉を思い出したからだ。その言葉の重さや複雑さは双子の名字にすらはっきりと表れている。見分けるのが困難なほど似ている二人だ、血の繋がりはあるだろう。それなのに名字が違い、同じ寮の部屋に引きこもっている。簡単に踏み込めない複雑さがそこかしこに浮き彫りされていた。


「ま、俺には関係ねぇけど」


 誰にも聞こえない声でつぶやく。そんな事情、俺には関係ない。口にだすことで言葉がストンと胸に落ち着いた。どんな事情があろうと、あの二人は同じ部員で今のところ唯一の後輩だ。部活に顔を出した時くらい事情なんて関係なく、好き勝手にさせてやってもいいだろう。限度はあるが。そう、本当に限度はあるが。


 さて、気持ちを切り替えよう。葉月の『は』までしか確認していないのだ。さっさと終わらせて……――。


「――は?」


 別にシャレというわけではない。ありえない名前があり、思わず目を疑う。


『出席番号28番 文月 佐助』


 まぎれもない自分の名がそこにあった。

 ひとまず目をこする。まったくこれだから花粉症は厄介だ。今度眼科で検査と薬の処方をしてもらおう。視力は落ちていないはずだから、単なる見間違いだろうな。

 自身を笑い飛ばし、再度確認を(こころ)みる。


『出席番号28番 文月 佐助』


 漢字もまったく同じだ。一字一句たりとも(たが)わない。

 同姓同名か? いいや違う。その可能性は限りなくゼロだ。

 俺は中等部にも在籍していたため一つ下の内部生とは顔見知りだ。全員を知っているわけではないが、同姓同名がいたら早い段階で気付くだろう。したがって内部生の可能性はない。次に外部生に同姓同名がいるという可能性だが、これもない。

 一昨日、新入部員の候補を探すために外部生全員をチェックする羽目にあっていたのだ。もちろん俺の見落としはあるかもしれない。モチベーションが上がらない状態ならなおさらだ。しかし昨日は、モチベーションMAXの元凶と淡々と作業をこなす仕事人がいた。とくに俺と同姓同名という格好のネタをミズナが見過ごすわけないのだ。そういう意味では信用できる能力の持ち主だった。これで外部生の可能性もなくなった。


 以上のことから察するにこの1年A組に在籍する文月佐助とは俺のことだ。


 一体どういうことだ? 異世界? パラレルワールド? 時間操作による歴史の変化?

 付け焼き刃ではあるが、ミズナから叩きこまれたオカルト用語がいくつも()いてくる。これは夢か? 俺に何が起きた。こんなありえない事がありえている。なぜ?

 とにかくミズナと合流してこの事態に類似した事例がないか尋ね――。


 その時、俺の中の現実主義が声高に俺を(ののし)った。


「そんな考えに走るより先に、もっと現実を見ろ!!」


 その言葉で目が覚めた。そうだよな。オカルト現象なんてあるわけない。

 奇妙、奇怪、奇異、そんな存在は一人いれば充分だ。


 ミズナこと水無月知留夜。

 この時間、彼女がいる場所といえばただ一つ。

 旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』。


「ふざけんじゃねぇぞ!!」


 言うが早いか人ごみを飛び出し走りだす。ここからならば、グラウンド横の外の道から行った方が近い。


「走らないでくださーい」


 3年の誘導係の声が遠くで聞こえた。

 ここは廊下じゃねぇっての。


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