作戦会議 (如月 弥生)
旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』。
「作戦会議をはじめるわよ!」
いつものごとく彼女が口火を切った。今は授業で使われていない旧校舎で、一番の活気となっているのが彼女――水無月知留夜だ。私にとって一番仲の良い友人であり、同じ部活に所属する仲間である。彼女はオカルト部の部長で、なにかと型破りなのが特徴的だ。例えば、雰囲気がいいという理由だけでこの旧校舎の使用許可を得る努力をしたり、オカルト現象に全く興味のない人間までも部員に引き込んだりと、彼女のやや理解しがたい行動には枚挙にいとまがない。
今日の招集についても突発的だった。私としてはなんの問題もないけれど、色々と予定が立てこんでいるらしい彼はしかめっ面をしている。
「なんでもいいから早く終わらせてくれ」
彼――文月佐助は気だるげにそう言った。特徴と呼べるものが少ない男子生徒だが、いつも不機嫌そうな顔でピリッとした空気を纏っている。それは彼の生真面目な性格からにじみ出ている雰囲気で、私としては不器用な性格にしか見えなかった。かくいう私も器用な性格ではないのだが。
それでもまあ、自由奔放すぎる知留夜と対照的なおかげで調和がとれている気がするから問題はないだろう。
そういえば自己紹介が遅れた。私は如月弥生。知留夜と文月同様、オカルト部に所属しており、明後日には高等部2年となる。私の見た目は昔から日本人形のようだと言われ、何を考えているのかよく分からない薄気味悪い子と揶揄されることが多い。長い黒髪にものさしをあてて切ったような前髪も、感情の起伏がほとんど表に出ないことも、日本人形という表現は的を射ていると思っている。だが知留夜にいわせれば、常に冷静沈着で思慮深いNO,2に相応しいクールキャラ。それが私のイメージのようだ。価値観というのは人それぞれで否定するつもりはないが、無愛想な人形もどきと呼ばれるよりは知留夜の表現の方がはるかにましだ。そのためとくに意を唱えてはいない。
周囲を照らす太陽のように明るい知留夜。その隣にいる私はさしずめ三日月といったところか。これはこれでバランスがいいと思っている。
「さて、これが今回の作戦に必要不可欠な資料よ」
私達が囲む机の上にバサバサと積み上げられていく紙の束。そのあまりの多さに文月がギョッとしたように目を見張る。100サイズ段ボール一箱分といったくらいか。これはかなり面倒なことになりそうだ。内心で精神統一を図り、覚悟をきめる。
「これ、なんだよ?」
「新入生よ」
とりあえず一番上にあった資料を一枚手にとってみる。
顔写真、名前、性別、主な経歴、功績など……学園の信用問題に大きく関わるであろう機密情報がつまっていた。
そして知留夜の口ぶりから察するに、これは明後日入学する新入生のリストだ。ことの重大さに気付いた瞬間、背中を冷たい汗がつたった。
「こんなもの何でここにあるんだよ……?」
茫然とする私よりも早く、文月が疑問を口にする。
「コピーしてきたのよ。頼れる仲間がいると心強いわね」
あっけからんと答える知留夜。私と文月はおそらく同じことを思ったはずだ。
一体どこのどいつだ。知留夜に余計な力を与えたのは、と。
「この中からターゲットを絞って勧誘する作戦よ。目標はずばり、弥生風後輩キャラの確保!」
私のような後輩とはどんな後輩だろう。無愛想で無口な後輩なんかどう接したらいいのか分からない。非常に困る。
「ゆくゆくオカルト部を引っ張っていくことができそうな、優秀な人材がいいわね」
「つまり、次期部長候補ということ?」
「さっすが弥生。話しが早いわ」
確かに新入部員は必要不可欠で、その中から次期部長が選ばれるのは当然のこと。誰でもいいという妥協をしないのが彼女のいいところだ。今は面倒なことかもしれないが、いずれ役に立つだろう。無計画なことの多い彼女にしてはいい先見の明だ。文月もそれが分かっているのか、ため息を一つついただけで文句をいうことはなかった。篤く同情するわけではないが彼がやや不憫に思えたので少し意見することにしよう。
「知留夜、今日と明日の2回に分けることはできないの?」
彼女の表情がわずかに曇る。これは望み薄だなと直感した。
「明日は入学式準備で午前中から作業だから、何時に終わるか分からないわ。明日は明日でやりたいこともあるし、今日が勝負時よ!」
「そう……」
彼女なりの考えがあるので無理に否定はできない。それに文月がすでに諦めたようにメールを打ち始めているため、これ以上踏み込むのをやめることにした。
明日は入学式の準備があるし、その前日の今日が実質最後の春休みだ。その最後の日をこうして仲の良い友人と過ごすことができるのは、悪くないかもしれない。
―――――――――
黙々と作業を続けること数分。ぽかぽかとした春の陽気が、窓から挨拶をしてくるが私達の席にはわずかに届かない。もう少し日が傾くようになれば知留夜の背中をあたためることになるだろう。そうなると気ままな猫のように知留夜がうたた寝を始めてしまうので、少し読むペースを上げた方がいいかもしれない。
膝の上に資料の束を重ね、一枚ずつ目を通して机に戻す。「私のような」という難しい注文のせいで進行状況は芳しくない。ただ、それに対する煩わしさとは違う感情が湧いていた。期待といっていいかもしれない。知留夜が、そして文月が私をどのような人間だと思っているのかがどんな人物を選ぶかによって間接的に分かるのだ。選ばれた人物を鏡にして、自分自身を知ることができるかもしれない。
作業に対する煩わしさと、二人へ馳せる期待とほんの少しの不安。
私は迷わず、煩わしさという感情を消去した。
それからさらに15分ほど経っただろうか。そろそろ知留夜用に紅茶を淹れようと思った時だった。
「この子、気になるわ」
知留夜が一枚の紙を机上に置いた。覗きこもうとすると、文月も同じようにしてきたので先に紙を渡す。
「悪いな」
短く彼は礼を述べ、手にとって読み始めた。
私はこの合間に紅茶を淹れることにしよう。
ここ、旧校舎は電気と水道がきちんと通っている。電気ケトルさえあればお湯を使うことも容易で、ティーカップもすぐに洗える。普段は施錠されている為、それらを放置しておいても悪さをされることはない。まさに最高の活動場所だった。
今日は時間も惜しいのでティーバッグで済ませることにする。手早くカップをあたため、お湯を注いで1分。手抜きそのものだが、知留夜は飲めればなんでもいいので文句を言われることもないだろう。逆に凝り性な私が器具をそろえたり、茶葉を研究したりして知留夜に飲ませることが楽しみになっていたりする。
「お待たせ」
知留夜の前に置いてから席に戻る。
「ありがと」
「どういたしまして」
猫舌の彼女がお茶を冷ましている間に資料を読もう。文月から紙を受け取り、名前から順に目を通す。
『亜和野睦月』。そう書かれた名前の隣に、真面目そうな顔つきの少女の写真があった。
ダークブラウンの髪色に目を引かれるが、備考欄にきちんと染髪の疑いがないことが記入されていた。知留夜同様、生まれつきのものだろう。知留夜も黒とは言えない明るい髪色のうえ、ゆるやかな曲線を描くロングヘアーである為、新任の生活指導教師に注意されがちだ。それに比べたら、耳が隠れる程度の長さに切りそろえた少女の方がまだ模範生徒のように見えた。かくいう私は腰まで届きそうな重い黒髪なので、二人の軽やかさが少し羨ましい。
「弥生、もう読み終わった?」
「一通りは」
「それじゃあ、この子が生徒会長をやってたってことも読んだわよね」
知留夜は満足げな顔つきで紅茶をすする。その顔はたくさんの物の山から掘り出し物を見つけたような誇らしげな顔でもあった。
「元生徒会長なら、このオカルト部を継ぐにふさわしい手腕の持ち主だと思うわ!」
まぁ、確かに。私と文月は頷きを返す。実績があるに越したことはないし、現在の部長がこんな人間だ。よほどの器量の持ち主でなければ彼女に振り回されるのが目に見えている。それにこの部の一番の問題児が気に入る人物ではないと困るという理由もあった。その問題児が決めた人物なら文句を言うこともないだろう。
「それにね。この子はちょっと面白そうな予感がするわ」
最大の理由として挙げられるのは、知留夜の直感力の良さだ。なんの根拠も確証もないことではあるが、ここはオカルト部。そういった不思議な何かこそ信用すべきなのだ。
「俺は真面目そうな奴ならかまわねぇよ」
文月もそれが分かっているので、あっさりと承諾した。たいして興味のなさそうな顔つきだが、かえってそれが知留夜にはからかうネタにしか見えなかったようだ。
「フーミン、嬉しそうね」
そんな風にかまをかけてみると、面白いくらいにひっかかった。
「そんなんじゃねぇよ」
「楽しみなんでしょ? フーミンは年下好きだし」
「はぁ? 別にそんなんじゃねぇよ」
「照れなくてもいいのよ。フーミンが面倒見いいのは知ってるわ」
「そんなんじゃねぇって言ってるだろ!」
知留夜の言っていることは事実だ。文月はそっけない素振りを見せるが根は優しく面倒見がよい。ベタな話、雨の日に濡れた子犬を拾ってきたこともある。なにより、こんなぶっ飛んだ人物の相手をしている時点で、その人の良さは明らかだ。
ひとしきり文月をからかうと、私の方に笑みを向ける。
「弥生もこの子でいい?」
「問題ない」
知留夜が私のことをどんな人間だと見ているのか。それを知るには彼女が選んだこの少女を知ることえ見えてくるのだろう。
私は私自身と知留夜とこの少女のことを知りたいのだ。反対するつもりはない。
「それじゃあ亜和野睦月ちゃん――むっちゃんをターゲットに勧誘しまくるわよ!」
「面倒事を増やすつもりはないが、勧誘するのは一人でいいのか?」
やはり彼は真面目だ。早く帰りたいと一番思っているくせに律義である。
「甘いわねフーミン。数が多ければいいというわけじゃないのよ」
「まあな」
「少人数体制により個々の能力の大幅な向上ができ、互いに刺激しあえるのびやかな部活が実現されるのよ」
「駅前の塾みたいな謳い文句だな」
「そしてゆくゆくは研究者顔負けの知識と根性で悪の組織『生徒会』を打ち破り、私達は世界征服を果たすわ!」
「生徒会がいつ悪の組織になったんだよ!」
「そして東シナ海に人口島をつくり、ミステリーサークルを刻んでUFOを呼び寄せるのよ!」
「世界征服したわりには規模が小さいな!」
「無事にUFOを呼び寄せ、物語は宇宙世紀に突入するわ! 乞うご期待!」
「なんの宣伝だ!」
声が大きくなってきたので、知留夜にスティックシュガーを与えることにした。
「わーい。ありがと弥生」
予想通り文月を完全に無視し、砂糖を紅茶に溶かし始める。知留夜は甘いものに目がない。こうして砂糖を与えるとすぐに意識が砂糖に集まる。熱くなりすぎた会話をおさえるにはもってこいのアイテムだ。
ご機嫌で砂糖を溶かしおえると、少し冷めた紅茶を飲みほした。
「まあ、部員を増やしすぎない一番の理由は弥生を困らせたくないからよ」
予想外の理由に私と文月が驚く。文月ではなく私の名前がでてくるあたりは彼女らしいが、こんな風に言葉にして気遣ってくれるのは珍しい。
私が素直に感謝を述べようと口を開く。しかしそれより先に彼女が言葉を続けた。
「部員数が両手で数えられなくなったら、弥生の手を借りなくちゃいけないものね」
……感謝しなくてよかった。
「小学生でも物数えるのに人の手なんか借りないぞ!」
私の行き場のない思いを文月が代わりに昇華してくれる。こういうときこそ感謝するべきだと思った。
明らかに馬鹿にしているツッコミだが、知留夜は怒った素振りは見せない。むしろ文月を小馬鹿にしたような顔でやぁねぇと笑った。
「私達学生は友達の手、大人は猫の手、老人はまごの手を借りて生きるのよ」
「上手いこと言ってるつもりだろうが、10より大きい数を数えられないのは相当まずいぞ」
「人は助け合う生き物だわ」
「…………ったく」
文月が諦めたようにため息をつく。普段の彼なら「お前と助けあえるわけないだろ、こっちの負担が大きすぎるわ!」などと悪態をつくところだろう。しかし私も文月も知留夜に助けられたことがある為、二の句が継げないのだ。
「それじゃあフーミンは入学式の日から勧誘よろしくね」
彼女は意図したわけではないが、このタイミングで頼まれると無下にもできない。文月もやや不満気な顔をしつつ正面から断ることはしなかった。
「一年生が相手だったら、同い年のユーレイコンビでいいんじゃねぇの?」
文月が言っているのは本物の幽霊のことではない。
双子の姉妹、ユウとレイのことだ。彼女らは中等部の生徒だが、時折ここまで足を運び部活に参加している。他の部でも中高合同での活動は珍しくはなく、むしろ歓迎されている状態だ。その為、中等部から高等部へ持ち上がり入学する内部生は同じ部活を継続することが多く、新入部員を獲得するのは難しい。知留夜の持ってきた資料もすべて外部生のものだった。
「ユウとレイは難しいわね。むっちゃんを強引に連れてくることはできそうだけど、戸惑わせちゃうわ。それにあの二人が教室に行きたがるとは思えないもの」
ユウとレイは学園内の寮に引きこもっている。授業には一切でていないらしい。それでよく高等部に進めたと感心したくらいだ。そもそもなぜ引きこもっているのか、詳しい事情を私は知らなかった。
「家庭の事情ねぇ……」
文月も私と同じでほとんど知らない。『家庭の事情』が絡むと、私達は簡単には介入できない。できることといえば、ここに飛びこむようにやってくる可愛い彼女らを歓迎してやることくらいだ。
少し空気が重くなったのを察したのか、知留夜がピシッと文月を指す。
「なんだよ、指差すんじゃねぇよ」
「指だと思うから嫌なのよ。矢を向けられたと思いなさい」
「余計嫌だっての! 殺る気か!?」
「白羽の矢が突き刺さるだけよ」
「つきさすな! せめて立てろ!」
「似たようなものじゃないの」
「4割増しで痛そうなんだよ!」
「とにかく! 私はフーミンが心配なのよ」
「は?」
彼女はわざとらしくハンカチを目元にあて、口でしくしく言う。こんな心配のされ方嫌だな。
「フーミンがいくら後輩想いのいい先輩だからって安心できないわ。初対面のむっちゃんがフーミンを見たらきっと『常に目つきの悪い不良っぽい人だなー。正直、関わりたくないなー』って思うわ」
「そんなわけないだろ! なあ?」
彼から向けられた救援要請に思わず目をそむける。私が実際にそう思ってたなんて、口が裂けても言えやしない。態度で言っているようなものだけれど。
「この部で一番誤解されそうなフーミンが先陣をきることで、私達へのハードルが下がると思うの。名案でしょ?」
「俺にメリットは!?」
「むっちゃんと一番早く仲良くなれるわ」
「そうともかぎらないだろ!」
「私がせっかく一番を譲っているのに贅沢ね」
「押しつけてるの間違いじゃねぇのか」
「そんなつもりはまったくないわ」
「それなら、お前もちゃんと協力しろよ」
文月が凄むように念を押すと、知留夜は快諾した。
「もちろんよ。大事な次期部長候補だもの。全員で勧誘するわ」
私も同意見なのでしっかりとうなずく。
ひとまず全員が納得し、今日は解散となった。
この時の私が知る由もないのだが、一言で言うなら甘かった。
とくに文月佐助。彼は知留夜に協力を仰いではいけなかったのだ。
なにせ彼女は破天荒という言葉と大親友なのだから――……。




