ペンデュラムダウジング
旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』。
「ない!」
いつになく慌てた様子で部長が騒いでいる。
「無いわ! どこへいったのよ!」
「……何をなくしたんだ?」
うんざりした表情で尋ねる文月。
部長は文月の声が聞こえないほど焦っているのか、必死で鞄をあさっている。部員が囲む長机には、部長の私物が山積みになっていた。駄菓子や缶詰といった食品系や、ペンダントと思われる水晶がついたアクセサリー。さらに犬用ビスケットや百人一首などなど、ツッコミを入れたくなるようなものばかりだ。
ちなみに教科書や問題集は数冊出てきた。一応勉強はしているらしい。たぶん弥生先輩が声をかけていたりするんだろうな。
「本当に見つからないわ!」
鞄を逆さまにしても見つからない様子。
私が感慨に耽っている間に見つかってくれればよかったのに。
「だから何をなくしたんだよ?」
文月がイライラしてきている。文月のカルシウム不足については何もいうことはないが、貧乏ゆすりはやめてほしい。
「どこにもないのよ!」
「何がだよ!」
「昨日まではちゃんとあったのに!」
「俺を無視するな!」
このままじゃ埒が明かないし、文月が拳を震わせているので口をはさむことにする。
「部長、何をなくしたんですか?」
「聞いてよ、むっちゃーん」
私の言葉にすぐさま反応し抱きついてくる。長い髪がくすぐったいけれどいいにおいだ。
「俺はダメで、そいつはいいのかよ!」
「フーミン、静かに。話が進まないわ」
ぴしゃりと部長が窘める。文月のこめかみがぴくりと脈打った。
さすが文月の神経を逆なですることに関してはプロフェッショナルなだけある。
「あぁ、止めるな。俺の中の何か……! 一度でいいから殴らせてくれ……っ!」
一人で何かと戦っている文月は無視され部長が話しだす。
「なくしたのは学園四十七不思議が書いてあるファイルよ。この間の不思議を書き足していないから修正しようと思ったの」
あの人体模型の謎か。すぐにぴんときてしまうあたり、私は部長と通じあえているのかもしれない。嬉しいような残念なような……。
思わずため息がこぼれそうになるのを寸でのところで止める。
そんな私とは対照的に部長は穏やかな表情で天井を見上げている。先ほどまでの慌てぶりはどこへいったのやら。同じように天井を見上げてみたけれど、渇いた木目がこちらを見下ろしているだけだった。
「せっかく部長らしく働こうと思っていたのにー。これはきっと、アレね。神様が私に働かなくていいよと言ってるのだわ」
「そんなわけないだろ」
なんて都合のいい解釈。こんな思考回路になりたくないけれど、悩みがなくなりそうで羨ましい。重ねて言うがこんな風になりたいわけではない。
「別にあんなものなくたっていいだろ」
文月がもっともな意見を述べる。部長が調べて書きためたファイルの中身は、ハッキリ言って必要ないと思う。人体模型の話が加わる可能性がある時点で、そのことは充分予想できる。
部長は少し眉をさげてため息をついた。その表情はいつもと違い、本当に困っている様子である。ころころと変わるその表情はまるで万華鏡みたいだ。
「あのファイルは大事なモノなのよ。前部長にしてオカルト部創部者の人が、私に唯一残してくれたものだから」
「え?」
思わず聞き返すが驚き過ぎて次の言葉が出てこない。
「お前が創部者じゃないのか?」
文月が私の言葉を代弁する。というか文月も知らなかったのか。
「違うわ。私は二代目よ」
衝撃の事実――というには些か大袈裟だけど驚いた。部長は元々部長ではない点もそうだが、その事を文月が知らなかった点も驚きだ。お茶の準備をしている弥生先輩へ視線を投げると、口パクで「初耳」と返事をされた。弥生先輩まで……。
正直、私はこの三人の関係性を知らないしあえて聞くこともなかった。昔からの付き合いがあって、部長に振り回されながらも楽しく過ごして、今はとりあえずこの形で落ち着いているのだろうと予想していたのだ。その予想は少し外れていたのかもしれない。あんまり詮索するのは好きじゃないけど、今度それとなく聞いてみようかな。
「前部長にして創部者は私なんかよりもオカルトチックな人で知識も膨大だったわ」
「へえー。それはすごいですね」
そうは言ってみたものの、イマイチ実感がわかない。部活を作ったのは部長という先入観があったし、創部者と比べる基準がこの部長である為、アテにならないからだ。
「今はあちこちのオカルトスポット巡りをしているみたい。8月のはじめには帰ってくるみたいだから会えるかもしれないわ」
「それは……た、楽しみ? ですね」
人見知りの激しい私にはちょっときつい。しかし8月のはじめといえば夏休み中だ。うまく理由をつけて断れそうな気がする。
「ま、そのことは置いといて、ついでにファイルなくしたことも置いといてお茶にしましょうか」
「置くなよ! せめてファイルは捜索しろ!」
文月の言うとおりだ。大事なファイルを紛失したとあっては、8月に帰ってくるだろう創部者に合わせる顔がない。
部長もそれは分かっているのか、気まずそうに視線を逸らす。
「だって、みつかんないんだもの」
拗ねる子供のような仕草に文月がため息をつく。怒りを吐きだすようなため息ではなく、言うことをきかない子供を相手にするお母さんみたいなため息だ。こんな目つきの悪いお母さんじゃ、子供はグレそうだけど。
「昨日まではあったんだろ? 多少の心当たりはあるんじゃないか」
「そー言われてもねー。昨日は校舎中を歩き回っていたから、いつ落としたのか分からないのよ」
「なんでそんなに歩き回ったんだ?」
「スマホなくしちゃったから、ダウジングしてたのよ」
ダウジングってL字型の鉄の棒を二本使って探し物するやつだよね?
ダウジングマシンを持って校内を歩きまわる部長。想像に難くない。
「なんでそんな面倒なことしているんだよ」
文月のまともな問いは部長の耳には聞こえなかったようだ。
「今回はペンデュラムダウジングに挑戦してみたわ」
そう言って机上にある私物の山から取り出されたのは、私がペンダントだと思っていた水晶だった。紫色が混じった透明感のある水晶で、大きさはペットボトルの蓋くらい。形は底面が平ら、先端は尖った六角柱だ。アクセサリーとしてはなかなかいいセンスだと思うが、どうやってこれでダウジングするのだろう。
「ペンデュラムっていうのは振り子のことよ。この水晶を重しにするの」
部長が水晶に括りつけてある鎖を持ち上げた。尖った方が下を向き、ゆらゆらと揺れている。なんだか催眠術をかけるときみたいだな、と思う。
「この状態で水晶に質問するのよ。イエスのときは弧を描くように回りだすし、ノーの時は前後に揺れるわ」
「そんなのどうして分かるんだ? そのイエスとノーの合図が逆である可能性だってあるだろ」
「前もって自分でも答えが分かっている質問をするのよ。それで水晶のイエスとノーの合図を確認しておくの。水晶によって全部合図が違うから気をつけてね」
なるほど、と文月が頷き、それに合わせて私も頷いた。イエスかノーの合図さえわかれば応用してスマホを探すこともできそうだ。
「せっかくだし実演するわ。よく見ててね」
部長が静止している水晶に問いかけた。
「フーミンはメガネのメイドさんが大好きなのでしょうか?」
「ちょっ――待て!」
動揺する文月とは逆に、水晶が静かに動き始める。はじめは小さな揺れで、徐々に弧を描くように回った。イエスの合図だ。
部長が満足げに微笑む。
「ね?」
「ね? じゃねぇよ! 俺は別にメガネのメイドだったら何でもいい訳じゃないっての!」
「じゃあ、どんなの?」
「そりゃあ三つ編みの……って何言わせるんだよ!」
誘導尋問に嵌りかける文月。正直文月の趣味はどうでもいい。それよりもこの不思議な水晶に興味が持てる。
私が次をとせがむと部長も嬉しそうに頷いた。部長にとっても文月の趣味はどうでもいいようだ。さすが文月おちょくりプロフェッショナル。
「それじゃあ次の質問」
水晶が停止したところで質問する。
「今日はユウとレイが部室に来ますか?」
すぐに水晶が前後に揺れ動く。答えはノーだ。
ユウとレイは部活開始時刻を過ぎてから来ることはない。今日も元気に寮で引きこもっているか、校長先生の犬と戯れていることだろう。
「それ、貸してみろよ」
ふいに文月がそう言った。部長は二つ返事で渡す。部長と同じように水晶を吊るすと、何も質問していないにも関わらず水晶が前後に揺れ始めた。
「振り子のひもが長ければ長いほど、ごくわずかな動きにも大きく反応する。無意識のうちに手が動くだけだ」
さすがは現実主義者の文月だ。こんな性格のくせによくオカルト部にいられるなぁと二つの意味で感心する。
「フーミンはいつでも頭が固いわね」
部長は肩をすくめて、でも確かに、と付け足す。
「指先の筋肉のわずかな動きが、振り子に伝わっているのは事実よ」
以外にまともに受け止めていた。文月もやや驚いたように眉をあげる。
「ただ、昨日みたいにスマホを探している場合はどうかしら。私はどこにスマホがあるのか分からないのよ」
なるほど。確かに一理ある。答えを知っている質問ならば、自分の意思が無意識に働きかけることによって思い通りの結果をだすことができるはずだ。しかし本来ダウジングというのは自分が知らないことを占うように使うものである。
文月が顔をしかめた。言葉に詰まったようだ。
「ダウジングの根底にあるのは、自分の潜在意識に耳を傾けることなの。スマホをどこかに置いたかという記憶は私の中にちゃんとあるわ。ダウジングはそれを知るためのアイテムよ」
「ダウジングで水脈を当てるとかいう試みもあるそうだがそれはどうなんだ?」
「それも潜在意識ね。野生の勘とも、本能とも呼ぶべきものだわ。私達が普段使えないだけで水脈を探すという力はあるのよ」
文月はまだ何か言いたそうな表情をしているが、部長は続ける。
「大事なのはペンデュラムを信じてあげること。そして手が動くのは何かが手を動かしているからなのよ」
短い沈黙の後、文月がヒラヒラと手を振った。どうやら文句をつける気がなくなったようだ。
私は感心していた。部長がものすごくまともなオカルト少女に見えたからである。ここ、オカルト部だったんだ。などと失礼なことまで思ってしまう。
「所詮遊びだ。好きにすればいい」
「そうよ。楽しむことが一番なの」
「それでスマホが見つかったという事実があるなら、俺には何もいうことはない」
「えぇ。弥生に電話をかけてもらったらすぐに見つかったわ」
「それダウジング関係無いだろ!」
ちょっといい話? が台無しである。部長の持ち物になってしまった水晶を不憫に思うほどだ。
「まったく……。そのダウジングがアテにならないなら、ファイルはどうするんだよ」
「果報は寝て待てというし、今のところ諦めようかしら」
若干意味が違うような気もするが、部長の口からそんな言葉が出てくる方にツッコミたい。別に馬鹿だとは思っていないけれど……ねぇ?
部長は文月から水晶を受け取ると、机の上に置く。その隣にあったティーカップに持ち替えお茶を飲み始めた。弥生先輩が丁寧に淹れてくれた紅茶だ。エリザベス女王が愛した紅茶と呼ばれる銘茶で、薔薇と林檎の香りが鼻孔をくすぐる。私も水筒のカップに注いでもらった。冷めるまで少し待とう。
「あっ。女王が降臨したわ」
唐突に部長が呟いたが私達三人の反応は薄い。この程度の異様な発言でいちいち驚いてはいられないからだ。
部長はカップを持っていない右手を口元にあて優雅に微笑む。きっと豪華な羽の扇を仰いでいるつもりなんだろうなぁ。
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない!」
「それを言ったのはマリーアントワネットだ」
さすが文月、ツッコミが早い。けれどその表情は曇っている。面倒な事が起きそうだという予感によるものだ。いつものパターンとも言う。
「ファイルがなければ作っちゃえばいいじゃない。ってことよ」
「それ、名言とかけ離れているぞ」
「細かいことは気にしない! 作るわよ。学園四十……なんちゃら不思議ファイルを!」
誤魔化した。
文月はあえてそれにはツッコミせず、現実的なことを指摘する。
「どうやって?」
私はファイルの中身を見たことがない。おそらくその事は弥生先輩にも文月にもいえることだろう。復元するのは困難だ。
「何回も読んでいるし、一応私の記憶にあるのよ。分からないところは勢いで誤魔化すわ」
「そんなアバウトでいいんですか?」思わず口を挟んでしまう。
「何事も挑戦すべきよ」
その行動力をもっと有意義なことに活用すべきではないだろうか。勉強とか。
弥生先輩が書記に任命され準備が整う。とりあえず部長が覚えているものを記録することにした。
「さて、記念すべき一つ目の不思議はかなり昔の話。私達が生まれる前の出来事よ。月に一度、必ず生徒が一人行方不明になってしまうという不思議なの」
定番とも呼ぶべき不思議だ。一つ目の不思議には相応しいかもしれない。
「それで、この話には続きがあるの」
……このパターン。嫌な予感がする。
「生徒が消えた次の日の話なんだけどね」
文月が謎の構えをとっている。おそらくツッコミの構えだ。
ツッコミの準備は整い、部長がすぅっと息を吸う。
「初等部の給食に必ず肉料理がでるの」
――空気が凍った。急に部室内の明かりが消えた錯覚にまで陥る。
感情の起伏が少ない弥生先輩ですら口をわずかに開け、ペンを握る手を停止させていた。
「生徒が、消えた、次の日が、必ず、肉料理?」
一言一言確かめるように声を絞り出す。部長が何食わぬ顔で頷く。
「そうよ。ちなみに生徒の死体は見つかってないらしいわ」
「普通に怖ぇよ……」
さすがというべきか。この話が一つ目だということは、部長ではなく創部者が調べた不思議であることは間違いない。確かにオカルトチックな人間だ。
それがどうしてこんな雑談部になったのだろうか。
「あと印象的なのが四十番目。現代風の不思議として取り上げたものがあるわ」
淡々と部長が語りだす。いつもの部長とは雰囲気が違うようにも思える。本当に何かの亡霊が降臨したのではないかと疑いたくなった。
文月が神妙な面持ちで続きを促す。
「どんな不思議なんだ?」
「図書館の貸し出し手続きが、手書きからバーコード式に変わった不思議よ」
「…………そんなの不思議でもなんでもねぇよ!」
さすがの文月もツッコミが遅れた。ギャップが違いすぎる。
「四十番へ行くまでに何があった!」
答え、記録者の交代。
あぁ、もう……。亡霊がどうこうという思考をした数秒前の自分が恥ずかしい。部長は部長なんだ。その証拠に文月との掛け合い漫才もいつものテンポに戻っている。
「あと私が不思議に加えるか検討しているのが『今の校長先生がおじいちゃんなのに、どうして坊ちゃん刈りなのか』っていう不思議」
「心底どうでもいい!」
「あ、フーミンも昔は坊ちゃん刈りだったわね。なんで?」
「してないから! でっちあげるな!」
「モヒカンだったっけ?」
「お前の記憶はどうなっているんだよ!」
うん。いつも通りである。今日は珍しくオカルトチックな話もしたせいか、このひどく気の抜けるやり取りに安心した。
部長の発言から始まって、真面目に馬鹿話をしていくうちに文月と言い合いになる。場合によってはユウとレイも参戦して文月の怒りに油を注ぐ。それを見守りつつ、私か弥生先輩が止めに入ったりするのだ。
ほら、弥生先輩がトントンと机を叩く。それを合図に部長が黒板上にある時計を見上げた。
「もう。フーミンが絡んでくるからこんな時間になっちゃったわ」
これもいつも通り。気付けば部活終了時刻が迫っている。
「今日はティーカップを洗う日だから早めに解散するわ」
「そうか、じゃあ俺は帰るぞ」
文月が立ちあがり、さっさと帰る。彼は何に対して愛着をもって、この部にいるのだろうか。本当に分からない。どうしても知りたいわけじゃないけど。
私も文月と同じように帰ろうと思ったが、どうにも心苦しい。先輩に片づけを任せて帰るのは後輩としていかがなものか。
その考えを察したのか、弥生先輩が顔を上げる。手のひらを上に向け、白魚のように綺麗な指先を出入り口に向けた。気にせずお先にどうぞと言っているようだ。
私はぺこりと頭を下げ、部室を後にした。
校門へ向かう足取りは少し重かった。別に夕陽が眩しいせいではない。学園四十七不思議ファイルのせいだ。おそらく明日も続きをやることだろう。私は話を聞いているだけだし、創部者によって書きこまれた不思議は興味深い。ただ、その本格的なオカルト話の合間に挟まれる茶番とのギャップに少し酔いそうになる。しかも部長の記憶を頼りに出来上がったファイルを代々受け継ぐことになるのでは? そう考えるとため息が止まらなく、酸欠になってしまいそうだ。どうしたものだろうか。
などと愚痴にも似た言葉を並べていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「「あ、むっつん発見!」」
振り向くと、予想通りの人物達が手を振りながら駆けてきた。
双子の姉妹、ユウとレイである。学校指定のジャージと背中に背負った風呂敷を泥まみれにさせ、髪もぼさぼさだ。そのやんちゃな格好がまた似合っている。
「二人とも何処かで冒険でもしてたの?」
「冒険といえばー」
「冒険なのかもー」
「壁を超え」
「塀を潜り」
「「エリザベスのもとへー!」」
ここでもエリザベスか。面白い偶然だな。
「エリザベスはねー」
「白くてふわふわで」
「もっふもふのー」
「校長せんせーの」
「「愛犬だよー!」」
糸ようじの……もとい、双子の餌食になった犬のことだ。
「そっか。エリザベスは元気だったの?」
「それがねー残念だったのー」
「犬小屋は空っぽだったのー」
「「たぶん病院かな?」」
病院送りにした張本人達がここにいる。自覚はないようだ。
「それでそれでー」
「空っぽの犬小屋にー」
「「こんなのありましたー!」」
風呂敷包みから取りだされたのは黒いファイル。表題はなく、小さな傷が無数についている。
「じつはこれー」
「なんとなんと」
「「この学園の怖い話集なのです!」」
二人が突きつけた最初のページには、達筆な字で『生徒失踪事件・概要と見解』とある。内容も先程部長が言っていたものと同じで、より詳しい意見が理路整然と記されていた。
間違いなく部長が探していたファイルだ。どうして犬小屋にあるんだとかいう疑問は後回しでこのチャンスを生かすことを優先させよう。
「今すぐそれを部長に届けてくれないかな?」
明日の平穏が今、この瞬間にかかっていた。
「えー?」
「なんでー?」
当然双子は首を傾げるが、考えるより早く言葉が飛び出す。
「部長はそのファイルを探していて、見つけてくれた人にはシュークリームをご馳走するって言ってたの」
「「ほんとにー!?」」
嘘です。でも部長ならご馳走してくれると思う。たぶん。きっと。おそらく。もしかしたら。可能性はいつだってゼロじゃない。
部長がまだ部室にいることを教えると、二人の目の輝きが一層煌びやかになる。
「ユウ!」
「レイ!」
「いいこと聞いたね」
「聞いたよ聞いた」
「「いいこと聞いた!」」
「じゃあさっそくー」
「さっそくー」
「「シュークリームをもらうのでーす!」」
元気よく二人が走り出し、途中でこちらに手を振ってくる。
「「むっつんありがとー!」」
控えめに手を振り返し、その後ろ姿を見送る。これで明日は平和だ。
足取り軽く、校門をくぐり抜けたところであることに気付いた。部長のペンデュラムダウジングのことである。
文月はメガネのメイドであれば誰でも良い訳ではない。今日、ユウとレイは部室に行った。あれらの質問は全て、逆の意味で当たっている。もし部長が水晶のイエスとノーの合図を間違えていたとしたら? そうだとしたらスマホは見つからなくて当然では?
「いや…………まさか、ね」
いくらなんでも考え過ぎだ。
私は南に向かって歩き出す。夕日が私の右頬を照らし、影が私の歩に合わせて動く。
足の影は歩幅に合わせて規則的な動き。前進はしてるけど、あの水晶の動きに似ていた。
まるで私の問いに答えるように。
振り子が前後に動く合図は――。




