雑談大会
旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』。
「第一回雑談大会inオカルト部!」
「「イエーイ!」」
部長と双子の盛大な拍手が部室中どころか、旧校舎一帯に響きわたる。普段生徒の出入りがない旧校舎だからこそここまで騒げるのだろう。そうでもなければ、たちまち苦情の嵐が吹き荒れるはずだ。
「今日はオカルト部をお休みして、雑談大会を開催しまーす」
「ちょっと待て!」
さっそく文月が部長を止める。オカルト部のお約束風景だ。私は密かに、文月の血圧を心配してたり、してなかったりする。
「つっこみどころが満載だが、まずオカルト部はどうした!」
怒鳴る文月にひるむことのない部長。困った子ねぇと呟きながらため息をついた。その行動が文月の血圧上昇に拍車をかけるわけだが、部長は気付いていないのだろう。
「だから、お休みなのよ。どっかの誰かが校則違反をしたせいで、部活休止になっちゃったんだもん」
その場にいる全員の視線が、文月に集まる。
しかし、その程度で文月は挫けない。開き直ったかのように自分の胸に手をあて、こちらを睨んできた。
「あぁ、犯人は俺だよ! 校則破って夜の学校に侵入したさ! だが、黒幕はお前とこいつだろ!?」
文月の指は部長と私を交互に指していた。人に指を向けるなんてマナー違反だぞ。
それに真の黒幕はそこで牛乳を飲んでいる双子だ。真実を教えるつもりはないけど。
「フーミンは冷たいわねー。私たちの美容はどうでもいいんだ」
「俺の内申の方が大事だ!」
部長は首をすくめ、それから紅茶をすする。ちなみにこの紅茶は弥生先輩が部員用にと持参してきたものだ。たぶん、高級品。部長は縁側で緑茶を飲むお婆ちゃんみたいに、ずずーという音を立てて飲む。高級感の欠片もない。せっかく整った顔立ちをしているのに、年老いた印象を与えている。精神年齢はいうまでもなく退行し……いや、成長していないままだ。
「ま、フーミンのわがままはおいといて雑談を始めましょう」
「つーか、オカルト部の活動の9割が雑談じゃねぇか」
正確に言うと活動の6割が雑談で、1割がオカルト関係、残る3割は文月おちょくりタイムだ。本人はまったく気付いていないのが不思議なくらいである。
「じゃあなんか話題あるひとー」
「「はいはーい!!」」
元気よく双子が手をあげ、指名されていないのに。勝手に話を始めた。
「あのさーあのさー」
「豆腐にはー、きぬごしとー」
「木綿ごしがー」
「あるでしょー?」
勝手気ままに話す二人を、咎める者はいない。むしろ部長は、うんうんと続きを促している。
元気過ぎることがいいことなのかは分からないけれど、引きこもりがちな二人が部活では思いっきり話してくれるのはいいことだ。私と二人はクラスメイトだが、二人が教室にいるのを見たことはない。こんなに明るく元気なのにどうして引きこもっているのだろうか。どうしても譲れない何かがこの二人にはあって――。
「じゃあさー」
「どうしてー」
「「プリンには、きぬごしとか書いてないのー?」」
「書くわけないだろ!」
「「えぇー?」」
ちょっと真面目なことを考えている間に……。まったくもって不可解な思考回路だ。でも見ていてとても楽しい。だからとりあえず今は部活を楽しむことにしよう。
文月のツッコミに納得のいかない二人は口々に文句を言い始めた。
「なんでプリンは書いちゃだめなのー?」
「プリン可哀相だよー」
「ぷー」
「りー」
「「んー」」
プリンが可哀相ってどういう感性なんだろう。
「なんでー?」
「教えてー」
「ねー」
「ねーえー」
「あーもー、うるせぇよユーレイコンビ! ないものはないんだよ、我慢しろ!」
文月がキレてお母さんみたいになってる。あ、この場合はお父さん?
そこへ部長が参戦してきた。
「フーミンうるさいわよ。いくら自分がうまく説明できないからって、怒鳴ればいいってもんじゃないでしょ」
宥めてるつもりなのだろうが、火に油を注いでいるようにしか聞こえない。部長と文月って相性がいいというか、なんというか……。
案の定、苛立っている文月は部長に矛先を向ける。
「じゃあお前が説明してみろよ」
「私より適任者がいるわ。」
視線の先にいたのは、弥生先輩だった。たしかに弥生先輩ならなんでも出来そうだし、部長よりはるかに頼もしい。
突然の指名にも戸惑った様子をみせないところもまた、落ち着きがあって安心できる。少しの間考え込むようにゆっくりと瞬きをし、やがて穏やかな表情をユウとレイに向けた。
「それはプリンが全てきぬごしだから。表示する必要がない」
「「おおーー」」
「嘘だろそれ!」
嘘であることは明白だがユウとレイは信じ込んでいるようだ。キラキラした眼差しで弥生先輩の説明に聞き入っている。
「きぬごしでなければ、あのなめらかさは出せない」
「「なるほどー!」」
「さっすが先輩」
「ものしりー」
そんな説明でいいのだろうかと思うが言葉を飲み込む。さわらぬ神になんとやらだ。
そんなやり取りを前に部長が大きく胸を張る。妙に誇らしげだ。
「どう? 適任でしょ?」
何故そこまで威張れるのかは謎だが部長らしいと言えば部長らしい。
ティーカップを置き、ややクセのついた髪を耳にかけ優雅にほほえむ。その何気ない丁寧な仕草からは想像できない発想が飛び出すから困る。
「それにしても物の表示って不思議な事多いわよねー。この間不思議だったのは羽毛布団ね」
「羽毛布団?」
ほらやっぱり。突拍子もないことを言いだすのは予測できても、その内容は本当に予測不可能だ。
羽毛布団の表示なんて気にしたことないからさっぱり分からない。洗濯の仕方の表示とかあった記憶はあるが、とくに疑問を抱くようなものは無いような……。
「羽毛100%って表示があるでしょ? この間、本当に羽毛100%なのか確かめたくなって、全部出してみたの」
うわぁー、時間の無駄だ。私はそっと頬に手をあて、ひきつった表情を隠す。
「まあ、表示の通り全て羽毛だったわ。でもね、私はとんでもないことに気付いてしまったの」
「とんでもなくくだらない事の間違いだろ」
文月がぼそっと呟くが、部長には聞こえていないようだ。都合の悪いことが一切聞こえないとは便利な耳である。
「なになにー?」
「気になるー」
「「おしえてー」」
無邪気にせがんでくるユウとレイを焦らすかのように、にんまりとほほ笑む。
「それはね……」
たっぷりと間をあけ、自信満々にこう言った。
「羽を全部出した時点で、羽毛100%の表示は誤表示になってしまったのよ!」
「やっぱりくだらない事じゃねぇか!」
文月のツッコミはスルーされ、三人は重々しく頷いている。まるで重要な会議に臨む重役の表情だ。ただ、雰囲気とは違い口調と中身が軽いため、はたから見れば滑稽極まりないのだけれど。
「瞬間的に羽毛0%と書き改めるシステムが必要よねー」
「ですなー」
「ですです」
どうしたらいいんだろうかこの三人。果てしないバカ?
私が心の中で呆れているとは露知らず、部長は弥生先輩に意見を求める。
「弥生はどう思う?」
「それは、誤表示ではない」
ひかえめに、だがキッパリと言った。文月が何度も頷き、同意を示している。
しかし、その程度で三バカは納得しない。
「なんでなのー?」
「どうしてなのー?」
「羽毛0%って名案だと思ってるんだけど、説明してほしいわ」
詰め寄る三人に対し、先ほどと同様に慌てた様子もなく、まばたきを一つするだけの先輩。その落ち着きをぜひこの三人に……ってこれは前にも言ったか。
「それは――」
さすがの弥生先輩も考えながら話している。常識的な理屈では通用しないのだから、悩むのは当然だろう。
「その表示がついていたのは、布団カバーのはず……。それならば、羽毛100%なのはカバーの方」
「「なるほどー!」」
「中身についての表示じゃなかったのね」
「うん。きっとそう」
満足そうに三人が頷く横で、文月が手を頭に当てている。先ほどまでの威勢のよさはなく、落ち込んでいるようにも、思いつめているようにもみえた。
「どうしたの?」
「あぁ……。俺、もうさ、何からつっこんでいいか分かんないだよ……」
「そっか……」
文月のツッコミがあったところで、好転することはないだろう。むしろ体力と精神力の無駄遣いにしか思えない。
「さて、そろそろ部活の終了時刻ね」
部長が黒板の上の時計を見ながらつぶやく。いまさらながら思うが部活停止中に部室で雑談してていいものなのだろうか。部長のことだから、これは放課後の雑談なだけであって、部活ではないと言い張るだろうけれど。
「解散前に皆にお知らせすることがあるわ」
お知らせ?
「今回で最終回です。とか言うつもりか?」
「フーミン不吉なこと言わない! オカルト部は私がこの学園を卒業するまで、どんな形であろうと存続させるわ」
この学園って学力さえあれば大学院まで行けるため、かなりの年数になる。ちなみに部長は高等部2年生で、私は1年生。3年生はこの部にはいない。ということは部長が大学まで行くとしても……うん、考えるのはよそう。
「はい、注目!」
部長が机に叩きつけたのは一枚のプリントだった。見出しは『夜間入校許可書』。
「フーミンが怒られたのは、これを届け出なかったからなの」
「こんなのがあったのか」
文月が驚いている。私も当然初耳だ。
「部によっては夜間の活動が主な部もあったりするわ。天文部とか、黒魔術部とか」
あぁ、納得。ユウとレイが怒られていないわけだ。校内の清掃とでもいえば誤魔化せるのかもしれない。
「「へえー。こんなの知らなかったー」」
違う。ただの不法侵入者だった。しかも見つかってないということは、プロレベルの犯行である。さすがと言わざるを得ない。そもそもいたずらっ子が、こういう手続きをするようなわけないか。別の意味で納得してしまった。
「ということで、今度から皆気をつけましょう」
「「はーい」」
「とくにフーミン気をつけてね」
「っ……。わかったよ」
不法侵入したのは事実の為か、反論することなく返事をする。これが大人の対応というものだろう。苦労しているなぁ。
「それじゃあ解散!」
いつものごとく部長が真っ先に消え、ユウとレイが騒がしく廊下を走り去る。
「――あれ」
弥生先輩がまだ席を立っていなかった。いつもなら部長と同じタイミングで、影のように消えているはずなのに。
「先輩、珍しいですね」
「片づけがあるから」
その手には、部長が使ったティーカップがあった。
「部室には三つティーセットがあって、部長がまとめて洗っているのだけれど、今日がまとめて洗う日だってことを、忘れていたみたい」
「そうなんですか。あ、手伝います」
相手は尊敬すべき先輩。片づけしているところを見ているだけではまずい。
先輩からティーカップを受け取り、そのまま文月に渡す。
「はい」
「あ、おう。……って俺かよ!」
騒ぐ文月を無視し、弥生先輩に話しかける。普段は部長が仲を取り持っているので、こうして面と向かって会話する機会は少ない。私はあまり人付合いが上手い訳ではないが、それでも同じ部員として一歩踏み出したいのだ。幸いにも文月がいるし、何か間違ったとしてもすかさずフォローしてくれるはず。空気も読める気配り上手……とこれはさすがに褒めすぎだな。
というわけで頑張ります。まずは当たり障りのないようなことから。
「先輩、今日はすごかったですね」
あ、駄目だ。漠然としてて語彙のない印象与えそう。
「たしかにスゲーよな。あんな説明で納得するのもスゲーけど」
すかさず文月が補足と同意をしてくれる。思った通りだ。テキパキと洗い物とトーク補助をこなしてくれて大助かり。
「あの三人は特別だから」
「特別、ですか」
弥生先輩がぽつぽつと、それでいて明確な意思を持って語り始めた。
「あの三人は特別、純粋。未だにサンタクロースを信じているし、私達には見えなくなってしまった何かを見ることがきる。だからこそ現実的なことは分かりにくく思われるし、そんな解答を求めてないと思う。あの三人は私達を信用してくれているから、ここで自由に自分の考えを話せる。私はそれに応えただけ」
言い方は淡泊かもしれない。でも、弥生先輩はちゃんと相手を理解してありのままを受け止めている。
本当に尊敬の念を抱く。こんな人になりたいと思うし、こんな人に好かれたい。
「先輩、優しいですね」
わずかな沈黙の後、弥生先輩は俯きながら答える。
「それは……と、当然のことをしたまで。私は知留夜と友達だし、双子は大事な後輩だから」
長い黒髪から覗く耳は赤い。後輩がいる前ではちゃんと部長と呼んでいるのに、つい部長の名前を呼んでしまったのは動揺の証だろう。
洗い物を終えた文月にもその動揺は伝わっている。けれどあえて気付かないふりをして助け船を出す。
「しっかし、よくあの歳までサンタを信じていられるよなー。あいつらのとこにサンタなんか来ないだろ? 普通おかしいと思うって」
話題を変えるチャンスを見つけたと言わんばかりに、弥生先輩が答える。照れる先輩をもっと見ていたかったが、今日は手を引こう。
「それは三人がプレゼントをもらえるほどいい子だとは思ってないから。サンタが自分たちのところに来ないことが逆に、サンタはいるという確信になっているの」
「ひねくれた根拠だな。あいつららしい」
文月が投げやりに笑い、鞄を手に取る。さすがにもう帰らなければいけない時間だ。
「それじゃあ先輩、おつかれさまでした」
「またあした」
先輩が立ちあがったと同時に、ケイタイの着信音が鳴り響いた。すばやく弥生先輩が鞄からケイタイを取り出し、ごめんと私達に断わって電話に出る。
「はい。弥生です」
電話口の向こうから、部長の声が大音量で聞こえてきた。
「ねえねえ今確認したんだけど、羽毛布団の表示のところにちゃんと『内容:羽毛100%』って書いてあるわ! 中身よ中身! これは弥生の説を覆してしまう脅威だし、ちゃんと調べる必要があると思うの。明日教室で聞くから弥生もちょっと調べておいて! それじゃ!」
一方的な通話が終わると、弥生先輩は鞄にしまう。
それから、長い長い溜息をついた。長い黒髪のせいで表情は見えないけど、想像は容易だ。
「また、あした」
そう言って退室する弥生先輩が、今日一番人間らしく見えた。
本当に、お疲れ様です。




