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入学式最中 (ユウ&レイ)

 じんわりと顔があたためられていく。目を(つむ)っていても眩しいくらい。まだ眠いのになぁ……。私達のいる『夜の部屋』まで光が届いているということは、午前10時ちょっと過ぎ。睡眠時間に換算すると8時間くらいだ。まだ寝ていたいような気もするけれど、お腹もすいたことだし起きることにしよう。

 両腕を上に伸ばしてからむくりと起きあがる。ぴったり同じタイミングで起きあがったもう一人の私に、私は朝の挨拶をするのです。


「「おはよう」」


 ここは学生寮の一室。元々はレイの部屋だけど、今は窓を遮光カーテンと黒のガムテープで封鎖して、いつでも真っ暗な夜の部屋になっている。

 唯一の光は、壁を破って作った穴からしか差し込まない。穴の大きさは子供一人が()って通れるくらいなので、私達にはぴったりの抜け穴だった。

 その抜け穴から差し込む光は、いくつかの条件を満たした時だけ入ることが許される。モチーフはエジプトのアブ・シンベル大神殿なのです。詳しい仕掛けは隣の部屋にー。乞うご期待!

 眠い目をこすりつつ、順番に穴をくぐり抜ける。


 穴の向こうは『昼の部屋』。説明するまでもないけど元々はユウの部屋だ。夜の部屋とはうって変わって明るく、整理整頓されている。大神殿の仕掛けをまねる為にしっかり片づけ、たくさんの手鏡を現代アートのごとく不規則な位置に設置してあります。これが光が差し込む仕掛けになっているのでーす。


 アブ・シンベル大神殿はドアのない入り口から一直線にいくつかの部屋を貫いて作られた石の神殿だ。この神殿の最大の仕掛けは、年に2回だけ、普段は暗い一番奥の部屋まで光が差し込むということ。まっすぐに光が差し込む角度や日にちを計算して作られたのだというのです。


 なんだかすごいなーと思ったので、私達も真似っこすることにしました。昼の部屋の日照時間や角度を調べたり、窓とは垂直に位置する壁穴に光を取り入れるため、鏡の反射を利用したり、カーテンの真ん中に穴をあけたり……とにかく色々やったのです。その甲斐あって、日の出時間から予測してセットできる光の目覚まし時計を作ることに成功した。

 ただ、天候が安定しない日なんかだとうまくいかない未完成のものだけど。


 授業を全てボイコットしている私達には、好きな事をとことん勉強できる。もちろん好きなだけ遊ぶことだってできる。本当に自由。

 二つの部屋を仕切る壁を破壊したことで、私達には広すぎるほどの空間が生まれた。この二つの部屋は私と私の世界そのものだったのです。今はもう少し事業を拡大して『夕方の部屋』を入手しました。『朝の部屋』は存在しません。朝は寝床でぐうぐう眠る時間なのです。


 よし。それじゃあ朝というには遅すぎる時間だけど朝ごはんを食べよう。

 冷蔵庫をあさりながら二人で相談する。


「なにがいいかなー」

「やっぱりみつあみ?」

「みつあみ好きだよ」

「じゃあそうしよう」

「スイス味?」

「ドイツ味?」

「「やっぱり朝はスイスかな」」


 冷凍庫から取りだしたのはカッチカチのパン。パッケージには『Zopf』と書かれている。読み方はツオップフ。名前も面白ければ形も面白い。生地を三つ編みにしてから焼いた太長い形なのです。

 スイス味は食パンみたいな薄味。ドイツ味はレーズンや砂糖がいっぱいのお菓子味。両方おいしいのです。インターネットで偶然見つけました。ネットショッピングは便利で楽しいものなのでーす。


 ツオップフを解凍して、オーブントースターに移します。待つこと4分。こんがりとしたいいにおいが昼の部屋を満たします。

 それからお皿に移し、ちゃぶ台へ。

 ブランチタイムに外国のパンをちゃぶ台で食べる。これも一種の和風スタイルなのです。


「「いただきます」」


 きちんと手を合わせ、頭を下げる。それから二人で一本の包丁を持ち、ツオップフに向かって差し込む。


「「ツオップフにゅーとー!」」


 ケーキ入刀の予行練習も兼ねて、ツオップフのど真ん中を正確に(つらぬ)く。包丁を抜いて端っこを引っ張り合えばきっちり二等分ツオップフのできあがりー。

 もぐもぐとそれぞれの3分の1まで食べたところで私が私に話しかける。


「今日さー」

「入学式なんだってー」

「なんじからー?」

「さっきからー」

「ユウとー」

「レイもー」

「「とうとう高校生になりましたー」」

「長かった?」

「短かった?」

「「どっちもであってどっちでもないよね」」


 長く感じるときもあった。短く感じるときもあった。たぶんこれからもそうだろう。私達は変わらない。ずっとずっと楽しく過ごすのです。楽しい時間は短く感じてしまうから、たくさんたくさん楽しもう。


「「いただきました」」


 おいしい時間もあっという間だ。手を合わせて頭を下げる。いただきますの過去形だからいただきました。私と私だけが使う特別な言い回しなのです。


 お皿を片づけて、この後の予定を考えようと思った時でした。


「おはようございまーす」


 窓を通りぬけてやってきたのは、オカルト部幽霊部員の長月千春ちゃん。私と私は彼女をちーちゃんと呼ぶのです。これも特別な言葉。私達にとってちーちゃんはかけがえのない大事なお友達だからです。


「「ちーちゃん、おはよー!」」


 私達が元気よく挨拶すると、ちーちゃんはうやうやしく頭を下げました。とっても礼儀正しいすごい人なのです。


「今日から高校一年生ですね。おめでとうございます」

「「ありがとー」」

「それと昨日はありがとうございました。」

「「ううん、こちらこそありがとー!」」


 昨日の午後は久しぶりに学園外へ遊びに行ったのです。メンバーは超豪華にオカルト部フルメンバー! あ、フーミンがいなかったから、女の子フルメンバー!

 道端のつくしや、梅のにおいがした風が、春の訪れを教えてくれた。商店街の和菓子屋さんがいちご大福と桜餅ののぼりを立てていたから春を確信したのです。久々の外の景色はなにもかもが新鮮で、とっても楽しい時間でした。おいしいお菓子も食べてハッピーハッピーハッピー! なにより一大イベントもあったから、一生の思い出なのです。


 なぜなら、むっつんという新しいオカルト部員のことを知ることができたからです。むっちゃんは私達と同い年だけど、大人っぽくて可愛くてとても素敵な人みたい。

 これからいっぱい遊んで笑って楽しく過ごせればいいなぁと思いました。


 そんな期待を込めて、私達は亜和野睦月ちゃんをむっつんと呼ぶことにしました。私と私だけの特別な呼び方。気に入ってくれるといいなー。

 ここにいるちーちゃんみたいに、私と私の部屋にご招待したいです。むっつんは元生徒会長という偉い人で、お勉強もすごくできるらしい。はやくはやくいっぱいお話ししたいのです。この神殿の作りも驚いてくれるかな?


「ふふふ。お二人はむっちゃんさんのことを考えていますね」


 ちーちゃんが控えめに笑いながら指摘した。

 あれ? どうしてわかっただろう?


「顔に書いてあるのも同然ですよ」

「「ええー?」」


 思わず顔を見合わせる。そしてちーちゃんの言っている事が分かった。

 私は見ているこっちが愉快になってしまう程、にんまりと笑っていたのだ。


「ぷ……」

「ふふ……」

「「言葉じゃないけど書いてあるー!!」」


 本当に面白い。私の考えている事はもう一人の私と同じだけど、それがちーちゃんのように第三者にもわかるのだ。本当に面白くて嬉しくて幸せだ。いくら顔に書いてあっても読んでくれる人がいないとダメなのです。私達にはそういう人がちゃんといるのです。だから私達はちゃんと存在するのです。

 私達がひとしきり笑い終えると、ちーちゃんが話を切り出しました。


「今日はそんなむっちゃんさんについてのお知らせです」


 ちーちゃんは部活のことを連絡してくれる。もちろんケイタイもスマホもあるのだけれど、ちーちゃんが気軽にきてくれるようにわざわざ伝言ゲーム形式にしているのです。

 だってそっちの方がわくわくするもん。


「お知らせー」

「なんだろー?」

「なんだろねー?」

「ちーちゃん、ちーちゃん」

「「早く教えてー!!」」


 ちーちゃんは胸を張って、人差し指をピンッと立てます。この仕草は部長さんの真似っこらしいのだ。部長さんは私達にとって、優しくて面白いお姉ちゃんみたいな存在なのです。友達というよりは敬う相手なので部長さんとお呼びさせていただいておるでござる。ちーちゃんも年上なのだろうけど、年齢を気にしているちーちゃんにはあえてフレンドリーにいくのです。私達は空気の読める賢い子なのですから!


 さて、速報です。現場のちーちゃんさん、繋がっておりますかー?

 ちーちゃんアナウンサーは、これでもかというほど明るい笑顔を振りまきながら報告を始めました。


「今日はなんと! 部室でむっちゃんさんの歓迎会をやっちゃう予定です!」

「「おおーー!!」」

「ほんとにー?」

「ほんとのー?」

「「ほんとー!?」」


 これはビックニュース! 特ダネです! スクープです! ゴールデンタイム貸切で生放送すべき一大ビックウェーブなのです!


 ちーちゃんはしっかりと首を縦に振りました。

 パシャパシャパシャパシャ! シャッターチャンスなのです! 夕刊の一面はこれで決まりなのです!

 しかし! 思わぬ発言が飛び出しました!


「フーミンさんがHR(ホームルーム)の後に部室へ連れてきてくれるそうですよ」

「「えぇー……」」


 意気消沈です。アクシデントとも人選ミスとも言っていいのかもしれません。

 私達の頭の中では、フーミンがむっつんにカツアゲしているシーンが思い浮かびました。そこまで過激でなくとも、あんなのにいきなり声をかけられたら怖いのです。人は見ためによらないとはいえ、第一印象は大事なのです。


「ユウ!」

「レイ!」

「「出動!」」


 その言葉を合図に、クローゼットに一目散。(おろ)したての制服を取り出し、慌ただしく身につけます。

 高等部の春秋用制服は長そでのワンピース風で、着替えるのはあっという間でした。

 私が靴下をはく為に座ったので、すばやくその頭に(くし)をあて、髪をとかします。その反対も同じように繰り返し、準備は整いました。


 ぴょこんとした寝ぐせが一本。こっちがユウ。

 ぴよーんとしたあほ毛が二本。こっちがレイ。


 ようやく見分けがつくようになりました。

 私がユウで、私がレイ。今日ももう一人の私は可愛いのです。大好き!

 そして私達はむっつんに忍びよる魔の手から助け出すため、勇敢に戦うのです!


「「いざゆかん! この世界(へや)の外へー!」」


 かっこよく窓から飛び出そうとしたら、


「えいっ!」


 ちーちゃんが私達から髪の毛を一本ずつ抜きました。

 地味に痛いのです。しかもアイデンティティーを奪われかけました。ちーちゃん、おそろしい子!


「今は厳粛(げんしゅく)なる入学式の最中(さいちゅう)ですから、出動はもう少しあとにしましょう」


 あ、そうだった。すっかり忘れていた。

 ちーちゃんは続けて、私達の足元を指差します。


「ちゃんと制服を着たのなら、指定の靴じゃないとダメですよ」


 それもまた正論。仕方なく開けた窓を閉め、昼の部屋に戻る。

 クローゼットの隣に積まれた白い箱からローファーを取り出しセットしておく。いつでも飛びだす準備だけは万端だ。


 ぺたりと床に座り込み、窓から差し込む光を見つめる。

 10時半手前あたりかな。アブ・シンベル大神殿の勉強を始めてからというもの、昼の部屋の日差しだけで大まかな時間が把握できるようになっていた。

 この部屋の外へ行ってしまえば全く意味のないスキル。それでもいい。私達はあと何年かをここで過ごしていくのだから。

 うん、それでもやっぱり……。


「「ひまーー!!」」


 時間を忘れて遊ぶことは得意だけど、それだとHR(ホームルーム)の時間を過ぎても気付かない。一番楽しい時間まで見逃してしまうのだ。

 そこで私達はちーちゃんに助けてもらうことにした。こんなときは真面目なちーちゃんを頼るに限る。とっておきの小噺(こばなし)か暇つぶしを提供してくれるはずなのです。


「そうですねぇ……」


 少し考え込む仕草をした後「そういえば」と話し始めました。

 これは期待です。わくわくなのです。


「お二人とも、歯磨きはしましたか?」

「「あぁ、忘れてた」」


 ちーちゃんに小噺ではなく小言を言われる前にやってしまおう。立ちあがり、ばたばたと水道の方へ駆けだす。そんな私達の背中に向かって追撃が飛んでくる。


「最近、夜の部屋を見ていないのですが、掃除はしてありますか?」

「……………………」


 だるまさんがころんだように一時停止。そして風よりも早く夜の部屋への入り口を二人でふさぎました。でも実体のないちーちゃんには無駄な抵抗でした。

 私達の頭上を軽く飛び越え、するりと壁を通りぬけ、夜の部屋へと消えます。


「ユウー……」

「レイー……」


 私達が顔を見合わせていると、目の前に青白い炎が現れました。いうまでもなく、その炎はちーちゃんが生み出した人魂です。


「――ユーレーイさーん」


 私の右足ともう一人の私の左足を、何かががっちり掴みました。白くて細長い華奢(きゃしゃ)な手。本物の幽霊の手だ。

 背筋も凍るようなおどろおどろしい声が足元から響いてきます。


「まずは歯を磨いてください。それから汚れてもいい服装に着替えましょう」


 ぎくり。これはかなり痛いところを突かれました。どちらが報告するのか視線だけで押し付け合います。

 結論。私達はいつでも一緒。こういうときも一緒にすべきなのです。


「あ、あのねーちーちゃん」

「ユウとー」

「レイはー」

「制服とさっきまで着てたパジャマしかー」

「「もう着るものないのー!」」


 それ以外の服はすべて夜の部屋に脱ぎ散らかしてあり、もはや布団の一部となっていた。

 夜の部屋の混沌(カオス)ぶりはそれだけじゃないんだけども……。


「お洗濯をサボりましたねー……」

「だだだだだってユウがー!」

「レイがー!」

「「一緒に遊ぼうって言うから!!」」


 パッと手が離されたかと思うと、昼の部屋が一瞬で暗くなる。窓のカーテンは閉められ、日差しを取り入れるハズの穴はよくわからない暗黒空間の入り口に成り変っていた。

 右も左も分からないほどの暗闇ではないけれど、泣くほど怖い。だって明かりのすべてが青白い人魂なんだもん。数えきれないほどの人魂が浮かぶ中、私達の前に一人の少女が正座をしているのです。いつもの笑顔さえも、青白い光に照らされてとても同じ笑顔とは思えません。


「予定を変更しまして、お説教からはじめましょうか」


 いつも通り振る舞うのが余計に怖い。もう駄目です。

 悲報です。現在の私達に逃げ場がありません。


「「ご、ごめんなさーい!!」」


 フーミンに比べて恐怖100倍!

 明るくのどかな昼の部屋が、暗くて恐ろしい真夜中の部屋になっちゃった。

 私と私は正座をしてちーちゃんのありがたいお話を聞かされはじめます。しょぼーん。


 こんなとき『夕方の部屋』がとても恋しくなるのです。

 旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』。

 早く遊びに行きたいなぁ……。


「ちゃんと聞いていますか?」

「「はい! 聞いてますですですとも!!」」


 ちーちゃんが般若になってしまいました。般若は昔の女の人がモデルらしいのですが、もしかしするとそれがちーちゃんなのかもしれません。


 入学式最中だけど、私たちはお説教中なのでした。

 おしまい。

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