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ある昼休み

旧校舎一階一年三組。通称『オカルト部部室』


「えーっと、皆に集まってもらったのは……はもっ……ほはれふぉふぁいふぁ」


 もしゃもしゃと、サンドイッチを頬張る部長が、にこやかにほほ笑む。

 なんと言ったのかイマイチ分からないが、事態は緊急ではないらしい。安心した私は、肩の力を抜いて、くたびれたソファーに座り直す。


「食いながら、しゃべるな」


 部長の隣の席に座る文月は、いらいらしている。急に呼び出されたせいで、ろくに昼食を食べてないせいだろう。空腹は人を不機嫌にする。心なしか、いつもより目つきが悪い。といっても、文月はいつもこんな調子だが。


 部長と文月がしばらく睨みあいを続ける。文月の言いつけどおり、口の中のものを飲み込むまで、睨みあうようだ。

 充分な咀嚼の後、ごくりと喉が上下し、部長が睨みあいなどなかったかのような、のほほんとした声で続ける。


「フーミン、ここはオカルト部よ。オカルトチックに、テレパシーを感じなさいな」

「お前はテレパシーが使えたのか?」

「使えるわけないじゃない。もう少し頭を使いなさいよ」

「っ…………」


 肩を震わせながら、深呼吸をくり返す文月。湧きあがる怒りが霧散していくのが見える。

 部長は、そんな文月を気にした様子はなく、話を仕切り直した。


「皆に集まってもらったのは、他でもないわ。この学園に伝わる『学園四十七不思議』に新たな不思議が加わったという、噂をきいたわ。しかも、同時に2つの不思議が現れたの」


 その話は、私も小耳に挟んでいる。ただ、あまりにも馬鹿らしい内容で、記憶にない。なんだっけ?

 部長は、くせのある長い髪を弾ませる勢いで、とうとうと語る。


「その不思議を実際に調べてみようと思うの。いい考えでしょ?」

「……珍しくオカルト部らしい活動」


思わず、そうつぶやいてしまう。それくらいに、この部はまともな活動をしていないのだ。


「そうね。否定はできないわ」


 悪びれた様子もなく笑顔で頷く部長。反省する気は毛頭ないようだ。


「笑い事じゃねぇと思うんだが……」


 文月の意見に賛成。まだ一学期の始めとはいえ、今までの活動内容といえば、ここでお茶飲んで雑談するだけだったし。私が当初抱いていたおどろおどろしい雰囲気とは、はるかにかけ離れているのが現状だ。

 部室も木造の旧校舎にあるとはいえ、電気もつくし、窓からの光がまぶしい。掃除も適度に行き届いている。夕方になるとまた少し印象が違うのだけど、それはまた追い追い語るとしよう。


「別にいいじゃない。楽しければ。それに、弥生がキチンと活動報告書を出しているから、今年も部費がおりるそうよ」


 部長の言葉に誘導されたかのように、弥生先輩と目があう。部長とは対照的に、うねり一つない黒の長髪が美しい。私はどちらかといえば、ふんわと広がる髪質なので、ちょっと羨ましく思っている。

 そんな弥生先輩は、この部では比較的無口なほうだが、部長の暴走を止める最終手段として、必要不可欠な存在だ。きっと私の知らないところで、この部を支えているのだろう。私も部長のストッパーとして奮闘することもあるが、弥生先輩には到底及ばない。

弥生先輩は、いつもと変わらず落ち着いた雰囲気で部長の言葉に耳をかたむけている。その落ち着きを、3分の1でもいいので部長に分けていただきたい。


「それで、その不思議っていうのは、どんなのだ? 昼休みだって長くないんだから、脱線してる暇はねぇぞ」


 文月はこの件についての言及はとうに諦めているらしく、話題を戻す。眉間に寄ったしわがより深くなっていた。弥生先輩同様、文月も相当な苦労を重ねているのが見て取れる。

 そんな彼とは正反対に、部長はあくまでおだやかに返答した。この人は苦労や悩みとは無縁そうだと思ったが、口に出すことはしない。


「フーミンはせっかちねぇ。カルシウム足りてる?」

「お前がマイペースすぎるんだよ。それとカルシウムとせっかちは関係ない」

「はいはい。一つ目は、人体模型の話よ」


 定番なオカルト話のためか、文月もほぉっと感心している。

 ただ、あまりにも定番すぎて、私は思い切って口をはさむ。


「部長、この学園って四十七個も不思議があるんですよね? それだけあって、今まで人体模型にかかわる不思議がないというのも不思議ですね」


 いい質問ね、と言わんばかりの笑みで部長が手帳を開いた。手帳のタイトルはもちろん『学園四十七不思議』だ。


「それが三十七番目の不思議よ。『こんなに多くの不思議があるのに、なぜ人体模型の不思議がないのだろう』ってやつ」

「そんなもの削除しろよ!」


 文月のツッコミは部長に届かない。


「まあでも、今回の噂が事実なら、それも削除になりそうね。合計して、四十九。四十九日っていう言葉もあるし、オカルトチックでいいわ」

「あの、四十八じゃないんですか?」

 

四十七ある不思議から、一つ削除されると、四十六不思議。そこに人体模型の話と、もう一つの話が加わるのならば四十八不思議だ。


「あれ?えーっと……」


 部長は指を折りながら数え、それから首を傾げた。


「うーん。おかしいわね。これも不思議の一つかしら」


 どうやら計算能力に、大きな欠陥があるようだ。

 文月は、呆れたようにため息をついている。つっこむ気力もないらしい。それでもなお、話を進めようと口を開く。大した精神力だ。


「その人体模型がどうしたんだ? 夜中に動き回ったり、奇声をあげたりするのか?」

「そんなベタな話なわけないでしょ。おバカさん」


 算数もできない人にバカ呼ばわりされる人も珍しい。文月の殺意が湧きあがるのは致し方ないことだ。

 同情の余地は存分にあるが、ここが殺害現場になっても困るので、慌てて私が続きを促す。


「火曜日の夜に、あることが起こるの」


 フッと空気が冷める。怪談話をするときの、独特な静寂。


「水曜の朝、生物の先生が教室にいくと発見するのよ――」


 もったいぶるなぁ。耳を欹てて続きを待つ。

 部長がわざとらしく息を吸い、続けた。


「人体模型の歯に、糸ようじが挟まっていることを」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「なんだそれ! ただのいたずらレベルじゃねぇか!!」


 ツッコミありがとう、文月。

 部長があまりにも深刻に話すから、私が変なのかと思ってしまった。


「ユーモアあふれる不思議よね」


 どういう思考回路をしているのだろうか……。

 心底どうでもよくなってきた、と呟く文月に、私ははげしく同意である。

 こんな不思議について、実際に調べたいとは思わない。ものすごく、面倒くさい。


「ついでにこの不思議は、もう一つの噂と関係があるの」

「…………………どんな、不思議なんだ?」


 くだらない話と分かってても、尋ねる。そうしないとこの話は終わらない。

 文月の短い沈黙が、その苦悩をあらわしていた。


「実は、その糸ようじは水曜のうちに消えてしまうのよ」

「先生が処分したんじゃねぇの?」


 首を振って否定する。聞き手の感心を引く言動に、思わずつられて話の続きを待ってしまう。そんなところが部長の良さであり、厄介なところだ。


「木曜の朝になると、校長先生の犬の歯に挟まっているのよ」

「んのっ…………どうでもいいだろ!!」


 ついに文月がキレた。それに応戦するかのように部長も勢いよくまくし立てる。


「フーミンにはこの謎が解けるの!? 人体模型の次に校長先生の犬よ! おかしいでしょ!」

「おかしいのはお前の頭だ!! 普通に考えて、そんな噂の真相をつきとめたいと思うわけないだろ!」

「普通? オカルト部には存在しない言葉ね」


 ついでに、常識とか人間として大切なものも、ほとんど存在しないんじゃないだろうなぁ……。


 しかし、困ったものだ。このままじゃこのイカレ……いや、ちょっとおかしな部長は、徹夜で生物室を見張るとか言いだしそうだ。

 それは嫌だ。眠いし、だるいし、面倒で、おまけに次の日に支障をきたす恐れがある。


 仕方ない。文月の加勢にまわろう。


「部長、意見いいですか?」

「えぇ。いいわよ」

「では」


 かるく文月に目配せする。こちらの意図を察したのか、小さな頷きが返ってきた。


「いくらオカルト部の活動とはいえ、夜の活動は危険です。この部は男子生徒の文月君を除いてしまうと、女子だけですよね」

「そうね。でも、天文部だって、夜の活動が主だし、女の子の方が割合が多かった気がするわ」


 意外とまともなことを言う。私の意見が部長に通じるかは、運任せだ。


「夜更かしは美容に悪いですよ」


 きょとんとした表情。やっぱり、説得は失敗か?


「それは困るわね。盲点だったわ」


 おぉ!

 思わず文月とハイタッチしたくなる。これで厄介事回避だ。


「じゃあ、女の子の参加は希望者のみで。弥生とむっちゃんはどうする?」

「欠席で」間髪いれずに弥生先輩。

「同じく」すかさず私が続ける。


 部長は、うんうんと頷き、ポンッと文月の肩をたたいた。


「じゃあフーミン、よろしくね」

「ちょっと待てよ!! 俺だけ!?」

「うん」

「お前がやるって言ったことだぞ!」

「私だって、美容に気をつかうわ」

「昨日の睡眠時間を言ってみろ!」

「3時間と95分」

「4時間35分って言えよ! まどろっこしいことを言うな!」

「計算はやいわね。すごーい」

「ありがとよ! ってか、結局夜更かししてんじゃねぇか!」


 ――その時、午後の授業が始まる予鈴が鳴った。


「あらこんな時間。ではではフーミンよろしく!」


 疾風の如く部長は消え、弥生先輩もいつの間にか消えている。相変わらず素早い二人だ。

 残されたのは、私と文月だけ。


「くそ……。怨むぞ」

「どうぞ、ご自由に」


 殺意のこもった視線を向けられながら、部室をあとにする。

 怨まれ殺されるのは、部長の方が早いんだろうなぁとか思いながら。




 火曜日の放課後。


「「やっほー。むっつん!!」」


 部室へ向かう途中、双子の同級生ユウとレイに出会った。

 あどけなさの残る顔が特徴的な、二人。ぴょんと伸びたあほ毛が一本なのが、レイ、二つに分かれたあほ毛なのがユウ。見分け方といえばこのくらいで、帽子をかぶったりしていれば、見分けられる自信はない。


「二人とも珍しいね。今日は部活に来るの?」


 この双子は現在、学園の寮に引き籠り中の問題児である。

 ついでにオカルト部所属。たまにしか来ないけどね。


「あのねー。今日は部活じゃなくてー」

「火曜日だからでてきたんだよぉ」

「そうなんだ。火曜日は何かあるの?」

「「うん! 人体模型のおそーじー!」」


 ……いた。犯人。


「先週は頭を磨きましたー」

「すごいでしょー」

「……うん。すごいね」


 ほんとに、すごいね。……色んな意味で。


「明日は夜更かしした分、ちゃんと寝るのでーす」

「そしたら、わんわんのところに遊びに行くんだよー」


 黒幕は語るに落ちるって言うのだろうか。ちょっと違う?

 このしょうもない事件のしょうもない真相を、部長たちに伝えるべきなのか迷う。


「ねぇねぇ、むっつん」

「一緒に行かない? これから道具をそろえて向かうのです」

「「人体模型は、かわいいのだー!」」


 どうしよう。すごい価値観の違い。私はなんと返事をしていいのやら。


「あー……。私、美容のために夜更かしは控えているから……」

「「んー? 次の日まとめて寝れば大丈夫だよー」」

「えっと、ほらさ、二日分の食事があるとするよ。それを一度に食べようと思っても食べきれないし、一日たてばお腹すいちゃうでしょ? 睡眠もそれと同じなんだよ」


 ユウとレイは、顔をみあわせて、頷いた。


「それは真理だ」

「いいこと聞いたね」

「うん。聞いた聞いた。いいこと聞いた」

「じゃあ今夜はー」

「9時に寝よう!」

「そうしよう!」


 そして、まったく同時に私の方に笑顔を向ける。


「そうと決まれば、帰るのです」

「寝る子は、すくすく育つのです」

「「じゃあ、まったねー!」」


 二人は、両手を広げ、走り去っていく。

 ぶーんとか、きーんとか言って走る高校生って……。小学生程度の身長しかない二人にしかできることじゃないな。それに、この学園の制服は激しい運動に向いていない。Aラインの長袖ワンピースで、ひざ丈の裾がふんわりと広がっているドレスチックなデザイン。他校からも人気があり、私も気に入ってる。到底走りまわる気にはなれない。


 とまあ、制服の話はさておき、この衝撃の事実をどうしたものか。

 しばし熟考。


「うん。よし、決めた」


 文月、ごめん。今夜は無駄な時間を過ごしてもらうよ。

 私は、真実を語らないことにした。

 部長が真実を知って、残念がるのを見たくはない。まあ、その程度でショックを受ける部長じゃないけどさ。


「いや、部長が残念がるとかは、建前かな」


 これはきっと、私の遊び心。

 だって、不思議は不思議のままの方が楽しいでしょ?

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