運命の人
「さよう! 貴殿は水との不可思議な連関によって人生を大きく転換させるであろう!」
駅と商店街をつなぐアーケード。
その入口に机を構える辻占いの白龍斎は、白髪を揺らしながら力強く断言した。そしてつけ加えた。
「それも、ごく近い将来に……」
「本当ですか?」
真坂信介は占いなど当てになるものか、人生は努力で切り開くものだと固く信じて生きて来た。
だが、突如として会社が黒字倒産したのだ。業績は悪くないのに幾つもの取引先が破産してしまったからだ。
努力だけでは、回避できない不運というのは確かにあるのかも知れない……。
アーケードの先、商店街の中通り十字路にさしかかると、水占いの看板をかけた女がいた。
水に関連があるとは、この事だろうか?
女はベールのような物で顔を隠しているので表情が見えず、怪しげだ。
信介は迷った。だが、あの易者は水に関連があると確かに断言した。
良く解らないがこれが……この女の水占いが人生を転換させるキッカケなのだろうか?
信介は意を決して声をかけた。
「みて下さい」
信介は、女の前に置かれた椅子に座った。
女は静かに言った。
「待ってただよ」
「はあっ?!」
信介は耳を疑った。
「あんたが、婿さんになるっちゅう運命の人でがんすな?」
「えっ? いや、いきなりそんなこと言われても……」
「何をいまさら恥ずかしがってるだよ。熊姫酒造の五代目に決まっただよ」
「そ、そんな勝手な……待って下さい!」
「いーや、待てねえ! 男なら、ずばんと腹を決めるだよ!ずばんと!」
「いや、ずばんとって、そういう問題じゃ……」
「えーい! 何をいまさらぐだぐだと煮え切らねえ事を! ええから素直に連いてくりあええだよ。どうせ男なんぞ、ついでの生き物なんだから」
いつの間にか信介の右手には、太く赤い紐がしっかりとかけられて……そして、その先は女の左手首にがっしりと巻かれている。
「じょ、冗談じゃない。いや駄目です。僕は、その鬼姫焼酎の五代目には向いてません!」
「あれまっ、何ぬかしてるだか生意気に。お嬢様、出てくらっしゃい!」
熊のような女の陰から色白の若い女性が姿を現わした。
「どうしても、だめですか?」
「はっ?」
愛くるしい容姿。しっとりと潤んだ声。麗しいという言葉は、この娘の為にあるのではなかろうか?
なんて綺麗な人だろう。いや、着物姿だからというのではなくて、心の清純さが、そのまま形になったような……世の中のアカにまみれてないような、その上品な魅力は鮮烈ですらあった。
信介は一目で恋に落ちた。
「白龍斎にお願いしたのです。私に似合いの運命の人を探してと」
―了―
お題
『水』
から書きました。