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第1章

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 それは、誰も体験したことも見たことも無いような現象だった。

 突然の眩いいばかりの閃光が辺りを包んだかと思った次の瞬間、地響きと伴に地面が揺れた。

 地面の揺れはすぐに治まったが、なんとも気味の悪い地響きは続いていた。

 多くの者が何が起きたか分からず、窓外を見た。お年寄りは、とうとう核戦争が始まったかと思ったが、窓外見えたのはきのこ雲ではなかった。

 彼らの視線の先にあったのは渦巻く巨大な雲の塊だった。

 竜巻というには大きく、異様な塊の雲が、スポンジケーキのような形でもいうのか、円柱状に覆い被さる様にそこで渦巻いている。

 遠くの街からその光景を見た者達は口々に、今までこの土地に暮らして、あんな現象は見たことがないと言った。

 

 その巨大な雲の塊が渦巻く土地には、人口三百人程度の村があったはずであるが、その様子はわからない。

 雲のドームの渦巻く流れに沿って、何度も幾本もの雷が疾っている。

 さらに奇妙なのは、雲が激しく渦巻いているにもかかわらず、その境の林は靡いてもいないことだった。それなのに、風巻く轟音と忙しない雷鳴、地面を伝って振動する地鳴りが遠くまで響いていた。

 一体何がその様な現象を起こさせているのか分からず、雷と轟音が響くたびに、そこにあった村の住人の安否が気遣われた。

 警察や報道のヘリコプターがすぐに飛んだが、村は完全に雲の中にあり、上空からも村の様子を伺うことはできなかった。ヘリコプターは、この謎の気象現象に巻き込まれる可能があるため、近づくことができず、周辺を飛び回りながら見守ることしかできなかった。

 各種警察や消防などが待機しているが、現状が把握できないため、出動することも出来ずにいた。


 その現象は、二日ほど続き、激しく渦巻く雲のドームはあっというまに消え去った。

 後に残ったのは、渦巻く雲があった場所を代わり覆うように発生した霧と異常な静寂だった。霧との境界は何かで仕切られているように垂直に切り立っていた。 

 待機に焦れた、各種警察および消防などの緊急車両が、サイレンを鳴らしながら列を作って現地に向かった。

 しかし、霧の中に突入すると、緊急車両はことごとく途中でエンジンが止まり、動かなくなった。

 ライトも消え、車の電子機器はもちろん、無線も使えなくなった。

 ファーストレスポンダー達はこれ以上進むことを断念し、車両をそこに残したまま、霧の外に出るしかなかった。

 その後、州軍の派遣が要請され、化学防護服を来た州軍兵士達が、徒歩で霧の中へ入って行ったが、数刻して彼等は引き返してきた。

 そして、その部隊の指揮官は、霧の外で待機していた報道陣に「我々は村を見つけられなかった」と言った。

 その指揮官や兵士達から、警察が詳しい聴取をしたところ、道路の先には断崖があり、それ以上進めなかったと証言した。その証言の中には、「自分たち以外の生き物の気配が全くない」とか、「視程は2、3mほどしかなく太陽の光が乱反射して、ホワイトアウト状態で平衡感覚を失いそうだった」とか、「あまりにも静かすぎて、気味の悪い雰囲気で気分が悪くなった」などの証言があった。


 霧はいっこうに晴れず、捜索は難航した。

 捜索救助は州軍から合衆国軍に指揮権が代わり、周辺は合衆国軍により閉鎖された。警察や報道のヘリコプターは、軍の命令で周辺空域から排除された。

 渦巻く雲が消えてから3日目、UAVやUGVを使っての探索に切り替えられた。

 また霧の周辺は軍により閉鎖された。州軍は周辺警戒の任に回され、US陸軍レンジャーが捜索救助部隊として投入された。

 現場に近い牧草地に捜索急所のための作戦指揮所や後方支援のための施設が急ピッチで設置されたいった。

 

 捜索救助作戦指揮所では、投入されたUAVとUGVの結果報告が行われていた。 

「UGVは断崖1km付近で機能を停止してしまいます。緊急車両が乗り捨てられていた場所と同じです。UAVも村の上空300m付近で機能を停止し、機影をロスト。おそらく墜落しました。各種探索用のデジタル機器も、このようにドーム状の境界を堺に使えなくなります」

 技術士官が作戦指揮所の大画面に映し出される映像を示しながら説明していた。断面と平面の模式図に赤線で機械機器が使えなくなる範囲が示されていた。

「霧の成分などを分析しましたが、成分的には普通に水と微粒子でした。微粒子は通常の空気中に見られるものばかりでした。無人機がなぜ異常を起こすのかは分かりません。霧が周辺と中では密度が違い、強度な電波散乱源になってしまっているのではないかと仮定し、有線UGVを投入しましたが結果は同じでした。空軍へグローバルホークを要請していたのですが、この状況ですので待機してもらっています」

「霧の人体への影響はないのか?」准将が聞いた。

「放射性物質や毒物は検知されていないので問題はないとは思われます。最初に霧に接触した保安官や救急隊員の健康観察を続けていますが、問題はなさそうです。ただし、部隊投入には念の為に化学防護服を着用した方が良いでしょう」と医官。

「せめて断崖の深さが何mでどのくらいの長さ続いているかだけでも知りたいな」

「レンジャー分隊ひとつ投入して、断崖付近を調べさせます。それと最初に突入した州軍の隊員1人が趣味で持っていたフィルムカメラを使ったところ断崖の淵の撮影に成功したと報告を受けています」作戦統括の大佐が答えた。

「その写真がこれです」

 大画面の一角に写真が映される。霧の視程が3m程度で明かりが少ないため、普通の感度のフィルムでは鮮明に写っていないが、画像には州軍隊員のブーツのつま先とその前50cmほどに境界線の様なものが写り、そこから先は霧で見えない。「まるで真っ直ぐ切り取られたかのように、ここから深い断崖になっているそうです。慎重に進んでいたおかげで、誰も落下せずに済んだらしいですが、これに気づかなかったらと思うと…。周囲を10mほど調べたところ、その先も同じような状況だと判断したため、州軍はこれ以上の捜索を諦めて引き返したそうです」

「機械式カメラとフィルムをあるだけかき集めろ。その州軍兵を呼んでレンジャー分隊にカメラの使い方をレクチャーさせろ。準備が整ったら人力での捜索を再開する。いいか大佐?」

「はい」

「退役間近になってこんな変な事件に当たるとはな。住民が見つかれば良いが…」准将はため息をついた。


 数時間後、レンジャー分隊による捜索が開始された。

 レンジャーの捜索にUSAMRIIDの助言と参加があり、軍医が随行した。

 デジタル機器が使えないため、全てがアナログな対応になった。

 帰還方向を見失わないために、ロープを引っ張りながら、等間隔でサイリウムをぶら下げてゆく。

 全身を覆う化学防護服を着用して、酸素ボンベを背負いながらで、武装もしているため、隊員の負荷は大きい。

 道路は一本道だが、左右は林に囲まれていて、普段ならば鳥の鳴き声や、色々の動物の気配があるはずだが、今は静寂があるだけだ。

 ただ、分隊が進むたびにカチカチと装備の音がするばかりである。

 途中、乗り捨てられた緊急車両の列を発見し、念のために動くか確認したが、全車まったくエンジンがかかる気配がなかった。

 車両をそのままにし、先に進むと、先頭の隊員が手で止まれの合図をした。

 数メートル先に断崖の縁らしきものが見えた。

 縦隊を解除して、断崖からの安全距離を保ちつつ、それぞれが、ロープなどの装備を準備してゆく。

 時折、医師が隊員の健康観察を行い、問題がないことを確認してから次の作業に移るということを繰り返しているので、作業はなかなか進まない。

 左右の林の木に固定索を設け、計測用ロープを連結した。固定索はあとでラペリングするための確保にも使えるようにしてある。計測用ロープには蛍光マーカーがつけられて、繰り出し長さが何メートルになるかわかるようにしてあった。

 計測用ロープは一応100mが用意されていて、先端に観測器具の入った籠をつけていた。主に空気の成分を観測するためのものだ。各種毒物に反応する試験紙がつけられており問題なければ無色のままだ。

 断崖のふちに滑車のついた器具を固定し、二人掛でゆっくりとロープを断崖へ繰り出してゆく。

 60mほど繰り出したところで、ロープにかかる負荷が無くなった。

 おそらく、そこが地面だろう。

 このまま、ラペリングしても良いが、化学防護服を着たままでの降下は事故の可能性があるし、また、この装備で断崖を登るのが大変である。

 時間はかかるが、いったん、戻って降下のための装備を補強する必要がある。空気に問題がないとなれば、軽装でガスマスクだけで行動も可能だろう。

 繰り出したロープをまた巻き戻して、観測機器を確認する。

 試験紙を見る限り、空気に毒物はないようだった。

 温度は外気と変わりない。霧のため湿度は高い。

「発煙灯を落とすから、写真を撮ってくれ」分隊長が言った。

発煙灯を発火させ、分隊長は真っ直ぐ断崖に向けて腕を伸ばし、カメラの準備ができたことを確認して、落とした。

 赤色の炎が、霧に反射する。

 カメラを持った隊員は、断崖を覗き込む様な形になるため安全のためにロープで確保してある。

 ある程度周囲が見えるかと思ったが、発煙灯の明かりは霧に覆われてすぐに見えなくなった。

 底に落ちた音は聞こえない。

「次は水平に前方に投げる。準備はいいか?」

「フィルム残枚数確認、OK」

 分隊長は、次の発煙灯を点火し、前方に軽く弧を描くように投げた。

 またも明かりはすぐに霧に覆われたが、仄かな赤い光が下へ落ちていくのは確認できた。そして、すぐに見えなくなった。

「よし、これまでだ。戻るぞ。足元に気をつけるように」

「ウア」と隊員達は返事しロープ以外の機材は回収し、撤退した。


 災害時の救命の限界時間は遠に過ぎている。

 捜索を急ぐ必要があるが未知な部分が多く遅々として進まない。

 捜索救助隊基地から少し離れた、広場に、村に家族や親類がいる者たちが押し寄せ、混雑してきたので、彼らのために簡易の宿泊施設が設置され始めていた。

 いつになったら家族は救出されるのかと広報官に詰め寄る場面もあったが、どうにか宥めていた。


 捜索救助を本格化するため、増員を進めるとともに基地機能及び研究棟、隔離棟の機能を有したコンテナの断崖下への設置が進められることになった。そのための大掛かりな仕掛けが工兵隊によって設置さた。霧の奥に入るとクレーンなどの機器が動かなくなるので、霧の外にワイヤー巻取り機を設置し、滑車や支柱などアナログな機構を組み合わせて、霧の奥までワイヤーを伸ばし、その先に昇降システムを取り付けるというものだ。ワイヤー強度を保つため、何本ものワイヤーが取り付けられている。道路左右にはワイヤーを繰り出し巻取りするための支柱と滑車が10m置きに設置され何かの掘削施設の様にも見える。それが2kmあまり続いた。

 昇降システムが出来上がると、今度は1日中各種コンテナを積んだ大型トラックが行き来した。コンテナを断崖下すために、慎重にゆっくりと作業は進められた。

 その作業が進む間、断崖の底にレンジャーが降りて、周囲50mほどを確認し、施設設置に問題がないことを確認した。そして、コンテナを移動させるために、周辺の牧場から牛が動員され、次々と断崖に下ろされていった。

 コンテナには車両で牽引できるように車輪が設けられているので、車の代わりに牛で牽引しようという考えである。

 断崖を降りた先の地面は、機械で慣らしたように平面なので、牛数頭で、コンテナを牽引することができた。

 その後、試しにコンピュータを搭載していない古いトラクターを近くの牧場から借りて、始動して見ると、エンジンは動くことが確認された。ただし、ライトは点けられない。

 それでもトラクターが使える事が分かると、作業は格段に速くなった。ただし、エンジンのスパークフラグの不良が続くため、活動が制限される事もあった。

 ライトが点かないため、サイリウムがいたるところで活躍していた。化学反応で発光する仕組みなので、電気機器が動かないこの空間では重宝された。作業中の火事や火傷の心配もないので、作業場周辺では火気の使用は制限されていた。そのため、作業をする工兵やレンジャー達も腰や背中にサイリウムをつけている。牛達も首に鈴とサイリウムを下げていた。

 それでも照らされる範囲は限定的なため、拠点形成作業は思うように進まなかった。

 作業に影響のない範囲で篝火がたかれているが、それっでも視程の確保は難しかった。

 明かりが霧に乱反射するため、逆に見難くなる状況である。


 拠点設置とともに周辺の捜索も行われた。とりあえず、壁に沿って一周。

 村があった区域を囲むように、周囲100km強にわたって、断崖が続いていることがわかった。

 まるで、このくり抜かれたような地面と一緒に村は消失してしまったとでもいうような状況だった。この周囲をめぐる捜索の間、村人との接触はなかった。

 それでも村の痕跡を探すために、軍の捜索隊は活動を続けていた。

 周囲の捜索と拠点形成が進んだことを受けて、いよいよ、中心に向かっての捜索が開始される事になった。

 事態が発生してからはや一週間が過ぎようとしていた。

 その前に軍に所属する科学者が招集され、一体何が起きたのか、これまで得られた情報を元に現象の分析が進められた。

 レンジャー2小隊が動員され、博物館から接収したかのような、アナログな各種測量機器を携えて、中心に向かって行軍が行われた。

 毒物は確認されていないが、念の為、皆は、ガスマスクを付けている。

 装備品や観測機器を載せた荷車と車輪のついた測量機器を牛数頭が引っ張り、その後にレンジャーがついて行くと言うなんとも滑稽な光景だ。第二次大戦以前に戻ったような感じだ。馬を帯同させてはどうかという意見があったが、この霧の中で乗馬をしながら牛を操るなど危険すぎるし、障害物や重要な何かを見落とす可能性がある事から却下された。

 一年前の村の衛星写真のプリントアウトと紙の地図を見比べながら前に進むが、一向に建物や道路、住人に遭遇できない。

 かなり進んだはずだが、ただ霧に覆われた景色が続くため、ほんとに真っ直ぐ進めているのかも分からない状態だった。

 そろそろメイン通りに差し掛かっていいはずだが、そこには何も存在しない、霧の煩わしい空間が広がっているだけだった。

 おおよそ村の中心に差しかかろうとした時、荷車を牽いている牛が言うことを聞かなくなって、前に進もうとしなくなった。

 暴れられても面倒なので、数名残して牛を見守ってもらい、残りは探索を続ける事にした。

 慎重に前進する。

 緊張でガスマスクが息苦しく感じ、荒い呼吸音が響く。

 ここまで歩いてくる間に、霧で湿気が多いためか戦闘服は汗だくで身体に張り付き、ブーツの中は汗が溜まってぐちょぐちょで気色悪く歩きづらかった。


 しばらく歩いて中心に数十m近くまで近づいた時、そこに何か仄かに青白い光を発する物があることが確認された。霧のためそれが何なのか確かめることはできない。

 その明かりを目標に歩き続け、彼らがそこで見たものは大きな岩の様なものだった。

 その岩が発光している風にも思えないが、なぜか周辺が明るい。

 とりあえず大岩とするが、これが空から落ちてきたのが、この現象の原因かと思ったが、衝突痕らしきものがない。それにこのサイズの大岩が隕石だったとしら、この規模のクレーターでは済まない大災害になっていたはずだし、岩が原型をとどめているわけがない。

 かなりの重さがあるだろうが、地面にめり込んだ風でもない。

 ただ、浮いているというかなんとも言いが難く、何か奇妙な存在感を持ちながら、そこに鎮座するだけである。

 しかもバランスがおかしい。縦長の楕円立体で地面への接地面はわずかしかなく、ぐるりと回った先は刃物で切られたように真っ平で、表面は荒れてもいず、まるで金属のような輝きを見せている。ただし、断面は滑らかであるが鏡面の様ではなく、自分たちは映り込んでいない。あまりにも不思議な光景に視覚と認識が追いつかない。

 一人の隊員がその平面部分にそっと手を伸ばすと、手首まで入っていった。

 手を入れた一瞬、波面のように揺らいだかと思ったが、錯覚かも知れない。

 手を突っ込んだ本人は、手首から先が無くなってしまったと思ったのか、恐怖に顔が強張る。

 その不用意な行動に気づいた分隊長が、怒鳴りながら隊員の手を引っ張り戻した。

 無事な手のひらを見て、二人とも顔を見合わせほっとした。が、分隊長の顔は怒りに変わり「何やってんだ馬鹿野郎!慎重に行動しろと言っただろ!」と怒鳴りつけて隊員を後ろに下がらせた。

 皆がその岩から数メートル後退して、状況を観察し、先ほどの隊員に対しては、しばらく医官が診察した。

 皆で円陣を組み協議し、自分達ではこれがなんなのか判断できないので、とりあえず、手分けして、大岩をぐるりと回りながら、大岩と周辺の写真を撮る事にした。

 結局、中心地に辿り着いても、村の痕跡は何も発見されなかったという事になる。隊員達は落胆しながらも、謎の大岩の発見という情報を持って、捜索隊は拠点設基地に帰還する事にした。


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