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 それから、しばらくたった日のことでございます。


 皆様、ご無沙汰しております。私です。鏡の精でございます。


 本日は、皆様に大変嬉しいお知らせがございます。どうぞ、ご覧になってください。


「女王様、万歳!」


「女王様!」


 町中の人々が歓声を上げる中、女王様は優雅に微笑みを浮かべたまま大通りを進まれます。

 時には手を振り返すことも。視線の合った国民は、感動のあまりその場で気を失うこともありました。


 本日は王国の記念祭。


 建国を祝して、城下町でパレードを催しております。

 聞こえますでしょうか、この賑わいが。見えますでしょうか、女王様達に注がれる熱い視線が。


 それも当然のことでございます。

 なにしろ、女王様はこの世で最もお美しいお方。その女王様がこうして町中に降臨された暁には、こうなるのも当然というもの。


 それにしても、国民の熱狂ぶりは尋常ではありません。

 パレードが通る大通り沿いには、女王様達を一目見ようと大勢の人間がごった返しております。


 それもそのはずでしょう。何せ本日は──


「ああ、あれが姫様なのね!」


「なんと可憐で、お可愛いお姿!」


「姫様!こっち向いて!」


「白雪姫様-!」


 女王様のすぐ前を歩かれるのは、純白のドレスに身をまとった白雪姫様。


 国民の前においでになるのは初めてのことで、多少緊張はしておられますが、それでも懸命に国民の声に応えていらっしゃいます。

 ちなみに、女王様のお召し物は姫様とは対照的な漆黒のドレス。


「日の当たる昼間じゃ、白よりも黒の方が映えるのさ。それに、私たちの白い肌や赤い唇は、むしろ黒の方が際立つんだからね」


 とは女王様の弁。白雪姫様にも「いいかい、私よりも後ろに下がるんじゃないよ。お前の白い衣装は、私の黒衣を引き立てるためのものなんだからね」と、キツく釘を刺していらっしゃいました。


 なんという計算高さ!美というものは、かように内面の知性からもにじみ出てくるものでございますね。


「ほら、ぼさっとしてるんじゃない。右前方を向きな。地元の商会達が集まってるだろうが。より多くの人たちに私たちの美しさを披露するためのパレードなんだからね。気を抜くことなく、常に全方位に視線を切るなって言ってるだろう?」


「は──はい……!」


 浮かべた笑顔を1ミリも崩すこともなく、姫様にだけ聞こえるような大きさで呟かれます。まるで、一級の腹話術士のようでございますな。

 女王様の声に、白雪姫様は背筋をピンと伸ばし、指示された方角に向けて健気に手を振られます。


 ですが、女王様はそれでも満足されておりません。


「顔を引きつらせるなって言ってるだろう!必死さを周囲に悟られたら終わりなんだよ。私たちは王族なんだから、常に余裕をもち、それを表情にも表すんだ」


 小声で激昂するという離れ技を披露されます。

 さらには、姫様の背中をつねりあげて気合いを入れ直されました。


 なんということでしょう!これだけ周囲の視線を集められている状況にも関わらず、完璧なタイミングと角度で指を伸ばし、国民に誰一人としてバレておりません!!


 さらには、


「優雅さの中にもかわいらしさを混ぜ込むんだよ。自分の年齢とキャラクターをはき違えるんじゃない」


 徹底したご指導をかかすことがありません。

 もちろん、その背景には「私とかぶったら許さないよ」という、実に深いご配慮が潜んでおられるのです。


(し、死んじゃう……!)


 国民の歓声と、女王様の叱咤を同時に浴びながら、姫様のパレードは続くのでした。





 その日の夜──

 

「鏡の精よ、私たちの順位はどうなってる?」


「女王様。お喜びください。この一日で、お二人は3位以下に大きく差をつけられました。当面はお二人の地位は不動かと」


「……そうか」


 満足するように、いえ、少し安堵したような女王様のお顔。


 美とは、あくまで主観的なもの。

 皆様一人一人の中にある基準は、常に揺れ動いております。


 生まれてこの方パンしか食べたことのない人がいたとして、その人が初めてパスタを口にしたとしたらどうでしょう。

 そして、すっかり好物となったパスタだけを毎日食べ続ければ、やがてそれにも飽きてしまうかもしれません。


 女王様の狙いは、自らの美しさを周囲に披露することで、国民の価値基準を変動させるという壮大なものだったのです。


「ルーナとの順位差は?」


「変わっておりません。かの少女は日々成長しておりますが、今回ばかりはお二人の影響力が勝った模様です」


「……」


 私の答えを聞くと、女王様は無言で部屋を後にされました。


 私には分かりました。今の沈黙の意味を。

 女王様は今だけはこの問いを伏せられたのです。


 つまり──姫様との差はどうなっているか?──と言う問いを。


 今回の試みは、おそらく女王様にとっては危険な賭けだったに違いありません。

 今まで、姫様は国民の前に出られることがありませんでした。


 "こうなる"ことが容易に想像できたためです。

 私は鏡の精。問われたこと以外を答えられぬが我が定め。


 姫様と女王様の差は、この一日で急接近されました。


 黒々とした髪に白い肌。そしてルビーのように赤い唇。お二人の容姿はよく似ていらっしゃいます。

 姫様はそれを白いお召し物と天真爛漫な人柄で、女王様は漆黒のドレスと凜とした立ち振る舞いでそれぞれを際立たせていらっしゃいました。


 それは、互いに互いを引き立てる相乗効果としてルーナ嬢を引き離すことができました。

 しかし──女王様と姫様。母娘の二人の差が縮まったことはまた別の事実を浮き彫りにしております。


 おそらく、それが分かっていたために女王様はその問いを伏せられたのでしょう。


 その真意を、鏡の精である私ごときが推し量ることはできません。

 今はただ、敬愛する我が主のお姿を追うのみでございます。

 

 女王様が向かわれた先は──






「こんなところにいたのかい」


「お、お母様」


 部屋で休まれていた姫様の元に、ノックもせずに女王様がお越しになられました。


「こんな夜更けに何のご用です?」


「いいから付いてきな。時間がない。本来ならもう、寝る時間だからね」


 疲労困憊の姫様の手を引き、お忍びで城下町に繰り出されました。


 薄明かりの中に並ぶ無数の衣装や宝石。

 パレードの時に声をかけられていた、商会に所属する仕立屋でございます。


「この中から一つ、衣装を選びな」


「え、どうしたんですか。急に。パレードに向けて色々と準備されてきたので、今日はもう休まれた方がいいのではないですか」


「誰がそんなこと言った?気が変わったのさ。明日もパレードをやるんだよ。今度は城下町じゃなくて、南の方にまでで向くよ」


「は、はいい?」


 素っ頓狂な声を上げる姫様に、女王様は大真面目な顔で着々と衣装を選んで行かれます。

 さすがは女王様!今日の試みがうまくいったことに味を占め、早速二匹目のドジョウを狙いに行くことにされたのですね。

 トップでありながらもその貪欲な姿勢。敬服せずにはいられません。


「そのための衣装を選べって言ってるんだよ。お前自身でね」


「そんな無茶な……」


「何言ってるんだい。美はセンス。センスは自分で磨くもんだ。磨くには、目を養うしかない。ちょうどいい機会だ。自分で選んで、自分で着てみて、確かめるんだよ」


「でも、こんなにたくさんのお洋服の中から選ぶなんて」


「だからいいんだろ。いいかい。気の抜けた衣装を選んだら容赦しないからね」


 無理矢理衣装の海の中に放り出された姫様は、おずおずと衣装の中を歩き、やがて一枚のお洋服を手に取られました。

 すると間もなく、


「なんだいそのダボついた服は!」


「着やすくて暖かそうかなって──」


「そんなセンスのないパジャマのような服で、明日私の隣を歩くつもりなのかい!絶対に承知しないよ!選び直しな」


 涙目の姫様にも容赦しません。手にしたお洋服を遠慮なく投げ捨てると、次のお召し物を選びなおさせました。

 すると──


「服の裾を見てみな。糸のほつれがあるだろうが。細部に神は宿る。一流の衣装は一分の隙もない完璧な仕立てをしてくるんだ。それを選ぶ私たちにも、それ相応の目が求められるんだからね!」


「そんなあ……」


「センスがない!自分の体型、年齢、姿勢。すべてにマッチする衣装はそうはない。砂漠の中でダイヤを探すつもりでいな!」


「は、はいい……」


「昨日と同じ色にしてどうするんだ!なんのためにパレードをするのか忘れたのかい!見に来てる連中に飽きられたらおしまいなんだよ!」


「ご、ごめんなさい」


「髪の毛はアップにするなとあれほどキツく言っただろうが!」


「でも、私はこの髪型の方が似合うと思うんですが」


「絶対にダメだ。あたしの前で、二度と髪をアップにするんじゃないよ。そもそも私と髪型がかぶっちまうだろう」


 幾度となく"やり直し"を命じられる女王様。

 心底あきれられたように、


「まったく、お前のセンスはどうかしてるね。まるで今までろくな衣装を着てこなかったみたいじゃないか」


「そ、それはお母様が私にボロ布のお洋服しか与えてくれなかったからじゃ──」


「だまらっしゃい!口答えするんじゃないよ!」


 ピシャリと姫様の言い分を切り捨てる女王様。


 それから、夜明けまで衣装選びは続きましたとさ。




 女王様。流石にそれは姫様が不憫かと思いますぞ。









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