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「お母様!しっかりしてください、お母様!」
誰かが私の身体を強く揺さぶっている。
ああ、一体私はいつの間に眠っていたのか。そして、誰が私を呼び起こそうとしているのか。
不確かな記憶の糸を必死にたぐり寄せてみる。どうやら私は怒りのあまりに気を失ったらしい。
一体何故、頭の血管が切れそうなほどに激怒したのか。
気を失う数瞬前の言葉が脳裏にフラッシュバックする。
『お前に似て、不細工な娘だよ』 『お前に似て、不細工──』 『お前──不細工──』
「誰・が・不・細・工・ですってええええええ!」「痛っ!?」
怒りにまかせて身を起こすと、誰かの顔面と正面衝突を起こした。
あまりの痛さにその場で悶絶していると、声の主は毅然とした様子で私の身を抱き起こす。
見覚えのあるその顔は、
「白雪姫……」
「よかった、もう目覚めないのではないかと心配しました」
『嘘をつけ」と心の中で吐き捨てる。
私が死んで一番得するのが誰か、この城だけではなくこの国の全員が知っていることだ。
きっと今頃、心の中では「生きていたとは、残念だ」などと思っているに違いない。
と、そんなことはどうでもいい。
「どうして、私はここに?」
「出かけられて数日、突風が吹いたかと思ったらお城の前でお母様が倒れていたのです」
日の高さと角度を見てみる。どうやら隣国で気を失って一日もたっていないようだった。
おそらく、カリス義姉様の術でここに運び込まれたらしい。
それはまるで、「親子二人して、仲良く追い抜かれるのを待ってるんだね」という義姉様の宣戦布告のように感じられた。
冗談ではない。
私は女王エレノア。世界一の美女。
あんな小娘ごときに、世界一の座を奪われてなるものか。
しかし、一体どうすれば。
間近で見てよく分かった。カリス義姉様の娘、ルーナの美しさは尋常ではない。
あのまま成長していけば、そのうち手のつけられない美女になってしまう。
対抗する手など──
「お母様、まだどこか痛むのですか?」
私の熟考を邪魔したくて仕方ないらしい。
浅慮な娘の顔が視界に入ってくる。
そして忌々しいことに、その度に義姉様の嘲笑が脳裏に木霊するのだった。
『お前に似て、不細工な娘だねえ!』
何故だろうか。胸の奥がモヤモヤする。
義姉様のその言葉を思い出す度に、胸の奥に湧き上がるこの感情はなんだ?
白雪姫の顔をしばし睨みつけていると、ようやく、胸の奥のモヤモヤの正体が見えてきた。
どうやら、私は怒っているらしい。しかも、並外れて、激怒しているようだ。
ふざけるな。
この馬鹿娘を不細工と罵ることができるのは、世界中で私一人。世界一の美女である私にのみに許された特権の筈だ。
それが、他人に好き放題言われることのなんと腹立たしいことか──!
と、その時だった。
脳裏に何かが閃く。
義姉様は、私たち親子を蹴落として自分の娘を世界一にすると宣言した。それは当然の戦略である。なぜなら私たちは世界で一二を争う美女なのだから。
逆に言えば、私たち親子がさらにその美しさを高め合えば、あの少女が世界一になることは絶対にない。
美とは競い、高め合うもの。そして広めるもの。
私たちの美しさがより世に広まれば、世間の美への価値基準も大きくこちらに傾く。
あんな、血の気の引いた色素の薄い少女を美しいと思うものが減っていけば、それこそあの親子を世界最下位の不細工に蹴落とすことだってできる。
我ながら、自分の頭脳が恐ろしい。
そんな、悪魔のような戦略を閃いてしまったら最後、私はすぐにそれを行動に移すことにした。
「白雪姫、おまえ、なんだそのボロボロの衣装は」
「は、はい?」
「私の城の中で、そんなみっともない服で過ごしていいなんて誰が許可したのかって訊いてるのさ」
「そ……それは、お母様が……」
「お黙り!口答えは許さないよ!」
こうなったら、使えるものは何でも利用してやる。私は覚悟を決めた。
「それになんだその荒れた唇は。しっかり栄養をとっていない証拠じゃないか。それに、その無様な額の傷はどういうことだい。女の顔は宝石と同じ。傷一つ入ったら台無しになるって分からないのかい」
「この傷は──その、お母様と先ほどぶつかったせいで──」
「口答えするなっていったばかりだろう。もう忘れたのかい!」
何故かズキズキと額が痛むが、それはこの際どうでもいい。
マシュマロのような白雪姫の頬を両手でがっしりと握りしめ、真正面から睨みつけた。
「いいかい、白雪姫。今日から、お前にはもっともっと美しくなってもらう。ただし、世界で2番目の美女を目指すんだ。私よりも美しくなることは絶対に許さないからね」
「そんな無茶な──」
「調子に乗るんじゃないよ!この私がお前ごときに追い抜かれるわけがないだろう!?お前は、ただ自分が美しくなることだけを考えてりゃいいんだ!間違っても、銀髪のガキに追い抜かれることなんて許さないからね」
「???」
私の言葉に要領を得なかったらしく、疑問符を頭に浮かべている白雪姫。
まったく、察しの悪い娘は嫌いだよ。
「覚悟しておくんだね。これから、私はお前を死ぬ気で鍛え抜くからね。ついてこれなかったら命はないと思いな!」
こうなったらやってやる。
いくら義姉様といえども、容赦はしない。この私の美しさを愚弄するものは、何人たりとも地獄に落としてやるのだ。




