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「これは……なんという──」


 「──美しさ」と続く言葉を、私は強引に飲み込んだ。

 私は世界一の美女なのだ。口が裂けてもそのような言葉を発することは許されない。


 しかし、鏡の精が示した場所にいたその少女を見たとき、私は思わず魂を奪われたような心地になった。


 都から遠く離れた、うち捨てられたような小さな古城の一室。

 薄らぼけたガラス越しに覗き込んだ先に、その少女はいた。


 古びて埃だらけの部屋の中で、一人静かに本を読んでいる。


 年齢は白雪姫に近いだろうが、こちらが若干年下か。

 でも、二人から受ける印象はまるで違って見えた。


 白雪姫を陽向の花弁とすれば、この少女は月下の湖。


 腰まで届く長い銀色の髪に、薄い桜色の唇。伏し目がちに本の文字を追う瞳は、海の底のように暗く、深く、そして美しかった。


「どうして、こんなところにあんな少女が──」


 鏡の精に問うこともしばしばあるが、私は日々の情報収集を怠ることもない。

 隣国を問わず、この地域での名のある者、美しき者の名は常にチェックし続けてきた。


 だから、先日の鏡の精が発した言葉に、耳を疑ったのだ。


 美というものは、才能というよりも祝福、あるいは呪いに近い。

 賢きものが自らの知性を時と場合によって使い分けるのと違い、美しさは出したり引っ込めたりできないのだ。

 もちろん、私が白雪姫にそうしているように、ボロを身にまとい、化粧を施さぬことで抑えることもできるが、それは根本的に身をやつす愚かな行為に他ならない。


 美しいと言うことは、絶対に人目を引くと言うことの筈だったのだ。


 だから、このように前触れもなく唐突に上位に名をあげるものなどいないと思っていた。

 だが、このような人目につかぬ場所でひっそりと生きていたのであればそれも頷ける。


「でも、どうしてわざわざこのような場所に一人で……」


 脱ぐい切れぬ私の疑問に、答えを返すものがいた。


「ひょっひょっひょ。それは決まっておろう。一人で、たっぷりと愛でるためじゃよ」


「その声は──まさか……?」


 「理由は、もう一つあるんだけどね」と呟く声は、すっかり変わり果ててしまったが、聞き覚えのある懐かしいものだった。

 背後からの声に、私はゆっくりと振り向く。


 そこには、予想通りの人が、すっかり変わり果てた姿で立っていた。


「カリス……義姉(ねえ)様」


「久しいね、エレノア。いや、今では女王陛下と呼んだがいいかねえ。我らが師の元で魔道の研鑽に明け暮れたのが、もはや遠い昔に思えるよ」


 そこに立っていたのは、かつての私の姉弟子。カリス義姉様だった。

 

「義姉様、そのお姿は一体……」


 私が絶句していると、義姉様はすっかり節くれ立った指先で、ボサボサになった白髪をかき回す。


「お前が師の後を継ぐことになって、破門を言い渡されてからというもの、色々とあってねえ。とにかく、生き方を変えることにしたのさ。正確には、己の力を何に注ぐのかを、変えたんだよ。お前と違ってね」


 そういうと、義姉様は私を部屋の中に案内し、先ほどの少女のいる部屋に通してくれた。


「紹介するよ、この娘の名はルーナ。私の娘だよ。さ、ルーナ。ご挨拶をし」


 促されるままに、銀色の少女──ルーナは本を軽く閉じ、目線を下げる程度の、会釈ともいえない粗雑な挨拶を寄越した。

 なんというか、礼儀のなってない娘だね。


 私が小さい癇癪を身に押し込んでいると、カリス義姉様は愛おしげに娘の銀色の髪をなでた。


「どうだい、ルーナ。変わったところや、辛いところはないかい?」


 先ほどの、私に向けた声とはまるで違う。ガラス細工に触れるように優しく声をかける。

 無言で首を振る娘の、あまりに素っ気ない態度にもかまうことなく、むしろすがるような姿勢であった。


 ルーナと呼ばれたその少女は、埃だらけの部屋の中にあって、まるでそこだけ時が止まったかのようであった。

 質素だが上等な生地の衣服は、少女の月明かりのような仄かな美しさをよく引き立てている。

 乱雑で埃まみれの部屋ですらも、それは薄雲のかかった夜空のように少女の色素の薄い輪郭を浮かび上がらせていた。


 この古城、この部屋は、さながら少女を鑑賞するために仕立て上げられたショーケース。

 美を一人で愛でると言っていた義姉様の言葉に偽りはないようだった。


「で、どうだい、女王陛下。お前の目から見て、うちの娘の美しさは」


 ぎょろりと目玉だけを動かして、義姉様がこちらに向き直る。カサカサに乾いた唇に薄ら寒い笑みを乗せて。


「……幼さ故に未成熟なところはありますが。結局はそれも時間の問題。いずれは男女問うことなく、見るものの魂を根こそぎ奪い去るような魅力を備えることでしょう」


 忌憚のない私の感想に、義姉様は全身を大きくしならせて両手を叩いて歓声を上げた。


「さすがは世界一の美女だ。美を選別する目は衰えちゃいないね。自分の心を偽るような台詞を吐かない胆力も、ちっとも変わっちゃいない!」


 よほど嬉しかったのか、咽ぶような笑い声を絞り出すと、「私は、お前のその言葉が聞きたくて今日まで生きてきたんだよ!」と気勢を吐く。

 蔦のように娘にしなだれかかると、義姉様は勝ち誇ったようにこちらを見下してきた。


「美しいに決まってるさ!なにしろ、この私のすべてを投げ打って作り上げたんだ。当然だろう!?」


 懐から水晶玉を取り出すと、そこに魔力を込め出す。


「どうしてこんな辺鄙な場所で二人っきりで過ごしてきたか、理由はもう一つあると言ったろう。エレノア、お前が師から譲り受けた魔法の鏡は視覚情報だけは供さない。人目につかずに美しさを磨いていけば、お前が自ら足を運ぶしかないだろうことは分かっていたからね!」


 「そして案の定、お前はノコノコと私の元にやってきた。そして、ルーナを見たときのあの表情!」と叫ぶと、痛快といった様子で水晶玉を掲げる。


「絶望するお前のその表情を、誰よりも間近で見たかったからこそ、ここで待っていたのさ!」


「義姉様、なぜそこまで……」


 絶句していた私は、それだけの台詞をかろうじて絞り出す。

 古城の様子から、義姉様の暮らしぶりはすぐに推測できた。こんな惨めな暮らしをするのが、すべて私の絶望する表情を見るため?

 そんなの、常軌を逸している……!


「魔道の継承権が何によって決まったか忘れていないだろうね!あの愚かな師は、あろうことかこう言ったんだ。"より美しいものを後継者とする"と!そして、私はお前に負けたんだ。だが、納得いくもんか!」


 水晶玉にうっすらと像が浮かび上がってくる。これは、遠見の術。カリス義姉様が得意としていた魔道の術だ。浮かび上がってくるのは──


「継承の儀式の時点で、私がお前に劣っているわけがなかった。しかし、見る目のない師はあろうことかお前を選んだ!だから私は誓ったんだ。私は、私の信じる美しさで、いつの日かお前達を屈服させてやるとねえ!」


 水晶玉に浮かび上がったのは、城の中庭で掃除を続ける白雪姫の姿だった。

 義姉様は、水晶玉を自分の娘のとなりに並べ、勝ち誇った表情で交互に見比べてみせる。


「見てごらん、これがお前の娘。今や世界で二番目に美しいと言われる女だよ。地味な黒髪に、リンゴみたいな頬。そして無様に腫れ上がった赤い唇。エレノア、お前に似て不細工だねえ!」

 








「なん……ですって……」


 今、この女はなんと言った?


 胸の奥底に冷たいものがツ──と走る。


「聞こえなかったなら何度でも言ってやるよ。若いときのお前に似て、不細工な娘だって言ったのさ!楽しみに待ってな!このままルーナが成長したら、お前達親子なんてあっという間にぶっちぎって世界一になるのさ。私に似た、銀髪、青い瞳、薄い唇の女性こそがその座にふさわしいことを証明するんだよ。その暁には、お前達親子の見た目なんてとっくに流行遅れになって、世界一の不細工に転げ落ちてるだろうさ!」


 ひーっつひっひっひっひ!と不気味な哄笑をあげる義姉様。


 胃の奥にこみ上げる冷たい感覚が、怒りではなく殺意であることを自覚した瞬間。

 限界を超えた私の意識はぷつりと途絶え、身体はその場にむなしく崩れ落ちるのだった。





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