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「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは、誰?」
『それはもちろん、女王様、貴女です』
私は鏡の精。
美しく気高き女王様に仕える、忠実な僕。
今日も、いつものように我が主の問いに同じお答えを献上する。
その瞬間こそ、私にとって至高の時。
美しい女王は、私の応えに満足そうに微笑まれる。その御尊顔の美しいことと言ったら。
そんな女王のお姿に私が見とれていると、やがて女王は次の問いを口にされた。
それは、ここ最近の私たちを悩ませる、とても根深い問いだった。
「では、世界で二番目に美しいのは、誰?この私の座を脅かしうる者は……いやしないだろうね」
魔道の粋によって生み出されたこの私。
たとえ敬愛する我が主の意に沿わぬことであっても、問われたことには正確に答える義務がある。
『女王様はお美しい。ですが、白雪姫様の美しさは日に日に増すばかり。このペースで行けば、いずれ貴女の地位を脅かす日が来るでしょう』
「……白雪姫……!」
ご自分の娘の名を口にされるとき、最近の女王様はこのように眉間に皺を寄せ、忌々しげに声を潜められる。
ああ、なんとお労しい。しかし、そのように苦悩されているお姿ですら、お美しい。
「あれだけボロを着せて、使用人のような暮らしをさせているのに、どうして……!」
女王様は悩まれている。苦心されている。
先ほどの問いを私にかけられるようになってからというもの、女王様の白雪姫への態度は冷たくなってしまわれた。
もともと厳しい態度をとられることが多かったのが、それに憎しみが乗せられるようになっていった。
最近はそれだけに飽き足らず、
「やはり、いつかは始末しなくてはならないのかね……」
このような物騒なお言葉を呟かれることもしばしば。
──と、その時だった。
私に与えられた機能はそう多くはない。問われたことに、可能な限り正確な答えを返すこと。
女王は先ほど、私に二つの問いをお与えになった。
一つ目は、「この世で2番目に美しい人物を教えること」そして二つ目は、「女王を脅かす可能性のある人物を教えること」。
私の本能がその二つ目の問いに、別の答えをはじき出したのだ。
『女王様、ゆゆしき事態です。白雪姫とは別に、貴女の美しさに猛然と迫ってくる女性がおります』
「……なんだって?そいつは、一体」
『現在、世界13位の女性ですが、ここ最近の成長著しく。めきめきと頭角を現してきております』
私の応えに、女王の顔色がさらに悪くなる。
「13位の女?そんな馬鹿な」
『この成長速度、尋常ではありません。このままでは、白雪姫どころか女王様を大外から一気にまくってしまうでしょう』
「大外から一気にまくられる……だって?」
「はい」と、私は正直に答えるしかなかった。それがいかに主を傷つけることであっても、問いには正確に答えるのが私に与えられた機能。
血の気の引いたお顔で、女王は呆然と椅子に座り込んでしまわれた。
「鏡の精よ、その13位の女が私を追い抜くのはいつ頃か?」
『それは──』
私の答えに、女王は天を仰いだ。おそらく、ご自分で想定されていたよりも遙かに短かったに違いない。
それほどに、その女性の成長速度は異常だったのだ。
「その者は、一体どこに?」
『隣国の城下町に』
「……仕方ない。実際に見てみるしかないね」
まさか、女王様。貴女御自ら?
私の予想通りでした。女王様は手早く身支度を整え始められたのです。
なにもかもが忌々しい。
何故この私自ら出向かねばならないのか。
しかし、魔道の師より譲り受けた魔法の鏡といえども万能ではない。
あれは私の欲する情報をすべて提供するものではないのだから。
しかし──
目の前に飾っている魔法の鏡を、私は憎しみと共に睨みつける。
真正面に立っているにも関わらず、鏡はなにも映し出してはいなかった。
「まったく、"鏡"を名乗るくせに、何一つ像を映さないなんてね……!」
嘆息してみるが、それでも何かが変わるわけでもない。
出かける準備を整える。
鏡の言う女がどんな者なのか、どの程度の美しさを備えているのか。確認したければ自分でその地に向かうしかない。
城を出かけようとした、その時だった。
「~~♪」
城の中庭から歌が聞こえてくる。
呑気で、ただひたすらに明るく前向きな歌。唐突に降って沸いた災厄に泡立つ私の神経を、無理矢理逆立てるような歌。
声を聞けば分かる。この城の中で、こんな脳天気な歌を堂々と歌う者など他にはいない。
ちょいとひねれば簡単に折れそうにか細いくせに、こんな遠くまでキンキンと響くのだ。
一刻も早く出立しなければいけないのは分かっていたのに、我慢ができず、つい中庭に立ち寄る。
歌声の主の名を、憎しみと共に呼びつける。
「白雪姫!」
「は、はい。おかあさま」
びくりと背筋を震わせ、掃除の手を止める白雪姫。
使用人よりもさらにみすぼらしい、つぎはぎだらけの服を着た娘は、雷に怯える子供のように身を縮め、私を見上げていた。
「歌を歌いながら掃除をするなんていい身分じゃないか。ちゃんと言いつけ通りに掃除はやってるんだろうね」
「ええ、どうにかやれています」
不安そうな受け答えにすべてが表れていた。
中庭の隅にある花壇をかき分けてみた。案の定、そこには雑草が生えたままになっている。
「言ったはずだよ。この城では雑草一本、塵一粒、許さないとね」
うなだれる白雪姫を注意深く観察する。
すると──
「なんだい、その服の裾は……!」
怒りで目が眩みそうになるのを我慢し、服の裾をつまみ上げる。
「服の裾が、泥水で汚れてるじゃないか……!お前は、こんなに汚い格好で私の城の中を掃除していたのかい!」
「申し訳ありません。ですが、おかあさまの言いつけ通りのスケジュールで進めようとすると、どうしても……」
愚かな口答えを返す娘に、私は激昂を隠せなくなる。
こいつは、いつの間にこんな醜い言い訳をするようになったのか──!
「言い訳はおよし!さっきみたいに呑気な歌を歌う余裕があるんなら、もっと自分の仕事に集中するんだよ!」
無言で頷く白雪姫の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
泣けば許されるとでも思っているのか。そんな甘い考えの娘に、今の私の地位が脅かされそうになっているなんて……。
深々とため息をつき、同時に思い出す。
今は、こんな小娘にかまっている時間はないんだった。居住まいを正すと、
「今からしばらくの間城を留守にする。その間も、言いつけ通りに城の掃除と日課を完璧にこなしておくんだよ!」
それこそ、城の中に響き渡りかねない大声で言いつける。
こうでもしないと、この怠け者はすぐサボることばかり考えるのだ。
「いいかい、帰ってきたら真っ先にお前の仕事ぶりを確認するからね。もしも手抜きを見つけたら、どうなるか分かってるだろうね?」
「は……はい!」
緊張感のある声でキビキビと返事をしてみせるが、それでもやはり気に入らない。
私の目はごまかせないよ。
白雪姫。今一瞬、口元が笑ったね。
きっと、私が留守にすると聞いて日課をサボろうとでも思ったに違いない。
それがまた憎たらしい。こんな怠け者が、見た目の美しさだけは私に迫ろうとしているのだから……。
怒りを強引にため息とともに吐き出す。
隣国の娘とやらが一体どんな者なのか、考えただけでも嫌気がさす。だが、ストレスも美容の大敵だ。いつまでも敵のことを考えているわけにも行かない。
まったく、世界一の美しさを維持するのも大変である。
怒りを発散するついでに、去り際に白雪姫に向き直る。
「さっきのお前の歌。1小節目の最後の節が半音ズレていたね。それに、歌い終わりをあんなにダラダラと引き延ばしてたんじゃ耳のこりが悪いだろう。そんな下手くそな歌を、私の城で響かせるなんて許さないからね」
敵は多い。そして、その敵のほとんどが無自覚なのがタチが悪い、
厳しく言い含め、舌打ちしたくなるのを必死にこらえてその場を後にした。
「ええい、なんでこんなにままならないものか……!」
とにかく、なにもかもが忌々しい。




