その6 よろしくね、と愛を込めて
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第九話『愛歌トキメキ! 千雪にアコガレ熱視線!』
その6 よろしくね、と愛を込めて
teller:秋風 千雪
「……あ」
「あっ!」
高校からの帰り道。
いつも通り孤独に歩いていたら、前方に見知った人影が現れた。
嘘みたいな長身、緩いウェーブがかかった眩しい金髪。
――愛歌ちゃんだ。
こないだ少し荒い大声を出してしまったから、何となく気まずい。
一方で、愛歌ちゃんは全く何も気にしていないかのように無邪気に私に駆け寄ってきた。
「千雪さんだー! 帰り道でばったり会うなんて偶然だねー!」
「……うん。偶然」
こちらに人懐っこい笑顔を向けてくる愛歌ちゃんに対して、私はどんな顔をすればいいのかわからず、少し顔を背けることしかできない。
私こんなにコミュ障だったっけ?
いや、愛歌ちゃんのコミュ力が異常なんだ、高すぎるんだ。
「……こないだは、その、冷たくしてごめん」
「そだっけ?」
「そだっけって……」
「もし冷たくされてたとしても、クールな千雪さんも素敵だよ!」
ああ、まただ。
この子は全く曇りのない思慕を、私に寄せ過ぎている。
何だろう。
拓海くんに真っ直ぐにぶつかってきてもらえると凄く嬉しいのに、愛歌ちゃんにこんなきらきらした目を向けられると、顔を覆ってしまいたくなる。
それは多分、きっと。
愛歌ちゃんが知っていたのが、ただの私じゃなくてモデルの私だったからだ。
息が詰まる。
胸が苦しい。
だって私、君の思っているような人間じゃない。
「……私、素敵なんかじゃないよ」
とうとう、醜い本音が零れ落ちた。
一度溢れたそれは、簡単には止まってくれなくて。
「……私……モデルなんて本当はやりたくもないし……ほんとはすっごくガサツだし……愛歌ちゃんに憧れられていいようなやつじゃない」
「何で? ガサツなんかじゃないよ。千雪さんはほんとのほんとにカッコイイんだよ!」
「……は?」
俯き気味だった顔を思わず上げると、愛歌ちゃんは大きくてくりくりした瞳を輝かせて私を見ていた。
相変わらず、その瞳の輝きはめちゃくちゃ眩しい。
「千雪さんは素敵だよ! モデルが嫌なら、きっと別のもっと素敵な夢が千雪さんを待ってるんだね! いいなあ、未来が広がってる感じがしてすっごく素敵! かっこいい! 憧れちゃう! あたしも負けてられないなあ!」
どうして。
どうしてこの子は、こんなにも私を肯定してくるんだろう。
何でそんなに慕ってくれるんだろう。
わからない。
わからないよ――。
「カーニバルラバーちゃんさあ、そういうのってたまにすげー重荷になるって知ってた?」
私が何かを言う前に、第三者の声が道端に響いた。
嫌な予感がして振り向くと、そこに居たのは黒髪赤目で痩躯の青年。
不敵な笑みを浮かべて、そいつは飄々と立っている。
その足元には、二人の女子高生が倒れていて。
「ナハトさんっ!」
愛歌ちゃんが声を上げた。
知り合いなんだろうか。
あれ、でも待って。
今この人、『カーニバルラバー』って――。
「初めまして。シャウトラバーちゃん、だったっけ? 新しいハーツ・ラバーの。どーもよろしく。オレは惑星オーディオの刺客の一人・ナハトです。つまりは悪いおにーさん」
オーディオの刺客。
じゃあこの人、ネスってやつと同じでハーツ・ラバーの敵?
私が困惑していると、ナハトと呼ばれた男はぱちんと指を鳴らした。
倒れている女の子達が苦しみ出し、二人の身体から黒い靄が漏れる。
それはじわじわと一つに合わさり、やがて――女の子向けの雑誌にそのまま手足が生えたような、コミカルな容姿の怪物に姿を変えた。
ネスが創ったアニマのような不気味さはまるでない。
だけど、油断してもいられないんだろう。
「愛歌ちゃんっ!」
「あいあいさ!」
愛歌ちゃんと顔を見合わせ、ラブセイバーを片手に出現させる。
それから私たちは、迷いなく叫んだ。
「ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」
そのまま、ラブセイバーを心臓に突き刺す。
かっと胸が熱くなって、一瞬ふわふわの空間に飛ばされたかと思ったら、いつの間にか変身が完了していて。
「はしゃいじゃえ! 楽しんじゃえ! 歌の戦士・カーニバルラバー!」
「全部ぶっ飛ばす無敵の拳! 魂の戦士・シャウトラバー!」
雑誌型の怪物と対峙する。
ああ、やっぱり油断はいけないみたいだ。
確かな殺気を感じるもん。
相手のアニマを形作るエモーションはたったの二つ。
そして、ゼロットくんから訊いた所によるとカーニバルちゃんの『歌』は、少人数のエモーションから成るアニマに効果てきめん。
――ってことは。
「ねえ、カーニバルちゃん」
「なあに? シャウトさん!」
「……私だってカーニバルちゃんに憧れてる」
「……ほへ?」
カーニバルちゃんが心底不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
でっかいのに、幼い子どもみたいな表情をするんだね、君は。
それがおかしくて、ちょっと笑いそうになった。
「こずえちゃんから訊いたんだ。君がアイドル目指してるって。自分の好きな物を夢にできて、それに向けて頑張れるなんて、君は凄いよ。……だからっ」
言い終わらない内に、私は駆け出す。
アニマに、全力の右ストレートを叩き込み、その分厚い体をぶっ飛ばす。
「私は、君が思いっ切り歌える舞台を用意してやる! 私がこいつを弱らせるから、その間ずっと歌ってろ! 夢をちゃんと持ってる君は立派だ!」
ひゅっと息を呑む音が聞こえた、気がした。
馬鹿だな、私。
カーニバルちゃんは結構遠くにいるんだから、そんな音、聴こえるわけないのに。
でも、次に彼女の大声が返ってきたのは確かだった。
「ありがとう、シャウトさん!! あたし、すっごくすっごく嬉しい! ……ずったーんたーん、たんたかたーん、ぱんぱーん!」
早速歌い始めてやんの。
順応性高いなこの子。
自分の口角が上がるのを感じながら、私はアニマに打撃コンボを次々と決めていく。
「たんたかたんたかたーん、つっよいぞー、せいぎのみかたっだぞー! シャウトーラバーはー、さけーんじゃーうぞー!」
……何あれ。
もしかして、私の歌、歌ってくれてる?
……あはは、歌詞のセンスはイマイチだなあ。
でも、なんだろ。
不思議と元気が出て来る、力が湧いてくる。
まるで、変身中のあのきらきらしたあの世界が、永遠に続いているかのよう。
軽やかな旋律に、歌声に、心が弾む。
私の歌姫の最高のメロディを胸に刻みながら、私はひたすら戦った。
ふと、視界の隅で何かが動いた。
事態を静観していたナハトが、カーニバルちゃんに駆け寄っている。
当然と言えば当然だけど、あの歌を止めるつもりなんだ。
けど。
「……っ、させるか、よ!!」
「うおっ!?」
口悪く叫んで、アニマを蹴飛ばしナハトに飛び掛かる。
そのまま、ナハトの細身の身体を押さえ付けた。
ナハトが苦笑いしながら、私の方を向く。
「ははっ……噂には聞いてたけど、ほんとにゴリ押し系なのな。シャウトちゃんは」
「ああ。そっちの方が私らしい」
ナハトから目を逸らし、アニマを見やる。
黒い靄が、ふわふわと漏れ出していて。
「カーニバルちゃん! とどめ!」
「うんっ! 還っちゃえ! エモーション! ハーツ・ラバー! スターダスト・カンタービレ!」
カーニバルちゃんが歌う、ひたすらに歌う。
優しい歌声が、華やかな歌声がアニマを覆い、包み込み、そして静かに浄化させた。
――良かった。
終わったんだ、今日の所はこれで。
「……ははっ、何で……」
ふと、私の下から乾いた笑い声が聴こえた。
それは、くしゃりと顔を複雑そうに歪めたナハトの物で。
「……何で、そう真っ直ぐに夢を追いかけられんのかね……」
その声に、瞳に宿る感情は。
一言ではとても説明がつかなかった。
羨望、嘲り、恐怖。
様々な色をその赤い瞳に映して、ナハトは。
「……ほんと、早く、汚れちまえばいいのに……」
それだけぼそりと呟くと、ぱちんと指を鳴らして彼は私の下から姿を消した。
ナハトが消えた途端、ナハトを押さえていた両手から力が抜け、がくんと崩れて変な体勢になる。
同時に気も抜けたのか、変身も解けてしまった。
「ちー姉ー!!」
「わっ」
突然、柔らかい感触。
気付けば私は、変身を解いた愛歌ちゃんにぎゅうぎゅうと抱き締められていた。
愛歌ちゃんは、嬉しそうに私に笑いかけて来る。
「ねえねえ、これって二人の友情パワーだよね、ちー姉!」
「……ちー姉?」
誰のことだ、それは。
……まさか。
「『ちゆき』だから、『ちー姉』! あだ名で呼んだ方が、友達っぽい感じがするでしょ?」
友達。
その甘美な響きに、胸が一瞬高鳴った。
私と、愛歌ちゃんが友達。
いいの?
……本当に、いいの?
「……ねえ、愛歌ちゃん」
「なーに? ちー姉!」
少し、深呼吸する。
何で私、こんなにドキドキしてるんだろう。
ドキドキしすぎて、苦しいくらい。
それでも。
「……私も、ちゃんとした夢を見つけたいな。罪悪感なく、他人に希望を与えられる夢を」
「ほへ?」
きょとんとした顔をする愛歌ちゃんに、精一杯の笑顔を返して。
「どうせならさ、自分の好きな夢で人を楽しくさせたいじゃん?」
愛歌ちゃんは、しばらくぱちぱちと目を瞬かせていたけど。
やがて、満面の笑みで。
「ちー姉なら、きっとすぐに見つかるよ!」
何の根拠もないけど、不思議な説得力がある一言を私にぶつけてくれたのだった。
……改めて、よろしくってことで。
愛歌ちゃん。
愛に溢れて、最高に可愛くてかっこいい、私の――みんなの、世界の歌姫。




