その2 千雪の孤独
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第七話『魂の叫び! シャウトラバー誕生!』
その2 千雪の孤独
teller:小枝 拓海
部活が休みの日は、オレは千雪の都合が悪くない限り秘密基地に寄るようにしてる。
千雪との間で、いつの間にかそういう約束になってたから。
オレがいないと、きっとあいつは寂しい顔をしてるから。
なんて自惚れかもしれないけど、あいつをほっとけないのも本音だ。
だから、今日もいつも通り秘密基地に向かっていた。
基地へと向かう道は、不思議と楽しい。
心が弾むって言うか、足取りが軽くなるって言うか。
多分千雪に会えるからだ、あいつの笑顔を見られるからだ。
恋って気持ちがこうも人を単純馬鹿にさせるとは思っちゃいなかった。
バカなのは元からなのかもしれないけどさ。
そう、本当にいつも通り。
いつも通りのきらきらした気持ちのまま、オレは歩いていたのに。
「――好きです、秋風さん。付き合ってください」
知らない男の声が聞こえて、オレは思わず足を止めた。
知らない男が、オレの知ってる名前を呼んでる。
オレの知ってる奴に好意を伝えている。
すうっと頭や心が冷えていく。
かと思えば、胸が激しく痛み出す。
情けないことに何もできず立ち尽くすオレの視界の奥に、オレの好きな女が困った顔をして立っていた。
千雪。
千雪が、気まずそうに道端で俯いている。
セーラー服で、鞄を片手に、ローファーを見つめている。
そんな千雪の前には、学ランを着たオレより背の高い男が立っていた。
千雪が、告白されてる。
良く考えれば、何もおかしい話じゃないんだ。
千雪は可愛いし、本人の意思じゃないけどモデルなんてもんもやってるし。
男子に注目されない理由が無い。
オレのライバルはあまりにも多すぎる。
何で、今まで気付かなかったんだろう。
あいつの一番近くにいる男はオレだけなんだって自惚れてたから?
胸が相変わらずずきずきと痛い。
千雪の答えを聞くのが怖い。
でも、聞きたくないのと同じくらい千雪の返事が聞きたい。
早く断ってほしい。
こんなことを考えちまうオレは、きっと最低だ。
わかってる、のに。
「……ごめん、無理」
千雪がはっきりとそう言ったのが聞こえた。
千雪は視線を上げて、男の顔を真正面から見据えている。
オレが望んでいた言葉のはずなのに、千雪の表情は晴れないまんまだから、オレまで苦しくなる。
それから男は千雪と二言三言、言葉を交わしてから去って行った。
制服姿の千雪が、また足下に視線を落としかける。
その途中、千雪と道端に立ち尽くすオレの目が強制的に合った。
「……拓海くん……?」
「……あ……」
千雪の紫色の瞳が揺れる。
オレもなんて言葉を紡げばいいかわからなくなる。
けれど、いつまでも見つめ合っているわけにもいかなくて。
気まずかったけど、意を決してオレは千雪に歩み寄り、距離を詰めた。
「……ああいうの、良くあんの?」
つい、問いかけてしまう。
こんな無神経なことを聞いちまうのは、オレのつまんねえ嫉妬心のせいだ。
千雪を傷付けるだけだってわかってたのに、言葉を喉の奥に押し込められないくらいにはオレは子どもだった。
「……割と。でも私、誰とも付き合ったことなんてないよ。……そういうの、良くわかんないし」
千雪の返事に、焦りと安堵が同じ速度で、同じ量だけ沸き上がる。
千雪がオレが大人になるまでにいつか誰かに掻っ攫われちまうんじゃないかっていう不安と、千雪が恋を知らないことへの安心感。
恋がわかんねえってことは、オレのことも全くそういう対象として意識してねえってことなんだろうけど。
何も言えないオレの前で、千雪が寂しげな表情を浮かべる。
千雪はまたローファーに視線を落とし、ぽつぽつと話し始めた。
「……でもね。男子に告白されたら、女子に変な……嫌な目で見られることもあって、男子とも気まずくなって、結局一人になっちゃう」
千雪が、躊躇った素振りを見せてから顔を上げる。
千雪の瞳に、オレが映る。
瞳の中のオレは、想像通り何とも言えない表情を浮かべていた。
やがて、千雪が小さく呟いた。
「……私、寂しいよ。拓海くん」
ああ、そうだ。
こいつは最初からこういうやつだった。
明るさを、無邪気さを抑圧されて、一人の世界に閉じこもるしかなくて。
ようやく出会えたオレの前でだけ笑ってくれるようになって、それでもこいつの世界はひどく狭くて。
本当は、もっと沢山笑いたいだろうに、自由に振舞いたいだろうに。
こいつに勝手で一方的な片想いをしている自分に、罪悪感を覚える。
それでも。
それでもオレはこいつが好きで、ほっとけなくて、一人にしたくなくて。
気付けばオレは、千雪の片手をぎゅ、と握っていた。
「……千雪、これからヒマ?」
自分でも、どうすればいいかはわからなかったけど。
「遊びに、行かね?」
少しでもこいつの不安を、孤独を取り除いてやりたかった。
オレは離れないから、寂しい思いなんてさせねえからって言ってやりたかったんだ。
もしお前が、オレの気持ちを受け入れてくれないとしても。




