その4 穂村ミク
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第六話『愛歌VS詩織!? 試されるハーツ・ラバーの絆!』
その4 穂村ミク
teller:小枝 こずえ
「はぁ……」
思わず長い溜息を吐き出してしまった。
放課後、オレンジがかった世界の中、私は一人歩く。
愛歌ちゃんが詩織ちゃんの恋路を応援しようとして、逆に怒らせてしまった。
詩織ちゃんが泣きながらグラウンドから走り去ったあの日から、二人は口を利いていない。
愛歌ちゃんは一生懸命詩織ちゃんに話しかけているけど、詩織ちゃんが完全無視を決め込んでしまっているのだ。
大切な友達二人が、喧嘩をしてしまった。
仲直りしてほしいんだけど、こういう時どうしたらいいんだろう。
こんなことも初めての経験で、何をどうすればいいのか全くわからない。
また溜息を吐きながら、私は鈴原くんに一度連れて来てもらったことがある丘へと足を運んでいた。
あの丘から見える綺麗な景色を網膜に焼き付ければ、鈴原くんとの素敵な思い出を胸に思い起こすことができれば。
何か、変えられると思ったんだ。
「……あれ?」
ふと、丘の上に人影を見つけた。
赤いランドセルを背負った、ボブショートが似合う女の子。
彼女は、デジタルカメラを手に景色をぱしゃり、ぱしゃりと撮っているようだった。
何となく興味を惹かれて、一歩、また一歩とその子に近付く。
その拍子に、静かな丘の上に、私が木の枝をぱきりと踏んだ音が響いた。
女の子が、ゆっくりと振り返る。
――その瞳には、びっくりする程に何の感情も宿っていなかった。
「……何だ。ネスじゃないんだ」
ぽつりと、女の子がそう零す。
ネス。
私が何度も戦ってきた相手、私の恐怖の対象。
そのネスさんと同じ名前が目の前の女の子の口から出て来たのには驚いたけれど、きっと人違いに違いない。
ネスさんは私達地球人をひどく嫌っているようだったから、こんな女の子と交流があるはずはないもの。
女の子、とは言ったけど。
ランドセルを背負っているのだから小学生なのだろうけど、明らかに私より身長が高い。
今度は別の意味で、溜息を吐きそうになった。
「ここに、何しに来たの?」
女の子が私に問いかける。
私は少し逡巡してから、ぽつりと零した。
「き……気分転換……」
「ふうん」
至極興味なさそうに、私の返答は一蹴される。
何だか心が挫けてしまいそうだ。
「えっと……貴方は、ここで、何をしているんですか……?」
「写真撮ってるの。見ればわかるでしょ」
何だろう。何故だろう。
この子が淡々とした子だからかな。
この子と話す度に、心がばきばきに折れていくのを感じる。
危うく泣いてしまいそうになる。
「……きみは、ネスとは違うんだね」
「……え?」
ふと、女の子が呟いた。
その声が、僅かに翳りを帯びていたのは気のせいだろうか。
女の子は写真を撮ることをやめ、私の瞳を射貫くように見つめる。
「だって、きみはぼくを殺してくれないもの」
予想だにしていなかった台詞に、頭をハンマーか何かでガツンと殴られた衝撃さえ感じた。
殺す?
私が、この子を?
どうして?
物騒、なんて一言じゃ片付けられない言葉に固まってしまう。
ううん、それよりも。
――この子は、死にたがっているの?
困惑している私を前に、女の子が無表情で告げる。
「ぼく、きみのこと嫌いだな」
面と向かって『嫌い』と言われて、強いショックを受ける。
でも、泣き虫な私の瞳から涙が滲むよりも前に、女の子は畳み掛けるように言った。
「偽善者っぽい。エゴの塊。ぼくには、死こそが救いなのに。それすらもわかってくれなさそうな顔してる」
上手く息ができなかった。
目尻に溜まった涙が溢れ出してしまいそう。
でも、それは嫌われたショックというよりも。
一人きりで過ごす、儚げなこの子を理解できなかった自分が、ショックだったんだ。
「……私、またここに来るね」
そう零せば、少女は無表情のまま首を傾げた。
「来なくていいよ? 鬱陶しいだけ」
「それでも、また来る」
自分にしてははっきりと口に出せた言葉に、自分が一番戸惑ってしまう。
でも、放っておけなかった。
私がぼんやりしている間にもふらりと自分を壊してしまいそうなこの子のことが。
私にできることがあるなら、何でもしたかった。
「変なの。きみ、気持ち悪いね」
「……うん……ごめんね……」
か細い声で謝ってから、私はぎゅ、と手の平に爪を立てた。
俯いて、それから勢い良く顔を上げた。
「私、小枝こずえって言います。貴方の名前を、教えてください」
そう言うと、少女は少し黙り込んだ。
風が吹く。
暖色に包まれた世界で、少女の短い髪が風に靡く。
「……ミク。穂村ミク」
「……ミクちゃん……」
可愛い名前だ。
何度だって呼びたくなる。
何でだろう、放っとけないからかな。
――私、この子のこと、もっと知りたい。
「……またね、ミクちゃん」
「……ぼくは二度ときみには会いたくない」
ミクちゃんの冷たい声に、心が挫けそうになったけど。
気分転換のつもりが、心に余計深い傷を負っただけになってしまったけど。
この出会いには、きっと何か意味がある。
不思議と、私にはそう思えた。




