その2 暴かれた乙女心
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第六話『愛歌VS詩織!? 試されるハーツ・ラバーの絆!』
その2 暴かれた乙女心
teller:河本 詩織
「……それで私たちは、ハーツ・ラバーとして戦って、地球の平和を守らなければいけないの?」
私がそう訊ねると、喋るコウモリ、本人曰く妖精らしい『ゼロット』はどこか偉そうな態度で言った。
「ああ、そうだ! 期待してるぜ、ロマンスラバー!」
恥ずかしい私のハーツ・ラバーネームを呼ばれ、羞恥なのか、この状況への頭痛なのか、私は額を手で押さえる。
私、河本詩織がハーツ・ラバーに変身した翌日の放課後、私はこずえと星野さんと屋上に集まって、ゼロットからハーツ・ラバーについての説明を受けることになった。
惑星オーディオの侵略、怪物アニマ、狙われている私たち地球人のエモーション。
まるで創作物の中の出来事のような話の数々に、頭痛は増すばかりだ。
「俄かには信じ難い話だけど、変身もしちゃったわけだし……信じるしかないわね」
そう述べると、こずえがおどおどしながら私の顔を見上げて来た。
そんな顔しないでよね、まったく。
「ご……ごめんね、詩織ちゃん……私のせいで、巻き込んじゃって……」
泣きそうなこずえに、ふっと笑いかける。
それから彼女の頭にぽんと手を置いた。
「前も言ったでしょ。こずえが謝る必要はないんだって。私は、私の意思でハーツ・ラバーになったの」
それから、ぱたぱたと宙を舞うゼロットを正面からじっと見据えて。
私は、小さく頷いた。
「いいわ。私はハーツ・ラバーとして戦う。こんな状況、見過ごせないもの」
「しぃちゃん、かっこいー!」
そう言って、抱きついて来たのは星野さん。
星野さんは背が凄く高いから、ぎゅむぎゅむと胸を私の顔面に押し当てられる形になる。
……むね、大きくて羨ましいな。
じゃ、なくて!
「もうっ、離してよ星野さん! 窒息しちゃうから!」
無理矢理星野さんを引き剥がせば、星野さんは捨てられた子犬のような寂しそうな目でこっちを見てきた。
いや、やたらと背がおっきいから大型犬みたいなものだけど……。
……ああもう、貴方まで変な顔しないでよ。
だけど、すぐに星野さんの表情は笑顔に変わった。
相変わらず切り替えの早い子だ。
「そーだ! 二人とも、今日これからヒマ? クレープ食べに行こーよ! こずこずとしぃちゃんは一緒にクレープ食べたんでしょ? ずるいずるい! あたしも食べたーい!」
子供が駄々をこねるような星野さんの言い分に、こずえがくすっと笑う。
それから、こずえは遠慮がちに頷いた。
「うん、私は大丈夫……詩織ちゃんは?」
「私も美術部、今日は休みだから平気だけど……ちょっと待って、教室に忘れ物したから、取って来るわ」
それだけ残して、私は屋上を後にする。
ああ、美術部が休みってことは、今日はサッカー部の見学に行けたのか。
……芹沢くん、今日も頑張ってるのかな。
想い人の雄姿を妄想して、胸を高鳴らせて、階段を降りて行く。
きっと今、私の顔は真っ赤になっていることだろう。
◆
結論から言うと、真っ赤だった私の顔はもっとずっと、トマトみたいに更に赤くなることになった。
誰もいないと思っていた教室に、ユニフォーム姿の芹沢くんがいたからだ。
驚きのあまり、呼吸が一瞬止まる。
驚いたのは向こうも同じだったのか、彼は一瞬目を見開いてから、気まずそうに私から目を逸らした。
「せ……せせせ、芹沢くん、こんにちは……部活は……?」
いつまでも固まっていては、黙っていては感じが悪いだろうと判断して、私は慌てて芹沢くんに挨拶をする。
芹沢くんは少し迷った素振りを見せてから、口を開く。
「……忘れ物……」
ああ、今日も芹沢くんの声かっこいい……ずっと聴いていたい……。
うっとりし過ぎて、危うく気絶しそうになってしまう。
そんな時、無口なはずの芹沢くんが私に向かって声をかけた。
「……河本、何かいいこと、あったか……?」
「……え?」
それはもう今目の前で起きてますけど。
芹沢くんと教室で二人きりなんてシチュエーション、あまりにも出来過ぎているから心臓が破裂しそうですけれども。
だけど、芹沢くんは私の本心とは違うことを言った。
「……今朝から、雰囲気が……いつもより明るい、気がしたから……」
今朝から?
何か、あったっけ。
思考を巡らせ、あることを思い出す。
――ああ、そっか。
昨日、こずえと友達になれたから、今日の学校生活はいつもより楽しかったんだ。
なんて言おうか、なんて答えようか考える。
考えていたら、芹沢くんは爆弾を落として来た。
嘘みたいに、穏やかに微笑みながら。
その微笑みがあまりにも綺麗で、この世の物とは思えなくて、また呼吸が止まる、フリーズする。
「……河本は……そうしてる方が……いいと思う……」
私、今日死ぬの?
そのくらいの爆弾だった。
心臓がばくばくうるさいし、顔の表面が熱くて熱くて仕方がない。
今にもふらっと倒れてしまいそうだ。
意識を保つのが難しい。
なのに、芹沢くんはもっと私を殺そうとする。
少し俯いてから、じっと私に視線を合わせて。
真っ直ぐに、きりっとしたかっこいい瞳で私を見つめて。
「……河本。……オレ、河本のことが――」
「しぃちゃーん! 遅いよー! 何やってるのー!?」
芹沢くんが何かを言ったのと、星野さんが後ろから私に抱きついてきたのはほぼ同時だった。
芹沢くんの肩がびくんと跳ねる。
私の心臓も飛び上がって胸を突き破りそうな勢いだった。
「あれ? すばるんだ! やほやほー!」
芹沢くんに向かって手を振る星野さんに芹沢くんが気まずそうに会釈する。
芹沢くんを『すばるん』だなんて愛称で呼べる星野さんのコミュニケーション能力の高さが、恨めしくって仕方がない。
「…………じゃあ、河本。……また明日」
「ま、また明日……」
そそくさと、芹沢くんが私達の横を急ぎ足で通り過ぎて行った。
部活に行ったんだろう。
はあ、と緊張の糸が切れて私はその場にへなへなと崩れ落ちてしまう。
それが間違いだった。
持っていたスクールバッグがごとりと床に落ちて。
中から、一通の手紙が零れるように飛び出して。
「あれ? しぃちゃん、何か落ちたよ?」
「え? ……え!?」
星野さんが、手紙を無遠慮に手に取る。
それから、宛名の文字列に目を走らせて、彼女らしくもなく固まった。
だって、その手紙は。
――私が昨日、芹沢くんに渡そうと思っていたラブレターだったのだから。
「え!? え!? これってもしかしてラブレター!? しぃちゃん、すばるんのこと好きなの!?」
「あ、う、えっと……」
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
星野さんが、憎たらしいくらいに全開の笑顔を浮かべて。
「よーし! そういうことならこの愛歌ちゃんにお任せ! ドキドキ・猛アタック大作戦、がんばっちゃおー!」
直感した。
確実に当たる予感だとも思った。
――これは、物凄くまずいことになってしまったと。




