その6 彼女の孤独
★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第五話『恋せよ乙女! ロマンスラバー誕生!』
その6 彼女の孤独
teller:小枝 拓海
どたどたと、乱暴に足音を立てて。
オレはいつもの『秘密基地』の扉を勢い良く開ける。
中では、千雪がうとうとしながらソファに寝そべっていた。
「ち、ち、ちゆ、千雪ッ!」
「……拓海くん? 今日、部活だったんじゃないの?」
千雪が目を擦って、眠そうな顔でオレを見る。
でもオレは、千雪の意識が覚醒するのを待ってなんていられなかった。
「お、お、お前……高校生だったのかよ……!?」
「……へ?」
千雪が目を丸くする。
それから、千雪の視線がオレの持っている雑誌に映って。
千雪は、ひゅっと息を呑んだ。
その紫色の瞳に映るのは、確かな焦燥と絶望。
ひどく悲しそうに目を伏せて、千雪は呟いた。
「……バレちゃったんだ」
「な……何で言ってくんなかったんだよ!? モデルやってることとか、オレ全然知らなかったぞ!?」
「聞かれてなかったし……言いたくもなかった」
「な、何で!?」
「……モデルさ、やりたくてやってるわけじゃないんだ」
千雪がソファに背筋を正して座り直し、ぽんぽん、と自分の隣を叩いた。
それに促されるように、オレは千雪の横に腰かける。
千雪の横顔は、随分と沈んでいた。
「……小学校高学年くらいまではさ、毎日楽しかったんだよ。男子とサッカーしたり、カブトムシ捕まえに行ったり、ザリガニ釣ったり、外で泥んこになって遊んだり……私さ、男の子の遊びとか、すげー好きなんだ」
黙って、千雪の話を聞く。
初めて出会った時、オレが千雪に飼ってたカブトムシの写真を見せた時、千雪はすっげー目をきらきら子供みたいに輝かせてくれた。
今でもはっきり思い出せる。
だってオレは、その表情に恋をしたんだから。
「でもさ、成長してくとさ……男子と女子って壁ができるだろ? 遊んでくれる男の子がどんどん減ってって、気付けば一人ぼっちになってた」
「それは……まあ……で、でもよ……」
「そんな時……母さんが私をモデルにしたんだ。母さん、元モデルでさ。私にも同じ夢を辿らせようとしてる。でもさ……私はモデルの仕事とか、オシャレとか、全然興味ないし楽しくない。モデルやってるせいで、学校じゃ浮いてるし、正直すっげー嫌だ。こんな気持ちでモデルやってるのも、ちゃんと夢があって仕事に取り組んでる他のモデルさんに失礼だと思う。……だからさ。もう、全部嫌なんだよ」
溜息を吐き出すように、千雪は自分の心情を吐露する。
こいつの明るさは、抑圧されている。
こいつは本当の自分を殺さなきゃいけない世界に、ずっといたんだ。
千雪は、どれだけ心細かったんだろう。
どれだけ寂しかったんだろう。
今オレに話したことを、他の誰かに話せた日は、千雪にはあったんだろうか。
ふと、千雪の瞳が不安げに揺れた。
千雪がオレを見つめる。
オレの心臓が、跳ねる。
「……あのさ……嫌いになった?」
「……は?」
「……私のこと……嫌いになった?」
「は……? 何で……?」
「だって……こんなことずっと黙ってたし……モデルとか、変かなって……」
「何言ってんだよ……嫌いになんて、なれるわけないじゃん。むしろオレはお前のこと――」
そこまで言って、慌てて口を片手で塞ぎ顔を背ける。
心臓が、ばくばくばくばくうるせえ。
顔が真っ赤になっているのがわかる。
……あっぶねえ!
危うく告白するところだったじゃねーか!
バカじゃねえのオレ!?
何とか呼吸を整えつつ、千雪を横目で見る。
千雪は、ひどく安心したように笑っていて。
「……良かったぁ……っ」
そう、千雪は心底安心したように零した。
その姿が、あまりにも無防備で、子供っぽくって。
なんか、オレまで力が抜けてしまった。
「……なあ。高校生ってことは、千雪っていま歳いくつ?」
「ん? 16歳。高校2年生だから」
それを聞いて、オレの心に焦りが生じる。
っつーことは、オレとは4歳差じゃん。
そんなに歳の差あったのかよ。
すげー悔しいし、負けた気になるし、なんかモヤモヤする。
そんなオレの複雑な心境も知らず、千雪は無邪気に訪ねてくる。
「拓海くんは? そういや歳いくつ?」
う。
言葉に詰まる。
言わなくちゃいけないんだけど、言いたくねえ。
「……12歳。中1だよ。どうせこないだまでランドセル背負ってたよ。……笑えよ。どーせオレはガキだよ。かっこわりーよ」
拗ねたように、顔を背ける。
でも。
こつん、と千雪の拳がオレの胸の辺りに当たった。
気付けば、千雪の顔がひどく近くて。
千雪はすげー真剣な表情で、言った。
「……拓海くんは、ちゃんとかっこいいよ」
……ああもう。
何なんだこいつはもう!
もう、ほんと、心臓が爆発しそうだ。
目を逸らす。
どんどん自分が千雪を好きになるのがわかる。
こんな気持ち、オレがガキのうちはまだ多分言えねーけど。
「ってかさ、拓海くん今日部活でしょ? 何でここ来たの」
「あ……やべっ! 忘れてた!」
「しっかりしなよー。私、拓海くんがレギュラーになるの、すげー楽しみなんだからさっ」
「……わり。ちゃんと頑張る」
「うん、そーしろそーしろ」
そう言って、千雪は笑ってくれる。
オレのこと、応援してくれる。
オレの友達でいてくれる。
モデルでも、高校生でも、関係ない。
オレは千雪が好きだし、大事だし、ずっとこうして笑い合えればいいなと思う。
何だか、雑誌を見た瞬間に感じた焦りが、するすると外に抜けていくように感じた。




